第十二話 京都所司代を攻略せよ!……できるか!
結論から言えば、数百の手勢で京都を落とすとか無理である。
具体的な目標は京都所司代がある二条城となるだろう。
この人数で城を落とす、無理です。
それこそ竹中半兵衛でも連れてこないと無理だよな。
ふむ竹中半兵衛なら、手持ちの十数人で、美濃稲葉山城を落としたか……
あれはつまり奇襲だよなあ。
奇襲を完璧に決めたんだ。
元々、竹中半兵衛は美濃斉藤家に仕える家臣で、稲葉山城に入っても当然だった。
だから当然のように普通の登城のふりして城に入って。
そして少数の手下だけで一挙に中枢を占拠して城主の斎藤龍興を追い出した。
やはり参考にならん、俺たち胡乱な浪人者が二条城に入れるわけがない。
いや、ポイントを抑えるって点が重要なのは同じでは。
つまり美濃稲葉山城なら、城主、斉藤龍興。
二条城、いや京都所司代なら、つまり板倉勝重だ。
板倉勝重の首さえ取れば、まずは勝利と言って良い。
そこだけに絞るか。
出来るんなら別に暗殺だろうが狙撃だろうが構わん。
とにかく板倉勝重の首をとることだ。
彼ほどの有能な人物、簡単に換えは効かない。
しかし板倉勝重をヌッ殺したら、家康マジ激怒しそうだな。
下手したら息子だけどあんまり可愛がってなかった忠吉殺したよりも怒るかも。
だが既に指名手配されている俺には関係無かった。
今さらである。
ちなみに板倉勝重は、後に、大坂の陣を起こすに当たっての実務担当として大活躍した他に……
鐘銘に難癖つける事件の主犯の一人でもあり。
また京都所司代として、公家や朝廷に禁中並びに公家諸法度を押し付ける実行者。
公家の娘が将軍の正室になる流れを作った人物でもある。
それだけでなく三代家光の乳母となる春日局を採用した面接官でもあり。
また江戸幕府の閣僚が、まずは地方長官、京都所司代や大坂城代や長崎奉行やらを歴任した後で、若年寄、老中と出世して、幕府の中枢に座り日本全土の政治を見るってその流れ、その流れ自体の始まりとなる人物でもある。彼自身は京都所司代として有能過ぎたので最後までそこで使われるんだけど。
うーん、江戸時代に残した影響が大き過ぎね?
こいつ殺して今後の歴史の流れは大丈夫だろうか?
まあ知ったこっちゃないですけどー
主立った面子が集まった、伏見奉行所の一室で。
俺は今後の戦略を述べる。
「京都所司代を潰す。二条城を落とし、板倉勝重の首を取る。」
ざわめきが起こり、意気高揚してる人が多数だが。
それ本当に出来るのか? と疑問な顔も結構。
まあ皆、戦争の玄人、実戦経験者ばかりだからな。
安易に甘い観測は信じない。
「一番重要なことは、板倉勝重の首を取ることだ。ここまでは徹底しろ、いいな。」
俺の言葉になんとなく頷く人々。
さて問題はそのためにどうするか、だが。
これは本格的な大名の反逆とかではない。
あくまで偶発的な事件である。
関ヶ原浪人は世に溢れているし、治安は悪化している、それを立て直してる最中。
こんなことも起こるかもって、それは向こうも分かっている。
だが、だからこそ、類似の事件が次に続くってことが無いように。
迅速に、確実に、徹底的に取り締まらねばならない。
それが徳川方の事情だ。
せいぜい数百の浪人が暴れただけが実情で。
そんな実情は向こうも分かっていてもそれでも。
とにかく急いで事態を鎮めねばならない。
「京都に情報が伝わっていないわけがない。今一番焦ってるのは板倉勝重さ。」
この事態を起こしてしまっただけで大失態だ。
事態を収拾できても事後、責任を問われて解任もありえるくらいの。
官僚として順調に出世してきた板倉勝重には耐えられないことだろう。
だから間違いない、今、板倉勝重は滅茶苦茶焦っている。
そしてそこで思い出したんだが。
板倉勝重の息子、板倉重昌の話だ。
息子も親に似て切れ者で、順調に官僚として出世していた。
しかしそこに江戸時代最後の戦、天草島原の乱が起きる。
キリシタン勢の起こした一揆であるが、原城という城に立てこもり。
戦争レベルの騒ぎになった乱である。
重昌は九州の諸大名の監督官として九州に行き、実戦を監督するのだが。
実戦経験がほとんど無く、また本質的に有能な官僚でしかなかった重昌。
