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10 「精霊の歌」

 服に着替えて気づく。

 あれ? 袖が短くなっている。あ、袖だけじゃなくて裾も。なんで?

「…………」

 まさか私、成長してる? いやいや、そんな馬鹿な。恋をすることでしか成長しない筈なのに……。

 私、恋なんてしてないよ? ……でも顔も徐々に変化してるよね。

 私は短くなった袖を見つめて小さく唸る。

 あ……。もしかして洗い方が乱暴すぎて、服が縮んだだけなのかな。高級な服だからもっと丁寧に扱わないといけなかったのかもしれない……の……かな?

 そんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられた。

「リズ、起きたのか?」

「うん」

 ガルディスがベッドの上で伸びをする。

「すぐ朝食を作るね」

「ああ」

 今日、ガルディスは仕事がお休みらしい。台所に行き、時間があるのでいつもよりちょっとだけ手の込んだ食事を用意する。

「今日も美味そうだな」

 朝食の準備が整った時、朝の鍛錬を終えたガルディスがちょうど台所にやって来た。向かい合って椅子に座る。

「美味しい?」

「ああ、美味い。リズが来てから食事が楽しみになった」

 そうでしょう、そうでしょう。毎食買ってきた食事じゃ飽きるし、なにより野菜が圧倒的に不足してたものね。

「今日だが――」

 食事を摂りながらガルディスが話し出す。

「――遠乗りに行かないか?」

 遠乗り?

「ガルディス、馬を持っているの?」

「ああ。普段は警備隊の厩舎に待機させてある」

 へえ、そうなんだ。どんな馬なんだろう。

「私、馬に乗ったことがない」

 旅をしている間の移動は駅馬車か徒歩だった。たまに商隊なんかに混ぜてもらうこともあったけど、馬に乗って移動をしたことはない。

「俺と一緒に乗るから大丈夫だ。とても賢くて大人しい馬だぞ」

 大人しい馬か。それなら大丈夫かな。馬に乗る機会なんてそうそうないし、いいかも。

「うん、行く」

 遠乗りに行くことが決定した。ちょっと楽しみだな。

 相談の結果、お昼はお弁当を持って行くことにした。朝食後、ガルディスが厩舎から馬を連れてくる間に、急いで弁当を作ってそれを籠に詰める。そしてもう少しで準備が終わるという頃にガルディスが戻ってきた。

「ただいま、リズ」

「お帰り。ちょっと待って、あと水筒だけだから」

 水筒に水を注ぐと、ガルディスが私を抱き上げて弁当の籠と水筒を持つ。玄関出たところまで行くだけなんだから、抱っこしなくてもいいのに。

「よし、行くか」

 ガルディスに抱っこされて玄関へ。左腕に私、右手に弁当と水筒を持ったガルディスが、器用にドアを開けて……、

「…………」

 え。

 私は自分の目を疑う。玄関ドア、今すぐ閉めて家の中に戻っていいですか?

「俺の愛馬ジギーだ」

 ガルディスがちょっと自慢げに言うけど、いやいやいや、違うでしょう。

 私はジギーを見上げた。

 ……なんですか、この巨大な生物は。

「どうだ、なかなか立派だろう」

 立派というか、私の知っている馬と大きさが違うのですが。なにこの盛り上がった筋肉、ムッキムキじゃない。体が異様に黒光りしているのは手入れを怠っていないからって思いたい。馬の足って、あんな鋭い爪があるんだっけ? 豊かな金色の鬣に隠れているけど、額の所に突起状のものがありませんか?

「……これ、本当に馬なの?」

 思わず訊けば、ジギーが私をじろりと睨む。

 ひい! 怒らせた!?

「さっそく気に入られたみたいだな」

 ……え。待ってガルディス。今の睨みに気に入ったって感じが全然ないんですけど。

 ガルディスは、呆然とする私を一度地面に下ろして弁当と水筒を鞍に括り付ける。それからまだ呆然とする私を抱っこして、ひらりとジギーに乗った。

 うわ、高い!

