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聖女やるならお好きにどうぞ  作者: 久條 ユウキ
第二章:理解不能なアルファード帝国編
9/21

9.罠にかけるなど理解不能です

【獣化の種】とは、ヴィラージュ王国内でも最大の禁忌である『人を魔獣に堕とす秘術』に使われるキーアイテムである。

 それは、魔獣の心臓が結晶化したもの。

 その身に魔力を多く蓄えた魔獣が倒された後、稀に結晶化した心臓が残されることがある。

 それ自体は特に用途もなく、素材としての買い取り価格も低いため大概は見向きもされずに放っておかれるのだが、かつてとある薬師が何か用途はないかと散々実験を繰り返した結果、とんでもないことがわかった。


 その結晶を細かく砕いて粒状にし、人に飲ませる。

 それだけなら数日すると異物として体外に排出されるのだが、その前に『凶暴化バーサーク』の術をかけるとその人物はあっという間に理性を失い……人としての理性を失ったことで、体内にある魔獣のもとがその身体を支配し、その身を魔獣へと変化させる。

 結晶内に凝縮されていた魔力が外から注がれた魔力と化学反応を起こし、獣化という現象を引き起こすことまでは研究によってわかったが、そもそもつきつめて研究するためには人体実験が必須であるため、この事実自体を禁忌として国はこれを闇に葬ってしまった。


 マドカがそれを知っていたのは、同じチームの仲間であるマサオミが『やっぱ悪の組織っつったら黒魔術とか洗脳とかロボトミー手術とか、そういうイケナイ術とか研究してたりするもんっしょ』と言いながら、王城のどこからか禁忌の書を手に入れてきた、それを読んだからである。

 禁忌の書を手に入れてくること自体が犯罪行為、と言うなかれ。

 マサオミには全く悪意はなく、マドカも筆頭公爵令嬢という狙われやすい地位にいるジュリアーナを守るべく、とにかく必死だったということだ。



 鞭を振るって獣達を威嚇しながら切れ切れに説明するマドカの話を聞いたカインは、そうかと低く呟きそして「ならば」と視線だけは目の前の獣達から離さないままに問いかけた。


「ならば、どうする?元は人間だから殺すなと君は言うが、そもそも獣化した者は元に戻れるのか?」

「…………っ、いえ」

「元には戻せない、だが殺したくはない……か。甘いな」

「……そう、ですね……」


 獣化した者は、死してもなお人には戻れない。

 そんなことは充分承知の上で、彼らは下級貴族である少年、青年らを金で買うか脅すか何かして【獣化の種】を飲ませた。

 そしてここまで連れてきて、マドカが応じない態度を見せたため最後の手段として『凶暴化』の術をかけ、魔獣に仕立て上げた。

 恐らく、どんな誘惑にも首を縦に振らない彼女を害するために。


(わかってる。あの人を守るためには、殺したくないなんて言ってられないことくらい)


 だがやはり、『人』であった頃の顔を一瞬でも見てしまった彼女には、どうしても目の前の魔獣達を殺すという覚悟ができなかった。

 魔獣となった以上、その命を奪わなければ逆にこちらが奪われる……否、それ以上にこの先を抜けた国境の関所に並んでいる、罪もない旅人達を危険に晒すことになる。

 それがわかっているのに、それでも彼女は決断できなかった。

 それを甘いと言うなら、確かにそうなのだろう。


「……甘い考えには違いないが、人を殺す覚悟など本当ならない方がいい」

「え?」

「君が私の部下なら、きっとこう言うだろう。『大切な人を一人でもいいから思い浮かべろ。その人を守るために剣を振るえ。殺す覚悟などなくていい、だがむざむざと殺されては大切な人を哀しませてしまう』と」


 ハッと顔を上げたマドカのコバルトブルーと、静かに見下ろすカインの蜂蜜色がぶつかる。


「そう、ですね」


 ともう一度呟いたその顔にはもう、迷いはなかった。



 マドカはそれまで牽制のために振りかざしていた鞭をピシリと一振りし、手の内に引き戻すとそれに魔力を流していつも腰に提げているサーベルへと姿を転じさせた。

 どういう原理だ、と問い詰めたくなったカインはそれを後回しにして気を鎮め、ついっと指先を横に滑らせて簡易型の防御結界を張った後、さてどうする?と彼女へ視線を戻す。


「魔獣化させられるのは、総じて魔力耐性の低い者であるそうです。ならば今の彼らも、魔力に対する耐性は低いでしょう。私は魔術で彼らの気を引きますので、すみませんがその間に」

