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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
その後編(なろう版)
32/60

7 「贈り物を君に2」

 警備隊の皆さん、こっちですよ! ここに犯罪者がいますよ!

「父さん、最低」

「誤解だってば」

 どこが誤解だ!

「きっかけはどうあれ、彼女は自らの意思で、僕と共に歩む決意をしてくれたんだ」

 そのきっかけが相当やばいと思うけどね。

「僕と彼女は吟遊詩人としていろんな国をまわり、そんな中でリズちゃんが彼女のお腹に宿って……。僕たちの種族って、子供がとってもできにくいんだよ。恋する種族同士なら尚更ね。それなのに彼女が妊娠したのは奇跡以外の何物でもないよね。愛の力だよね」

 いや、それは愛と言うより父さんの執念とかそういうものだったんじゃないの?

「リズちゃんが物心つく前に病に倒れたことを、彼女はとても悔しがっていたよ。この子が大きくなるまで生きたいって」

 ……そうなんだ。

「当時はまだ確証がなかったけど、リズちゃんが先祖返りなのではないかと僕たちは考えていたから、余計に大人になるまで一緒に居てあげられないことを悔やんでいた」

 代われるものなら代わってあげたかった、と父さんが少し寂しそうに呟く。

「でもなんで、そんな小さい時から私が先祖返りだと気づいていたの?」

 成長しないから先祖返りと気づいたってわけじゃないんだ。

「リズちゃんが先祖返りと思った一番の理由は、魔力の質の違いかな。あと好きって感情が薄い気がして。執着がみられないっていうのかな、物にも親に対しても。それは魂の恋人にしか執着心を持てなかった祖先と同じなんじゃないかってね」

 魔力の質と執着心の薄さ……?

 うーん、魔力の質っていうのもよく分からないけど、執着心ねえ……。父さんのことはそれなりに好きだし、大切だと思っているんだけどな。なんだかよく分からない。

「でも、今は違うみたいだね」

「え?」

「人間らしくなった」

 父さんが目を細めて私の頬を撫でる。……ちょっと待て。

「それじゃあ昔の私が人間らしくなかったみたいじゃない」

「さあ、練習を再開するよ」

 ごまかすな!

「リズちゃん、集中して。そんなことでは立派な吟遊詩人になれないよ」

 いや、吟遊詩人になる気なんてないし。

 でもそれから私は真面目に竪琴の練習をした。そして――、

「リズちゃん……」

 父さんが目に涙を溜めて首を横に振る。

「残念だけど、君には竪琴の才能が無い」

「まだ数時間しか練習していないでしょ!」

「基本の音さえ出せないなんて……。ここまでいくと竪琴が可哀想だ」

 親に暴言吐かれている娘の方が可哀想でしょうが!

「まだよ。まだ練習すれば上手くなる可能性はあるわ」

 努力すれば不可能だって可能になるって、昔の偉い人が言っていたようないなかったような……。とにかく、練習すれば多少は弾けるようになるはずだよ。

 しかし父さんは渋い表情で「うーん」と唸る。

「やってみてもいいけど、無理のような気がするな。いや、無理だね」

 く……っ。断言された。

「それより、お腹空いたから夕食にしようか」

 確かに、言われてみれば空腹を感じる。食は大事だよね。腹を満たしてからもう一度挑戦してもいいし。

「うん、食事にしよう」

「じゃあリズちゃん、作って」

 ……やっぱり私が作るのね。

 夕食を作って食べて、それからもう少しだけ竪琴の練習をして、でもやっぱり上手く弾けなかった。

「やっぱり駄目だね。麗しき吟遊詩人である僕の子なのに」

「うるさい」

「もう遅いから、お風呂に入って寝よう」

 父さんは井戸で汲んできた水を沸かして盥に入れた。

「はい、お風呂の用意ができたよ」

 これを風呂と言うか……。いや、そんなふうに考えちゃ駄目だよね。やっぱり私、贅沢に慣れすぎちゃってるな。

 盥の中にしゃがんだ状態で入り、ぼろ布で肌をこすってなんとか汚れを落とす。その後、お肌の手入れをしなきゃいけないよと父さんに香油を塗りたくられて、私はベッドに横になった。

