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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
山賊とお嬢ちゃん
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14

 王都に戻り、移送した男は尋問担当に引き渡した。

「やり直そうと思っていたんだ。新しい街で、新たな名で。妻と子を得て頑張っていこうと。義父にも認められたいと新たに商売を始め、だが初めは利益を生んでいたのに段々損失が上回るようになって、義父にも妻にも目の前で溜息を吐かれ、無能と、所詮そんなものかと言われている気がしたんだ」

 尋問部屋で、男は頭を抱えて語る。それを俺は部屋の隅で見ていた。

「損失を埋めようと何かに手を出すたびに、損失が大きくなる。離婚しろと迫られて、今度こそ何とかするからと焦って援助を何度も申し入れ、そんな中で儲け話があると騙され、苦しくて、悔しくて……」

 だから、酒に溺れ暴力をふるったのか?

「だけど信じてくれ、いつだって本当に傷つけようとなど思っていなかった。いつだって後悔をしていた。妻も娘も大切にしたいと思っていた。それなのに、全然上手くいかなくて……。そんななか、あの街に騎士が来てしかも何かを探っていると聞いて、もしかしておれのことを調べているのかもしれないと、捕まったらどうなるのだろうと考えたら怖くなって、逃げなくてはと……」

 男の手が震える。

「領主から逃走に必要な金を奪ったら、妻と娘を連れて逃げる気だったんだ。その金もいままでの損失も、こつこつ働いて返すつもりだった。新しい街で、今度こそやり直そうと……それなのに……」

 男の言い分が、涙が本物かどうかは分からない。たとえ本物だったとしてももう遅い。失った信用は取り戻せないし、やったことは消えない。もう戻ることはできないのだ。

 俺は尋問部屋から出る。

 すると親父がいた。

「あいつの罪は、どれほどのものとなる?」

「それを知ってどうする」

「どうもしないが……」

 親父が歩き出し、俺もそれに付いていく。

「窃盗と身分証の偽造、だな。ルーティア殿とミルルに対する暴力は、あちらが訴えないと言っている」

「そうなのか?」

「その代わり、二度と会うことがないようにしてほしいということだ」

「…………」

 あんな美しい妻と可愛い娘に二度と会うことが叶わないのか。

「あの男は、労役刑となる可能性が高いな。過去の窃盗もそれほどたいしたものでもないし、反省していると認められれば何年か決められた場所で決められた労働をし、その後は一定期間監視付きで、地方の街に住むことになるだろう」

 自由になるのは何年後となるのか。その時に、あの男は妻と娘のことを忘れているだろうか。いや、忘れられないだろうな。

「先のことは誰にも分からない。だから今から未来に悩むな」

 親父が振り向いて俺の肩を殴る。

「痛ってえええ!」

 お、思いきり殴りやがった!

 肩を押さえて蹲る俺を置いて、親父がすたすたと歩いていく。

 くそ! 覚えてやがれ、くそ親父!

 未来に復讐することを誓い、俺は親父の背を睨みつけた。



◇◇◇



 正式に辞令が下り、俺はルーティアとお嬢ちゃんの住む街に異動となった。

「山賊さん! 待ってたんだよ!」

 お嬢ちゃんは大喜びで俺を迎えてくれた。ルーティアも、まだ複雑な表情をしながらも俺を拒絶しなかった。

 俺は領主の屋敷の近くに小さな家を借り、仕事が始まる前と後、お嬢ちゃんとルーティアに会うために領主の屋敷に通った。

 努力の甲斐あってか、次第にルーティアの表情も柔らかくなり、領主にも食事に誘われるほどには気に入られた。

「いや~山賊さん! 急にどっか行ったと思ったら帰ってきてくれて嬉しいよ!」

 山道を利用していた者たちにも再会し、歓迎された。今まではこの顔のせいで怖がられることばかりだったが、やはりこの地のものは大らかなものが多い気がするな。娘の結婚では間違いもあったが、本来領主殿は領民を大切にするよき支配者なのだろう。