「ああ。止めは私が引き受けよう」


 頷いて、指先を先ほどとは逆方向へと滑らせる。

 行く手を阻む邪魔な結界がなくなったことを感じ取ったのか、魔獣達が一斉にその身を躍らせる。

 一番先頭にいた魔獣の爪がマドカの肩にかかろうかというタイミングで、


「氷の壁」


 二人の眼前数センチのところに現れた分厚い壁に阻まれ、ギャン、と悔しそうに鳴く声が響いた。

 が、当然それだけで諦めるわけもなく、ガリガリと爪で氷を引っかいたり、体当たりを繰り返して割ろうとしたり。

 それを数分ほど黙って見ていたマドカは「往生際が悪いですね」と苛立ちを含んだ表情で壁に向かって手をかざした。

 そして


「氷の雨」


 獣達の周囲2mという範囲にだけ降り出したのは、雨というよりもはや氷のつぶて

 本人は雹をイメージしていたというのだから、その破壊力は生身の獣には絶大すぎた。

 子供の掌に納まるほどのボールサイズの氷が空からバラバラと、途切れもなく落ちてくる。

 最初はどうにかかわそうと暴れまわっていた獣達も、身体を打ち付けられ、時には頭に直撃し、次第に戦意を失うように大人しくなっていった。


 これ、もう手伝いとかいらないんじゃないか。

 とカインは呆れ返ったが、行きがかり上『止めは引き受けた』と格好をつけたからには何もしないわけにはいかない。


「確実に仕留めるために首を落とす。見たくなければ目を塞いでおけ」


 そう言い置くと、彼はようやく止んだ氷の雨の残骸を踏まないように身を躍らせ、彼を見て牙を剥き出しにして威嚇してくる魔獣の首にその細く鋭い剣を突き刺した。

 ギャア、と断末魔の声をあげる魔獣に構わず、彼は剣先でぐりっと首の骨を抉るようにしながら腕を跳ね上げる。

 ぼとりと首の落ちた個体をかえりみることもなく、彼は二体目へとその剣先を向けた。




 すべての個体がぐったりと、首のないその身体を地に横たえるまで、そしてカインの放った炎の魔術により元は人だったその身体が燃やし尽くされるまで、彼女は決して視線をそらそうとはしなかった。

 そうして全てが終わった後、彼女はぺたりとその場に座り込んでしまう。


「っ、おい!」

「…………怖かった……です」

「……あぁ、そうだろうな」


『大切な人を守る』そのためだけに戦った彼女は、必死だったのだろう。

 ここで自分が死んでは、きっと主が哀しむ。だから生き残るしかないのだと。

 生き残るために攻撃を仕掛け、そして自分の手ではないにしろその命が絶たれていくのをじっと見守った。

 主を守るためにと禁忌の書にまで手をかけ、知識を貪欲に貪った……そんな賢く忠義に厚い彼女であっても、まだ成人年齢に達したかどうかという少女なのだ。

 殺したくないと甘いことを言うのも、戦い終わってへたりこむのも、当然の反応だろう。


 ひとつ息をついて、カインもその場にどかりと座り込む。

 怪訝そうに瞬くコバルトブルーの瞳を至近距離から見つめ、彼はようやくふっと表情を緩めた。


「さて、そろそろどういう事情なのか説明してもらっても構わないかな?」

「あぁ……そう、ですね。この期に及んで隠し事ができるわけもありませんし……ですが話す以上はある程度巻き込まれていただくことになりますが」

「今更だ。もうとうに巻き込まれてる」

「そうですか。では遠慮なく」


 そうして彼女は語り始めた。

 自分が何者か、聖女とどんな関係か、そしてここに残ってこれまで何をしていたのか。



「最初の頃はお嬢様に取り次げと煩かったので、帝国内に入ってやんごとなき方の保護を受けていますとほのめかしました。そしたら今度は私に照準を絞って引き込みにかかってきたので……まぁその都度やんわりお断りして、いつか実力行使にでるだろうと予測はしていたのですが。まさか禁忌の下法に手を出すなんて思ってませんでした」

「あちらの目的が最初から君だった、というように聞こえるが」

「ええ、そうでしょうね。お嬢様の能力なども惜しまれてはいるでしょうが、恐らく指揮を取っているのが例のうかつな宣言をした王太子でしょうから、第一にまず聖女の妹である私をそれなりの待遇で満足させたいのでしょう」


 このことに王太子が直接絡んでいるとは思えない、もしそうなら彼の宣言に自ら背くことになるからだ。

 しかし『よきにはからえ』程度の許可を与え、後は何をしようと黙認という形をとっているのなら、もし彼らがマドカを殺したとしても『知らなかった』と言い逃れすることも可能になる。

