3 「これが私の恋人です1」
父さんが住む街に着いた。
時刻は夕方、予定より少しだけ早く着いた。
「リズ、親父殿はどちらに?」
「えーと、私と別れた時は治療院ってところに入院していたけど……」
今は何処だろう? この街で待つと言っていたから、街のどこかには居るはずだ。
「治療院に行って訊いてみれば分かるかもしれないな」
では治療院へ向かおうかとガルディスが手綱を握りなおした時、
「あ……」
歌が聞こえる――。
「ねえ……」
「ああ」
ガルディスが頷く。
「魔力の込められた歌、か。俺たちを呼んでいるようだな」
歌に導かれるまま馬車を進めれば、小さくて古い家に辿り着いた。
「ここで間違いなさそうだな」
馬車から降りれば、歌はぴたりと止む。
リズ、とガルディスに促されて私は頷き、今にも壊れそうなドアを拳で軽く叩いた。
「開いているよ」
中から声が返ってくる。間違いない、父さんの声だ。
ドアを開ければ、
「おかえり、リズちゃん」
懐かしい笑顔。
「父さん……」
変わらない様子が、再会が嬉しくて、でもなんだか言葉がうまく出てこなくて私は顔をくしゃりと歪める。
「うわあ、凄いね。目の大きさはちょっとだけ違うけど、それ以外はそっくりだ」
父さんが感嘆の声を上げる。
いや本当に。父さんを目の前で見て、改めて似ていることに驚いたよ。
「成長おめでとう」
ふわりと抱きしめられて、私は頷く。
「うん」
「よかった。本当によかった」
「うん」
父さんは私の背をポンポンと叩いて、それからガルディスに視線を向けた。
「それで、そちらの山賊が魂の恋人?」
山賊って……。うん、まあそう見えるよね。
「山賊じゃないよ。この人が――」
私はガルディスを紹介する為に振り向いたけど、……あれ、なんだかもの凄く驚いた顔をして固まっている。
おーい、どうしたの?
強めに腕を叩けば、ぎこちなく口を開いた。
「か……」
か?
「可憐と妖艶の奇跡の競演……」
……なにそれ。
眉を寄せる私とは対照的に、父さんが楽しそうに笑う。
「はじめまして、ガルディス・ベルドイド」
……あれ?
「父さん、なんで名前知ってるの?」
まだ言ってないのに。
すると父さんはくすりと笑った。
「今朝、噂好きの精霊がわざわざ教えに来てくれたよ」
「精霊が教えに……?」
何それ、精霊ってそんなことしてくれるの? いや、それより……。
「精霊と話ってできるの?」
「うん。リズちゃんもできるようになるよ」
なんと! そうなの!?
でもまあ、と父さんは私の目を覗き込む。
「その前に魔力を上手く扱えるようにならなくてはいけないけどね。リズちゃんは、まだ魔力が安定して使えないみたいだけど、そこらへんはそちらの山賊に教えてもらうといいよ」
いや、騎士だから。
父さんが私から離れ、ガルディスの前に立って小首を傾げる。
「んん? どうしたのかな?」
「い、いや……」
ガルディスがぎこちなく首を振った。
……ん? なんだ? さっきからガルディスおかしくない?
「それじゃ分からないから、はっきり言ってほしいな」
ガルディスはわざとらしく咳払いをして頷く。
「申し訳ない。あまりにリズに似ているので驚いた」
「そう? でも僕のほうが綺麗でしょ?」
な、何ですと!?
しかし、ガルディスは、はっきりと首を横に振る。
「親父殿は確かに綺麗だ。だが心が惹かれるのはリズだけだ」
父さんが上目遣いで唇を尖らせる。
「そう? 残念。でも安心したよ、ちゃんとリズちゃんだけを想ってくれているみたいで」
ふふふ、と父さんが笑う。って、「ふふふ」じゃないよ!
私は父さんの胸倉を掴んで叫んだ。
「ひとの恋人誘惑してるんじゃないわよ、馬鹿―!」
取る気か!? 娘の恋人、取る気か!?
怒りの形相の私に、父さんはへらへら笑う。
「これで簡単に靡くような男だったらリズちゃんを任せられないかなと。ちょっとした試験みたいなもんだよ」
「どんな試験よ、考えがおかしいわ!」
「そんなことより、立ち話もなんだからそこの椅子に座って。今お茶を淹れるからね」
全然悪びれた様子が無い。我が父ながら、本当にたちが悪いことをしてくれる。
収まらない怒りと共にガルディスを見上げれば、安心しろと言うように頭を撫でられた。そりゃ信用はしているけどね、こんなの見せられて面白くはないよ!
