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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
山賊とお嬢ちゃん
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 それは訓練という名のしごきで親父からぼこぼこにされたあと、魔術師棟に移動しろと首根っこを掴まれた時のことだった。

「…………!」

 首飾りから送られてきた、守護魔術発動の波動。しかもかなり大きなものだ。これはなにか――そう、生命の危機に晒されたとか、それほどの大きさだ。

 なにがあったのだ、と思った直後、

 ――助けて、山賊さん!

 魔力の籠った声が頭に直接響いた。

「お嬢ちゃん!」

 俺は急いで服の中から魔石を取り出し、あらかじめ構築して準備しておいた魔術を発動させる。

 一度だけしか使えない、とっておきの魔術。それは――。

「…………!」

 目の前には、突如現れた俺に驚いて目を見開くお嬢ちゃん。いや、目を見開いているのは驚いているからだけではない。お嬢ちゃんの横で無様に転がっている男、その男の手には抜身の短剣が握られていた。

 一目でわかった。お嬢ちゃんは、この男に襲われたのだ。

 頭にカッと血が上る。

「貴様……! 俺の、俺の可愛いお嬢ちゃんに何をしやがる!」

 腰に佩いた剣の柄を握る、が、

「うぐ……!」

 背後から後頭部に、予想外の攻撃を受けた。まさか共犯がいたのか、と振り向きざまに剣で払おうとすればもう一発、今度は頬に攻撃を受ける。

 殴られた。しかしこの慣れた感触は……。

 俺は目を見開く。

「親父……?」

 ひどく冷静な目をした親父が俺を見つめている。

 いや、待て。なぜ親父がここにいる? ――そうか、転移魔術発動時に俺のそばにいたから巻き込まれたのか。

 動揺する俺を退け、親父は短剣を持った男に近づいた。

「ひ……!」

 そして怯える男に蹴りを入れる。軽く吹っ飛んで壁に当たった男を、親父は更に魔術で拘束すると、くるりと振り向いた。

「短剣を持っているとはいえ、どこからどう見ても弱そうな者に剣を抜くな」

 確かに、男は体つきも貧弱でどこからどう見ても弱そうだ。しかし、

「子どもを襲ったのだぞ! こんな酷い目に遭わせやがって……!」

 そう叫びながら手を広げれば、お嬢ちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。

「怖かった……」

「ああ、無事でよかった」

「山賊さんの髪飾りが守ってくれたんだね」

 お嬢ちゃんの体は細かく震えている。

 いったい何があったんだ? あの男は何者だ?

 考えながら、ようやく俺は周囲の状況を確認する。どこかの屋敷の中か。お嬢ちゃんと男と……。

 振り向いて、俺は目を見開く。青い顔をしたルーティアと、同じく青い顔をした初老の男、それを守るように立つ護衛。

 ルーティアがふらりと足を踏み出し、しかしその場で崩れて泣き出す。

「血を分けた我が子だというのに……、そこまで堕ちてしまったのですか……!」

 なに? 我が子?

 ルーティアの言葉に俺は愕然とした。それではその貧弱男がお嬢ちゃんの父親で、ルーティアの夫だというのか。

 信じられない、なぜ子を傷つけようとしたのか。

 と、そこで親父が初老の男に話しかける。

「領主殿、勝手に屋敷に入って申し訳ない。緊急事態と判断したので踏み込ませてもらった」

 領主……? ということはルーティアの父で、ここは領主の屋敷か。

 親父の言葉に領主が混乱した表情で頷く。

「この男はこちらで処理させていただく」

 しかし親父がそう告げた途端、初老の男は焦った表情をした。

「いや、これは……!」

「娘の夫、孫の父親が犯罪者として裁かれるのを恥とするか。それが孫の命が脅かされるこの状況を招いたとしても、か?」

「…………」

 うなだれる領主。どうして、どこまで、と呟く声が聞こえる。

 どういうことだ?

 重い空気の中、俺に抱かれているお嬢ちゃんが叫ぶ。

「その男を父親だと思ったことなんてない! お母様が苦しむのもぶたれるのも、ルルはもう見たくない! 血は繋がっていても、ルルのお父様はそのひとじゃない! だから連れて行って!」

 震えたままで、だがきっぱりと言いきったお嬢ちゃんに、親父が満足げに頷く。

「その通りだ。この屋敷で一番賢く決断力があるのは幼いその子だな」

 そして親父は護衛に視線を向けた。

「その男を警備隊の詰め所に連れて行ってくれ」

 護衛が頷き、違うんだ、と叫ぶ貧弱男を引きずるようにして部屋から出ていった。

「息子も混乱しているようなので、状況確認も兼ねて少し話をさせていただきたい」

 親父の言葉に俺はハッとする。

「そうだよ! 親父、領主殿と知り合いだったのか!?」

「知り合い、というほどではないが、一度お会いしたことがある。まずはそこのソファに座れ。領主殿と娘殿も」

 親父がさっさとソファに座り、領主がルーティアを支えてソファに座らせる。俺はお嬢ちゃんを抱えたまま親父の隣に座った。

 親父が促し、領主がためらいつつもこれまでの経緯を語る。

 使用人としてこの屋敷で働いていたあの男とルーティアは恋に落ち、結婚したいと願った。それを聞いた領主は身分の差などを考えて少々ためらう、が、なんとルーティアが身ごもったことが分かり、そうなれば引き裂くわけにはいかないと、二人の結婚を許した。

