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13 「いろいろ考えた結果がそれかよ!」

 ガルディスが鍬を振り下ろす。ざくざくと豪快に土を掘り起こし、畝を作っていく。

 仕事が休みの今日、約束通りガルディスは庭に畑を作ってくれている。

 農作業をしたことがないガルディスは、農家出身の部下に色々と教えてもらったらしい。滴る汗を手拭いで拭きつつ作業を続けている。

 私はガルディスが農作業をしている姿を見ている。そう、見ているだけなのだ!

 一緒に作るつもりだったのに、鍬なんて危ないもの持たせられないと言われて手伝わせてもらえない。それどころか少し離れた場所に敷物を広げ、砂場遊びの道具を渡されて「いい子だから、ここでお団子でも作って待っているんだぞ」と言われたのだ。

 泥団子って、子供か! まあ見た目はまだまだ子供だけどね。腹いせに作った泥団子を食べさせてやろうか。

 収まらない怒りと共に大量の泥団子を作った私は、漸く畝作りを終えてこちらにやって来たガルディスに、皿に山盛りにした泥団子を差し出した。

「お、美味そうな団子ができたな」

 美味そうと思うなら食べてみろ!

「お帰りなさい、あなた。ご飯にしますかお風呂にしますか、それとも私にしますか?」

 そう訊いてやれば、目を丸くしたあと豪快に笑う。

「なんだ、どこでそんな言葉を憶えたんだ。よしよし、じゃあまずリズを食べようか」

 ガルディスは泥だらけの手で私を抱き上げて、頬にちゅっちゅと口づける。最近こうして頬に口づけられることが多くなった。なんだかくすぐったくて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嬉しい気もするけど、唾液塗れになるのだけは嫌だな。

「種をまくか」

「うん」

 やれやれ、漸く私にも出番が回って来たか。

 種をまいて水やりして、今日の作業は終った。

「早く芽が出るといいな」

 ガルディスが作業に使った道具を片付けながら言う。

「うん、楽しみ」

「じゃあ風呂に入るか」

 まだ午前中だけど、泥ですっかり汚れた私達は一緒に風呂に入る。

「ほら、ばんざーい」

 はいはい、ばんざーい。

 もうね、抵抗することはやめた。というかガルディスが毎日毎日本当にしつこすぎて諦めた。体を洗われるのも赤竜さんの上に鎮座するのも、躊躇いが無いかって言われたらそうじゃないけど、でももう投げやりになってしまうくらいしつこいんだもの。なんでそんなに一緒に入りたいのよ。

「ごしごしするぞ」

「素手は駄目!」

「何故だ」

 そっちこそなんで、素手で洗いたがるの! 掌で隅々まで撫で回すの禁止!

 軽い攻防戦を繰り返しながら風呂を終え、それから昼食にする。

「包丁を使うのはよくて、なんで鍬を使うのは駄目なの?」

「本当は包丁も持たせたくない」

 あ、余計なことを言ったら包丁も禁止にされそうな雰囲気。これ以上この話題はやめたほうがよさそうだ。

 昼食を終えて居間でお茶を飲んでいると、向かいに座ったガルディスが自分の膝を叩きながら私を呼ぶ。

「リズ、本を読んでやろう。こっちに来い」

「はーい」

 素直に膝の上に座れば、ガルディスが本を読みだす。子供向けの建国史だ。

 最近ガルディスは、本や玩具を買って帰ってくることが増えた。玩具は正直幼すぎるものばかりで要らないんだけど、本は嬉しい。こうしてガルディスの膝の上で読んでもらったり、時にはベッドの中で読んでもらったりする。太い腕に抱きしめられて野太い声で聴く物語が好き。

 午後はまったりと過ごし、夕食を食べて寝る準備をする。

 寝巻に着替えてベッドに上がる私。しかし、

「ガルディス?」

 ガルディスはベッドに上がらずに、それどころかベッドの脇で片膝をついた姿勢になった。

「リズ」

「なに?」

「大事な話がある」

 大事な話?

 ベッドの縁に腰を掛け、私は首を傾げた。

「いろいろと考えたのだが……」

 ガルディスが私の手を握る。

 え。何この雰囲気。見上げてくるガルディスの顔は、まるで今までの残虐行為を懺悔する極悪非道の山賊みたい。

「今まで曖昧なまま一緒に暮らしていたが、ここらで二人の関係をはっきりさせたいと思うんだ」

 それってどういうこと? 二人の関係って……。

「リズ、好きだ。愛している」

「…………!」

 え!?

 いきなりの告白に、私は目を見開いて息を止めた。

 愛してるって言った……。まさか本当に? ガルディスが私を? いつの間に? いつから?

