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作州浪人  作者: 邑埼栞
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第七話 武蔵と柳生一門は史実ではほぼ無関係……のはず

 さて秋山のアホをヌっ殺した後なんだが。


 俺が働いてる廻船問屋のエライさんが俺を呼んで。


 なんか接待されて、何年か遊んで暮らせるくらいの金くれて。



 そして


 悪いんだけど、やめてもらえないか、と頭を下げられた。



 むっとして睨みつける俺。


 冷や汗かきながら畳に頭をすりつけるエライさん。




「失礼ですが……宮本武蔵殿、ですよね。」

「……隠しても仕方ないか、ああ、そうだよ。」

「申し訳ございませんが、前からその噂があったところに……」

「今回のことで隠せなくなったか。」

「市中の大評判となっています、流石は関ヶ原の勇者、ものが違う、と。」

「しかしここは大坂だろう?」

「大坂ですが、今は徳川の機嫌を伺わねば何もできません、うちの船は江戸にも、また全国にも廻ってますし、家康公の四男を討ち取った方では……」

「あれは戦だ。俺にたまたま機会が巡ってきただけのことで……別に俺には徳川に恨みもないし、徳川が天下を取るなら取るで俺には関係ない話なんだが。」

「ごもっともです。しかし実際に貴方は家康公の四男を討ち取ってしまい、それが天下の評判となり、手配も廻っておりまして、これまでは、はっきりそうだと分かったわけでは無いので無視していたのです、先ほど仰った通りここは大坂、運悪く負けた側に属していたとは言え、貴方の武功は赫々たるもので本来は賞賛されるべきもの、そうだと分かっていても見ない振りをしていたのです、私も大坂商人、太閤殿下に、豊家にご恩が御座います、このまま見ない振りを続けたかったのですが……」

「それが無理になったと? 大坂は豊臣の支配地では無かったのか?」

「大坂はそうです、しかし徳川が近畿支配のため設置した、京都所司代から通告がございまして、貴方様を引き渡せと、その通告を聞く気はありません、私も大坂商人です、ですが向こうが力ずくで来たら対抗できません、ですから申し訳ないですが今のうちにここから逃げて頂きたいと……」

