4 「恋する種族」~過去~
父親から死を宣告された私。
……無いわ。それは無いわ。病気ひとつしたことがないのに、いきなり死ぬよなんて言われても戸惑うだけだ。あ、そういえば父さんが病気や怪我をしたのも見たことがないな。今回が初めてだ。
「現実逃避してないで、僕のお話聞いてくれる?」
現実逃避しているつもりはないけど、まあ聞いてやるか。
私が頷くと、父さんは潤んだ目で話し始めた。
「僕達の種族がどんな種族かは知っているね」
「うん。まあ……」
それは数年前に父さんから教えられた。
私達は『恋する種族』というとっても珍しい種族らしい。
その恋する種族というのは、その名の通り恋をすることで美しく成長する種族なのだ。
恋を知り、大人へと肉体が変化していき更に美しくなる。なにそれって感じだけど、実際そうらしい。
「実は、リズちゃんに黙っていたことがある」
黙っていたこと?
「恋を知らない恋する種族は早死にするんだ」
早死に?
「は?」
「恋する種族は恋を糧に生きている。だから恋をしないと……」
父さんが唇を噛む。
えーと、つまり……。
「リズちゃんは、恋する種族なのに一度も恋をしたことがないよね」
そうなのだ。いつまでも子供の姿のまま成長しない私は、未だに誰にも恋をしたことがない。それが私達の種族ではおかしなことだっていうのは、父さんの態度から薄々気づいていたけど、でも早死にって……。
「つまり、恋を知らない私は死ぬってこと?」
父さんが頷く。
「いつ、死ぬの?」
「……おそらく、二十歳くらいで」
二十歳……?
私は目を見開く。
「あと一年も無いじゃない!」
そうなのだ。見た目は小さな子供だが、私は既に十九歳なのだ。酒も飲める立派な成人だ。
や、やばい。恋する種族にそんな秘密があったなんて。さすがにまだ死ぬには早い。
「じゃあ、適当な男をつかまえて恋をした方がいいってことよね」
私は決心する。恋をしよう。
あ、でも恋ってどうやってするの? したことがないから分からないよ。とりあえず付き合えば恋に発展する? それとも強引に押し倒して……、いや、体格差があるから無理か。
あれこれ考えていると、父さんが遠慮がちに声を掛けてくる。
「リズちゃん、あのね……」
「なに!?」
今は父さんと遊んでいる場合じゃないの! 邪魔しないでくれる?
「たぶん、そこら辺の男じゃ無理だよ」
「あ!?」
「リズちゃんは先祖返りなんだ。……たぶん」
……先祖返り?
「なにそれ」
眉を寄せる私に、父さんが説明をする。
「遥か昔、恋する種族は『魂の恋人』と呼ばれる生まれる前から定められた運命の相手としか恋に落ちなかったんだ」
ふーん、運命の相手ね。定められたって、誰が定めたのよそんなもの。
「だけどこの広い世界で魂の恋人に出会うことができる確率は低かった。恋する種族はその数をどんどん減らしていくことになる」
まあ、そうだよね。そっか、それで私達の種族って珍しくなったんだ。
「しかしある時、奇跡が起きた」
「奇跡とは?」
「我々は超進化して、老若男女、獣もどんとこい! どんな相手にでも恋できる種族になったのだ!」
「節操なさすぎでしょ!」
なにその超進化! 急に誰でもいいなんてどうなっているの?
「だけどリズちゃんは、未だに恋をしない。それはつまり……」
「先祖返りの可能性が高いってこと?」
「そう。まあ正確にはそれだけで先祖返りだって思ったわけではないけど」
魂の恋人に出会えてないから恋をしない。恋をしないから成長できない。そして恋をしないから早死にする。
……どうすりゃいいのよ。いきなりそんなこと言われて。さっき恋をすると決心したばっかりだけど、もう気持ちが萎えてきた。
「リズちゃんの場合、母親も恋する種族だから血が濃いっていうのもあるんだろうけどね」
ん? ちょっと待て。今聞き慣れない言葉が聞こえたぞ。
「お母さんって居たの?」
物心ついたころから父さんと二人で旅をしていた。そして今まで母親の話なんて一度も聞いたことがないぞ。
「居なきゃリズちゃん生まれてないだろう? いくら父さんが女性より美しいからって、さすがに子供は産めないよ」
……まあ、そうだけど。
「なんで母さんのこと今まで教えてくれなかったの? 何故母さんはいないの? 逃げられたの? 捨てられたの?」
そう訊けば、父さんは心外だと頬を膨らませた。
「逃げられても捨てられてもないよ。死んじゃったんだけど、綺麗な人だった。今まで話さなかったのは、彼女を思い出して辛くなるから」
……つまり、自分が辛いから娘に母親の話を一切しなかったと。なんとまあ身勝手な。私にだって母親のことを知る権利ぐらいあったんじゃないの?
