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5 「家事は意外に得意です」

 二十歳までもう四か月しかない。最近は原因不明の倦怠感に襲われることも多く、食欲も落ちてきていたので、なんとなくだけど死が近づいているのかなと思っていた。

 このおっさんは、どうやら私を逃がしてくれそうにないし……。

 目が覚めると、おっさんことガルディスの腕の中だった。ずっと私を抱きしめていたのね、このひと。

 事情を話せば逃がしてくれるだろうか。果たして信じてもらえるかどうか……まあ普通は信じないよね。

 それにあと四か月旅を続けても、魂の恋人に会える可能性は無いような気がする。もういっそこの街で最期の時を迎えてしまおうかな。死んだら父さんに連絡してもらえるように準備を整えて。

 うう……、死ぬのか、あの父さんを置いて。どうして先祖返りになんて生まれちゃったのか。

 なんて考えていたら、ガルディスが目を開けた。

「おはよう、リズ」

「……おはよう」

 朝から濃いもの見た。髭が更に伸びてるし、寝ぼけ顔は迫力が増して、今すぐ旅団を襲いそうな立派な山賊顔だ。

「よく眠れたようだな」

「え?」

 まあ、確かに意外によく眠れたけど。

「顔を洗ってこい」

 洗ってこいって言うからベッドから降りようとしたら、ガルディスが私を抱っこして洗面台の前まで連れて行ってくれた。歩けるのにいちいち抱っこするのはなんでなの?

「ちょっと剣の素振りをしてくる。顔を洗ったら居間で待ってろ」

 そう言ってガルディスは洗面所から出て行った。……ねえ、あなたは顔を洗わないの? まあいいか。

 顔を洗って、タオルで拭きながら洗面台の上に設置されている鏡を何気なく見る。

「…………!」

 え!?

 私は我が目を疑った。鏡に映っているのは間違いなく私だ。だけど、いつもの私とは少し……いやかなり違う。

 目が、目がぱっちりしている!

 いつも眠そうに垂れ下がっている瞼はしっかりと上がり、一重だったはずが二重に。しかも睫毛が長くなってないですか?

「…………」

 なにこれ、なんで、怖い。

 鏡の前でひたすら呆然としていると、ガルディスが素振りから帰って来た。

「なんだ、まだここに居たのか」

 そう言いながら鏡越しに私を見たガルディスが、首を傾げる。

「どうした?」

 私の様子がおかしいことに気づいたみたい。

「目……」

「め?」

 と、その時、私の腹が盛大に鳴った。

「メシか」

 違―う! 確かにお腹が減っているけど、……あれ? 空腹感なんていつ振りだ? 最近はあまり食欲がなかった筈なのに。

「水を浴びるから待ってろ」

 ガルディスが服を脱ぎだしたので、私は慌てて居間に行く。すれ違った時にかなり汗臭くて驚いた。父さんは体臭とは無縁の人だったけど、これって普通なの?

 居間でソファに座ってまだ呆けていると、昨日出会った時と同じ服を着たガルディスがやって来た。よく見れば、警備隊の制服のようだ。ガルディスの山賊顔の方が印象強くて気づかなかった。

 あ、無精髭が無くなってる。剃ったんだ。髪の毛もしっかり整えられている。だけど見た目が山賊なのは変わりがない。

「行くぞ」

 ガルディスが私を抱っこして歩き出す。

 何処に行くのかなと思っていたら外に出て、着いたところは屋台が並ぶ朝市だった。

 いい匂い。またお腹が鳴る。

「何が食べたい?」

 え? 好きなもの選んでいいの?

