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俺は失恋を繰り返し、ツクヨは脱走と遊びを繰り返す。そして俺は親父に怒られる。
事件があったのは、そんなある日のことだった。
いつものように屋敷をするりと抜け出したツクヨ。親父が屋敷の周囲に張っている脱走防止用の結界に穴をあけて。
抜け出す時だけ、ツクヨは異常に力を発揮する。それも本能なのだろうか。そんなツクヨを捜すために俺も街に出る。
不思議なことに、俺が捜すとツクヨは見つかるのだ。まるで引き合っているかのように。
双子ゆえの力だとでもいうのか、とその日も街で遊ぶツクヨを寂れた裏路地で無事捜し当てたのだが、――様子がおかしい。
揉めているのか?
急いで近づく俺の目に映る鈍い光。
短剣だ、と気づいた俺は、咄嗟に魔術を使った。そして己の身を守ろうとしたツクヨも魔力を放った。
「…………!」
俺の魔術は短剣を弾き飛ばした。だがツクヨが生命の危機を感じて咄嗟に放出した魔力は、親父たちが厳重に施したはずの暴走防止用の魔術も、万が一の為にと張ってあった結界魔術も破って暴れ出した。
「ツクヨ!」
駆け寄った俺はツクヨに手を伸ばす。ツクヨも俺に手を伸ばす。
暴走した魔力がうねり、ツクヨを飲み込もうとする。
なんだ、これは!
俺は目を見開いてツクヨを助けようと必死に手を伸ばす。
魔力のうねりが――空間を曲げている? まさか、そんなことがあるのか。
もう少しで届く距離から、ツクヨの手はどんどんと離れていく。
「くそ! 収まれ、収まれ!」
全魔力を込めて俺は歌う。魔力よ静まれ、暴走よ止まれ、精霊よ力を貸してくれ。恋する種族だけに与えられた歌の力でツクヨを助けそうとするが――、
ふっと、ツクヨが笑った。
「おい!」
伸ばしていた手を、ツクヨが振る。
「さよならハルヒ。君が好きなのは本当だよ。ぼくの可愛い弟」
何を言っている!?
「ふざけるな! 行くな、行くな!」
叫ぶ俺に向かって口づけする仕草をして、そして、ツクヨは空間の歪みに飲み込まれた。
「…………」
消えた。消えてしまった……。
茫然と座り込む俺と、隆起した地面、崩れた建物。すぐそこに倒れているツクヨを襲った奴。
魔力の渦も歪みもツクヨと共に消え、ただの空間が広がっているだけだ。
周囲が騒がしかったが、そんなものはどうでもよかった。何故ツクヨを逃がしてしまったのか、何故もっと早く見つけられなかったのか。己の無能を後悔し、最後に見たツクヨの笑顔を思い出す。
どれだけそうしていただろうか。
ふと気づいたら俺は地面に倒れていた。頭に響くほどの頬の痛みが、俺を無理やり現実に引き戻す。
視線を上げれば、怒りの形相の親父が立っていた。騒ぎに気付いて駆けつけた親父に殴られたのか。
何が起こったのか言えと命じられ、俺は目の前で起こったことを途切れながら話す。周囲では騎士や魔術師が、街の人たちを避難させていた。
すべて話し終えると、怒りなのか悲しみなのか、親父が震えながら低く唸る。俺は唇を強く噛んだ。
空間の歪みに飲み込まれたツクヨはどこに行ってしまったのか。
「捜せ」
親父が俺の胸ぐらを掴む。
「お前ならできるだろう。心を落ち着かせ、ツクヨの魔力を探れ」
「そんなこと……、できる、だろうか」
「できる」
親父が頷いて手を離す。
俺は深呼吸をして、己の魔力を伸ばした。が、どこにもそれは見つからない。
「親父……、見つからない。ツクヨが見つからないんだ」
みっともなく声が震える。
「もっと魔力を伸ばして捜せ。近い場所、遠い場所、近くの国、遠い国、あるいは――」
あるいは……、どこだ?
その後しばらく必死に魔力を伸ばし続けたが、結局ツクヨは見つからなかった。
俺は親父に引きずられて屋敷に戻る。
頬が腫れた俺と親父の姿を見た母が悲鳴を上げる。そして事情を知った母も必死にツクヨの魔力を探り、しかし見つからずに泣き崩れた。
親父も祖父も王弟殿下も、ツクヨの居場所を捜した。だけど見つからない。
ああ、どうして俺はあの時ツクヨの手を掴めなかったのだ。ツクヨの魔力の暴走を止められなかったのだ。あの空間の歪みに飛び込んで、一緒に飲み込まれればよかったのではないか。
せめてどこか安全な場所に辿り着いてくれ。時空の狭間で彷徨い続けるようなことだけは、どうかないように。祈りを込めた歌を俺は歌う。と、
「…………?」
ん?
俺は首を傾げた。微かに感じる魔力、これは――ツクヨのものではないのか?
今にも消えそうなその魔力を必死に辿れば、
「……ツクヨ? ツクヨ!」
見つけた、見つけたぞ! 生きている! しかも怪我一つなく元気だ!
