17 「特殊趣味万歳」
店構えからして高級店に連れて行かれた私は、試着室らしき広い部屋で、お姉さんに微笑みながら指示される。
「さあ、服を脱ぎましょう。サイズを測ってもらいますからね」
ああ、やっと脱げる。この外套重すぎだよ。
ちなみにお姉さんの旦那さんは別室で待っている。ここに居るのはお姉さんと女性店員さんのみ。私は外套のボタンを外して脱ぐと、それを足元に落とした。すると、外套を脱いだ私の姿に定員さんが目を丸くする。
うん、まあこんな格好だからね。
続けてガルディスのシャツも脱ぐと、お姉さんも目を丸くして声を上げた。
「まあ! なんてことかしら!」
……うん、そりゃそうだよね。
私が今身に付けているのは、男児用パンツ――しかも小さいのでぴっちぴちの状態だ。かろうじて大事なところは隠れているが、尻は半分見えているからね!
お姉さんが頬に手を当てて呆れた声を出す。
「あの子、こんな特殊な趣味があったのね」
あらら、お姉さんの頭の中のガルディスが、変態趣味を持つ弟になっちゃった。
「こんなことをされたら、あなたももう他家にお嫁には行けないわね」
ん? それはどういう意味?
「ガルディスのお嫁さんになるのと、一生遊んで暮らせるだけの慰謝料を貰うのと、どちらをお望みかしら」
えええ! 選んでいいの!?
「ガルディスのお嫁さんで!」
即答したら、お姉さんが笑顔で頷いた。
「そう。あなたガルディスのことが好きなのね」
は! やだ、すっかりばれてる。
私は頬を赤く染めて頷いた。
「嬉しいわ」
嬉しいの? そうなの? それでこれってお嫁さん決定? やった、変態趣味のおかげだね! ……本当は違うけど。
「今日はお祝いだから、好きなだけ買ってもいいわよ」
お姉さんが微笑みながら言うけど、いや、一着か二着で……。あ、定員さんの目が期待で輝いている。『上客がやって来た!』って顔だ。
サイズを測ってもらって、定員さんが次々と持って来る服を試着する。お金持ちのお嬢様が着るような服ばかり何着も試着し、髪飾りなどの装飾品や靴や下着も用意された。
さらば、ぴちぴちパンツ。
それからやたら薄くて露出度が高くて、胸のリボンを引っ張るだけで素早く脱げる寝衣も何枚か用意された。これはもういかにもな代物だね。
「ところでリズさんは成人……しているのよね?」
自信がなさそうに訊かれて頷く。そうか、私は成人しているか迷うくらいの見た目にはなっているんだ」
「十五歳くらいかしら?」
本当はもうすぐ二十歳だけど、そこまでには見えないよね。ちょっと迷ってから頷く。
一般的には十五歳から成人で婚姻も可能となっているから、十五歳って言っとけばまあ大丈夫でしょう。
「……本当に?」
あ、疑われてる。
「はい。間違いないです」
本当はもっと上です。
お姉さんは少し考える素振りを見せてから頷いた。
「そう、それならいいわ。書類を偽造する必要はないわね」
偽造? まさかとは思うけど、成人に満たなかったら書類を偽造するつもりだったのですか、お姉様。というか、
「何の書類?」
なのでしょうか。
私の疑問にお姉さんが答えてくれる。
「この先、身分を証明する書類が必要となって来るわ。ガルディスは近衛騎士だから、そういう書類の審査が少し厳しいの」
あれ? 今おかしなこと言わなかった?
「近衛騎士? 警備隊じゃないの?」
ガルディスはマッパの街の警備隊長でしょ?
しかしお姉さんは首を横に振る。
「いいえ、近衛騎士団の所属よ。勉強の為に一時的に地方に配属されているだけなの」
そ、そうだったの? 問題起こして地方に飛ばされたわけでも、顔が山賊すぎて王都から追い出されたわけでもないの?
「本来ならとっくに王都に戻っていい頃なのだけど、この街の警備隊長と副隊長が魔物退治の際に怪我をされたとかで、復帰まで臨時の隊長職を任されているらしいのよ」
へえ……、それで。臨時の隊長さんだったんだ。
「まあ書類の方は、いざとなれば年齢の二歳や三歳は誤魔化して、夫の隠し子ということにでもしてしまえばいいからそれほど問題はないのだけど」
いやいや、隠し子は問題でしょう。お姉さんはやっぱり、一見おっとりしているけど意外と大胆というか中身は結構とんでもない方なのかもしれないな。
「リズさん、その服とっても似合っているわ。着たまま帰りましょう」
「はい」
その一言で漸く試着地獄が終わったことが分かり、ほっと息を吐く。
試着室から出て、他の部屋で待っていたお姉さんの旦那さんとも合流する。そこでお姉さんが驚くべき一言を定員に向かって告げた。
「先程試着したものを全て頂くわ」
えええ!?
