14 「いざ謁見へ」
朝早く、お義母さんとお姉さんに叩き起こされた。
え。謁見って午後だったよね?
昨夜はこっそりガルディスが部屋に来てくれてちょっとだけ甘い時間を過ごして、眠るまで一緒に居てくれて……、なんて思い出していたらお義母さんに寝巻きを剥ぎ取られた。
「ぎゃあ!」
思わず色気のない叫び声が出る。
「お肌のお手入れ、髪のお手入れ、着替えに化粧、やることは沢山ありますよ」
「……はい。お義母様すみません」
長いものには巻かれろ、やる気満々お義母さんには逆らうな。
朝食を食べてお肌のお手入れをされながら謁見に必要な礼儀作法を叩き込まれる。ああそうか、普通に挨拶するだけじゃ駄目なんだ。作法を知っていないとガルディスが恥をかくのね。
そんなことをしていると、驚くほど時間が経つのは早かった。
お義母さんとお姉さんが用意してくれたのは、無駄な装飾のないすらりとしたドレスだった。でも生地は滑らかで肌触りがよく、最高級の生地で作られたドレスなんだと素人の私でも分かる。
「今の流行は、スカートが大きく膨らんだ装飾の多いドレスなのよ。でもリズさんには敢えてこの一昔前の型のドレスを用意したの。その方があなたの美しさが際立つと思うから」
なんてお義母さんが説明してくれる。ふーん、そうなんだ。よく分からないけどありがとうございます。
髪は結わず、右の耳の上に花を模した髪飾りを一つ。化粧はごく薄く。それで完成。
お義母さんとお姉さんが満足げに私を見つめる。
……疲れた。謁見ってこんなに大変だったの? 準備だけでなく、あーだこーだ話し続けるお義母さんとお姉さんの元気さが凄すぎて参ってしまった。
元気が有り余っているお義母さんたちは、父さんの身支度の手伝いに行ってしまう。それと入れ替わるようにガルディスがやって来た。
「リズ、綺麗だ」
「ありがとう」
ガルディスは式典用の騎士服を着て、しっかりと髭を剃って髪を撫でつけてはいたけれど、それでも『ちょっといい恰好をした山賊』にしか見えない。ここまで行くと見事としか言いようがないね。
「行こうか、リズ」
「うん」
ガルディスに手を取られ、私は部屋から出る。玄関ホールまで行って暫く待っていれば、身支度を終えた父さんが階段をおりてきた。
「父さん遅い」
文句を言えば、形のいい眉を少しだけ寄せて唇を尖らせる。
「んー、ごめんね。髪型をどうするかで揉めてね。結い上げるのもいいかなと思ったんだけど、やっぱりリズちゃんとお揃いにした」
父さんと私は衣装も髪型もお揃いだ、ただ父さんの衣装はスカートではなくズボンで、髪飾りも花を模したものではなく羽根飾りのようなものを着けていた。
「まあ、本当に双子みたいね!」
やめて、お義母さん……。
「では行こうか」
ガルディスに促されて私たちは外に出て馬車に乗り込む。今日はガルディスも御者ではなく一緒に馬車の中に入った。
「父さん、竪琴を持って行くの?」
父さんの手には、ガルディスの家族からせしめた竪琴がしっかりと握られている。
「うん。もしかしたら演奏させてもらえるかもしれないだろう? 国王陛下の御前で演奏するというのは吟遊詩人にとって大変名誉あることだからね。許可が下りるのならば是非演奏したいな」
「ふーん、そうなんだ」
まあ確かに国王の前で演奏する機会なんてなかなかないよね。
「ガディからもお願いしてよ」
分かった、とガルディスが頷く。
「でも変な演奏はしないでよ」
「当たり前だよ。許可されたら昨夜と同じ曲を弾こうかな。恋の歌は僕の得意分野だからね」
昨夜の歌か。うん、あれならいいかも。
暫く馬車に揺られたら、王城に着いた。
「外から見ても大きくて立派だったけど、中に入ると圧倒されるね」
「そうだね」
吹き抜けの天井に描かれた絵を私は見つめる。あんな高いところにどうやってあんな緻密な絵を描いたんだろう?
ガルディスの後を付いて歩く。すると、私と父さんを見た人々が目を見開いて動きを止めた。
「注目されているね」
「僕たち美しいから」
ご機嫌な父さんが通りすがりの男に微笑みかける。男の人、書類の束を落っことしたじゃない。
「誘惑するのはやめて差し上げて」
「別にそんなつもりはないんだけどな」
そうだよね、と父さんは大きな壺を持った女の人に向かって首を傾げる。なんでこの人壺なんて持って歩いてるの? と思った矢先に悲劇は起きた。
「…………!」
ぎゃあ! 女の人が壺を落っことした! 大丈夫なの? きっと高価な壺だよね。このひとクビにならないの?
「父さんっ」
弁償しろと言われても、きっとあの女性には払えないよ。
焦る私とは対照的に、父さんが優雅な仕草で割れた壺を手で示す。
「ガディ、こちらの女性が落とした壺と同じものは手に入る?」
「似たものなら手に入ると思うが……」
「じゃあ、なんとかしてあげて」
ガルディスに丸投げした!
ああ、なんてこと……。でも女性に怪我がなかったのでまだよかったか。
そうして辿り着いた部屋の前で、ガルディスが立ち止まる。
あれ……?