「えっと、あれ!」

 私が指さしたものをガルディスが買ってくれる。肉と野菜が挟まれたパンを抱っこされたまま食べて、その間にガルディスは他にもあれこれと食べ物を買う。そして家に戻った。

 買ってきたものを食卓に並べる。もっと食えと言われたので、遠慮なく食べた。

「美味いか?」

 訊かれて頷く。

「俺は仕事に行かなくてはならない。本当はリズを連れて行きたいが、そういうわけにもいかない」

 そりゃそうだよね。子連れの警備隊長なんてありえない。

「俺が仕事の間、ひとりで留守番ができるか?」

 私はまた頷く。

「そうか、いい子だ」

 頭を撫でられた。

 私が朝食を食べ終わるのを見届けて、ガルディスは立ち上がる。

「昼に一度戻る。いいか、家の外には決して出るなよ。『嘆きの魔獣』が出るぞ」

 嘆きの魔獣……。随分懐かしい言葉を聞いたな。

 嘆きの魔獣は悪いことをした子のところに現れて、自分の今の境遇をひたすら嘆いて去っていく面倒くさい魔獣だ。と言ってもそれは空想の中の魔獣でしかないが。その魔獣は、五回目の遭遇時に今後の進路について相談してくる。それに上手く答えられない子供は食べられてしまうのだ。まあ、言うことを聞かない子供への脅しに使われる物語ってやつだね。

「じゃあな、行ってくる」

 はいはい、いってらっしゃい。

 ガルディスはもう一度私の頭を撫でて仕事に向かった。

 家に残された私は、居間のソファに座って考える。

 さて、何をしようか。

 本当はとっとと出て行きたいけど、それをやっても見つかって連れ戻されるような気がする。残念だけど無駄な抵抗はやめた方がいいだろう。

 私は何となく周りを見回した。

 物はそんなにないが、窓枠には埃が溜まっている。棚の上にも埃。床汚い。……掃除してないな。そういえば風呂もあまり綺麗じゃなかったし、ベッドもちょっと……いや、かなり臭かったような……。

「……洗濯するか」

 二階の寝室に行き、ベッドのシーツを剥ぐ。シーツと、昨日まで着ていた服も持って風呂場へ。そこに脱ぎ捨てられているガルディスの服と下着もついでに洗濯するか……って、よく見たら何日分溜めてんの? 悪臭が漂ってるんですけど……。

 風呂場の棚を探って洗濯洗剤を発見。それを使って洗濯する。

 う……、水が黒くなった。こんなことってあるの? どれだけ汚れているの?

 何度か水を取り替えながら洗濯をして外に干す。それから風呂場とトイレと居間の掃除。幸い掃除道具はあった。時間を掛けてしっかり磨いておいた。うん、綺麗。

 台所も確認してみる。調理道具は一式揃っているけど食料は何もない。調理道具を使った形跡もない。いつも外食で済ましているのかな?

 二階の寝室へ。クローゼットを覗けば……、しわくちゃのシャツ。アイロンをかけようという気はまったく無いんだな!

 そういえば、と思い出す。さっき掃除道具が入っていた物置で、アイロンとアイロン台を見たぞ。しかもアイロンは炭を入れる必要が無い魔道具内蔵の高級品だった。おしゃれ父さんのシャツを街の人から借りたアイロンを使って綺麗にするのは私の役目だったから、アイロンは得意なんだよね。

