表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/60

15 「(続き)……その永遠の謎に挑む」

「さて、嬢ちゃん」

 手を払いながら振り向いた医者は、私の顔を見て、それから全身に視線を巡らす。

 う……。なんだか視線が怖い。

 私はシーツを引き寄せて、それで体を包んだ。

 医者が診察台の横に椅子を持ってきて座る。

「名は?」

「……リズ」

「歳は?」

 えーと、いくつといえばいい?

「……十……二?」

「本当は?」

「…………」

 しまった。十歳くらいと言っていた方が、面倒がなくて良かったのだろうか。

「隊長殿が、今朝急に胸が腫れたと言ったが間違いはないか?」

「…………」

 えーと……。

「正直に答えんと、診察できんぞ」

 そう言いながら、医者は聴診器を取り出す。

「診察するからシーツを取れ」

 え、嫌。

「医者は患者の秘密を喋らん。だから診せなさい。そうじゃないと、あの男が心配のあまり暴れ出すぞ、破壊するぞ、血の雨が降るぞ」

 う……。それは困る。

 どうしよう。でもこれはたぶん病気じゃないし、見せたくない。でもガルディスが暴れ出したらとても止められないし……。

 迷った末に、おずおずとシーツを取り去る。

 すぐさま医者は胸や背中に聴診器を当て、それから喉や目の状態を確認する。一通り診た医者は、小さく頷いて私をシーツで包むと、診察に使った道具を片付けた。

 あれ? もうおしまい?

「少し前に子供を保護したと隊長殿から訊いたが、お前のことだな。一度診察に連れて来いと言っておいたのに、なかなか来んと思ったら……。とんでもない拾いものをしていたな」

「え?」

 とんでもない拾いもの? それって……。

 医者が私の目を真っ直ぐ見つめる。

「恋する種族だろう?」

「…………!」

 私は目を見開いた。

 ええ!? この医者、恋する種族のこと知っているの? とっても珍しいから知ってる人なんてほとんどいない筈なのに。

 私の心の声が聞こえたかのように医者が答える。

「古い知り合いに恋する種族の者がいる。人間の夫と子供が一人。だから恋する種族がどんな種族なのか、多少の知識はある」

 そ、そうなの? 私でさえまだ同じ種族に会ったことがないのに、この医者の知り合いに同族がいるっていうの?

 医者がやれやれと息を吐く。

「どうやら正解だったか。雰囲気がどことなく知り合いに似ているし、その知り合いの子供の成長を見たことがあるからもしやと思ったが……。まさか希少種にまた会えるとは思わなかったぞ」

 あ、半分は当てずっぽうだったのか。

「急に成長したということは、恋をしたということか。相手は……」

 う……。ばれた、かな? 頬が赤くなる。

「まあ、そういうことだな」

 うん、まあそういうことだよ。

「身長はまだ低いな。その割に胸が一晩で膨らんだのが少し気になるが、個人によって差があるのか……? 十二というのは本当の年齢か?」

 少し迷ってから、私は首を横に振った。

「ふむ、いくつだ?」

 あー、言っても大丈夫かな。

「もうすぐ二十歳……」

 呟くような声で言えば、医者が目を見開く。

「なに? それは本当なのか?」

 なんだか疑ってるような感じだな。本当にそうだよ。

 私は頷く。

「二十歳まで恋をしなかった?」

 これにも頷くと、医者が唸った。

「恋する種族は早熟だから、十よりももっと下かと思っていたが、どういうことだ?」

 首を捻り、医者はシーツに包まった私を見る。

 へえ、そうなんだ。私達の種族って早熟だったんだ。初めて知った。

「恋ができない事情があったのか? それとも恋する種族の中でも特殊な存在……」

 ぎくっと思わず肩が動く。医者の目が眇められた、

「話してみなさい」

 うう……。優しい口調で拒否を許さぬ表情。この医者なかなかやりおる。

 恋する種族のことも知ってるし、もう話してもいいかな……。

 私はこれまでのことをすべて話した。医者は時折相槌を打ちながら熱心に聞いてくれる。そして話し終えると、ふーん、と腕組みをして唸った。

「成る程、先祖返り……。そんなことがあるのか……。魂の恋人……か。謎の多い種族だな」

 多少の知識はあるとはいえ、そこまでのことは知らなかったらしい。しまった、余計なことまで教えてしまったかな。

「この事を隊長殿は知らないのだな?」

 私は頷く。

「では、年に相応の見た目に成長するまでは言わない方がいい。ここに来た時の慌てっぷりから考えれば、現段階で恋する種族だの二十歳だのと言っても混乱するだけだろうし、下手をすればそんな年齢の女性と一つ屋根の下に居ることはできないと考えるかもしれん」

 一緒に居ることができない? 

「え……! 私、追い出されるかもしれないの?」

 それは嫌。恋を自覚したんだから一緒に居たい。

 医者が首を横に振る。

「追い出すことはしないだろう。むしろ隊長殿が出て行く可能性の方が高いかもしれない。だが離れたくないだろう? なにせ魂の恋人とやらなのだから」

 また顔が赤くなる。ガルディスが私の魂の恋人、なのかな?

