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目を丸くする御者と護衛。
よかったねー、と無邪気に喜ぶお嬢ちゃん。
それが、馬車が通れるように整備した山道を見た、それぞれの反応だ。
魔石と魔術と歌を組み合わせて整えられた道は、我ながら一晩でやったとは思えないほど綺麗だ。
「これならば馬車で山頂まで行けるだろう」
そう御者に言えば、ぎこちなく頷かれた。
護衛が引きつった顔で俺を見る。
「まさか魔術……ですか?」
「そうだ」
「騎士というのは、ここまでできるものなのですね」
「いや、騎士だからといって、皆ができるものでもないだろうが」
「そうですか。では山賊殿は特別お強いのですね」
手合わせしなくてよかったです、と護衛は苦笑する。
護衛が御者と共に御者台に乗ってくれたので、俺は馬車の中、お嬢ちゃんの横に座る。
小さめの馬車は、俺が座るとそれだけで窮屈だ。
「狭いな。やはり俺は降りるか」
しかしお嬢ちゃんが駄目、とドアを塞ぐように両手を広げる。
「大丈夫だから」
「しかし……」
と、その時、
「お、おい……!」
お嬢ちゃんが俺の膝に乗ってきた。
「ほら、こうすれば大丈夫だよ」
そうでしょう、とお嬢ちゃんは体をひねって俺を見上げてくる。
だ、大丈夫は大丈夫だが……。
「お嬢ちゃん、男の膝の上に簡単に乗るんじゃない」
注意すれば、お嬢ちゃんがきょとんとして首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって……、はしたないだろう。それに俺が悪い奴だったらどうする」
悪戯されるかもしれないぞ、という言葉を俺は飲み込む。そこまで教えていいものか。
「なんだ、だったら大丈夫じゃない。山賊さんはいい人だもの」
う……。信用されているのは嬉しいが……。
傍から見たら、この状況はどうなのだろうか。俺の見た目から考えれば、確実に通報されるだろうな。
結局お嬢ちゃんを膝に乗せたまま山頂まで行く。そして馬車から降りれば、御者が首を傾げていた。
「何か問題でもあったか?」
「いえ、四人も乗せての山道だったというのに馬が楽に登っているようだったので……」
ああ、なるほど。
「魔術で少し補助をしてやったからな」
そう教えれば、御者が驚きお嬢ちゃんが凄いとはしゃぐ。
「ねえ山賊さん、ルルにも魔術は使えるかな?」
お嬢ちゃんが魔術?
「魔力がなければ無理だが、検査をしたことはあるか?」
お嬢ちゃんは首を横に振る。
ふーむ。見たところお嬢ちゃんに魔力はなさそうだが、たまに奥底に眠っていたりすることもあるからな。
「調べてやろうか?」
「え?」
お嬢ちゃんが目を瞬かせる。
あまり奥深くまで探るのは危険だが、軽く調べる程度ならいいだろう。
「できるの?」
「ああ」
お嬢ちゃんを切り株に座らせて、俺はその前で片膝をつく。
「いいか、心を落ち着かせて」
「うん」
お嬢ちゃんの手を取り、ゆっくりと俺の魔力をお嬢ちゃんの中に伸ばしていく。と、
「……ん?」
俺の声にお嬢ちゃんが反応する。
「どうしたの?」
俺は手を離した。
「本当に、ほんの微かにだが、魔力があるぞ」
「え!?」
「喜ぶな。残念だが魔術が使えるほどの量ではない」
そう、魔力はあったが、これではまず魔術は使えないだろう。魔石を使って増幅させても、簡単な魔術さえ使えるかどうかさえ怪しい。
「なんだ……」
お嬢ちゃんが肩を落とす。随分落ち込んでいるが、そんなに魔術が使いたかったか? まあ確かに魔術師といえば騎士と並んで憧れの対象ではあるからな。
ふーむ、そうだな。魔術、とまではいかなくても、あらかじめ構築された簡単な魔術を発動させるくらいならばできるかもしれないな。まあ、今はそれも言わない方がいいか。下手に期待をもたせてもいけないしな。
「ねえ、さっき山賊さんは魔術を使っていたんだよね」
「ああ」
「全然分からなかった。山賊さんが魔術使うのちゃんと見せてほしいな」
うん? もしかして、真似できるかどうか試そうと思っているのか?
