第二話 有名人だが……! 喜べない!
基本、真面目に毎日農作業。
たまに絡んでくる親父にボコられるという日々を何年か。
ああ、それも正確に覚えてねーよ。
俺は作物の一番いいところは自分で食い。
親父には適当に、食えれば良いだろってのだけを食わせていた。
なに親父は酒さえあればいいんだよ、ちゃんと食おうとしないしな。
昔は、親子の仲をなんとか出来ないかと。
頑張って料理して親父に勧めたりしたこともあるんだが。
食欲ねーんだよって怒鳴られて真剣抜かれたことがあったので。
もう基本無視している。
だがそうして一番良い所を俺が食うことで俺はますます体が大きくなった。
まだ中学生くらいの年齢だと思うが身長180超えてると思う。
村の中ではダントツに大きい、今では親父より大きい。
だが、まだ、勝てないのだが……
少しずつわかってきたのだが。
親父は「都に出て公方様に認められたこともあるんだ」と酔うと繰り返す。
都とは京都のことのようだ。
都の公方様、どうも室町幕府の将軍らしい。
ってことは今は室町時代?
それともその末期の戦国時代なのか?
その程度のこともはっきり分からん。
だってあんた、江戸時代だったとしても「都」といえば京都だぜ。
江戸は江戸で別もんだし。
公方さまは将軍のことで。
鎌倉から江戸までずっといるわけで。
この辺のトップの大名とかも良く分からん。
近所の人は、ただ殿サンとしか呼ばない。
この村の直接の領主は木村様とか何とか。
日本人で一番多い苗字じゃねーのか?
やっぱり分からん。
そういうことを考えるのも余裕があるときだけだ。
基本毎日真面目に農作してるとそれだけで余計なこと考えるヒマも無く。
俺の真面目な働きぶりが認められて村の中での評判も良いし。
昔から世話になってる隣の家のおっちゃんとか。
俺の親父がくたばったら、娘を俺の嫁にくれてやっても良いって言ってる。
親父が生きてるうちは怖いので……
隣の家の娘、俺の幼馴染は名前を「お通」ちゃんという。
こんなド田舎には稀な美少女で、性格も優しい良い子である。
このまま順調に時が経てば。
俺はお通ちゃんを嫁にして平穏な百姓生活送れてたと思うのだが……
そんな平和だったある日。
村に浪人者が数人、紛れ込んで来た。
武装して徘徊してる浪人なんてのは犯罪者予備軍……
いや犯罪者そのものである。
平和な農村にとっては異物であり。
団結して追い払うかぶっ殺すか。
村の青年団が集まって相談とかしようかと言う時に。
その見るからに犯罪者チックな物騒な浪人共は。
親しげにうちの親父の家に、つまり俺の家に入り込んできた。
「新免さーん、いや、お久しぶりです。」
「おう中田じゃねーか、生きてたか!」
「いやあ、近頃はギリギリっすよ、新免さんはいいなあ、田んぼあるし。」
「田んぼだけあってもな、こんな田舎じゃ腕が錆付いてしまう。」
はじめて知ったのだが。
親父の苗字は新免というらしい。
「しかしこんな作州のド田舎の村まで、よくきてくれた。」
「結構探しやしたよ、宮本村って名前だけじゃきつかったっす。」
ほほう、この村は宮本村というのか。
これもはじめて知ったw
「あれ? 息子さんすか、でかいっすねー。」
「何、体ばかりでかくてな、まだまだヒヨッコだ。タケ、挨拶しろ。」
俺の名は略称タケ。
本名はタケゾウ、つまり武蔵である。
…………………………
おいおいおい
ってことは、このキ○ガイのクソ親父、新免無二斎かよ!
そして俺は……!
新免無二斎の息子、宮本村のたけぞう、つまり宮本武蔵!!!
微妙だ!
せっかくの転生モノなのに凄く微妙だ!!
剣術家なら、せめて柳生!
柳生家の誰かに生まれれば、まだ伸し上がれるチャンスが!
宮本武蔵では、ほぼ一生ケンカ繰り返しながら流浪して。
末に九州あたりで客分として過ごして死んでいく感じか……
戦国時代の立身出世モノで歴史改変! とかもほぼ無理だろう。
なぜかって宮本武蔵なら、生まれてきた時代が遅すぎる。
既に天下泰平がほぼ成った時代。
太閤秀吉による天下泰平の時代に武蔵は生まれた。
この後は、大きな戦っていったら、関が原と大坂の陣しか無い。
どちらにしてもそれだけで功名上げて成りあがれるような戦では無い。
既に世の趨勢は定まり、乱世は収まりつつあり。
成り上がり、下克上が通用しなくなっている時代。
しかも美作(岡山県北部)の山奥の村の一介の地侍の息子に過ぎない武蔵では。
頼りになる親戚も無く、門地も無く、仕えるべき優れた主とかもおらず。
個人で名を挙げても、単なる地方名士くらいが関の山。
つまり史実において武蔵がたどった道だな……
既に天下泰平。
あとは豊臣から徳川への政権交代のみ。
それも大名家や一定以上の身分の武士にとっては大きな意味があるのだろうが。
しかし庶民や、庶民に等しい浪人の倅の武蔵には。
どっちにしても雲の上の話で無関係。
豊臣だろうが徳川だろうが、上が変わっても別に関係無いのである。
そうとわかれば……
うーん
史実の武蔵のように、成り上がりを目指して戦いの日々を……
ってのは却下の方向で。
それって明らかにこのキ○ガイ親父の残した影響だよ。
このキ○ガイ親父の執着とか病的な功名心とか。
それそのまま受け継いで、そして飛び出したんだろう、武蔵は。
俺はそれ、いいよ。正直言って。
こんな親父みたいになりたくないし。
このまま農民続けよう。
幼馴染のお通ちゃんを嫁にもらって平和に暮らそう。
うん、それでよい、それがよい。
平和が一番、安全第一。