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こんなに大きくなりました  作者: 手絞り薬味
その後編(なろう版)
27/60

2 「救出せよ」

 父さんが居る隣国の街へと出発する日がやってきた。

 私は可愛らしい、だけど動きやすい服を着る。そして、

「これを着ろ」

「……え」

 フード付きのマントをしっかりと着せられた。

 なんで? せっかく可愛い服がマントに覆われてまったく見えない! しかもフードを目深にかぶれって、これじゃあ景色も楽しめないじゃない!

「これ、要らない」

 マントを脱ごうとしたら、ガルディスが怖い顔で阻止してきた。

「駄目だ。リズの可愛さに目がくらんで悪さをしようとする奴らがいるかもしれない」

「そんなのガルディスが一緒に居れば大丈夫じゃない」

「駄目だ」

 うー! 旅の醍醐味! 

 以前のように生活の糧を稼ぐ必要も魂の恋人を必死に探す必要もない気楽な旅だというのに、こんなに制限されるなんてありえない。

 頬を膨らませる私をガルディスは抱き上げる。

 行くぞ、と抱かれたまま外に出れば、家の前に箱馬車が用意してあった。馬車を引くのは、ガルディスの愛馬のジギーだ。だけど御者台には誰の姿も見えない。

「御者は?」

 どこにいるの?

「俺がやる」

 え、そうなの?

 ガルディスは私を馬車の中に座らせ、自分は御者台に上がった。外から見た時は何の装飾もされていない地味で小さな馬車だったが、中は快適な造りになっていた。椅子の硬さもちょうどよく、張られている布の感触も滑らかだ。

「ねえ、この馬車どうしたの?」

 御者台側に付いている小窓を開けて訊けば、ガルディスが手綱の準備をしながら答えた。

「実家の物だ。この街に異動になった時に身の回りの物を詰め込んで王都からこの馬車でやってきた。普段は邪魔なので警備隊に預けている」

 へえ、そうなんだ。

「しっかり座っていろ。むやみに立ち上がるなよ」

「はーい」

 私が座ったのを確認し、ガルディスは馬車を走らせ始める。

 父さんの住む街までは二日ほど馬車を走らせれば着くとガルディスは教えてくれた。

 あれ? 二日……?

 私は首を傾げた。そんな馬鹿な。だって父さんと別れてからずっと一人旅をして、やっとこのマッパの街まで辿りついたのに。

「なんで? そんなに早く着かないでしょ?」

 そう言えば、ガルディスは一瞬だけ私に視線を向けて答えてくれた。

「転移魔法陣を使う」

 ……ナンデスカソレハ。

「魔術を使ってこの街から隣国のとある街まで一瞬で移動する」

 はい?

「この街と隣国のその街とは、転移魔法陣というもので繋がっているんだ」

 私は目を瞬かせてガルディスの背を見つめた。

「そんな便利なものがあるの?」

「公にはされていない。王族や高官などが必要な場合のみ使うことが許可されている。今回は王族の一人の名代として式典に参加するので使用許可が下りた」

「…………」

 一瞬で移動できる魔術……?

 そんなものがあると知っていれば、無駄に旅をする必要もなかったのに。いや、知っていても一部の特権階級が使用できるだけなら意味は無いか。

 なんて考えていたら、馬車がいつの間にか道を逸れていた。辺りに霧がたちこめている。……違う、霧じゃなくて魔力だ。魔力を霧のようにしてこの辺りを隠している?

 霧のせいでぼんやりとした視界の先に大きな門が見える。門が開き、中に入れば大きく複雑な魔法陣が描かれた壁が目の前にそびえたっていた。

「リズ」

 御者台から声がかかる。

「隣国に転移する。立ち上がったり馬車の中から出たりするな」

「うん」

 私が頷くのを確認し、ガルディスはゆっくりと馬車を魔法陣の描かれた壁に向かって移動させる。

 先頭のジギーが壁にぶつかる――ではなくて壁の中に入っていく。それから御者台のガルディス、そして馬車と私。そうして壁の中に入りこんだと思ったら、また霧の中に居る。

 あれ? どうなった?

 戸惑う私に、隣国に着いたとガルディスが教えてくれる。

「え? 同じ風景なのに?」

「ここもあちらも魔術で作りだした空間だからよく似ているが、確かに転移は終わった」

「……そうなの?」

 半信半疑の私を乗せて馬車は動き出す。そして、すぐにガルディスの言った言葉が真実であると分かった。

 いつの間にか霧を抜け、見知らぬ街の中を馬車は走っていた。

「凄いのね、転移魔方陣って」

「ああ。だがこのことは絶対に誰にも話すな」

 うっかり漏らすと闇に葬られるほどの機密らしい。

 え……。それって私に教えてよかったの?