「やれやれ……大坂だったら人に紛れて、安住できるかと思ってたんだけどな……」



 どうも仕方ないようだ。



 しかしなー


 大坂で無理ならどこに行けば良いのか。


 ほとぼりが冷めるまで待つ、さていつになればほとぼりが冷めるのか。



 あーなんか絶望的な気分になってきた。



 多分、九州に、いや薩摩あたりまで逃げれば大丈夫じゃないかなーと思う。


 薩摩島津の独立性は江戸時代、幕府が最も強い時期でも強固なもので。


 幕府からの干渉を跳ね除けていたというし。



 しかしだな。


 薩摩島津はよそ者には厳しい家であって。


 他国からの浪人者が住みやすい場所ではないだろう。


 米があまり収穫できない火山灰大地で、江戸時代通じて貧しかったというし。


 大体、鹿児島方言は他国者にはほとんど分からないという。


 正直行きたくない。



 ならいっそ北海道はどうだろう。


 松前藩領になるあたりまで行けばさすがに幕府の追及も無いだろう。


 幕府が北海道に目を向けるのは幕末近くになってからだし……



 それに俺、昔から北海道には行って見たかったんだ。



 という気軽なノリで


 俺はとりあえず北を目指して旅をすることにした。


 うーん我ながら無謀である。






 俺は宮本武蔵であるからして。


 当然、柳生とか意識している。


 史実の武蔵がそうであったように。



 しかし同時に俺は俺であるから。


 柳生を意識しても、同時に、ほぼ関係ない相手だと思っていた。


 柳生は幕府に仕えて、当主の柳生但馬守宗矩が非常に切れ者だったので。


 最初は3百石くらいの中の下くらいの位置からスタートして。


 彼一代で一万三千石くらいまで出世したんだったかな。


 戦が少ない時代にあって、ありえねーレベルの大出世である。



 そんな柳生家とは無縁に、地方でドサ廻りしていたのが武蔵であって。


 基本、武蔵と柳生家は、ほぼ全く無関係で接点なし。




 そのはずだったんだけどなー




「我は柳生五郎右衛門宗章! 我が主、三位中納言様の命により、お前を討つ!」



 うーん


 なんでこんな人が出て来ているのだろう……





 柳生宗章やぎゅうむねあき


 柳生石舟斉の四男で、柳生宗矩の兄である。


 史実でも確かに小早川家に仕えていた。


 小早川家が滅びた後は、近所の鳥取あたりの知り合いの所にしばらく滞在。


 滞在中に、お世話になっている家がお家騒動に巻き込まれる。


 戦国の余風が強く残るこの時代、お家騒動というのは実際にはほぼ内戦である。


 一宿一飯の恩義、これを返さないわけには行かないと。


 本来、ただの滞在中の客人に過ぎなかった彼は、この内戦に参加する。



 そして戦場で、鎧武者を相手にして。


 父、石舟斎直伝の新陰流を大いに奮い。


 斬りも斬ったり、十八人斬りを成し遂げたという。


 実戦でそういうマンガみたいな大暴れをやったという記録が実際に残ってるのは。


 この人くらいのもんであり。



 まーつまり、切れ者の官僚で頭は良かったが腕はどうかと疑問が残る弟と違って。


 ガチでマジで強かったことは間違いない人である。



 あ、三位中納言てのは、小早川秀秋のことね。


 今は、正確には、元三位中納言だと思うけど。



 しかしこの人、秀秋の親衛隊の将校、護衛役の筆頭とかだと思うのだが……



「たかが田舎の小僧相手に大袈裟な……なんでわざわざあんたが……」


 俺は正直な感想をポロリと漏らした。



 もうすぐ潰れるだろう小早川家だが。


 しかし備前、美作、および周囲も含めて、岡山五十五万石といわれる大大名。


 そこの藩主の側近、護衛の筆頭の人ってのは。



 俺みたいな田舎の名前だけ武士の実質浪人の倅とかと比べると。


 文字通り天地の身分の差がある。



 この柳生の五郎さんは、大会社の若手エリートで将来の大幹部候補。


 俺は日雇いのバイトくらいの差がある。



 だからわざわざこんな人、送ってくるのはおかしい。



「ほう、我が名を知っているのか。流石は新免一馬殿の子息よのう。」


 親父って名前、一馬だったのか。今さら知る衝撃の事実。



「親父は関係無い、俺は宮本武蔵だ。」

「ああ、そう名乗っていたから対応が後手になった。新免殿の息子と分かっていれば、こちらも最初からもう少し、警戒していたのだが。」

「ん? あの親父の名前で、なぜ警戒するんだ?」

「新免殿はかつて洛中で吉岡憲法と名勝負をして名を挙げて、足利将軍よりお褒めの言葉を賜ったことがあるほどの兵法者だぞ。」

「あれ本当だったのか! 酒飲んでそればっかり繰り返すんで、うぜーホラ話だとしか思ってなかったぞ!」

「……そうか。それはともかく、あの新免殿の息子なら尋常では無く強いはずだと、旧宇喜多家の家中で、今は当家に仕えた者たちから話が聞けてな。普通の捕り方をいくら送っても全部返り討ちにされてしまうわけだ。」

「もう領外に出たわけだしさ、放っておいてくれれば良いのに。」

「松平忠吉様を討ち取った下手人の捕縛はどうなってるかと、徳川から厳しい追求があってな……それに何度も送られた捕り方を全部返り討ちにした関ヶ原の勇者、新免無二の息子、宮本武蔵の名が、既に備前岡山城下でも評判になってしまい……」

「なあ、あんたなら分かるだろ、あれは戦だ。たまたま俺に機会があって、目の前に隙だらけの身分高そうな武将がいたから討ち取っただけでだな、別に俺は徳川とかどうでもいいし、遺恨があるわけでも無いし……」

「そんな所だろうな。別にお前は悪くない。武士なら当然のことをしただけだ。」

「だろ? だったら……」

「武士なら仕方ない。武士は名こそ惜しけれ。名が全て、名誉が全てだ。お主を捕縛できるかどうかはもう小早川家のメンツの問題になっている。別にお前が悪いわけでは無いことは分かっているが、しかし、武士なら仕方ないのだ。」


 そう言うと、五郎さんはスラリと腰の刀を抜いた。


 両手で持ち、自然に体の前に垂らす。


 新陰流、無形の位……



「ハァ……やるしか無いのか……」

「そういうことだ。抜け。」



 この時代でも間違いなく最強クラスに強い男、柳生五郎衛門宗章。


 正直やりたくない、やりたくないが




 やらねば死ぬか……仕方ない!







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