 思わずガルディスに抱きついて笑われる。

「大丈夫だ。ジギーの背を跨いで」

 ガルディスの前に私が座り、後ろから抱きかかえられるような格好になる。

「行くぞ」

 ジギーがゆっくりと歩き出す。

「どうだ、乗り心地は」

 どうだ、と訊かれても……。

「思ったより高い。揺れる」

 怖い、ジギーが。

 そうかそうか、とガルディスが笑う。なんだか今日は特にご機嫌だな。遠乗りが好きなのかな。

 人通りが多い道まで出ると、皆の視線がこちらに集まった。そりゃ注目されるよね、こんな巨大生物が歩いているんだもの。あそこのおじさんなんて二度見したよ。

 街の門を抜けると、私を抱く腕の力が強まった。

「少し走らすぞ」

「え?」

 振り向こうとした瞬間、ジギーが猛烈な勢いで駆けだす。

 えええええ! これが少し!?

 速、怖、うぷ……。舌を噛まないように歯を食いしばる。周りの景色が凄まじい速さで後ろに流れていく。

 駄目、もう無理!

 ガルディスの腕を必死に叩くと、ジギーが速度を落とした。

「どうした?」

 どうした、じゃないよ!

「速すぎて怖い」

 そう正直に訴えれば、ガルディスが豪快に笑って私の頭を撫でた。

「そりゃ悪かったな」

 それからは早足程度で走らせてくれたけど、それでも速すぎるくらい速かった。

 そうしていつの間にか、私達は森の中に入っていた。

「目的地はここ?」

 森林浴でもするの?

「もう少し先だ」

 森の中に何かあるのかな、と思っていたら、

「…………!」

 突然開けた場所に出て驚いた。

 ジギーが止まる。

「ここ……」

「不思議だろう?」

 私は頷いた。

 円形に草地が広がって、そこを護るかのように背の高い木が取り囲んでいる。まるで何か神聖な儀式でも執り行われていそうな場所だ。上から降り注ぐ太陽の光で草が輝いている。

「以前、偶然見つけてな」

 ガルディスが私を抱えて馬から降りる。地面に降り立つと、足元の草が柔らかく私を受け止めた。

「素敵……」

 思わず呟くと、ガルディスが頷く。

「ああ、そうだな」

 これ、自然にできたのかな? 本当に不思議な場所。

 ガルディスが昼食の入った籠と鞍を降ろしてジギーの尻を叩く。途端に嬉しそうに飛び跳ねながらジギーは森の中に消えて行った。

「……行っちゃったけど大丈夫?」

 そのまま野生化しないのかな?

「ああ、そのうち戻ってくる」

 そのうちって、本当に大丈夫なの? 徒歩で帰るとなると結構大変だよ?

「今日はここで昼寝でもするか」

 と言いつつ、ガルディスはもう寝転んでいる。寝る気満々だね。まあ、普段は仕事で疲れているんだから、休みの日ぐらい怠惰に過ごしたいよね。

 私は円形の地の真ん中に立ってみた。すると、じんわりと温かな力が体内に入ってくるような感じがする。

 ああ、歌いたい――。

 何故だか、そんな気持ちになった。

 私は普段歌を歌わない。それは父さんの仕事で、何より父さんのように上手く歌うことはできないから。でもなんだか今は凄く歌いたい気分だ。

 私はスッと息を吸った。

 男女の恋物語を得意とする父さんだけど、時々恋物語以外も歌う。実りの歌、竜の嘆き、風の囁き……。それらの中から私は森の精霊の歌を歌う。昔一度訊いただけでうろ覚えだけど、自分なりの歌詞を旋律に乗せて歌う。

 高く低く、歌声は森に響き渡り、胸の底から優しくて切ない気持ちが溢れだす。涙が零れそうになり目を閉じれば、瞼の裏に森が見える。

 そうして歌い終わった私が目を開けると、

「…………?」

 目の前にふわふわと浮かぶ沢山の丸い光。

 え……。何これ。虫?

 指を伸ばせば、光たちは右往左往しながら木々の間に消えていった。

 ……はい?

