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22 「眠れぬ夜のパンツ」

 私はベッドに腰掛けている状態で、ガルディスに手を伸ばす。

「ねえ、ぎゅっとして」

 上目遣いで甘えた声を出す、が。

「駄目だ」

 冷たく拒否される。

「なんでー! なんで駄目なのー!?」

 頬を膨らませれば、ガルディスが苦しげに顔を歪めてベッドに上がってきた。そして私からできるだけ離れたベッドの端で横になる。

「ガルディス!」

「駄目だ。何度も説明しただろう」

「うー!」

 背中を向けられてしまった。

 ガルディスが私の魔力を探ろうとして失敗したあの日以来、ガルディスを見るとなんだか体がむずむずして、鼓動が激しくなって触ってほしくて仕方がない状態になる。

「ねえ、眠れないよ」

「難しい計算式を思い出せ。そう教えただろう」

 こういう状態になった時は、水を浴びるか難しい計算式を思い浮かべてやり過ごすのが世界の常識なんだってガルディスは教えてくれたけど、そんなことじゃ収まらないよ。

「数日経てばきっと元に戻る。それまでは我慢しろ」

 数日前もそう言ってたよね? 後どれだけ我慢すればこのむずむずは無くなるの?

 大きく息を吐いて、私はベッドの真ん中で横になって目を閉じる。

 我慢、我慢、我慢……でももう限界! 堪え性が無いとか言われても無理なものは無理なんだから!

「う……。ガルディス……」

 涙まじりに呟けば、横から手が伸びてくる。根負けしたガルディスが私の手を握ってくれたのだ。

 手から伝わり全身を駆け巡る温もり。これがどうやらガルディスの魔力らしい。私達の魔力は元々かなり相性が良くて波長が合いやすいのだとガルディスは結論付けていた。

 それって、私達が魂の恋人だからってことじゃないの? やっぱりガルディスと私は愛し合う運命なんだよ。

 ガルディスは慎重に、微量の魔力を私に注いで波長を合わせる。あの日のように奥深くまで探るのではなく、二人の魔力を合わせる行為。そうして緩やかな快楽に身を任せて暫くすると、握られた手にほんの少し力が籠められる。それが合図。

 弾かれたように体が跳ね、一瞬意識が飛ぶ。そして意識が戻った時には動悸も体のむずむずもなくなっている。

 これをしてもらえば、暫くは体が落ち着くんだよね。

「ありがと……、がるでぃす……」

 呂律が回らない。心地よい怠さに酔ったような状態でお礼を言えば、唸るような返事が聞こえる。

 なんだかんだ言って、毎晩これをしてくれるガルディスって優しいよね。

「がるでぃす、ぎゅっとして」

 今度は拒絶することなく、ガルディスが私を抱きしめる。

「リズ……」

「ん……」

 ガルディスの吐息が熱い。この行為って、私だけじゃなくてガルディスにも心地よいものなのかな?

 そこら辺のこと、ガルディスは口にしないんだよね。もしかしてガルディスもむずむずに襲われているとか……、いや、まさかね。全然そんな様子ないし、違うか。

 満足して眠りにつこうとしていると、

「ん? どうしたの?」

 突然ガルディスが私を離してベッドの上で身を起こした。そしてじっと左手の中指にはまっている指輪を見つめる。

「リズ、仕事だ」

「え?」

「緊急招集がかかった」

 そうして私に指輪をみせてくれる。あ、指輪にはめられた小さな石が赤く発光している。

「これは騎士が使う連絡用の指輪だ。詰所に設置してある魔道具を使用すると、騎士がはめている指輪の石が魔力を放って光る仕組みになっている」

 へえ、そうなんだ。なんで趣味の悪い指輪をしているのか疑問だったけど、仕事用だったんだね。

「おそらく街の近くに魔物が出没したんだろう。行ってくる」

 ガルディスがベッドから飛び降りて寝巻きを脱ぎ捨てる。

 あ、久し振りにガルディスの裸を見たな。パンツは身に付けたままだけど、胸毛を見ることができてちょっと得した気分。

 ガルディスはあっという間に着替えて剣を手にする。

「状況によっては数日帰って来られないかもしれない」

「え……!?」

 そうなの? 魔物退治ってそんなに何日もかかるものなの?

