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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
山賊とお嬢ちゃん
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「さーんぞーくさーん、あーそびーましょー!」

 ……幻聴だ、幻聴だと言ってくれ。

 魔獣狩りをしていると、昨日の子供の声が聞こえてきた。

 なんであのお嬢ちゃんはまた来たんだ。もう来るなと言っただろうが。護衛も引きとめろよ。

 仕方なく昨日と同じ場所に向かえば、お嬢ちゃんの姿が見えた。またドレスと山に適さない靴を履いた格好でいるな。嬉しそうに手を振るな。

「あのなあ、お嬢ちゃん。ここには来ちゃ駄目だと言っただろう?」

「今日はね、ちゃんと通行料を持ってきたの!」

 人の話を聞け。それに通行料とはなんだ。まさか金を持ってきたわけではないだろうな。と警戒していれば、

「一緒に食べましょう!」

 お嬢ちゃんの背後に居た護衛がバスケットを俺に渡す。

「……なんだ?」

 開けて中を見てみれば、サンドイッチが入っていた。

 ……美味そうだな。いや、しかしこれを貰ってしまってはお嬢ちゃんが山に入ってきてしまう。

「せっかくだが、お嬢ちゃん……」

「一生懸命作ったの!」

 お嬢ちゃんの手作りなのか? きらきらした瞳で見つめられれば突き返すのも悪い気がする。しかし……。

 迷っていれば、おほんおほん、と不自然な咳が聞こえた。咳の主である護衛を見れば、貰ってやってくれという視線を向けられる。

 ……仕方がねえな。

「ほら、来い」

 片手を広げれば、お嬢ちゃんが素直に体を寄せてきたので抱き上げる。

 お嬢ちゃんの好意を無下にするわけにもいかないしな。決してサンドイッチに目がくらんだわけではないぞ!

「おい、あんたも一緒に来てくれ」

 護衛に言えば、頷かれる。

 山道を登っていき、山頂でバスケットを開けた。ご丁寧にも護衛は敷物まで用意していた。

 お嬢ちゃんが作ったというサンドイッチは素直に美味かった。調味料の偉大さに感動した。

「たくさん作ったからたくさん食べてね!」

 たくさん……か。正直凄く少ないのだが、これがお嬢ちゃんにとっての『たくさん』なんだろう。なんだかちょっと可愛いな……って、いやいや決してそういう趣味ではないが!

「ねえ、山賊さんは強いの?」

「まあ、強いな」

「山賊さんが強いところ見てみたい!」

「なに?」

 強いところと言われてもな……。そういえば昨日もそんなことを言っていたな、魔獣討伐を見てみたいだとか。絵本かなにかで騎士を見て憧れたとか、そんな感じか?

「ねえ、戦ってみて」

 お嬢ちゃんは俺と護衛を交互に見る。

 戦ってみろと言われても……。

 俺が躊躇し、護衛がとんでもないと手を振る。

「無理ですよ、お嬢様。山賊殿は騎士様です。わたしではとても勝ち目はございません」

 そうなの? とお嬢ちゃんが首を傾げて俺を見つめる。

 ……悪いがそうだな。この護衛、そこそこ強い感じはするが、それでも手合わせするとなれば、俺がかなり手加減をしなければならないだろう。

 頷けばお嬢ちゃんが目を輝かせる。

「凄い! そんなに強いの?」

「ま、まあな……」

 凄い凄いとお嬢ちゃんは手を叩く。そんなに無邪気に褒められたら照れるではないか。

「ねえ、山賊さんは、どうしてこのお山に住んでいるの?」

「王都で一番偉い騎士様から、この山の魔獣を倒せと命じられたからだ」

 嘘は言っていないぞ。ただそこに至るまでの経緯を言っていないだけで。

「一人で住んでいて寂しくないの? ルルのおうちに来る?」

 屋敷に招待してくれるのか? しかし街に行くことは禁じられているからな。というか領主の一人娘に近づくことも禁止されているがな。だがこれは俺が近づいたのではなくて、お嬢ちゃんから近づいてきたのだから仕方がないだろう。不可抗力というやつだ。

「俺は、この山の魔獣をすべて倒すまでここを動けない」

「そうなの? それはいつ終わるの? 今日? 明日?」

「……いや、そんなに早くは終わりそうにない」

 そんなに早く終わるようなら、俺は喜んで王都に帰るだろう。ああ、王都での暮らしが懐かしいな。振られまくったという苦い記憶はあるが、屋敷に居れば母は優しいし、食事も使用人が作ってくれる。風呂にだって入れるし、清潔な着替えだって何着も用意されている。

 ……思い出していたらなんだか悲しくなってきたな。俺までいなくなって、母は泣いていないだろうか。

 うなだれて内心で溜息を吐いていれば、お嬢ちゃんがパンッと手を叩いた。

「じゃあ、ルルがここで一緒に住んであげる!」

 なに?

