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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
その後編(なろう版)
30/60

5 「朝から疲れたので二度寝してもいいですか?」

 朝起きれば、いい香りに包まれていた。

「…………」

 ……って、父さんの香りか!

 私に抱きついて眠っている父さんを引き剥がす。いい香りのする父親ってどうよ! これは昨夜使った香油のせいだな。

 小さく唸っていれば、父さんが薄く目を開ける。

「うん……、リズちゃん? まだ早いよ」

「もうすぐガルディスが出発する時間なの!」

 そう言って振り向けば、ちょうど目が覚めたらしいガルディスが床の上に胡坐をかいてまだ眠そうに首を回していた。

「眠れなかった?」

 私はベッドから降りてガルディスに訊く。

「いや、そんなことはない」

 ガルディスは否定するけど、そんなことあるでしょう、床の上で寝てたんだから。

 昨夜、ガルディスは遅くまで父さんのくだらない話に付き合い、ひとつしかないベッドを私と父さんに譲って床で寝たのだ。そのうえ香油を塗るのを手伝えだとか筋肉に触らせろだとか丸刈り狩りに行こうよとか、やたらちょっかいを掛けられて本当に大変そうだった。せめて体をお湯で拭いてもらおうと思っていたのに、父さんが邪魔でそれさえできなかったのだ。

 もう! こんなことなら宿屋にでも泊まった方がよかったのかもしれない。

「ねえ、本当に大丈夫?」

「ああ、問題ない」

 傍にしゃがんで見上げる私の頭をガルディスが撫で、そんなガルディスに父さんがあくびをしながら言う。

「じゃあガディ、朝ごはんを買ってきて」

「父さん、そのガディって呼ぶのやめてよ!」

「いいじゃないか。さ、ガディ早く行って。時間が無くなるよ」

 ガルディスは頷き、金を持って立ち上がる。

「外に出て右に行ったところに共同の井戸があるから、そこで顔を洗っていくといいよ」

「分かった」

 そうしてガルディスは朝食を買いに行った。父さんの命令なんて無視してもいいのに……。

「ねえリズちゃん」

 ガルディスが出て行ったドアを見つめていれば、父さんがベッドから降りながら声を掛けてくる。

「なに?」

「見た目はちょっとあれだけど、いい男だね」

「うん」

 当然でしょ、私のガルディスなんだから。

「リズちゃん、まだ手を出されていないんだね」

「うん、まだ……って何言わすのよ!」

 うっかり答えてしまったけど、娘に何てこと訊いてくるのよ、この父親は。

 父さんが顎に手を当てて首を傾げる。

「なんでかな? リズちゃんは僕に似てこんなに可愛いのに」

 なんでって言われても……。

「えーと、結婚する前に淫らな関係になるのはよろしくないだとかなんだとか……」

「でも彼、結構経験あるよ」

 ええ!?

 私は目を見開く。ちょ、ちょっと待って。

「なんでそんなこと分かるのよ!」

「なんでって、自分で言ってたから。リズちゃんが寝た後、父さん彼ともうちょっと話してたんだよ」

 な、なんですと!? 

「騎士の嗜みの一つとして学ぶんだって。それと彼の実家は商売をしているから、そういう体を使った交渉術も一応勉強させられるだとか言ってたな」

「…………」

 絶句、だよ。

 ひとに清らかであれと諭しておいて、随分自分は乱れているじゃない。

 ……許せない。

 強く拳を握る。と、そこにちょうどガルディスが帰ってきた。

「ただい――」

「この浮気者!」

 驚くガルディスに力いっぱい殴りかかる。軽く躱されたけどね!

「な、どうしたリズ?」

「馬鹿馬鹿馬鹿! 最低!」

 私の罵声と父さんの笑い声が響く。何事かとご近所さんまで覗きに来て、朝から見事な修羅場となった。そして――、

「もう十年以上も前の話だ。相手は性技を教えるのを専門としている者達であったし、互いに恋愛感情などもない。もちろん今はリズだけだ」

「……本当に?」

「本当だ」

 性技を教えるのを専門としてる、ってなによ。なにその世界、信じられない。

 ベッドの上、ガルディスの膝に座らされた状態の私は頬を膨らませる。

「怒るなリズ」

 怒るよ普通!

「ガディもリズちゃんも、ご飯食べないのー?」

「食べる!」

 く……っ。ひとの心を掻き乱すだけ掻き乱して呑気に食事をしてるなんて、なんて迷惑なの父さん。

 ガルディスが私の頬に口づける。

 う……、こんな頬にちゅっちゅくらいで誤魔化されないんだからね。

 ガルディスが私の頤を指で持ち上げ、唇に触れるだけの口づけをする。

 こ、こんな口づけで……口づけなんかで……。凄く久しぶりに唇に触れてきたからって……。

「口づけはリズが初めてだ」

「…………!」

 な、なにそれ。そんな言葉で誤魔化そうったって……!