 今、盥の中には父さんがいる。お湯、すっかり冷めちゃってるんじゃないの? でも父さんはご機嫌で鼻歌なんて歌っている。随分陽気な歌だ。どこからか現れた精霊が、父さんの周りで踊っている。

「ガディはとってもお高い香油を買ってきてくれたんだね。すごくいい香りがするし、肌艶もよくなっている」

 そうなんだ。……どれくらい高い品だったんだろう。

「彼女は、僕の肌を美しいと言っていた」

 父さんが立ち上がろうとする。私は体の向きを変えて、父さんに背を向けた。親子と言えども、さすがにもう互いの裸は見せられないよね。……まあさっき、強引に香油を塗られはしたけど。

「リズちゃんとガディを見ていたら何故かそれを思い出して、ちゃんとお手入れしなきゃいけないなって思ったんだ」

 彼女が美しいと言ってくれた肌を保たなくてはならない。

 父さんは寝巻き代わりの服を着てベッドに腰かけ、肌に香油を塗る。

「リズちゃんに、彼女から遺言があってね」

「……遺言?」

 それは、どんな?

 私は再び体の向きを変えて、目の前に座る父さんの背中を見る。

「愛する娘の幸せを願う、だって」

「……そう」

 愛してくれていたんだ、私を。

 胸がちょっと苦しくて温かい。

「遺言は僕にもあってね」

 父さんが香油の瓶を枕元に置く。

「誰かに監視してもらわないとろくでもないことをしでかす気がするから、権力と財力を兼ね備えた人物の囲い者にでもなってしまえ! だって」

 ……え。

 私は父さんの艶々とした横顔を見つめる。

 そんな遺言残される父さんっていったい……。本当に愛し合っていたのか、二人は。不安になるよ……。

「リズちゃんの問題も解決したし、父さんもそろそろカモを探さなきゃいけないかな」

 カモって、ねえ……。

 私は溜息を吐く。

「それは相手に迷惑かけそうだから、やめた方がいいかも」

「あはは、確かに」

 父さんが横になり、私を抱き寄せる。

「リズちゃん、全然ちっともこれっぽっちも彼女と似てない。見事に僕似だよね」

 残念そうな表情を父さんがする。

「そりゃ悪かったね」

 そんなこと言われても、どうしようもないじゃない。

「でも性格は結構彼女に似ている。どうしてかな、育てたのは僕なのにね」

「…………」

 そう、なんだ。私って母さん似の性格をしているんだ。

「愛しているよ、リズリア」

 父さんが私の髪を撫でる。

「……リズリア?」

「君の本当の名前」

 ……え。

 私は目を瞬かせる。

「私、リズリアって名前なの?」

 そんなこと、今まで一度も教えられてないよね。

「遥か昔のエルフの美しき女王の名、神に愛された偉大なる王の名を君に」

 はあ?

「神に愛された女王?」

「女王リズリアの魂の恋人は、神の一人だったって話だよ」

 神って……。

「なにそれ、胡散臭い」

 思わず言えば、父さんが笑う。

「まあ、所詮伝承だからね。でもそんな話が語り継がれるほど素晴らしい女性だったってことだよ」

 へえ、そうなんだ。でも、

「……なんか私、名前負けしてない?」

「そんなことはないよ」

「なんで今まで本当の名を教えてくれなかったの?」

「君が無事に魂の恋人を見つけた時に伝えようって彼女と決めていたんだ。我々の種族は、子供が恋をして成長した時に贈り物をするんだ。美しく花開いた最愛の娘に彼女が残したもの、消えることも壊れることもない贈り物」

 つまり、名前が母さんからの贈り物なんだ。

 父さんが私を強く抱きしめる。私も手を伸ばして、父さんを抱きしめる。

「私って、すごく愛されてるんだね」

「当然だよ」

「……ありがと」

 ふふふ、と父さんが笑う。

 ガルディスとは違ういい香りに包まれて眠った私の夢の中で、見知らぬ女性が微笑んでいた。



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