彼の指揮に誰も従わない、まともに言うこときいてくれない。
領地の小さい小大名に過ぎなかったし身分もそれほど高く無かった。
監督官としての権限が曖昧だった、などの問題もあったというが。
要はつまり、向いてなかっただけだろ。
有能な官僚だったが、別に優秀な軍人ではなかったのだ。
いや、それは仕方無かろう。逆に官僚としてなら凄く有能だったわけだし。
ようやく平和が落ち着き始めた江戸初期に必要な人材だったのは間違いない。
しかし所詮、実戦向きの人では無かったので。
誰も言うこと聞いてくれないことに焦ったあげく。
さらに江戸からもっとエライ人が監督官として派遣されると聞いて。
自滅的な無理な突撃して討ち死にしてしまう。
監督役が何やってんだ!と将軍家光は大層怒ったそうな。
ん~多分だけどさ。
親父も似たタイプなんじゃねーかな。
流石に息子よりは修羅場潜ってる分、落ち着きはあるだろけど。
でも本質的に似てるタイプだろう。
優秀な官僚、官僚として順調に出世したタイプ。
武功で成り上がった戦国武者とは明らかに一線を画する。
板倉勝重なら確実に、この事態を重く見る。軽く考えたりしない。
絶対に迅速に鎮圧せねばならないと考える。
ならばどうする。
こっちは少数の烏合の衆だと分かってる。
ならば京都に今いる、手持ちの部下だけでも。
まとまって押し出せば倒せるはずだと考えないかな?
そうして出来るだけ早く事態を収拾し。
できれば揉み消してしまいたい……!
官僚ならそう考えるはず。
だから多分、板倉勝重自身が。
今、集められる限りの人数を集めて迅速にこちらに向かってくる。
いや、もう向かってきてる途中かも。
ふむ、そこを狙うか。
狙うならそこか。
急いでる、焦ってる、行軍も速度優先で隊列が延びてるだろう。
そこなら、やれる。
殺せる。
板倉勝重の首を取れる。
さてこの方針をどうやって説明したら、浪人仲間が分かってくれるか。
とりあえず理屈を並べても分かってくれなさそうだったので。
「信長公の桶狭間だ。」
と言ったら、皆了解してくれました。
了解しただけでなく、凄く盛り上がってるし。
まず伏見の町衆の年寄たちを集めます。年寄てのは役職ね、町の自治会みたいの。
その人たちと交渉して、食糧、武具、馬などを譲ってもらいます。
徴発ともいう。平たく言えばタカリであるが。
しかしそれで済むことならばと快く譲ってくれました。
ただ、これらは俺たちが略奪したことにして欲しい、とのこと。
浪人たちに協力的だったとか思われたら後でヤバイので。
まあそこは分かったと言っておく。
重要なのは特に馬。
人数分揃えるには町衆に協力してもらわねばどうにもならん。
武器弾薬や、兵糧も運べる限り馬に乗せて。
機動力が命だ、こっちが先に良い場所をとって。
向こうを待ち受ける体勢を整える必要がある。
伏見・京都間には、これといった使えそうな地形が無い。
現代では京都市伏見区になってるくらい近いのだ。
なだらかな平野が続いている。
奇襲待ち伏せに使えそうな山林とか無いし。
昔は、京都中心部を通って流れる鴨川が、丁度伏見も通り。
そして伏見を経由して、淀川と名前を変えて大坂まで行く。
水上交通、水上運輸に便利だったので、中継地として伏見も発展したのだ。
つまり京都伏見間なら江戸時代を通じて、水運が主流だったのだが。
しかし一刻を争う状況ならどうする。
混雑してるのが常態である水運を使うかね。
やはり陸路で来るだろう。
ならば橋を使う必要がある。
橋を渡ってくるところ、だな。
そこを横から狙う、これが基本戦術として。
先に待ち構えて、狙える位置を取れるか。
ここが勝敗の分かれ目だな。
どうせ人数では勝てないだろし。
装備も向こうのほうが良いもの揃えているだろう。
こっちの勝機は、そのタイミングを掴めるかどうか、だ。
「川岸で身を隠して待ち受ける。
敵が半分、渡ったところで攻撃を開始する。
最初の攻撃で板倉勝重を討ち取れるかどうか、ここが鍵だ。」
あとは問題は。
皆がちゃんとこっちの指示を聞いてくれるかどうかだな。
中途半端な位置で抜け駆けされて。
板倉勝重に逃げられたら、もうダメだ。
まあいい。
そうなったら当初の予定通り、北海道でも目指して逃げるとしよう。