 男は真面目な男だったので、娘のことも大切にしてくれるだろうと領主は考えた。だが、それが大きな間違いだったのだ。初めは優しかった男は、徐々に本性を現した。金を使い込み、酒と賭けごとに溺れ始めたのだ。

 そこで追い出していればまだよかったのだが、ルーティアは夫を信じ、領主は男の尻ぬぐいに奔走した。そうして男はついに、暴言や暴力までも振るうようになったのだ。

 そこまでいって、ようやく己の間違いに気づいた領主は男に娘との離婚を迫った。が、男は承諾しない。それはそうだろう、金蔓をわざわざ手放す馬鹿がどこにいるのか。

 そのうえ男は領主を脅してきた。己に何かあれば、世間から白い目で見られるのは妻であるルーティアであり、娘のミルルであると。警備隊に突き出せるものなら突き出してみろ、孫の父親が犯罪者であってもいいのならな、と。

 何度も離婚の話をして、そのたびに断られ、そしてようやく男は屋敷から出ていくことだけは合意した。といっても、毎月援助金を払うという条件のもとに、だ。

 ほんの束の間訪れた穏やかな日々。だがそれも長くは続かなかった。男がもっと金を出せとたびたび言ってくるようになったのだ。屋敷を出た男は、別の大きな街までわざわざ行って遊んでいたらしい。そしてその借金額は今までとは比べ物にならないほどのものとなっていた。

 ルーティアが悲しみ、領主が頭を悩ませる。

 そんな中、追い打ちをかけるように領地の山で凶暴な魔獣が大量発生してしまった。警備隊では太刀打ちできない強さ、領民に怪我人まででる状況になり、領主は王に騎士団を派遣してほしいという内容の嘆願書を提出した。

「そしてまず父が、様子を見るためにこの地を訪れたのだ」

「親父、が?」

 おかしいな。そういう時はまず調査隊が動くはずなのだが、親父は近衛騎士だぞ? 王族を守る立場にある者が、調査に駆り出されるなど聞いたことがないぞ。

「少々事情があったからな」

 うーむ、どんな事情だ?

「軽く山の状況を確認し、詳しい話を訊くためにこの領主の屋敷を訪れたのだが……」

 そこで親父が手を伸ばし、お嬢ちゃんの頭を撫でる。

「領主と話をした後、このお嬢さんに呼び止められてな」

 なに?

「じゃあお嬢ちゃんと親父は顔見知りだったのか?」

「母親を守ってほしいとお願いされて、これまでの経緯を聞いていた」

 え……! とこれは俺だけじゃなくて領主もルーティアも驚いていた。

「騎士様なら強いのでしょう、と真剣に訴えてくる子を見て、放っておくわけにはいかないかと少し調査をさせてもらった。その結果、ルーティア殿」

 はい、とルーティアがか細い返事をする。

「あなたの夫は存在しないということが判明した」

 うん? どういうことだ?

「あの男は王都で罪を犯した後、偽の名と身分証を使って逃げていたのだ。よって提出されていた婚姻届けも無効となる」

 なんだと……!?

 ルーティアと領主が短い悲鳴を上げた。

 領主が慌てた様子で身を乗り出す。

「し、しかし、わたしは彼の身元調査をしていた」

「実在していた人物の名と身分を買っていたとすればどうだ? それに調査員を買収するという手もある」

 領主とルーティアは愕然とした表情で親父を見つめる。

「それを踏まえて、ミルルにはある提案をさせてもらっていた」

 ミルル――お嬢ちゃんに? なんだ?

「あの男を追い払い二度と近づけないようにする、それに最適な騎士がいる、と」

 ……ん? 最適な……騎士?

 待て、それは誰のことだ?

「山の魔獣退治をさせておくから、どんな奴か見に行ってみるがいい。もし気に入ったらお嬢さんに差し上げよう。煮るなり焼くなり好きにしていい、と」

 山の魔獣退治……って、おい! もしかしなくてもそれは俺のことではないのか!?

 動揺している俺の腕の中から抜け出したお嬢ちゃんが、ソファの上に立ち上がる。

「黙っていてごめんなさい、山賊さん」

 いや、ごめんなさいって。え、ええ?

「最初は、強い騎士様ならお母様を守ってくれるかもしれない、だからちょっとその力を貸してもらおうと思ってたの。でも山賊さんはすごく優しくて、強くて、帰っちゃうって聞いた時には凄く悲しかった。ルルは山賊さんを好きになってしまったの」

 お、お嬢ちゃん……?

「もうずっと離れないで。ルルの傍に居て。そしてルルの――お父様になって!」

 お嬢ちゃんが俺にしがみつく。

「…………」

 小さな体を受け止めながら、俺はお嬢ちゃんが今言った言葉を頭の中で繰り返した。

 ……なんだ? 今、お父様って言ったか? ああ、お父様。お父様か。お父様……。

「お父様ああああ!?」

 お嬢ちゃんが慌てて耳を塞ぎ、親父がうるさいと俺の頭を叩いた。


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