ガルディスの手を強く引いて椅子に座らせて、その膝の上に私が座る。
「独占欲が強い女は嫌われるんだよ、リズちゃん」
「危険人物が傍にいるからしょうがないでしょ!」
くすくすと笑いながら父さんはテーブルに茶を置いた。
まったく、父さんの頭の中はどうなっているんだろう。
そう思いつつ茶を一口啜る。と、
「ぶへえ!」
口に含んだ瞬間、茶を噴き出してしまった私。
どうしたのかと父さんが呆気にとられ、ガルディスが慌てて私の背を撫でる。
「な、なにこれ。不味い……」
呻くように言えば、父さんが首を傾げた。
「え? そう?」
そして自分用の茶を一口飲んで、「普通だけど……」と不思議そうに呟く。
「……普通?」
「うん。普通」
「…………」
まさか、そんな。
私は一つの可能性に気づく。ガルディスは私に高価な品をあれこれと与えてくる。もちろん普段使う茶葉だって高級品だ。ということはもしかして、ガルディスの用意する高級茶葉に慣れてしまったこの体は、安物の茶を受け付けなくなってしまったのではないか。
わ、我ながらなんて贅沢な女になってしまったのだ。
愕然とする私に、茶葉を買ってこようかとガルディスが囁いてきたけど断る。駄目だ駄目だ、私! こんなことでは破産まっしぐらだよ。
「愛されているんだね、リズちゃん」
父さんが目を細めて笑う。うん、愛されてるよ。溺愛されすぎて怖いくらい。
「親父殿は……」
話しかけたガルディスに向かって、父さんが人差し指を軽く振る。
「その親父殿っていうのはやめてほしいな。ラディちゃんって呼んでくれればいいよ」
ちょっと待て。その呼ばせ方はなんなの父さん。
「ではラディ殿、大怪我をされたと聞いていたが、回復しているのだろうか」
「ああ、あんなの二日で治ったよ。もともと体は丈夫だからね」
へえ、そうなんだ。さっきから普通に歩いているし大丈夫そうだね。よかったよかった。……けど、
「二日? 骨が粉々だったのに?」
「そんなもんでしょ?」
いや、おかしくない?
「リズちゃんを追いかけようかとも思ったんだけど、なんとなく離れた方がいいかもしれないと思ってやめたんだ。丈夫な僕が怪我をしたのには意味があるような気がしてね。まあリズちゃんには何かあったとしても大丈夫なようにはしておいたしね」
怪我に意味があるってどういうことだろう? それに大丈夫なように……っていうのもどういうこと?
ガルディスが父さんに訊く。
「それは、守護のことか?」
父さんが頷いた。
「ああ、やはり気づいていたね」
……なんか、また二人だけで納得してる。
「ちょっとねえ、なんのこと?」
腕を叩いて説明しろと催促すれば、ガルディスが教えてくれた。
「リズには守護の術が施されていた」
守護の術?
父さんが付け足す。
「あ、あと精霊たちにも暇だったら守ってやってねって頼んでおいたんだ」
……なにそれ。
「えっと、その術と精霊に守られていたってこと?」
そう訊けば、ガルディスと父さんが頷く。
「普通は子供がひとりで旅をしていて無事でいられるわけがない。ラディ殿の術に守られていたからこそ何事もなく旅をしていられたのだ」
ええ!? そうだったの?
いつの間にそんな術なんてかけられていたんだろう。父さん、離れていても私を守ってくれていたんだね……。
「無事に魂の恋人と会えたし、僕の守護はもう必要無さそうだね。ねえ、それよりリズちゃんとガディの馴れ初めを聞きたいな」
うん……。って、ちょっと待った!
私は眉を寄せて父さんを見る。
「ガディって何?」
「ん? ガルディスだからガディ。僕がラディだからガディとラディでなんだかちょっとお似合いな感じ?」
なにそれ。
「却下」
「やだ、リズちゃんいつから執着粘着質女になっちゃったのかな。父さん悲しい」
目元に服の裾を当てて泣きまねをする父さん。
うわ、なにこの鬱陶しい生き物。なんだかとっても腹が立つ。
「で、ガルディス君とはどうやって出会ったんだい?」
……わざとか。わざと怒らせて嫉妬心を煽って遊んでいるな。
早く話せと促され、私はこれまでのことを話した。
「へえ、そうだったんだ」
父さんは楽しげに笑う。と、そこでガルディスが真剣な表情で父さんに質問をした。
「ひとつ訊きたい」
父さんが片眉を上げる。
「何かな?」
「恋する種族というのは、エルフの血を継ぐ者か?」
……はい? なにそれ。エルフ?
ぽかんとする私の前で、ガルディスと父さんがじっと見つめ合った。




