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3 「美しき吟遊詩人の転落」~過去~

 歌が聞こえる。

 買い物をしていた女性、店番をしていた子供、重い荷を運んでいた男達、旅の商人、散歩中の夫婦――。それらの人々が一斉に動きを止め、次の瞬間ふらふらと歩き始める。誘われるように、道端に座り竪琴を爪弾いて歌う男の元へ。

 男は歌いながら、集まった人々に青い瞳を向ける。

 美しい――。

 人々は目を見開く。

 これは現実か、幻か。はたまた月の女神が舞い降りたのか。

 背中まである長く艶やかな銀髪。長い睫に縁どられた青い目は妖艶で、見つめられれば息が止まる。歌を紡ぐ赤い唇は濡れていて、今すぐむしゃぶりつきたくなる衝動に駆られる。竪琴を爪弾く指は細く長く、少しだけ開けた胸元からは染み一つない肌が見えていて、知らず知らずに喉が鳴る。

 人々はポケットを探り、財布を出し、男の足元に小銭をそっと投げた。そして皆が小銭を投げ終わった瞬間、男が最後の音を指先で弾く。

 余韻を残したまま歌は終り、男は立ち上がって優雅に頭を下げる。

「ありがとうございました」

 澄んだ声で礼を言われた人々は、またふらふらと歩いて、自分達が元居た場所へと戻っていく。

 そして思う。自分は夢をみていたのか、と。



 なーんてね。

「リズちゃん、早く拾って! ずらかるよ!」

 地面に落ちている小銭を這いつくばって拾う美男子の姿って滑稽だよねー。

 少し離れたところで歌を聴いていた私は、呼ばれて仕方なく立ち上がる。

「やった、これだけあれば今夜の食事代と馬車代になるぞ」

 さっき恍惚と歌を聴いていた人たちも、この姿を見ればきっと気持ちがさめるだろうに。

「さあ行くよ。今日は肉が買えそうだ。明日からの旅に備えて栄養を蓄えなきゃね」

 意気揚々と歩き出す美男子。そしてその横を歩く、眠そうな目をしたぼさぼさ髪の子供――つまり私。容姿があまりにも違いすぎる私達を、親子だと思う人がいったいどれだけいるのだろう。いや、いないか。

「またこんなことして」

「何を言っているんだい。僕は夢を与えてその対価を貰っているだけだよ」

 美男子こと父さんは、歌に魔力を乗せることができる。で、さっき使っていたのは魅了の術だ。街の人を歌で魅了して集め、小銭を巻き上げる。いつも父さんが使っている手だ。

 勿体ない、と思う。父さんの容姿はこの世のものとは思えない程美しいし、竪琴の腕も歌も一流だ。普通に歌を歌うだけでも客はいくらでも寄って来るのに、なぜわざわざ魔力を使って魅了などするのか。

「もう次の街へ行くの?」

「うん。この街の人全員に、もう歌を聴いてもらったからね」

 聴いてもらった、じゃなくて無理矢理聴かせたなんだけどな。

 父さんは吟遊詩人だ、街から街へ、国から国へ移動しながら歌を歌い続けている。一つの街に滞在するのは数日だけ。その間に街の人全てに歌を聴かせる。

 すれ違う人が父さんを見て目を見開く。その人に父さんは、極上の微笑みをみせる。

「誘惑禁止」

「仕方がないじゃないか。僕の美しさが人の目をひいてしまうのは」

 父さんが大袈裟に溜息を吐く。はいはい、そうだね。

「この街の人達の人柄はなかなか良かったよね。リズちゃん、興味をひかれた男とかいなかった?」

「いなかった」

「うーん、そうか。残念」

 父さんが唇を尖らせる。

 私は鼻を鳴らした。

「悪かったわね、お荷物で」

「誰が可愛い娘をお荷物だなんて思うんだい」

 口に出しては決して言わない。だけど私は――おかしいのだろう。まあそれで私が困ることは特にないんだけど、父さんはどう思っているのかなって、たまーに考える。

 父さんは肉屋の前で立ち止まり、小さな塊肉を一つ買った。

「リズちゃん、野菜はあるっけ?」

「あるよ。ちょうど今夜食べきるくらいの量が」

「じゃあ買わなくていいね」

 肉屋の親父に笑顔を振りまきちゃっかり安くしてもらって、父さんはまた歩き出す。向かっているのは、私達が借りている小さな家――いや、小屋だ。

 宿屋や金持ちの家に招かれて泊ることもたまにあるけど、街に滞在中は基本的に空き家を短期間だけ借りてそこで寝泊まりしている。

 美しい父さんは男女問わずいろんな人から一緒に暮らそうとか言われるけど、それだけは断固として拒否する。

「金持ちの家で暮らせば楽できるのにな」

「吟遊詩人は旅をするものだよ。それに僕の美しさは誰かが独り占めできるものではない」

 あーあーそうですね。

 そうして連れ立って歩いていると、小石で父さんが躓いた。派手に転んだけど、両腕で顔面を死守するあたりは美しさに自信のある父さんらしい。

「何やってるの」

 呆れながら父さんが落とした肉を拾う。父さんはまだ地面に転がったまま呻き声を上げている。……あれ? やたら苦しんでない?