「駄目だ。魔術というのは人に見せて自慢するためのものではない」
「ええー」
「それに、真似したところでお嬢ちゃんには魔術は使えないぞ」
「…………」
頬を膨らませたお嬢ちゃんを護衛がなだめる。その間に俺が敷物を広げて昼食の準備をした。今日もサンドイッチを持ってきてくれたらしい。
「ほれ、お嬢ちゃん。準備ができたが食べないのか? 食べないのなら俺が全部食べるぞ。そうしたらお腹ぺこぺこで帰らなくてはならないぞ」
むっとしながらもお嬢ちゃんはサンドイッチを食べ始める。すると、すぐに機嫌が直った。腹が満たされたら機嫌がよくなるって、本当に子供だな。
食べ終えたら、今日は薪割りをせずに倒した魔獣の数や場所、討伐方法などを帳面にまとめる作業をする。
「これを書いてどうするの?」
「もしまた魔獣が大量発生した時、参考になるだろう。書くことによって大量発生の原因が掴める可能性もある。それに騎士団に報告する必要もあるからな」
そう説明すれば、分かっているのかいないのか、ふーんとお嬢ちゃんが頷く。それを見て、ふと気づいた。こんな時間にここに居るこの子は、学校には通っていないのか?
「お嬢ちゃん、学校は?」
「行ってないよ。午後から家庭教師が来るの」
ああそうか。貴族や金持ちの家は学校には通わずに家庭教師を雇うところもあるからな。そういう俺も、魔力が安定するまではずっと親父に勉強を教えてもらっていたし、別に珍しいことではない。
「山賊さんは、学校に行っていたの?」
「ああ、騎士学校に通っていた」
「そこではどういうことをしたの?」
「剣の訓練と勉強だな。騎士は知識が豊富でなくてはいけないから、いろいろな勉強をした」
そうなんだ、とお嬢ちゃんは頷く。
「勉強は嫌いじゃないの?」
「いや、嫌いじゃないが、お嬢ちゃんは嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど難しいの」
まあ、領主の一人娘ならば当然か。跡を継がなくてはならない可能性もあるからな。
「学校って楽しいの?」
う……。
一瞬言葉に詰まってから俺は頷いた。
「まあ、楽しいな」
半分は本当だが半分は嘘だ。振られまくった記憶が蘇る。騎士学校に通う女性は凛々しく美しい者が多かったな。同士で好敵手で夫婦、なんて者たちも騎士には多くいて、ああいう関係もいいなと少し憧れていたのに駄目だった。
「ルルも行ってみたいな」
行ってみたい? 学校にか?
「行きたいと領主様にお願いすればいいだろう」
「駄目なんだって。学校の中には護衛は入れないから」
うん? 護衛が常に付いていなくてはならないということか?
領主ならば尊敬もされるが、いらぬ恨みも買うこともある。それを警戒しているのか、もしくは実際に危害を加えられるような可能性があるというのか。いや、危害が加えられる可能性があるのなら護衛付きとはいえこうして外出はさせないか?
よく分からないが、なにか事情があるのかもしれないな。
俺の仕事を見て、お嬢ちゃんは帰っていった。
「……ふむ」
俺は小屋の隅にある袋から魔石を取り出す。残り数個、何かあった時の為に大事に取っておかなくてはならないのだが……。
「おーい、山賊様~!」
呼ぶ声が聞こえ、俺は魔石を袋に戻して小屋の外に出る。
「これはどうしたことか! いや驚いた」
昨日、荷馬車が使いたいと言っていた男だ。街に一晩泊まってきたのか。
「山道のことか? 整備した」
「荷馬車が通れるようにしてくれたんか」
「ああ」
「いやあ、驚きだ! 次からは楽になるなあ」
嬉しそうに笑うのを見ていると、なんだか俺も嬉しくなる。頑張った甲斐があったな。
「この山道を通る他の奴らに広めておいてくれ」
「うんうん、みんな喜ぶだろうなあ。ああ、そうだ。これ通行料だ」
男が荷物の中から何かを取り出して渡してくる。
「昨日もう貰っただろう」
「これも貰ってくれ。というか貰っておいた方がええぞ、石鹸だから」
……ん? どういう意味だ?
「こんなところに居るから仕方がないかもしれんが、髪とか洗ってないんじゃないか? その服も洗濯しているか?」
一応体は川で洗って洗濯もしているし、小枝を使って歯磨きもしているが、石鹸がないので水洗いをしていただけだった。これは確かにありがたい。
「では、礼として受け取る」
石鹸を貰い、男を見送ってから俺は再び魔獣狩りを始める。
そして夕方には、久しぶりの石鹸で全身を洗ったのだった。