「愛している、リズ」

 自分の顔が一気に赤くなるのを感じる。ガルディスの低く囁く声と、首筋から腰に掛けて撫でてくる優しい手に吐息が漏れる。

 ……うん、まあ昔のことだしもういい、かな?

 なんて思ったところで、

「君が初めてって、遊び人の常套句だよねー」

 なんてのんびり口調で父さんが言ってくる。

「うるさい馬鹿親父!」

 そ、そんな人じゃないもん!

「式典には綺麗な女性が沢山招待されているんだろうね」

 うう……! まだそんな嫌がらせをするか!

 奥歯を噛みしめる私を、ガルディスが抱きしめる。

「リズ以上に美しい者などいない」

 きっぱりと言うガルディスに、父さんが頷く。

「当然だね。うちの娘が世界で一番美しい。泣かせたら、僕は何をするか分からないよ」

 ……は?

 私はガルディスの腕の中から一人で朝食中の父さんを見つめる。

 なんか言ってることもやってることも滅茶苦茶なんだけど、いったい何なの父さん。情緒不安定なの? 思いっきり娘を泣かすようなことやったのはあなたでしょ。

「あと、親の前でいちゃつかないでほしいな。僕の竜が長い眠りから覚めてしまいそうだよ」

 はあ?

「父さんのはトカゲでしょ?」

 思わず言えば、父さんが憤慨した。

「失礼な! 立派な竜だぞ!」

「何言ってんの、竜っていうのはガルディスのものみたいなのを言うのよ」

 どこからその自信がくるんだか、と思いながら告げれば、父さんが目を瞬かせる。

「え? ガディのってそんなに凄いの? というか体の関係が無いのになんでリズちゃんはそれを知ってるの? 特殊な趣向を楽しんでるの?」

「特殊な趣向って何よ!」

 もう……疲れる……。

 時計に視線を向ければ、ガルディスがここを出る予定だった時間が過ぎていた。

「大変! 急がないと式典に遅れちゃうよ」

「ああ、そうだな」

 そうだな、じゃなくて食事をして!

 急いでガルディスに朝食を摂ってもらって外に出る。

「あれ? 馬車は?」

 外には馬車は無く、馬のジギーだけがいた。

「馬車は預けてきた。馬に乗っていった方が早いからな」

 ああ、なるほど。そう言われればそうだね。

 馬車ギルドにお金を払って預かってもらって、ついでに整備もしてもらっているんだって。へー、馬車ギルドってそんなこともしてくれるんだ。……ってそれどころじゃなかった!

 式典に出るための騎士服や整髪料なんかが入った鞄をジギーに括り付け、ガルディスは私の頬に口づける。

「離れるのは辛いが、すぐに帰ってくる」

「うん」

「いい子で、リズ。ラディ殿、よろしく頼みます」

「ああ、大丈夫。僕に任せなさい」

 ガルディスがジギーに乗る。私はジギーの鬣を撫でて話しかけた。

「ガルディスをお願いね、ジギー」

 ――承知した。怪我一つ無く連れ帰ると約束しよう。

「…………」

 はい? 今何か聞こえたような……?

「では、行ってくる」

 ガルディスの声にハッとする。

「え、あ、ああ。いってらっしゃい」

 ジギーがゆっくりと歩き出す。離れていく背中を呆けた顔で見つめる私。

 えーと……?

 戸惑っていれば、父さんが感心したような声で言う。

「あの馬、普通の馬じゃないね」

「……聞こえたの?」

「うん」

 ということは、幻聴ではないんだ。でもガルディスは全然気づいていない様子だったけど……。

「普通の馬のふりをしているけど、たぶん聖獣の類なんじゃないかな」

「聖獣?」

 なにそれ?

「悪しきものを払う力を与えられし聖なる獣のこと。うーん、でも聖獣なら人間に従ったりしないんだけどな……。リズちゃんといいあの聖獣といい、ガディってそういうものを引き寄せる体質なのかな? 彼自身は普通の人間みたいなんだけどなぁ」

 父さんが首を傾げる。

「今度、ジギーちゃんに直接訊いてみるといいよ。リズちゃんとは話をしてくれるみたいだし」

「…………」

「おーいリズちゃん、聞いてる?」

 父さんが私の耳を軽く引っ張る。

 聞いてるよ、聞いてるけど……。なんなのガルディス、聖獣って……。

 ガルディスがジギーを走らせる。大きな背中が急速に遠ざかっていった。



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