6 「贈り物を君に1」
「リズちゃん、二度寝禁止だよ!」
朝からごたごたして疲れたのでもう一度寝たのに、父さんに叩き起こされてしまった。
「何よ、なにかやらなきゃいけないことでもあるの?」
不機嫌な私の腕を父さんが引っ張る。
「買い物に行こうか」
「買い物?」
「お金なら有るし、ね」
おい待て。その手に持ってひらひらとさせているもの、それはガルディスの銀行ギルド預かり札じゃないか?
「泥棒!」
「違うよ、ガディが自ら置いていったんだよ。リズをよろしくお願いします、必要なものがあればこれで購入してくださいって」
「……本当に?」
盗んだんでも、巻き上げたんでもなくて?
「これは本当だよ」
父さんが頷く。
表情を見ると、本当っぽいな。まあ、私を溺愛しているガルディスならこれくらいやりかねないか。
「でも必要なものなんてないから買い物には行かない」
「え、リズちゃん昼食も夕食も要らないの?」
「要るわよ!」
結局、父さんと買い物に行くこととなった。
「おっ買い物―、おっ買い物―」
「はしゃがないでよ」
スキップをするな! くるくる回るな! すごい注目浴びてるじゃない。
ああ、これは余計なものをたくさん買っちゃうのかな、と思いきや、特にそんな素振りも見せずに父さんはちょっとだけ高級な食料品店まで来て食材を手に取っている。
「何が食べたい、リズちゃん。父さんはリズちゃんのスープがいいな」
私に作らせる気か!
大きな溜息を吐いて周囲に視線を向ける。……もの凄い人数が集まっているんだけど。
「もう! 父さんが子供みたいなことするから、みんな集まってきちゃったじゃない!」
早く帰ろうと父さんの腕を引っ張る。だけど父さんはのんびりと品定めをしながら答えた。
「絶世の美女が二人も揃っているんだから、ひとが集まるのは仕方がないよね」
「美女じゃないでしょ、父さんは」
男でしょうが。そりゃそこらの女じゃ敵わないほど綺麗だけどさ。
「嫌なら追い返せばいい」
「え?」
「魔力を歌に乗せて命じれば、みんな去っていくよ……、って、もしかしてリズちゃん、そんなこともできないの?」
父さんは大きく目を見開いて私を見つめ、大袈裟に驚いて見せる。
「嘘、先祖返りなのに? 信じられなーい!」
「…………」
くそ親父。
悔し気に顔を歪める私。そんなこと言われたってどうやればいいのか分からない。歌えばいいのか? だけどどんな歌を?
父さんがくすりと笑って歌いだす。その途端、野次馬共は去っていった。
「まあ、リズちゃんの力が安定しないのは仕方がないよね」
仕方がない?
「なんで?」
「正確にはまだ大人じゃないから。ガディに大人にしてもらったら、もっと自然にいろんなことができるようになるよ」
え。それって……。つまりそういう意味?
「彼が無駄に我慢強いせいで、リズちゃんは中途半端にしか力を使えないんだよ」
「へえ、そうなんだ……」
じゃあ、ちゃんと大人になれば、父さんみたいに簡単に力を使うことができるのかな。
食材を買って帰り、昼は父さんの願い通りスープを作る。それを父さんは美味しい美味しいと三杯も食べた。
「う……、食べすぎた」
「大丈夫?」
父さんがよろめきながらベッドに腰を下ろす。
やっぱり食べ過ぎだったじゃない。だから止めたのに。
「こんな程度で参るなんて、父さんも歳を取ったな」
ん? そういえば聞いたことがなかったな。
「父さんって何歳だっけ?」
すると父さんが両手で頬を押さてもじもじとする。
「やだあ、言わなきゃならないの?」
「恥ずかしがるな!」
ふーむ、と父さんは首を傾げる。
「数年前に四十を越えたような気がするな」
気がするって……。でもその年齢で私と並んで遜色ないなんて、どうなってんのこの人。
そういえば、と父さんが何かを思い出す。
「教えてなかったっけ。我々は、歳をとっても美しいままだよ」
……はい?
「見た目はこれ以上変わらない。死が訪れるまで、ずっとこのままだよ」
え? ええ!?
「そうなの?」
「美しいまま死ねるなんて、凄いよね」
う、うん、まあ凄いんじゃない? でも見た目若い爺さん婆さんなんてちょっとおかしな感じもするけど……。
「そうだ、リズちゃん」
「なに?」
このまま見た目が変わらないということに、まだ私は衝撃を受けているんだけど。
「竪琴、弾いてみる?」
はい?
「竪琴?」
「吟遊詩人の娘として、竪琴の一つや二つは弾けないとね」
え、でも……。
「今まで教えてくれたことなんてなかったじゃない」
「教えてほしいって、リズちゃん言ったことあったっけ?」
あ。そういえばなかったかも。
父さんが竪琴を手に取る。
「この琴は、母さんの形見の品なんだよ」
「……え?」
母さんの?