「リズは話さない」

 信用されているのは嬉しいけど、口が滑ったらどうしよう。ちょっと怖いんですけど。

 その街で朝食兼昼食を買い、馬車の中で食べてまた進む。そして街を抜け、次の街に向けて進む。

「リズ、疲れていないか?」

「私は大丈夫だけど、ガルディスは?」

「俺は慣れているから平気だ」

 時々休憩を挟みながら馬車は進む。そして空が薄暗くなり始めた頃に、次の街に着いた。

 街中を走り、ガルディスは迷いなく立派な建物の宿の前で馬車を止めた。

「今日はここに泊まろう」

 私は宿を見上げる。

「……高そうだけど」

 どこからどう見ても高級宿だよね。

「問題ない」

 表に出てきた宿屋の使用人に馬車を任せ、ガルディスは着替えなどの入った鞄を持ち、私の背中に片手を添えて建物の中に入っていく。

 ちらりと振り向けば、宿屋の使用人が震えながらジギーの手綱を引っ張っていた。そりゃ怖いよね、あんな大きな馬。

 建物の入り口まで出迎えに来た宿屋の主人らしき人物が、ガルディスを見てあきらかに動揺した表情を見せた。

 あー、宿屋の主人の気持ちが手に取るように分かる、うん。私が初めてガルディスと会った時と同じこと考えたよね。

 宿屋の主人はそれでも商売人だった。引きつった笑顔で挨拶をしてくる。さすが、これだけ立派な宿を経営しているだけあるな。そして私たちを受付に案内しようとして――しかしそれより先に、ガルディスが主人にお金を渡す。

「一番広い部屋を」

 え、普通でいいんだけど。

「それから食事は部屋に運んでくれ」

 ガルディスが渡したお金を確認し、宿屋の主人は軽く目を見開いてから「かしこまりました」と視線を彷徨わせながら頭を下げる。

 ……なに、あの顔。動揺の中に打算的なものが混じっているというか、とにかく複雑な表情をしていたけど、もしかして多くお金を渡してない?

 宿屋の主人は使用人を呼んで、私たちをこの宿で一番いい部屋に案内するように指示する。余分に払った分は返してほしいな、なんて思いつつ宿屋の主人に視線を向けたまま歩き出す私。と、その時宿屋の主人と目が合った。宿屋の主人が目を見開き、また動揺した表情をする。

 ん? どうしたのかな? 

 私が首を傾げたのとガルディスが私のフードを引っ張って目深にかぶりなおさせたのは同時だった。

 あ、結構顔が出ちゃってたんだ。でも私はそんなに警戒するような顔じゃないと思うんだけどな。宿屋の主人がものすごく硬い表情をしてるけど。

 使用人の案内に従って、二階の部屋へ行く。部屋に入った瞬間、私は思わず感嘆の声を上げた。

「わあ……! 何この部屋、凄く綺麗!」

 花を模した家具、天蓋付きのベッド、高そうな茶器に絶対高級であろう茶葉が用意してある。

「絵本に出てきたお姫様の部屋みたい! 素敵!」

 そう素直に喜べば、ガルディスが微笑む。

「気に入ったようで良かった。まずは風呂に入って旅の疲れを癒すといい」

 そう言われて入った風呂には花びらが浮いていてとても良い香りがしていた。

 ゆっくりと浸かってから宿が用意してくれていた部屋着に着替えて部屋に戻れば、既に食事の準備ができていた。

 食事も豪華! ガルディスが素早く湯を浴びてきて、私たちはその豪華な料理を食べ始める。

「美味しい!」

「そうか、沢山食べろ」

「うん。でもこんな宿に泊まって大丈夫?」

 宿泊費、絶対に高いよね。心配する私に、だけどガルディスは問題ないと言う。

「今回の旅の半分は仕事だ。旅費は国から出ている」

「え、そうなの?」

 じゃあ遠慮しなくていいのかな。

 美味しい食事を終えてお茶を飲みながら少しだけ話をしたら、私たちはベッドに行く。

「明日の夜までには親父殿の住む街に着くだろう」

 本当に、そんなに早く着いちゃうんだ。

 ガルディスが私の髪を撫でる。

「嬉しいか?」

「うん」

 成長した私の姿を見たら驚くだろうな。

「では寝るか」

 ガルディスがランプに手を伸ばし――、しかしそこで、

 トントントン。

 ノックの音がした。

 宿屋の人かな、でも何の用事だろうと思いながら視線をドアの方に向ければ、ガルディスが舌打ちをしながら立ち上がる。

「ベッドに潜って、顔を出すな」

 天蓋の薄布をおろし、多少苛立った様子を見せながらガルディスは荷物の中から何やら取り出し、それからドアを開けた。

 私はそっと布団から顔を出して様子を窺う。そこに立っていたのはガルディスが普段着ているのと同じような制服を着た男が二人だった。

 男たちがガルディスに向かって告げる。

「警備隊の者だ」

 ああ、似ていると思ったけどやっぱり警備隊の人たちだったんだ。でもなんで?