 そして――。

「……やっぱりついてきたか、ラディちゃん」

「うん! その子がルルちゃん? よろしくね!」

 おい、いきなり抱き上げるな。殿下より目立つな。……って無理だよな、この見た目では。本当に無駄に美しい爺さんだ。皆驚きすぎて固まっているではないか。

 王弟殿下と共にやって来たラディちゃんは、その後領主の屋敷に居座った。何をするか分からないので、殿下と俺も領主の屋敷に世話になることになった。ちなみに、殿下の身分は限られた一部のものにのみ知らされている。

 お兄様ができたみたい、とお嬢ちゃんは喜んでいるが、俺の祖父だぞ、それは。まあ精神年齢は低いがな。

 ラディちゃんはお嬢ちゃんを気に入ったようで、毎日飽きもせずお嬢ちゃんに引っ付きまわっている。

「ラディちゃん、ラディちゃん」

「なに、ルルちゃん」

「ルルね、弟か妹が欲しいの」

「そっか。じゃあハルヒにおねだりしないとね」

 ぶふぉお!

 俺は思わず飲んでいた茶を吹き出す。それを見てラディちゃんとお嬢ちゃんが「汚い! 汚い!」と笑う。

 な、なんてことを言うんだラディちゃん。

 恐る恐るルーティアを見れば、困った顔をしていてハンカチを差し出してくれた。

「その、すまない」

「いえ……」

 ルーティアのハンカチで顔と服を拭かせてもらい、そのハンカチをポケットに突っ込んで俺はお嬢ちゃんを抱き上げた。

「どうしたの?」

 首を傾げるお嬢ちゃんに俺は言う。

「お部屋に戻ろう」

「どうして?」

 まだラディちゃんと遊びたいと駄々をこねるお嬢ちゃんの頭を撫でる。

「ルーティアも一緒に来てくれ」

 戸惑いつつも、ルーティアもついてくる。

「ぼくも行くー!」

「ラディちゃんは来るな! 殿下!」

 部屋の隅の椅子に座って静かに本を読んでいた殿下が、苦笑して立ち上がる。

 よし、殿下がラディちゃんを引き受けてくれた。

 今のうちにとお嬢ちゃんとルーティアを連れて部屋を出た。そしてお嬢ちゃんの部屋に着くと、俺は二人を椅子に座らせる。

「どうしたの、山賊さん」

 不思議そうなお嬢ちゃんとルーティアを交互に見つめ、俺は口を開く。

「俺は、恋する種族という珍しい種族のハーフなのだ」

 ルーティアとお嬢ちゃんも目を瞬かせる。なにを言っているのだ、という感じだ。

 俺は恋する種族について包み隠さず話した。ラディちゃんと母がその種族であるということ、恋をすることで成長すること、大人になるまで魔力が安定しないこと――子どもができにくいということも。

「それでも、俺はルーティアが好きだ」

 ルーティアが目を伏せる。始めは半信半疑だった二人も、話を聞くうちに信じてくれたようだ。ラディちゃんが時々歌っていたおかげで、すんなり信用してもらえたというのもあるだろう。二人はあれを魔術だと思っていたようだが。

「お嬢ちゃん、たとえ俺がお嬢ちゃんの父様になったとしても、弟妹は難しいかもしれない。それでも俺がいいか?」

 お嬢ちゃんは真剣な表情で頷いた。

「それでも、山賊さんがいい」

 俺は片膝をつき、ルーティアの手を取る。

「急がなくていい。だが、あなたを愛し、守りたいという男がここにいることだけは忘れないでくれ」

 ルーティアが小さく頷く。

 そして、

「山賊さん、騎士様みたい!」

 俺に抱きついてきたお嬢ちゃん。

「騎士みたい、ではなくて騎士だ」

「うん。ルルの騎士様、大好き」

「俺も、好きだ」

 抱き合う俺たちを見つめ、ルーティアが涙を零す。

 俺はポケットから、自分のハンカチを取り出してルーティアに差し出す。

「ありがとうございます」

 涙を拭いて、ルーティアは微笑んだ。


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