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衝撃の誕生日から暫くして、俺は騎士学校に通うこととなった。
そしてツクヨは学校に行くこともなく屋敷で大人しく――するわけもなく、親父や母や俺の監視をすり抜けて外へ出て遊ぶ。しかも老若男女構わず食い散らかしていることが判明し、俺は腰を抜かしそうになった。
どうしてだ、何故だ。
何度も問うが、ツクヨの答えはいつも同じ、
「だって気持ちがいいでしょ?」
だ。
肉体の繋がりだけを求めることなど虚しいだけではないか。確かに気持ちよかったが!
例えば、誕生日にあれこれしてくれたあの時の女性たち、彼女たちは仕事としてそれをしていたのだ。そこには特別な感情などなかった。
それを証拠に、いちばん優しかった女性に淡い恋心を抱いた俺は、個人的に会うことが可能かどうか訊いたのだが、答えは駄目であった。そのうえ顔が好みではない、というか正直怖いし仕事と割り切らなきゃ無理とまで言われてしまったのだ。
確かに俺は親父似の山賊顔だ。髭は濃いし眉は太いし、眼光鋭いし、ガタイもよくて今すぐそこらの人たちを脅して金品巻き上げそうな雰囲気はする。だけど中身は至って善良なのに……。
体だけ繋げても心が繋がってなければ虚しいだけ、たとえ気持ちよかったとしても。俺はそれを痛感したのだった。それなのにツクヨが何故こんなことを繰り返すのか理解できない。しかしツクヨに言わせれば、恋や愛なんてものの方がよほど理解できないそうだ。
いつか大変なことが起こるぞ、と親父はツクヨに説教をする。なにより母に似たツクヨにそんなことをしてほしくはなかったようだ。それにツクヨは笑みを返す。分かったよ、と。そしてまたするりと抜け出すのだ。
「父は仕事がある。ハルヒ、お前がしっかりとツクヨを監視しろ」
いや、俺も学校があるのだが……。
騎士学校での俺は成績が優秀だった。それはそうだろう、勉強も剣術も親父に叩き込まれたのだから。
学校に通うようになった俺は、行動範囲も広くなった。魔力が安定して自由に扱えるようになったので、王都内ならどこでも好きな場所に行ってもいいと許可されたのだ。
ツクヨのことも気になるが、それよりも今まで閉じこもっていた分だけ俺は外の世界を堪能しようとし、そして恋もした。が……、この見た目が災いし、恋が実るどころか避けられ逃げられ犯罪者扱いをされた。
俺はこの見た目を恨んだ。何故親父似なんだ、恋する種族は美しいと決まっているのではないのか。半分はその血が入っているはずなのに……。
いや、だが同じ顔の親父は母のような美しいひとを伴侶にできたのだ。いつか見た目ではなくて俺の中身を見てくれる女性が現れるに違いない。
俺は恋をするたびにめげずに告白をしに行った。しかしやはり悲鳴を上げられ、金品を差し出されることさえあった。
どうしてだ! どうして皆見た目だけで判断するのだ!
ツクヨの見た目が羨ましい。決して乱れた生活をしたいとは思わないが、でもあの見た目は羨ましい!
ツクヨは変わらずふらふらとして、魔力も安定と不安定を繰り返している。そんなツクヨを、親父は苦々しい表情をしながらこう分析した。
魔力を安定させるために、本能的に肉体の繋がりを求めているのではないか、と。
肉体が繋がれば、一時的にだがツクヨの魔力はある程度安定する。母も、まだ婚約段階の頃に肉体の繋がりを求めてきたことがよくあったらしい。今考えれば、それは恋する種族の本能のようなものではなかったのかと親父は唸る。
幸いにも俺にはそういうことがなかったが、ツクヨは強くその本能が出ている可能性があるらしい。
だが、と俺は首を傾げる。肝心の心が伴っていないのはどうしてなのだろう。恋も我々の種族の本能であると言っていいのに。
その疑問を口にすれば、ツクヨがくすくすと笑う。
「ぼくはね、たぶん欠陥品なんだ。恋を理解できない恋する種族。ねえ、気づいていた? ぼくは歌も歌えないんだよ。歌おうとするとね、喉がきゅっと絞まったみたいな感じになって、言葉が出てこなくなるんだ」
それは気づいていた。
子供の頃から不安定ながらも俺は歌えていた。だけどツクヨは歌うそぶりを見せるだけで歌わない。歌わないのではなく歌えないのだと気づいたのはつい最近だが。
「でもそれを言うなら、半分とはいえ恋する種族なのに美しくないハルヒも欠陥品かな? 一つだったものが二つに分かれてしまった結果、ぼくたちは大切なものが欠けたまま生まれてしまった」
俺は小さく唸る。
「そんなことを言うな。俺もツクヨも欠陥品なんかじゃない。いや、たとえ欠陥があったとしても、それを埋める存在が必ず現れる」
ツクヨが目を細め、しなやかな腕が伸ばして俺の首に絡ませる。
「夢見るハルヒが大好きだよ。その黒い髪も瞳も、人を何人も殺していそうな風貌も」
唇の端に口づけしてきたツクヨに、俺は顔をしかめる。
「……弟を誘惑してどうする」
気持ち悪い真似をするなと引きはがせば、くすくすと笑いながら踵を返す。
「じゃあ、気持ち悪いお兄ちゃんはここらで退散するよ」
去っていく背中をやれやれと見送る。……ん? 待てよ。
「ツクヨ!」
ハッと気づいて追いかけたときはもう遅かった。ツクヨの姿は屋敷には無く、俺は親父に怒られてツクヨを連れ戻す為に街中を走った。
「どこだ、ツクヨー!」
必死の形相で叫びながら走る俺を見て、人々が悲鳴を上げて避ける。
「人殺しー!」
誰が人殺しだ!