「あなたの名と旅の目的を聞きたい」

 ……え、どういうこと?

 戸惑う私とは対照的に、ガルディスが冷静な声で対応する。

「ガルディス・ベルドイド。ザレリア国の近衛騎士団に所属している。王弟殿下の名代として式典に参加する為に城に向かう途中だ」

 ガルディスは左手の中指にはめている指輪を取ると、荷物の中から取り出した物と一緒に警備隊のひとに差し出す。

「ザレリア国騎士の指輪と式典の招待状だ。本物かどうか確認してくれ」

 警備隊の人は驚きに目を見開いて、それから指輪と招待状を食い入るように見つめる。

「必要ならばザレリア国に問い合わせてもらって構わない。もしくはこちらの国の宰相か騎士団長にでも俺の名を伝えて確認をしてくれ」

 警備隊の人たちはあきらかに動揺した様子でこそこそと相談をし始める。あ、騎士団の上層部に確認を取ることに決めたみたい。一人が廊下を走って行った。

「ベルドイド殿、その、非常に美しい女性が一緒に居ると聞いているのですが、どういったご関係の方ですか」

 この部屋にやって来た時の高圧的な感じがあきらかに無くなった声で、残った警備隊の人が訊いてくる。

 それにガルディスが淡々と答える。

「婚約者だが、なにか問題でもあるか?」

「婚約者殿、ですか?」

 沈黙が流れる。……なんだか気まずい雰囲気。いや、でも婚約者って、そっか、私ってガルディスの婚約者になるんだ……。ガルディスの口からその言葉が聞けて嬉しいな。

 警備隊の人はガルディスの容姿と醸し出す雰囲気にすっかり気圧されてしまったみたい。

 あー、なんだか気の毒になってきた。

 私はベッドから降りて上に一枚羽織ると、天蓋の薄布に手をかけた。少しだけ開けて顔を出す。

「ねえ、中でお茶でも飲んで待ってもらったら?」

 私の声にガルディスと警備隊の人が同時に視線を向けてくる。ガルディスが眉間に皺を寄せ、警備隊の人が目を見開く。

「リズ、出てくるな」

「だって……」

 時間がかかりそうだし、ずっと立ったまま無言でいるのもどうかなと思ったのに。

 ガルディスが警備隊の人に鋭い視線を向けた。

「すまないが、確認が取れるまで下で待っていてもらえないか」

 警備隊の人はその言葉にハッとして、それから赤い顔で何度も頷いた。

「では後程」

 ガルディスがやや強引にドアを閉めて鍵を掛ける。そして険しい顔で振り向いた。

「……リズ」

 咎める口調に私は口を尖らせた。

「そんなに怒らなくってもいいじゃない」

「怒っているわけではない」

 怒ってるじゃない。もう、なんなのよ!

 それから暫くして、再びノックの音がした。ガルディスがドアを開け、そのまま話すのではなく部屋から出て行く。廊下から微かに何か話す声が聞こえ、不機嫌な顔でガルディスは部屋に戻ってきた。

「解決した」

「そう」

 いったいなんだったんだろう。何かを疑われたのは確かみたいだけど。

 抱きつけば、ガルディスが私の額に口づける。そして訊いてきた。

「俺はそれ程までに凶悪な顔をしているのか?」

 えーと、凶悪って言うか、まあね……。やっぱりその顔絡みで疑いがかかったんだね。ははは……。

 翌日になって、平謝りの宿屋の主人の話から事情は何となく分かった。

 まあつまり、

 やたら羽振りのいい山賊っぽい男が女性を連れて来店した。

 女性はマントで容姿を隠すよう強要されているようだ。

 ちらりと見えた女性は大変美しい。

 あんな山賊と美しい女性の組み合わせなんておかしい。

 もしかして、攫われた貴族令嬢か何かかもしれない。

 お嬢さんの身が危ない!

 ……ということだったらしい。

 そこまで行くと、笑えないよ……。

 宿代を返そうとする主人にガルディスは首を横に振って、私を抱き上げて歩き出す。

 宿屋の主人と使用人が私たちに向かって深く深く頭を下げる。心配からだとしても、お客さんを犯罪者と間違えたなんてシャレにもならないよね。

「早く親父殿の所に行こう」

「うん、そうだね」

 私たちは馬車に乗り、旅を再開させた。



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