 視線を向ければ、言い考えでしょというように笑っている。

「…………」

 ああそうか、と俺は気づいた。

 ただの我が儘お嬢様かと思ったら、そうじゃなくて好奇心旺盛なだけの優しい子じゃないか。

 俺はお嬢ちゃんの頭を撫でる。

「残念だが、ここにはお嬢ちゃんのベッドがない。それにお嬢ちゃんがここに住んだら領主様が寂しがるだろう?」

 そう言えば、お嬢ちゃんが眉を寄せた。

「うーん、そっか」

 頬に手を当てて、うーんうーんとお嬢ちゃんは唸る。そしてパッと明るい表情になり、もう一度手を叩いた。

「そうだ! だったら毎日ここに来てあげるね!」

「毎日?」

「うん。毎日!」

 俺は苦笑した。

「俺も忙しいんだ。毎日お嬢ちゃんを山の入り口まで迎えに行くわけにはいかない」

「ルル、自分で登るから大丈夫だよ」

「無理だろう、やめておけ」

「大丈夫だもん! 明日もこの時間に来るから!」

「お嬢ちゃん……」

 まいったな。ここはきつく言っておくべきか。嫌われるくらいじゃないと、納得してくれそうにないな。

 俺は少しお嬢ちゃんを睨むようにして、ぶっきらぼうに言い放った。

「迷惑なんだ」

 しかしお嬢ちゃんはそれを即座に否定してきた。

「嘘」

「嘘じゃない」

「だって、山賊さんの目は嫌な目をしていないもの」

 ……なんだと?

 眉を寄せる俺の頬に、お嬢ちゃんが手を伸ばす。

「真っ黒で綺麗……」

 触れてきた指先が熱い。いや、熱いのは俺の頬か?

「…………っ」

 なんなのだ、この子は!

 そんなに顔を近づけてくるな。俺が、俺の顔が怖くないのか? 子供は普通、俺の顔を見ただけで泣き出すものだぞ。

 俺はお嬢ちゃんを引き離し、深く息を吐く。

「……勝手にしろ」

「うん。じゃあまた明日来るね」

 お嬢ちゃんは嬉しそうに頷き、まだ皿に残っていたサンドイッチを食べ始める。

 ……小動物みたいな食い方だな。

 食べ終わった後は、何が楽しいのか分からないが俺が薪割りするのを眺めて、お嬢ちゃんは漸く帰る気になってくれた。

 抱っこして下山する。

「またね、山賊さん」

「…………」

「また明日、ね!」

「……ああ」

 お嬢ちゃんが手を振り、馬車で去っていく。

 ……返事をしてしまった。

 溜息を吐いて山頂に引き返す。結局明日もお嬢ちゃんが来ることになってしまった。今日と同じ時間に来るのか。放っておくわけにもいかないし、山道の入り口まで迎えに行ってやらなければならないか。

 そんなことを考えながら歩いていれば、

「……うん?」

 誰かいるな。

 向こうも俺に気づいて片手を上げてくる。

「ああ、山賊さんですか」

 商人か? 切り株に座って休憩していたようだが、その足元には大きな荷物が置かれている。

「いやはや。荷物を背負っての山越えはきついですな」

 俺が近づいていけば、男が首元の汗を拭いながら言ってくる。

「これから街で商売か?」

「村で作った品を街の店に置いてもらっているんですよ。村出身の者が街で商売やっていてね、そこに。ここが再び通れるようになって助かります」

「そうか」

「でもぜいたくを言うなら、荷馬車が使えればいいのですが」

「荷馬車?」

 ふーむ、荷馬車な。

「結界があるから馬が通っても安全ではあるが、馬が山道を行くのを嫌がるのか?」

「いえいえ。それよりもこの道が」

「道?」

 ああそうか、と言われてようやく気づく。馬車が通るには足場が悪いのか。それに馬車同士がすれ違うにはもう少し道が広くなくてはならない。

 もしかして、お嬢ちゃんのところの馬車が山に入らずに待機していたのもそのせいか? それは考えていなかったな。

「道が整備されれば、荷馬車を使うか?」

「そりゃもう」

「……そうか」

 顎に手を当てて考えていれば、商人が何かを差し出してきた。

「こんなもんしかないんですが」

 見ればそれは、髪紐だった。

「いらん」

「まあまあ、なんかの役に立つかもしれんから貰っておいてください」

 髪紐が何の役に立つというのか。短髪の俺では結ぶところがないぞ。

 商人は俺に髪紐を押し付けて去っていった。その背中を見送り、視線をそのまま地面に向ける。

 ……ちょっと大変そうではあるが、なんとかなるかもしれないな。

「魔石はあといくつ残っていたか……」

 呟いて、俺は小屋の中に入った。


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