しかし……これはどこの国、いや、どこの『世界』だ?
ツクヨの無事を確認した俺は、また茫然とした。いくらこの世界を捜しても見つからないわけだ。空間の歪に飲み込まれたツクヨは、こことは別の世界――異世界に辿り着いたようだ。
「……え」
異世界? 異世界ってなんだよ。この世界の他に世界があるのか?
混乱する頭でとりあえず両親にそのことを報告すれば、無事を知って安堵した後にツクヨをその異世界から取り戻せと言ってきた。
そんな無茶苦茶な……。
しかしどうやらその異世界やツクヨの存在を感じられるのは俺だけらしい。双子だからか? 母や母方の祖父でさえ、俺がいくら教えてもツクヨの存在を掴めなかった。俺が何とかするしかないのか。
せめて俺の歌が届けばと歌ってみると、ツクヨが驚く。聞こえているようだ。が、俺の歌に応えようとしても上手く応えることができないようで、ツクヨは不安定な魔力をただ放出している。
恋を知らないツクヨは歌を知らない。歌おうとしても歌えないのだ。
もしツクヨが歌えれば、俺の歌とツクヨの歌――魔力を絡み合わせて連れ戻すことはできるかもしれないが、俺が一方的に歌い魔力を伸ばしても、それを掴んでくれないこの状況ではどうにもならない。俺の魔力だけで強引に連れ戻せるかどうか試してみてもいいが、下手をすれば空間の歪がまた発生して、今度こそツクヨの身が危ないかもしれない。
悩んでいれば、
「……なに?」
あっさりと帰還を諦めたらしいツクヨが、異世界の老若男女を食い始めた。
「な、何をやっているんだ……!」
いや、確かに親父たちが施した魔力の暴走を抑えるための術はもう解けてしまっている状態だ。魔力を安定させるには、肉体を繋げるしか方法がないのかもしれない。しかし……これは完全に監視の目がなくなってはめを外しているというか、水を得た魚というか、楽しげな雰囲気さえ伝わってくる。
俺は頭を抱える。ああ、こんな状況を母になんと説明すればいいのか。
とりあえず親父にだけ報告をすれば、顔を引きつらせてぷるぷると震えていた。八つ当たりされる前に俺は慌てて自分の部屋に戻る。
「おい、ツクヨ!」
怒鳴りつけてみれば、笑った気配がする。
く……っ。もうこれは駄目だ。完全に異世界生活を満喫している。あの美しさは異世界でも通用するらしい。何か別の方法が見つかるまで、もしくはツクヨが恋を知り歌えるようになるまで、放置するしかないのか?
……元気でやっているのならいいと、そう考えるしかないか。
また刺されるような状況にだけは絶対なるなよ、と異世界のツクヨの元に歌を送れば、くすくすと笑った気配がする。
「……ツクヨ」
俺は盛大な溜息を吐く。
俺の声はツクヨに届く。ツクヨの声は俺に届かないが、気配を感じ、何をしているのかは感じ取ることができる。
というか、ナニばっかりしているな!
俺は項垂れ、とりあえずこの問題は保留とした。と言うか保留にせざるを得なかった。
いくら親父が怒ろうともどうしようもないじゃないか! 無理なものは無理なのだ!
ツクヨの問題を保留とした俺は、真面目に勉強して剣と魔術の腕を磨き、学校を卒業して騎士となった。
よし、と俺は拳を握る。というのも騎士はモテるのだ。高給取りで、いろいろと優遇されることも多く、名誉もある。退職した後は悠々自適の生活を送れること間違いなし。騎士と言うだけで、本気も遊びも含めて女は寄ってくるのだ。
母には絶対内緒だが、俺と同じ見た目の親父でさえ、そういう意味では困らなかったらしい。
これでようやく俺にも花舞う日々が訪れる!
期待に胸を膨らませる、が、
「何故だ、何故俺には女が一人も寄ってこない……!?」
騎士になって何日経っても、女は寄ってこない。
これはどういうことだ? 他の騎士たちはしっかりとモテているというのに。
もしや親父でさえ言い寄られていたというのはガセか?
見栄を張ってそう言っていただけではないのかと親父に確認してみれば、それは本当だと言われ、更に、
「飢えた目で迫っても逃げられるだけだ。そんなことに現を抜かしていないで、騎士としての実力を伸ばす努力をしろ」
と説教された。
それは美しい伴侶を得た者の余裕か!
俺は唇を噛みしめて心の中で叫ぶ。
誰か俺を愛してくれ! もう愛してくれるなら男でも……いや、さすがに男は駄目だ、ツクヨじゃあるまいし。
とにかく愛してくれ!
愛を求める俺は、親父の忠告を無視して気になった相手に果敢に挑んだ。全部玉砕したけどな!
お茶するだけでも駄目なのか? そこまで俺は駄目なのか?
うなだれ落ち込む日々が続き、そして――。
「……は?」
ある日騎士団長に呼び出された俺は、告げられた言葉に目を丸くしたのだった。