「……かけてやるか」

 その前にこの部屋の掃除もしなきゃ。ああもう、何この家。忙しすぎる。

 そんなことをしていたら、玄関が開く音がした。

「リズ!」

 二階まで響く大声で名前を呼ばれる。なんて声量なの……。

 階段をおりながら「おかえり」と言うと、ガルディスが足早に私の元まで来て更に抱き上げてくる。

「いい子にしていたか?」

「うん、まあ……」

「メシを買ってきたぞ」

 ガルディスが、持っていた紙袋を目の高さまで持ち上げて私に見せる。

 そのまま台所に移動しようとしたガルディスはふと床を見て、それから周囲を確認して首を傾げた。

「なんだか綺麗になっていないか?」

 ああ、気づいたんだ。

「掃除したから」

「掃除ができるのか? 偉いな、リズは」

 ガルディスが破顔する。

「できるよそれくらい。洗濯もした。アイロンも」

 まあ、年齢的にもそれぐらい余裕だよね。だけどガルディスは眉を寄せて小さく唸る。

「洗濯はまあいいが、アイロンは危ないだろう。あっちっちになるぞ」

 ……子供だと思って馬鹿にしてるな。

「大丈夫。以前から何度も使ったことがあるから」

「何度も……?」

 ガルディスの眉間の皺が深くなる。

 これ以上この話題を続ければ面倒なことになりそうだったので、私は紙袋を指さして言った。

「お腹空いた」

「え、ああ。そうだな。メシにしような」

 台所に移動して、食卓に買ってきた料理を広げる。

 昼から濃い味付けの肉に齧り付きながら、ガルディスが私を見つめて感心した様子で言う。

「まさか家事ができるとはな」

「料理もできる」

 この昼食は野菜が不足している。そんなことに気を取られていたから思わずぽろりと言葉が飛び出した。

「……料理?」

 あ、また眉間に皺を寄せている。

「そうなのか? だが包丁も火も危ないだろう」

 だから子ども扱いしないでってば。というか、子供でもそれくらいのことすると思うけどな。ちょっと過保護なんじゃない? それとも火を使われて火事を起こしたり、火傷や怪我をされたら面倒だとでも思っているのかな?

「リズ」

 ガルディスがフォークを置き、じっと私を見てくる。

「なに?」

「どこかのお屋敷で下働きをしていたのか?」

 お屋敷? 下働き?

「したことないけど」

「そうなのか? じゃあここに来る前はどんなところに住んでいた?」

 んん? これは事情聴取か。黙秘!

 口を噤んだ私の頭を、ガルディスが手を伸ばして撫でる。

「もっと食べろ。沢山食べて大きくなれよ」

 その大きくなるのをあなたが邪魔してくれているんですけどね!

 これも食えあれも食えとガルディスが私の前に料理を並べる。そんなに食べられない……、というか買う量多すぎでしょ。

 昼食が終われば、ガルディスは再び仕事に向かう。

「なるべく早く帰ってくるからな。いい子にしていろよ。それから危ないことは――」

「行ってらっしゃい」

 もう、しつこい。言葉を遮ってやる。

「――ああ、行ってくる。家の外には嘆きの……」

 だから、早く仕事に行け!

 ガルディスを追いだし、私は大きく息を吐く。

 さて、掃除の続きをやるかな。まだまだ汚い場所は沢山あるんだから、急がないと日が暮れる。

 それからひたすら掃除をして、くたくたになったところでガルディスが帰ってきた。

「リズ!」

 うるさいなあ、もう!

「おかえり」

 玄関まで行けば、抱き上げられる。

「ただいま。メシを買って来たぞ」

 ガルディスに台所に連れて行かれ、椅子に座らされる。

 食卓に並ぶ料理は……、昼食と一緒? いや、違うな。肉が大きくなって種類が増えている。そして野菜不足。

「沢山食べろよ」

 うん、お腹空いてるし食べるよ。買ってきた料理は確かに美味しいよ。でも同じものばかりじゃ飽きるんだけど……。

「いつもこんな食事?」

「ああ、そうだが?」

「ふーん」

 まあ、男の一人暮らしなんてこんなもんか。でももう少し野菜があってもいいな。温かいスープが飲みたい。

 そんなことを思いながら肉に齧り付き食事を終える。

「じゃあ、風呂に入るか」

 ……なんでがっちり私を抱きしめているのですか、このひとは。

「一緒は嫌」

「何故だ」

 そっちこそ、なんでそんなに一緒に入りたいのよ!

 なんとか拘束から逃れて別々に風呂に入る。私が風呂に入る際には「居間で待っていて」としっかりと言っておいた。また廊下で待たれていたら堪らないからね。

 そして風呂は別々でも、ベッドは一緒になる。

「子守唄を――」

「いらない」

「――そうか」

 そんなに歌いたいのか! そっと溜息を吐くな!

「おやすみ、リズ」

「ん……」

 洗い立てのシーツが気持ちいい。

 ガルディスが背中をぽんぽんと叩いてくる。

 またそんな子ども扱いを……、と思いながら私は眠った。


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