「ちょ、全てって、そんなにいらないです!」
「遠慮なんてしなくていいのよ」
遠慮じゃないってば!
「どうせすぐ成長して着られなくなるから……」
「そしたらまた一緒にお買い物ができるわね」
そういう発想!? 金持ちって凄い。……じゃなくて、何と言って断ろうか。
悩んでいたら、背後から暗く響く声が聞こえる。
「寄付すればいい」
驚いて振り向けば、私のすぐ後ろにお姉さんの旦那さんが立っていて、私をじっと見ていた。
ひやあああ! 喋ったあああ!
驚く私に、旦那さんは淡々と言う。
「着られなくなった服は、教会に寄付をすればいい。慈善活動は騎士の義務でもある。服が欲しい者は喜び、ガルディスの評判は上がる。そして金を使うのは我々貴族の義務だ」
……え、そうなの? そういうものなの?
戸惑う私の頭を旦那さんが撫でる。
……あれ? なんか、優しいな。実はいい人っぽい。見た目で暗殺者と判断してごめんなさい。
旦那さんが話している間にお姉さんがさっさと支払いを済ませて、買ったものは後程ガルディスの家に届けるように定員さんに指示する。定員さんが満面の笑みで頷いているよ、そりゃそうだよね。
「さあ、行きましょう」
お姉さんに促されて私は店から出て馬車に乗り込む。
ああ、終わった。家に帰って食事にしよう。
なんて思っていたら、また別の店の前で馬車が止まった。今度は何?
「髪を整えましょう。リズさんの髪はとっても綺麗だけど、毛先を切り揃えた方がいいわ」
そうなの? まあそれなら切ろうかな。
美容院に入って髪を整えてもらう。
こんなきれいな髪は見たことないって美容師さんがもの凄く褒めてくれた。あんまり褒められるからお世辞が過ぎるなと思っていたんだけど、どうやらその美容師さんは本気だったみたいで、小さな瓶に切った私の髪を詰めて嬉しそうに握りしめていた。いや、そんなことまでされたらどん引きなんですけど。
美容院を出てやっと帰れると思ったら、また別の場所で馬車が止まる。今度は何?
「お化粧品を揃えないといけないわ。リズさんには化粧はそれ程必要無さそうだけど、お肌のお手入れをするクリームはあった方がいいと思うの。触り心地がいい方がガルディスも喜ぶでしょう?」
うん、成る程。それは必要だね。
お化粧品店に入ったら、ついでにとお肌のお手入れもされて、爪も磨かれた。
さすがにくたくたのお腹ぺこぺこになった私をお姉さんは食事に連れて行く。
お姉さんが懐中時計で時間を確認していたから覗き込んでみれば……お昼過ぎてるじゃない。ガルディスが家に戻ってたんじゃないのかな。ちゃんと食事したのかな?
お姉さんに連れて行かれた店は、やっぱり高級なお店だった。
「普段の食事はどうしているの?」
「私が作っています」
「そう、お料理ができるのね」
「はい」
あ、このお魚美味しい。
「食事のマナーは誰に習ったのかしら?」
「ガルディスです」
ある程度は知っていたけど、きちんと教えてくれたのはガルディスだ。
「そう」
……ん? もしかしてただ食事をしているだけじゃなかった? 基本のマナーができているかどうか見られていたのかな?
「ダンスは?」
「ガルディスに教えてもらったので、少しは踊れます」
そうなのだ。見た目山賊なのに、ガルディスはダンスも踊れるのだ。
「準備はちゃんとしているのね」
満足そうにお姉さんは頷く。準備? 準備ってなんだ?