 つまり、それは暗にマドカが死んでしまっても構わないと思っている……未必の故意、とも言えるのだが。


 そしてそれは、交渉役の彼らにも当てはまる。

 彼らは王都に戻ってこう報告する。


『突然複数の魔獣が現れ、妹様はその魔獣に襲われて亡くなりました』と。


 魔獣が現れる原因は彼らの術だが、しかしそこを告げずに言えばそれは紛れもなく事実となる。

 彼らは魔獣を生み出しはしたが、マドカを殺せとけしかけたわけではないからだ。

 つまり彼らの行為もまた、未必の故意だったと言える。

 これはあくまでも殺人及び殺人未遂に関する罪についてだけであり、それ以外の人道に反する罪については別問題ではあるのだが……あえてそれについては彼女は触れなかった。


「今回のことであちらさんは恐らく『もてなそうと使者を送ったが相手方がそれを強く拒否した。国にも王族にも否はない』と言いきるつもりでしょうね。ここで私が魔獣にやられれば形ばかりの哀悼の意を表し、逆に魔獣を始末してもそれはそれで禁忌の術の痕跡を隠せる。今更私が王国に戻ることなどないと判断した上での所業だった、ということです」

「反吐が出るな」

「全くです。……ところで、先ほどまで周囲を取り囲んでいた自称交渉役の者達は?」

「それなら、部下に命じて全員拘束させてある。残念ながらここはまだヴィラージュ王国内だ、我が国の法で裁くわけにもいかないからな」

「でしたら、私が拠点に使っていた近くの村に送り届けておいていただけますか?あぁ、その前に」


 マドカはポケットからペンと手帳を取り出して何事かを書き込み、それをビリッと破ると「リーダーの男に括り付けて送り返してください」と頼んだ。

 受け取りざまちらりとそのメモに視線を落としたカインはしかし、何と書いてあるのか読むことは出来ない。

 彼女の世界での言葉、つまり『落ち人』か聖女にしか読めない言葉だとそう納得して、彼はそれを寄ってきた部下に手渡した。




 これからどうするんだと問われたマドカは、主と合流しますとあっさり言い切った。


「聖女様の妹様に利用価値はないし利用もできない、そう判断して切り捨てられた私がここに残り続ける意味がありません」

「そうは言うが、やられっぱなしで悔しくないのか?」

「王国側に切り捨てられるのは、端から計画のうちでしたからさほどでも。ただ……今回のやり口もそうですが、ヒトを俗物扱いしてくださったのには腹が立ちますね」


 宝石にお金、奴隷に貴族の令息、こんなもので懐柔しようと言うのだから、王国の人間はどれだけ女をバカにしているというのだろうか。

 そんな即物的なもので喜ぶ女など……いない、と言いかけてマドカはやや気まずそうに眉をしかめる。


「…………比較対象が聖女様なら話が通じますね……あの人は父をはじめとして、男性に貢がれ、飾り立てられ、愛を囁かれることが好きなようでしたから」


 妹である彼女もそうなのだ、と思われたのだとしたらとんだ侮辱だが。

 半分とはいえ血が繋がっていることが腹立たしい、と苛立ちを隠しきれない様子のマドカに、カインはとうとう声を上げて笑ってしまった。


(なんだ、年相応の顔もできるじゃないか。負けん気の強い勇ましい女かと思えば……)


 可愛いじゃないか、という評価がすとんと彼の胸の中に落ちてくる。

 そしてその評価は、彼が言い出そうかどうしようか迷っていたとある提案を『Go』の方向へ進めるべく、ぽんと背を押してくれた。


「マドカ・クリストハルト」

「はい」

「君の大事な主と何より君自身の尊厳を踏みにじったこの国を、見返したくはないか?」


 あんなのでも王太子だ、いずれは王となりその隣には聖女が立つだろう。

 そうなったら国は衰退していく一方だろうが、そんな未来を待たずとも手っ取り早く……彼らがまだジュリアーナやマドカのことを覚えているうちに、一泡吹かせてやりたくないか?

 と、彼はそう問いかけた。

 そして、もしそう願うのならこの手を取れと、剣だこが出来てなおすらりと細いその手を差し出した。

 躊躇うことなくそれを握り返され、彼はふっと悪戯に微笑む。


「君の望むように、私一個人ではなく国を挙げて巻き込まれてやる。君の主も、その叔父上も、君の仲間達も我が帝国が庇護しよう。そのかわり、君には私の補佐としてこちらの事情に巻き込まれてもらう」

「補佐役なら構いませんよ」

「……仔細も聞かずに随分と無防備だな。まぁいい、よろしく頼む」



 その三日後、帝国軍の中途入隊試験をほぼノーミスという素晴らしい成績でクリアした者が、軍部トップグループの一人であるカインの補佐に任命されたと、帝都のみならず帝国中に噂が広まった。

 そしてその者をカインは公私共に傍から離さず、既に彼の実家とは婚約を結ぶという形で誓約も終わっているのだという噂は、主に彼の妻の座を狙っていた令嬢達にひどく衝撃を与えたという。


 そしてもう一人、噂の当人である将来有望な新人補佐、マドカ・クリストハルトにとってもその()()はかなりのダメージとなり、それは数日寝込むほど酷かったという話。




次回、ヴィラージュ王国裏話。

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