「父さん?」

 ちょっと、どうしたの?

「うあ……、足が……」

「え?」

 足がどうしたのかと視線を向ければ、……曲がっている方向、おかしくありませんか?

「父さん!」

 慌てて抱き起そうとする私を手で制し、父さんはよろめきながら立ち上がる。そしてそのまま近くの店先に積んである木箱に頭から突っ込んだ。でも顔面は死守。

「ちょっと!」

「……大丈夫」

 大丈夫なわけあるか!

「父さん、私の手を掴んで」

 とにかく木箱の中から引きあげようと伸ばした私の手を、父さんの手が掠める。

 掴みそこねた!

 慌てる私の目の前で、父さんは道の真ん中へと転がっていく。そしてそこへ荷馬車が!

「ぎゃあ! 父さん!」

 轢かれた!

 荷馬車の御者が慌てている。周囲の人々も驚き助けようと動き出す。

「……大丈夫」

 だから、大丈夫なわけないじゃない!

 父さんは力を振り絞り立ち上がろうとして、荷馬車から転げ落ちた野菜を踏んでまた転ぶ。そして更に運が悪いことに、ここはなだらかな坂になっていたのだ。

 父さんの体が、野菜と共に坂道をごろごろと転がっていく!

「父さーん!」

 追いかけるが追いつけない。

 建物に何度もぶつかって跳ねては転がり、更に更に、

「あ……!」

 道の先にあった川に転落した。なんでこんなところに川があるのよ!

「嫌あ! 父さん!」

 集まってきた街の人達が救助の為に川に飛び込もうとする。しかしそれより先に、父さんの体が水に浮いて、どういうわけだか流れに逆らって私の足元まで移動してきた。

「父さん!」

 街の人に手伝ってもらい、父さんを川から引きあげる。大丈夫、息をしている。

 父さんは眉を寄せて薄く目を開くと、私を見つめて微笑んだ。

「顔は守った。偉い?」

 偉くないわ!

 顔面守っても、体が滅茶苦茶じゃない。服は破れて白い肌が丸見えだし、所々傷もある。曲がってはいけない方向へと曲がっていた足は、今はくたくたと柔らかな状態になっていた。なにこれ……、どうなってるの?

「い、医者を!」

 私が叫べば、街の人が教えてくれる。

「この先に治療院がある。運んだ方が早い」

 担架を用意しろ、力のあるものは手伝え、治療院に連絡を。街の人達が父さんの為に手分けして動いてくれる。

「ああ、皆様ありがとうございます。では感謝の一曲を……」

 歌っている場合か!

 ちょっとそこの人、父さんの肌を見て顔を赤らめない!

 皆でわっせわっせと父さんを運び、医者に診てもらう。

 診察を受けながら、父さんはしきりに首を傾げた。

「おかしいな。こんなことぐらいで怪我をする筈ないんだけど」

 医者の顔が引きつる。むしろこれ程の事故で命がある方が不思議だと。

 重傷の父さんは、当然ながら治療院に入院することが決まった。

 街の人と医者に礼を言い、私は父さんのベッドの前に椅子を持って来て座る。ありがたいことに狭いながらも個室まで与えられている。……まあ、父さんが医者に向かって上目遣いで「一人じゃなきゃ眠れない」とかなんとか言ったおかげなんだろうけど。因みに医者は壮年の男だった。

「全身強打に擦り傷、足の骨折だって」

 うーん、と父さんは眉を寄せる。

「旅の準備はリズちゃんにお願いするとして、杖を用意しなきゃいけないね」

 ん? 旅の準備? 杖?

「……まさかとは思うけど、この状態で旅に出ようとか思っている?」

「うん」

「馬鹿じゃないの!?」

 絶対無理に決まっている。足の骨はバキバキを通り越して粉々になっていると医者は言っていた。全治数か月どころか数年かかっても完全には戻らないだろうと宣告されたのだ。

「大丈夫。あ、なんだか治った気がする」

「治るか!」

 そんな簡単に治ったら医者なんて要らないわ!

「でも……」

「旅はここまで。幸いこの街の人は親切だったし、このままここに住むことにすればいいじゃない」

 もうここを安住の地と決めればいい。そう提案したけど、父さんは首を横に振った。

「それでは駄目だ」

「何が駄目なのよ」

 父さんが躊躇する様子を見せる。言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない。

「だって、リズちゃんが死んじゃうよ」

「ふーん、そう。私が死ぬんだ」

 それは知らなかった。そうなんだ、私死ぬんだ……。へえ。

「…………」

 ちょっと待って、私が死ぬ?

「え!?」

 驚く私に、父さんが泣きそうな顔で頷いた。

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