4 「これが私の恋人です2」
じっと見つめ合った後、ふーん、と父さんは髪をかき上げる。私と同じ銀髪が、さらさらと指の間から零れた。
「どうしてそう思う?」
「成長の仕方、美しすぎる容姿、術式詠唱や陣による魔術構築ではなく歌に魔力を乗せるという特殊な力の使い方、人前に滅多に姿を現さない精霊が寄ってくること、それと……リズとラディ殿の魔力に直接触れて、普通の魔力とは少し違うことが分かった。以上のことからエルフの血脈ではないかと考えた。が、確証はない」
ガルディスの答えに父さんは満足げに頷く。
「うん、正解。我々にはエルフの血が流れている」
やはりそうなのか、とガルディスが小さく唸った。
えっと、ちょっと待って。話に全然ついていけないんだけど。
「エルフって?」
首を傾げる私に、父さんが教える。
「んー、まあ、遠いご先祖様がエルフだったって話だよ。エルフは強い魔力と美しい容姿が特徴の古代種族でね、植物を扱うことに長けていて精霊とも仲がいいんだよ。我々はその血を継いでいるから、ちょっと変わった力を使えるってわけだね」
はあ? なにそれ。
「と言っても、エルフの血は長い年月の間にかなり薄くなっているから、そんなに凄い力を使えるってわけではないよ」
父さんの言葉に、ガルディスが首を横に振る。
「いや、そんなことはないだろう。ラディ殿からはかなりの力を感じる。もちろんリズからも」
「リズちゃんは特別だよ、先祖返りだから。ちゃんと守ってあげて」
「ああ、約束する」
……え、ちょっと待って。
「古代種族って何?」
「古代に居た種族だよ」
言葉そのまんまか! 全然意味が分からないんだけど、説明それだけって雑すぎるでしょう。
「それよりガディ、今夜はうちに泊まるのかな?」
「できればそうさせていただきたいと思っていたが……」
ガルディスが家の中をさりげなく見回す。
いや、どう考えても無理でしょ。こんな狭くて汚い所に三人で寝るなんて。ベッドも一つしかないし。
「そう。じゃあ泊って行って」
「ええ!?」
驚く私を父さんがきょとんと見る。
「どうしたの、リズちゃん」
「だ、だってここでどうやって寝るの? ベッドもお風呂もないじゃない」
「雑魚寝でいいよ。風呂は無いけど、湯を沸かすから体を拭けばいいし」
「え。本気?」
「リズちゃんこそ、父さんと旅をしている頃は風呂なんて滅多に入らなかったし、それについて文句なんて言ったことがなかったでしょ? すっかり贅沢に慣れちゃって……」
う……。それを言われると何も言えないけど、でもここに三人寝るのはちょっと……。それにガルディスの臭さは拭くくらいじゃ取れないし……。
うーん、どうやって断ろうか。なんて思っていたら、
「分かった、そうさせてもらおう」
ええ!? ガルディスが勝手に返事しちゃったよ!
決まりだね、と父さんも頷いちゃった。
「じゃあここから少し行ったところに商店街があるから、ガディはちょっとそこに行って夕飯買ってきて。茶葉も」
「分かった」
ガルディスが頷く。
「それから香油もね」
「買ってこよう」
ガルディスは立ち上がって私を椅子に座らせると出て行く。待ってって言おうとしたけど、行動が素早すぎて止めるのが間に合わなかった。
「……ちょっと父さん」
私は父さんを睨む。
「ん?」
「ガルディスから小金を巻き上げるのはやめてよ」
破産したらどうしてくれるのよ。
「でも、金持ちからは搾取するのが基本だろう?」
「ガルディスは貴族でもないし、平民出の騎士なんだよ」
しかし父さんは首を横に振る。
「いや、彼からは金の匂いがする。きっとたんまり貯めているに違いない」
「え。でも……」
「間違いない。父さんが今までどれだけの人から金を巻き上げてきたと思う? 見る目は確かだよ」
父さんが胸を張る。我が父ながら、ろくでなしだ。
「大丈夫。彼はリズちゃんの為に散財するのが嬉しくて仕方がない筈だからね。枯れない程度に上手く搾っていくべきだよ。お金なんて有りすぎても駄目なものだからね」
……そんなものなの? でもやっぱりあんまり必要のないものまで買うのは勿体ないと思うんだけどな。それにガルディスって本当にそんなにお金を貯めてるのかな。
うーん、金の匂いね……。
「ガルディスからは強烈な体臭しか感じないけどな」
思わず呟けば、父さんが目を瞬かせる。
「体臭? 何それ?」
え?
父さんを見つめ、私も目を瞬かせる。
「臭いでしょ、ガルディス」
「別に。まあ多少汗の臭いはするけど強烈なんかじゃないし、あれくらいならごく普通だよ」
「え……」
そんな馬鹿な。ものすごく臭いじゃない。
「父さん、鼻詰まってる?」
「全然」
「…………」
どういうこと?
混乱する私を見つめ、父さんは顎に手を当てて「ふーむ」と考える。
「もしかして、リズちゃんだけしか感じられない匂いなのかもしれないね」
「は? なにそれ」
「体臭と言うより、彼の、リズちゃんに向けて発せられている魔力を嗅ぎとっている可能性もあるかも」
魔力? 嗅ぎとる?
「魂の恋人だし、そういうこともあるかもしれないよ。だとすれば、彼もリズちゃんから特殊な匂いを感じている可能性があるね」
「はあ!?」
ガルディスが、私の臭いを?
そんなこと今まで聞いたことがないけど、と思っていたら、玄関ドアが開いてガルディスが帰ってきた。
「買って来たぞ!」
はやっ! って、それより!
「ガルディス!」
勢いよく駆け寄って抱きついた私を、驚きながらもガルディスが受け止める。
「どうした、リズ」
「私、臭い!?」
臭いとか言われたら、もう立ち直れないよ! 実はずっと臭いのを我慢していたんだったらどうしよう。
だけどガルディスは首を傾げてそれを否定してくれた。
「いや、リズはまったく臭くないが、どうかしたのか?」
……なんだ、臭くないのか。
私はほっと息を吐く。と同時に父さんに怒りがわいてきた。
「不安を煽るようなこと言わないでよね!」
まったくもう、人騒がせなんだから!
「ええ? 父さんは可能性を口にしただけなのに……」
密着したガルディスからは、やっぱり異臭がする。もしかして父さん、怪我をしたときに嗅覚もどうにかなっちゃったんじゃないの? この臭いが分からないなんておかしいと思うけど。
父さんがわざとらしく溜息を吐く。
「はあ……。まあいいか。じゃあ夕食にしよう。ガディは何を買ってきてくれたのかな?」
そう言われて、ガルディスがテーブルに買ってきたものを並べる。
……ねえ、高そうなものばかりなんだけど。というか、綺麗な皿に盛られた料理とか、本当に商店街で買ってきたの? 高級料理店で出されるようなやつじゃないの、これ?
「久しぶりに豪華な夕食だな。父さん嬉しい!」
うきうきと食事の準備をし始める父さん。
ま、まあいいか。父さんが喜んでいるし、再会を祝うってことで。
「リズちゃん何してるの? 早くしないとなくなっちゃうよ」
「って、もう食べ始めているの!?」
マナーが悪いわ!
私とガルディスも椅子に座り、賑やかに夜は過ぎて行った。