「彼女が爪弾く琴の音に合わせて僕が歌う。そうして僕らは旅をしながら暮らしていた」
「へえ、そうなんだ……」
父さんはその当時を思い出すかのように目を細める。
ああ、いい笑顔。母さんのこと愛していたんだな。
「上手に弾けたらリズちゃんにあげる」
渡された琴を受けとる。言われた通り琴を構えれば、父さんが私に弾き方を教えてくれる。
「ねえ」
「集中しないと覚えられないよ」
「母さんってどんな人だったの?」
「綺麗で優しくて強くて、素敵な女性だった」
そうなんだ……。
「どうして死んじゃったの?」
「…………」
「父さん?」
うん、と返事をして父さんは口を開く。
「病気」
「病気?」
「そう。魔力の循環が上手くいかなくなる病」
それは魔力を持つ者のあいだではさして珍しくなく、治療法もある病だと父さんは言う。
私は首を傾げた。
「珍しくなくて、治療法もあって、なんで死んじゃったの?」
「普通はね、そうなんだ。だけど我々は恋する種族だから普通の人間とは体のつくりも少し違って、魔力も多くて、治療が追いつかなかった」
恋する種族だから? だから普通では死なない病気で死んじゃうの?
「そっか……」
それ以上何も言えなくて、私は口を閉ざす。
「彼女は最後まで、凛々しくて美しかった」
父さんは遠い目をして語る。
「出会ったのはここからずっと西に行った国でね。彼女の両親と僕の両親が知り合いだったんだ。それで出会って、一目で恋をした。厳しくて甘い彼女に、僕は夢中になったんだ」
それはもう盲目的に、と父さんが笑う。
「でも彼女は僕に運命を感じていなかったようで、『好みじゃないの』ってあっさり振られて。信じられる!? 老若男女どんと来いの種族なのに、美しい僕を振ったんだよ!?」
わ、ちょっと! いきなり興奮しないでよ! そんなに頭を揺らされたら、うぷ、気持ちが悪くなる……。
「でも父さんはめげなかった。追いかけて追いかけて、追いかけまわした。追いかけるだけじゃなくて先回りもした。彼女に恋心を抱く奴は、徹底的に叩き潰した。彼女の好きなものも贈ったし、炊事洗濯掃除だって、こっそり家に上がり込んで勝手にやった」
ちょっと待て! 今とんでもない言葉が飛び出していたぞ! それって付きまとい行為じゃない!
「そして何度目かの告白の時に、本当に迷惑だと言われて、僕はついに我慢の限界が来てしまった」
私はごくりと唾を飲み込む。
「何をしたの?」
「抱き上げて、遠くに連れ去った」
「ふぁ!?」
「それでまあ、何日か一緒に暮らしていたら、『お前は狂っている。気が済むまで一緒に居てやるからもうこんなまねはよせ』という情熱的な言葉と共に彼女は僕の伴侶になってくれたんだ」
ヒ……ッ。
私は顔を引きつらせて叫ぶ。
「ヒャアアアア!」
「リズちゃん、変な声を出さないの。ご近所迷惑でしょ?」
叫びたくもなるわ!
色々とおかしいぞ、両親の馴れ初め!
「努力の完全勝利」
親指立てて、父さんったらいい笑顔。……じゃなくって!
「その努力、別のところに使ってよ!」
母さんが気の毒すぎるわ!
「彼女、結構強くてね。連れ去ったはいいけど、そこからの対決がまさに死闘ってやつで。父さん彼女を絶対にお嫁さんにしたくて、ちょっぴり頑張っちゃった」
てへっと舌を出すけど可愛くなんてないから!
頑張ったって言うけど、どんな頑張り方したのよ!
「父さんは母さんを無理やり……」
それはかなりやばくない?
しかし父さんは首を横に振る。
「それは違うな。彼女は僕を愛していた。でも素直じゃなかったんだよ。そこがまた可愛かったんだけど」
「…………」
本当か、その話。なんだかもの凄く怪しいんだけど。
「彼女はたぶん本気で抵抗していなかった。彼女が本気を出していれば、連れ去ることなんてできなかったよ。彼女が僕を倒すことだってできた……かもしれない」
「かもしれない、ってどういうことよ!」
いやあ、と父さんが照れた表情で頭を掻く。
「父さんもこう見えて強いから」
「やっぱ無理やりか!」
「違うってば。いろいろあったけど、僕達は確かに愛し合っていた」
「素直に納得できないわ!」
もう母さんに同情しかできない。なんて男に捕まってしまったの? というか、父さん怖すぎる……。これってもう拉致監禁ってやつじゃないの?
「なんて目をしてるの、リズちゃん」
「犯罪者を見る目だよ!」
「だから違うってば……」
父さんは眉を寄せて唇を尖らせた。