「わたくし、あなたを気に入ったわ。お姉様って呼んでね」
やった! 気に入ったってことは、ガルディスのお姉さんに認められたってことだよね。
「はい! お姉様!」
「このことは実家にも報告をしておくわ。大丈夫、あなたとのことを反対したり意地悪をしたりするような者はいませんからね」
おおお! ガルディスのいないところで周囲の状況が固まった。
あとは本人を落とすだけだね。それが一番問題なんだけど。女として意識してもらうにはどうすればいいのかな。
食事を終えて、他に欲しい物は無いかと訊かれたからついでに食材の買い物にも連れて行ってもらって、家に帰ったらもう夕方だった。まだガルディスは帰っていないかな、と思いながら馬車から降りると、
「リズ!」
玄関ドアを破壊する勢いでガルディスが家から飛び出してきた。あれ? 仕事から帰ってくるのちょっと早くない?
「ただいま」
私がそう言うと、
「…………」
え? なんでガルディス目を見開いて固まっているの?
「どう? 素敵になったでしょう?」
お姉さんが微笑みながら訊けば、ガルディスが私から視線を逸らした。
「あ、ああ……」
はい? それなに? まるで気に入らないって言っているような態度なんだけど。
「では、わたくしたちはそろそろ行くわ」
ん? 行くって何処に?
ガルディスがお姉さんに視線を向ける。
「こんな時間に出発するのか?」
「急がないと式典に遅れてしまうわ」
あ、隣国に行くんだ。でももう夕方なんだけど。夜の馬車旅はあんまり良くないと思うけどな。
「今度は王都で会いましょう」
「分かった」
ガルディスが頷いたのを確認して、お姉さんが私に視線を向ける。
「リズさん、弟をよろしくお願いするわね」
「はい」
身の回りの世話は任せてくださいな。それ以上は……頑張る。
「ガルディス、リズさんを大切にするのよ」
「ああ」
そうしてお姉さん夫婦は馬車に乗って行ってしまった。
「夜に旅をするのは危なくないかな?」
そう訊くと、ガルディスは大丈夫だと答える。
「心配しなくても護衛が何人も付いている」
「え、そうなの?」
全然気が付かなかったけど。でも護衛って……。
「貴族にはそういうのが付くのが普通なの?」
「義兄さんは侯爵家の者で、高官でもあるからな。今回も王家か宰相殿かの名代で隣国に行かれるのだろう」
……え。そうなの? ああ見えて上位貴族で仕事もできる人だったの? ……本当に、暗殺者とか思ってごめんなさい。
「中に入るか」
「うん。抱っこ!」
「え……」
「…………」
「…………」
なに、その顔。移動させるのは抱っこが基本の人が、なんで急に眉間に皺を寄せているの?
「……もういい」
ひとりで歩き出せば、ガルディスが慌てて私を抱き上げる。
「いや、違う」
何が違うのよ!
「ガルディスなんて知らない」
「怒るな、悪かった」
家の中に入って居間に行くと、大きな箱が沢山置いてあった。どうやら購入したものが届いていたみたい。
「食材は台所に持って行った」
さっき買ったばかりなのに、もう配達されてるんだ。じゃあそろそろ夕食の支度をしなきゃならないな。
「リズ、疲れただろう」
うん、まあね。
「でも沢山買ってもらった」
「そうか……」
こんなに近くで話しているのに、微妙に視線が合わない。いや、ガルディスが逸らしているだけか。
「……似合わない?」
「なにがだ?」
「この服、似合わない?」
「いいや」
こっち向きなさいよ。
「でも不満そう」
「不満なのではなくて……」
ガルディスは溜息を吐くと、ソファに私を座らせる。そして片膝をついた。
手を握られて、やっと視線が私に向く。
「何というか、リズの成長を改めて見せつけられて戸惑った。幼かったリズが、女性へと変化しているのを実感したというのか……」
ガルディスの瞳が揺れる。
あれ? もしかして私のこと女性として意識してる? 服装ひとつでそんなに変わるものなの?
「ねえ」
私はガルディスの手をきゅっと握り返す。
「ん?」
「私、綺麗?」
「ああ、勿論だ。リズは世界一綺麗だ」
困ったような笑顔を見せるガルディス。
「嬉しい」
抱きつけば、頭を撫でられた。
「……あまり早く大きくならないでくれ」
「どうして?」
私は早く大きくなりたいのに。
「何処かに行ってしまいそうで辛い」
「何処にも行かない」
「リズ、愛している」
「うん、私も」
暫くぎゅっと抱き合ったままでいて、それから夕食を一緒に作って食べて、お風呂は……随分ごねてみたが、結局別々に入った。……チッ。
そして――。
私の寝衣姿を見たガルディスが、ベッドの横で真っ青な顔をして突っ立っている。
「ねえ、早く寝ようよ」
私はガルディスに向けて両手を伸ばした。