「ここが謁見の間?」
目の前にあるのは確かに装飾が施された立派なドアだけど、もっとこう両開きの『ドーン!』って感じを想像してたんだけどな。
「いや、違う。ここは王弟殿下の私室だ」
ああ、レクの。なんだ、謁見の間じゃなかったんだ。
扉番の騎士がドアを開ける。部屋の中には当然だがレクが居た。
今日のレクは以前の貴族っぽい格好よりもずっと豪奢な衣装を身に付けて、マントを羽織った姿だ。端正な顔も相まって王子様っぽい。いや、王弟殿下か。
「ガルディス、久しぶりだな。リズさんも。それから――」
レクの視線が父さんに向けられる。
「……増殖したのかな?」
何言ってんの、この人。
ガルディスが胸に手を当てて軽く頭を下げて説明する。
「殿下、こちらはわたしの婚約者であるリズのお父上です」
するとレクが目を見開いた。
「父親!?」
ああ、もうその反応には慣れた。それよりガルディスが自分のことを『わたし』って言ってる。なんだか新鮮でいいな。
首を緩く振り、レクは私と父さんを交互に見る。
「いや驚いた、まさか父親だったとは。にわかには信じがたい話だ。そしてガルディス、恋人にほんの少し触れたくらいでいつまで怒っているんだ」
ガルディスが低く唸るような声を出す。
「お前とは絶交したはずだ」
全然許してないんだね、ガルディス。
「うーん、それは困ったな」
と、レクが私に視線を向ける。
えーと、なんとかしろと? なんで私がレクの尻拭いをしなきゃならないわけ?
無視していいかな、と思っていたら、すぐ隣から甘やかな声が聞こえてきた。
「ガディ、怒らないで。穏やかに微笑むあなたが好きなの」
こら待て!
「変なこと言わないでよ、父さん!」
「リズちゃんの心の声を代わりに言ってあげただけだよ」
「勝手に代弁するな!」
というか、そんなこと全然思っていなかった! まあ、ガルディスの笑顔が好きなのは間違いないけどね。
私は溜息を吐いてガルディスを見上げる。
「もう面倒くさいんで許してあげて」
父さんが首を突っ込んでかき回したら余計こじれちゃう。
「リズがそう言うなら……」
不本意だという表情でガルディスは頷き、レクが私に向かって礼を言う。
いーえー、どういたしましてー。
なんて心の中で適当に返事をしていたら、
「それで、この者達はエルフの血脈だな」
……え?
レクがさらっと私たちの種族を言い当てた。
ガルディスが眉を寄せる。
「どうしてそれを知っている?」
ガルディスが教えたわけではないの? じゃあどこからその情報を得たの?
「彼女の姿が以前と違う。それから力を使うのを見た」
ああ、そういえば野菜が急に育ったところを見られたっけ。
「我々とは魔力の質が違うことは、以前触れた時に魔力を探っておいたので分かっていた。それでおそらくエルフの血脈だと思った」
ちょんと触られたあの時、魔力を探られていたの? 全然気づかなかった……。
「……陛下には?」
「伝えてある」
ガルディスが低く唸った。
「勝手なことをしてもらいたくない」
「仕方がないではないか。一人ならばまあガルディスがなんとかするかと思っていたが、それが二人に増えた上に、驚くほどの美女がマッパの街に居るという噂が広まってしまっていたのだから」
父さんがうんうんと頷いて口を挟む。
「それは大変だ。やはり僕たちの美しさは隠せるものではないね」
おいこらくそ親父。噂が広がった原因は黙れ。
「今後のことは謁見後、陛下がお決めになるだろう」
今後のこと?
「なにそれ」
思わず訊けば、視線が集まる。
「分からない?」
レクが私を見つめる。いや、分かりません。
「今はまだいいが、エルフの血脈だと知られてしまったら、君たちを悪用しようとする者達が現れる可能性がある」
……え、そうなの?
父さんに視線を向ければ頷かれる。
「まあ、我々は強いし精霊も助けてくれるから悪意あるものに利用されるなんてことは滅多にないんだけど、それでも過去には喉を潰され魔力を封じる枷をはめられて、生きたお人形とされた同族が居たことは確かだね」
えええ! 何それ怖い!
「とまあ、そんな昔の話はいいとして」
「よくないでしょう!」
「僕の竪琴を陛下に聴いてもらいたいんだけど、レクちゃんそれって可能?」
無視したな!
それに王弟『ちゃん』呼びって……。本当に怖いもの知らずだよね、父さんって。
父さんが持っている竪琴にレクが視線を向ける。
「竪琴?」
「この国の国王陛下の御前で演奏したら、吟遊詩人として箔がつくからね。大丈夫、おかしな真似はしないから。エルフの血脈だと噂になっても面倒だしね。僕が欲しいのは名誉だけ。あ、嘘。金も欲しい」
うん、正直だ。
レクは父さんを見つめて考える素振りを見せて、ガルディスに一瞬視線を向けてから頷いた。
「いいだろう。陛下の準備が整うまでもう少し時間がかかる。それまでここで待機していてくれ。茶を用意させる」
レクが部屋から出て行く。
私たちはソファに座って謁見の準備が整うのを待った。