 そ、そんな急に言われても……。

 胸が苦しくなる。だけどそれと同時に甘くて温かな感情が湧きあがる。

 じゃあ私の気持ちは? 私はガルディスをどう思っているのか。私はガルディスを……。

「リズ、だから俺の……」

 手を握る力が少しだけ強くなった。ガルディスから伝わってくる熱に鼓動が激しくなる。

 私はどうしたい? 私は……。

「俺の――娘になってくれないか?」

 ガルディスの真摯な瞳が私を貫く。

 時が止まった。

「…………」

 はい? 今なんて?

「養子縁組という制度がある。リズはこんな俺のことを好きだと言ってくれる。俺もそうだ。初めはこんな子供を放置する訳にはいけないという騎士としての義務感からリズを保護した。でも今は、リズなしの生活は考えられない、離れられない、愛しているんだ。俺はリズを、正式に娘として引き取り育てたい」

「…………」

「リズ、リズ?」

 え、あれ? なんだかおかしな言葉が聞こえたような。

 娘? 養子縁組? それってなんだっけ?

「可愛いリズ」

 ガルディスの太い指が私の髪をかき上げて、愛おしそうに首筋を撫でる。

「愛している、俺の娘」

 俺の……娘……?

 ああ、そう、俺の……。

 私は細く息を吸う。

「ガル、ディ……」

「お父様と呼んでくれないか?」

 お……。

 不意に、プチンと頭の中で何かが弾けるような音がした。

「…………っ」

 私はベッドの上に立ち上がる。

「リズ?」

「馬鹿!」

「なに?」

 あー! もう、なんなの、どうなっているの!?

 誰が娘だ! 何がお父様だ!

 私は怒りに目を吊り上げ、鼻の穴は左右に広がり、歯を剥きだして口汚くガルディスを罵る。

「むさくるしい! 汗臭い! 尻毛! お肉好き! 髭がじょりじょり!」

「リ、リズ?」

 ガルディスが大きく目を開く。かなりの衝撃を受けているみたい。でも傷つけていると分かっているのに口は止まらない。

「筋骨隆々の勉強馬鹿! 胸毛が乳首を中心にして渦巻き! 口づけがしつこい! ――子供じゃないもん!」

 脚に力を込め、私は飛んだ。

「リズ……!」

 渾身の飛び蹴りは、あっさりと受け止められる。

「リズ、危ないだろう!」

「離して!」

「落ち着けリズ!」

 私のこと好きだって、愛してるって……、それなのに!

 手足を無茶苦茶に動かす私を、ガルディスが強く抱きしめる。

「嫌い、嫌い、ガルディスなんて大っ嫌い!」

「…………っ」

 苦しげな短い呻きがガルディスの喉から漏れる。

 それでも叫び続ける私を、ガルディスは更に強く抱きしめた。

「……リズ、分かった。分かったから」

 何を分かったというのか。最低だ、こんなふうに期待持たせて、それで……、それで……。

 違う。最低なのは私だ。自分の思い通りにならないからって、ひとの欠点を攻撃するなんて……。

 力が抜ける。

 ああ、私は振られたのだ。

 告白する前に、信じられないような残酷な理由で振られたのだ。ガルディスが私に向けているのは家族愛だ。そして私は、こうなってやっと自分がガルディスに恋をしていると、はっきりと自覚した。

 涙が止めどなく流れ、鼻水がガルディスの胸を濡らす。

「リズ、リズ……」

 背中を撫でるガルディスの声には、戸惑いと落胆が溢れていた。

「すまなかった。もうこの話はしない」

 しゃくりあげる私の頬に唇を寄せようとして、苦しげな表情で顔を逸らしてまた抱きしめる。

 どうしてこうなったのだろう。

 たとえば私が、出会った時から父さんのように美しかったら? 長く艶やかな銀の髪と玉のような肌、誰をも魅了する青い瞳で見つめ、しなやかな指先で触れて愛を囁いたならば……、それならばガルディスも私を一人の女性として愛してくれたのだろうか。

 父さんと旅していた頃は、このまま成長しなくても別にかまわないとさえ思っていた。だけどガルディスと会って、少しだけ成長して、最近はそれに戸惑いと共になんとなく喜びを感じ始めていた。

 子ども扱いして甘やかされるのが好き。でもそれだけじゃ嫌だと気づいた。私を見てほしい、子供としてではなく家族でもなく、私を見てほしい。

「好き……」

 私の呟きに、ガルディスの体が小さく跳ねた。

「リズ……?」

「好き。ガルディスが好き。本当は大好き」

「リズ……!」

 涙と鼻水で汚れた顔に、ガルディスが躊躇なく口づけを降らせる。

「愛している、リズ。愛している!」

 大きくなりたいと、初めて心の底から思った。

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