「それにリズちゃん訊かなかったじゃない。『お母さんは?』って」
う……。そう言われればそうか。母親が居ないのが普通だったから、気にしたことがなかったのかもしれない。
「で、私はもうすぐ死ぬのね」
そう言えば、父さんが首を横に振った。
「諦めちゃ駄目だよ。まだ数か月あるからきっと魂の恋人が見つかるよ。明日にはここを旅立って次の街に行こう。そこでならきっと……」
「十九年間見つからなかったものが、数か月で見つかると思う?」
「う……、思う」
目を逸らすな!
「それに、魂の恋人なんてどうやって見分ければいいの?」
魂の恋人だと、出会っただけで分かるのだろうか。ではどうやって分かるのか。
うーん、と父さんは顎に指を当てて考える。
「恋をするとね、痺れるような感覚があるんだ。魂の恋人なら出会った瞬間、それこそ気絶するくらいの衝撃があってもおかしくないと思うよ」
ふーん、そういうものなのかな? じゃあ出会った瞬間痺れれば魂の恋人なんだね。
「ということで、僕は退院します」
「無理でしょ」
そんな足で移動なんて絶対無理。骨が粉々だよ、粉々!
「でも……。そうだね、じゃあ……」
父さんは服のポケットから一枚の木札を取り出して私に渡す。
「これ、銀行ギルドの預かり札じゃない」
これをどうしろというのか。入院代でも引き出して来いというのかな。
ところが、父さんは驚くべき言葉を口にした。
「リズちゃん、これで旅を続けて」
「は?」
え……。まさか一人で旅しろと? この状態の父さんを置いて? 魂の恋人なんてよく分からないものをあてもなく探せと言うのか。
「こんな小さなリズちゃんを、ひとりで行かせるのは危険だと分かっている。でも僕はリズちゃんに死んでほしくない。絶対に死んでほしくないんだ」
ぎゅっと手を握られて、いつもへらへらしている父さんが真剣な表情で私を見つめる。
「父さん……」
私は手の中の預かり札を見た。稼いだお金はいつも銀行ギルドに預けている。だから、これは……。
「全財産じゃない。これを私に渡して父さんはどうするの?」
入院代は? 生活費は?
だけど父さんは自信満々に答える。
「大丈夫。僕には歌がある。幸い首から上は全く傷もないし、いざとなればお金持ちから金を巻き上げるよ。入院代だって、僕が微笑めば無料になるはずだ」
父さん……。入院代踏み倒す気なんだね。
「巻きあげる額はほどほどに」
「分かっているよ。さあ、行って。明日の馬車で次の街に向かうんだ」
うん。そこまで言われたら、もう旅立たないわけにはいかないかな。
魂の恋人に会える確率はとても低いだろうけど、でも可能性があるならそれに賭けてみてもいい。
私は立ち上がり、銀行ギルドの預かり札をしっかりと握りしめる。
「僕はこの街で、リズちゃんの帰りを待っているから」
「うん。ねえ、ずっと旅をしていたのって、もしかして……」
父さんは微笑む。
「僕は吟遊詩人だからね。吟遊詩人は旅をするものだよ」
父さんは手を伸ばし、テーブルの上の竪琴を掴んだ。
「旅立ちの歌を、愛する娘に」
竪琴を爪弾き、父さんは歌う。
綺麗な歌。ひとりで秘密抱えて……、本当に馬鹿な父さんだ。どうせならもっと早く言ってほしかったよ。
私は父さんに背を向けて、病室から出る。
残された時間は僅かなのかもしれないけれど、少しだけ足掻いてみようかな。