「隊長殿には上手く誤魔化して説明しよう」

 おお! 話の分かる医者だった。これはありがたい。

「お願いします!」

 私は頭を下げる。

「知り合いの恋する種族は、少し遠い国の有力貴族の奥方として夫に護られて暮らしている。隊長殿に保護されたのも、おそらく運命だ。彼の側に居れば危険な目に遭うこともないだろう。しっかりと掴まえておけ」

「はい……!」

 と、そこでドカドカと走る音がドアの外から聞こえてきて、それとほぼ同時にドアが開く。

「……治ったか?」

 荒い息を吐き、汗だくのパンツ一丁の巨漢が血走った眼で訊いてくる。その手には茶葉の入った袋がしっかりと握られていた。

 ……って、まさかその格好のまま買い物に行ったの? 通報されちゃうよ。警備隊長通報されるって、しゃれにならないじゃない。

 医者がガルディスを手招きして私の横に座るように指示する。素直に座ったガルディスは、茶葉を放り出して私を抱きしめた。

「リズ!」

 汗臭い。腋からの臭気で殺人が可能。でも……嬉しい。

「それで、治ったんだな?」

 私を抱きしめたまま、ガルディスは医者に再度訊く。医者はやれやれと言うように肩を竦めて見せた。

「大丈夫だ。治るも何も、ただの成長期だからな」

「……なに?」

 意味が分からなかったのか、ガルディスが眉を寄せる。

 医者が、噛んで含めるようにゆっくりと説明を始めた。

「成長期。体が大人になろうとしているだけだ。この子はどうやら成長が遅れていたようだが、その遅れていた成長期が今やって来ただけだ。遅れていた分だけ一気に成長するだろうから、栄養のあるものを食べさせて睡眠を十分とらせるように」

「…………」

 ガルディスは真っ直ぐ医者を見る。

「分かったか?」

「…………」

「急激な成長で戸惑うかもしれんが、お前がしっかり支えてやるんだぞ」

「…………」

 こいつ大丈夫か、という視線を医者がガルディスに向ける。

 私が思わずガルディスの腕に手を触れると、ガルディスの視線が医者からゆっくりと私に向けられた。

「成長期……?」

 戸惑いを含んだ問いかけに、私は頷く。

「大人になろうとしているだけ? 病気ではない?」

 もう一度頷けば、険しかったガルディスの表情が徐々に和らぎ、そして笑顔になる。

「そうか、大きくなっていただけか!」

 ガルディスは私を抱き上げて、頬に何度も口づける。

「良かった、本当に良かった! 先生ありがとうございました!」

 医者がほっと息を吐く。

「ああ、困ったことがあったらまた来い。いいか、もう一度言うが、お前がしっかり支えてやるんだぞ。今日みたいに早とちりで暴走するんじゃないぞ」

 注意されて、ガルディスが照れ笑いを浮かべる。

「はい、ありがとうございました」

 もう一度礼を言って、ガルディスは私を抱えたまま立ち上がった。

「嬢ちゃんも、困ったことがあったら相談に来るんだぞ」

「はい」

 医者に見送られ、私達は家に戻った。ちなみにガルディスが蹴ったドアは弁償することを約束した。

「リズ。よかった」

 周囲の人々が避けていくね。うん、まあそりゃそうだ。

「早く帰りたい」

 そう言えば、ガルディスが走り出す。いや、全力疾走しろとは言ってないんですが。

「リズ、本当によかった。よかった……」

 家に着いたガルディスは、ソファに座って私を膝に乗せ、頬ずりをしてくる。だから痛いって……、まあ今日は我慢してやるか。

「まさか成長期だったとは。それにしてもこんなに急に大きくなるなんて……。体は辛くないのか? 痛みは?」

 そう言いながらガルディスがシーツの下に手を入れて軽く胸を揉む。痛みが無いか確かめているんだね。でもこれはちょっと……、まあいいか。

「うん。少し変な感じはするけど」

 正直変な感じじゃなくて……、それになんだろう、気のせいだと思うけど、揉まれているうちにちょっとずつ胸が大きくなってきているような……、先っぽ摘むな!

「そうか。そうだな」

 痛みや違和感が強くなったら必ず言うように、って言ってくれるけど、いつまでその手は揉み続けるの? 別にいい……けど……。

「ねえ」

「なんだ?」

「私、大きくなっても、ここに居てもいい? ガルディスとずっと一緒に居られる?」

 ガルディスは目を見開き、それから私を抱きしめた。

「当たり前だろう!」

 よっしゃ! 約束したぞ。大きくなっても追い出さないでね。

 私はガルディスの頬に口づける。

「リズ!」

 ひゃあ! ちょ、待って、唾液が、激しすぎるでしょう……!



 後日、警備隊長乱心の噂が街を駆け巡ったみたいだけど……まあ、それはしょうがないよね。

 そして私はと言うと、その日を境に怒涛の急成長が始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