「すまない。一人で寂しいかもしれないが、いい子で待っていろ。外には出るなよ」

 いや、軟禁されているので出られませんよ。

 ガルディスは私の額に口づけて走っていった。

 ……あ、口づけられるの久し振りだ。しかも口づけた時にちょっと多めの魔力を私の体に送ってきた。ガルディスの魔力が体内で心地よく蠢く。

「ふえええ……」

 ちょっと情けない声を出して、私はベッドに倒れ込んだ。

 いってらっしゃい、って玄関で見送りたかったのに体が動かないよ。

 結局そのまま眠ってしまい、そして翌朝――。

 目覚めればガルディスはいない。まだ帰ってないんだ。ベッドが広いな。

 顔を洗ってひとりで食事をする。

「…………」

 寂しい。旅に出てからずっとひとりの食事だったのに、旅をしていた頃は平気だったのに、恋を知って好きな人と一緒に食事をする楽しさを知ってしまったら、こんなにも辛くなるものなの?

 父さんと離れた時とは比べ物にならない寂しさ……。うん、父さんごめんね。

 食事の後片付けをして洗濯をする。ガルディスが昨日着ていた服を掴んで、そっと鼻に押し当てる。

「うげほがあ……!」

 うええ、臭い。でもガルディスの臭いだ。

 仕事はいつ終わるのかな? やっぱり数日帰って来られないのかな?

 食料品には余裕があるし、数日帰って来なくても私が飢えることも死ぬことも無いだろうけど、でも早く帰って来てほしい。

「ガルディスの臭いが無いのは辛いよ……」

 私は洗濯物の中から一番臭いパンツを取り出し、それをポケットにねじ込んだ。このパンツに染み込んだ悪臭は数日どころか数週間でも臭いままの状態を保つはず。禁断症状が出た時の為に取っておくことにした。残りの服を洗濯し、掃除をして、勉強もする。

 余った時間で今日は読書をしようかな。二階の部屋に行き、棚に並んだ本の背表紙を見る。

 左から騎士の心得、剣術書、魔術書、歴史書、精霊学、神話、魔物図鑑などの勉強に関する本が並んでいる。正直ここら辺の本は見たくない。

 中央付近には様々な物語が並ぶ。魔物と私闘を繰り広げる剣士の話から甘すぎる恋愛物語まで揃っている。童話は私の為に買ってくれた本だ。

 そして棚の右端に並んでいるのが大人向けの物語や絵本だ。これだけ堂々と並んでいると逆にすがすがしいよね。

 棚の中から今日は女性冒険者の物語を選び、ベッドに寝転がって読み始めた。そして一冊読み終えて顔を上げれば、

「ふぁ!?」

 暗い、暗いじゃないの!

 いつの間にか灯りが必要な時間になっていた。

 体を起こせばお腹が鳴る。ああ、昼食も忘れていた。本を閉じて指先で眉間を揉む。

 私が読んだ本は、女性冒険者が様々な苦難を乗り越えて成長していく物語だった。なんだかやけに触手系の魔物や女性の香りに誘われて襲ってくる魔物が多く描かれていたな。

 もしかしてこの本、女性冒険者を目指す者用の指南書でもあるのかな。対処方法がやけに現実的だったな。下手に抵抗はせず魔物が満足して立ち去ってから解毒薬を飲みましょう、とか。そこは普通魔物を倒すんじゃないの? 死闘を繰り広げるとかじゃなくて、生きるための選択を淡々としていくような、そんな話だったな。

 本を棚に戻し、私は一階におりる。ガルディスはまだ帰って来ていない。

 遅い昼食兼夕食を作ってもそもそと食べ、ガルディスがお腹を空かせて帰って来た時の為に骨付き肉を焼いて置いておく。

 お風呂に入ったら特にやることもないので、さっさとベッドに潜りこむ。

 今夜も帰って来ないのかな? うう……寂しいよ。

 駄目だ、耐え切れない。

 私は震える手で悪臭パンツを握りしめた。

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