 呆気にとられる私の背後から声がする。

「森の精霊たちが姿を見せるとは……」

 振り向けば、先程まで寝転んでいたガルディスがすぐ後ろに立っていた。

「森の精霊?」

 何それ。

「先程のものたちだ。リズが呼んだんだが、自分で分かっていないのか?」

 先程のもの……って、あの光のこと? いや、呼んだ覚えなんかないけど。というか、あれ精霊だったの? 精霊を呼ぶって何?

 戸惑う私をガルディスが抱き上げる。

「歌は父親に習ったのか?」

 私は首を横に振った。

「教えてくれたことはない。ただ真似ただけ」

「そうか」

 頷いて、ガルディスは精霊が消えて行った方向に視線を向けた。私も同じ方向を見るけど、精霊の姿は無い。

「声に魔力が籠っていた」

 え? 魔力?

「私、魔力なんてないよ」

「そうだな、普段はまったく魔力を感じない。が、歌うリズからは確かに魔力を感じた。もしかして、父親も歌に魔力を籠めていたのではないか」

 私は頷く。

「うん。父さんは歌に魔力を乗せていた」

 なんで分かったの? それに私に魔力を感じたって……。

「そうか。魔術師の詠唱ともまた違う、魔力も普通とは少し違う気がする。おそらくこれは、かなり特殊な力だ」

「……そうなの?」

「リズの父親は、凄い力の持ち主だったのだな」

 え……。そんなに凄い力なの? その凄い力を、周囲のものを魅了したり金持ちから金を巻き上げたりすることに使っていたの?

「なにか父親から聞かされてはいなかったか?」

「いや、全然」

 首を横に振る。『リズちゃん僕の子なのに全然魔力が使えないねー』なんて馬鹿にされたことはあるけど、それ以外に魔力について話をされたことはない。

 うーん、もしかして、私達が珍しい種族なのが関係しているのかな?

「リズ」

 ガルディスが、こつんと額を合わせてくる。間近に黒い瞳が見える。

「俺と一緒の時以外は歌うな。どんな力かはっきりしない以上、暴走する危険が無いとは言い切れない」

 暴走?

「暴走するとどうなるの?」

「周囲のものを破壊したり、場合によってはリズ自身を傷つける可能性がある」

 ひええ、そうなの!? はい、絶対に歌いません。

「でも、そうだな……。俺と一緒の時は時々歌ってくれると嬉しい。リズの歌声は綺麗だった」

 綺麗――。

 あれ? なんだか頬が熱くなる。

「……うん」

 私が頷いたら、ガルディスが頬ずりをしてきた。痛い! それは痛いから!

「昼飯にするか」

「うん」

 いつの間にか結構時間が経っていたのかな? ご飯の話を聞いた途端にお腹が鳴った。

 ガルディスに抱っこされたまま昼食を入れた籠のところまで行って、籠の蓋を開ける。

 お弁当は焼いたパンに肉や野菜を挟んだものだよ。それから魚を油で揚げたものも作ったん――、

「…………」

「…………」

 うわ、中身がぐっちゃぐちゃ……。

 そりゃそうか。あれだけ揺られればね。

 せっかく作ったのにとがっかりしていたら、ガルディスが籠の中に手を突っ込んで、パンとか肉とか野菜とかもう何だかよく分からないものを掴んで口に放り込んだ。

「うん、美味いぞ。リズも食べろ」

 ガルディスが草の上に胡坐をかき、その胡坐の上に私を座らせる。

「ほら、早く食わないと無くなるぞ」

 そう言うガルディスは、もうお代わりをしている。

 本当に無くなりそうなので、私も籠に手を突っ込んでぐちゃぐちゃのパンとか野菜とかを掴み、それを齧った。

「美味いだろ?」

 うん、まあ。見た目はちょっと汚いけど味はいい。

「リズの作るメシは本当に美味いな」

 二人で手を汚しながら弁当を食べて、それから草の上で昼寝をして、いつの間にか帰って来ていたジギーに乗って私達は帰宅した、

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