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聖女やるならお好きにどうぞ  作者: 久條 ユウキ
第二章:理解不能なアルファード帝国編
8/21

8.実力行使など理解不能です

 ここ最近、ジェイル皇太子殿下の側近であるカインは、非常に多忙な日々を送っていた。

 皇太子がサボりがち、というのであれば彼は即座に実力行使で執務室に縛り上げてでも仕事をさせる、のだが……残念なことに多忙なのは皇太子の所為ではない。

 むしろジェイルはある程度まとまった自由時間の獲得のために精力的に仕事をこなしており、その後処理と次の仕事との連携が追いつかないほどのスピードであるため、皇太子付きの副官数名が悲鳴を上げているくらいなのだ。


 カインの仕事は皇太子の護衛と助言役、それ以外にも軍部の取りまとめ役として書類仕事から部下の指導教育、新人の教育方針の指南から厄介ごとの仲裁、更に皇太子をはじめとする皇族を裏から支える暗部の指揮官と実に多彩である。

 軍部関係はその大体を各連隊長に任せているので直接彼の負担にはなっていないが、ここ最近は主に暗部の動きで目が離せないことがあり、時間が空いた時はそちらにかかりきりになっていることも多い。



『ジュリアーナがこれを俺にと。散々断った詫びだと言っていたが……そうであっても、気になる相手からの贈り物というのはいいものだな』


 そう嬉しそうに報告してきたジェイルの手には、彼愛用の剣。

 その柄の部分にしっかりと結び付けられた紐から下がるのは、彼の髪を思わせる銅色の獣を模った細工物だ。

 それは、かつて『落ち人』が語って聞かせたという、あちらの世界にしか存在しない伝説の獣、獅子。

 百獣の王という異名がつけられたその獣は、気高く、誇り高く、時に我が子を深い谷へと突き落とす非情さを見せながらも、這い上がってきた子を後継と認め厳しく育てるという。

 そんな気高き獅子を模したその見事なまでの細工物の双眸は、素晴らしく純度の高い魔石が嵌っている。

 パッと見、魔力の低い者にはわからないだろうが、その魔石一粒あればレベル中程度の魔術を放つこともできる、それくらい価値の高いものだと彼にはすぐにわかった。

 残念ながら、複数属性の魔術を扱えるとはいえそれほど魔力の多くないジェイルにはわからなかったようだが。


(殿下のそれには、守護の魔術が込められてあった。……健気なことだな、まったく)


 具体的にどんな魔術がかけられているかまではわからないが、それでもいいものか悪いものか位の判別はつく。カインがその贈り物を認めたのは、それが守護を意図したものであったからだ。そして、そのように守護の術をかけられるジュリアーナ・ローゼンリヒトという元貴族令嬢の存在は、確かに諸々のしがらみや諸感情を差し引いたとしてもこの国に、彼が主と仰ぐジェイル皇太子に必要なのだと思わせる。


 ジェイルの方は何度断られようとも諦めないほどの執着を見せているのに対し、ジュリアーナは初対面でのあの一目惚れ具合など嘘だったかのような及び腰で、毎度毎度困ったような表情で申し訳なさそうに断りを入れてくるのだという。

 その理由を、カインはなんとなく察している。


 ひとつは、彼女が逃げるように去った祖国の追及に、この帝国を巻き込まないようにするため。

 もしジュリアーナと帝国の皇太子が恋仲もしくはそれに近い間柄だと知られれば、そこにつけこんでやれ不貞だ、やれ裏切りだ、やれ外交関係がどうのと言いがかりをつけられかねない。

 冤罪まみれの断罪の場で彼女の従者がそうしたように、面と向かってその言いがかりを論破することは可能だが……できれば自分の問題は自分達だけで、と彼女はそう考えているのだろう。


 もうひとつはもっと深刻な問題だ。

 彼女はかつて……と言えないほどそう遠くない過去において、幼い頃から決められた婚約者によって裏切られ、冤罪を押し付けられ、そして公の場で婚約破棄を宣言されるという辱めを受けた。

 そして現在、他に相応しい者がいないからという理由ではあるが、皇太子ジェイルにも婚約者がいる。

 かつて自分が立たされた立場に、他のご令嬢が立たされることになる。しかも自分の所為で。

 仮にもそんな未来予想図を描くことが嫌なのだろう。

 何よりも、誰よりも、裏切られた側の気持ちがわかる彼女だからこそ。



 暗部から上がってきた膨大な報告書を受け取り、読み込んでまた指示を出すというのがカインの主な日課だ。

 寄せられる報告内容は、亡命してきたヴィラージュ王国の元ローゼンリヒト領民についてと『落ち人』達について、ヴィラージュ王国内の現在の動き、ジュリアーナについて、そして皇太子の表向きの婚約者であるセイラについて。


 領民達ひとりひとりに監視をはりつけるのは不可能であるため、不穏な動きをする者がいないか、秘密裏にどこかと連絡を取ろうとする者はいないかなど、立場が『お客さん』から『国民』に代わるまでの間留め置いている町をそれとなく見張らせてはいるが、特に目立った動きは見られていない。

『落ち人』達はそれぞれ自由に過ごしているようで、空間保有の魔術具によって丸ごと持ち込んだ機械をいじったり、町を歩いて懐かしい祖国の味に親しんだり、はたまた情報収集のためかあちらこちらを飛び回ったりと、こちらは存分に暗部の者達を振り回してくれているらしい。


 ジュリアーナは言うまでもなく大人しいものだが、どうやらジェイルのこのところの態度から何かを察したらしいセイラが、何人かの奴隷を雇った上で何か企んでいるらしいとの報告があり、カインはやはりかとズキズキと痛む頭を軽く振って、ジュリアーナとセイラにつく見張りの増員を指示した。

 この国は良くも悪くも実力がものを言う……ただし犯罪行為を除いてという注釈がつくため、セイラもまさか犯罪に手を染めたりはしないだろうが、それでも警戒するに越したことはない。


「さて、問題はヴィラージュ王国か。……どういうことだ?」


 ジュリアーナを断罪しそこね、日和見の国王はともかく正義感の強い王妃の心象を悪くしてしまった王太子ラインハルトは、当初非常に焦った様子だったという。

 それもそうだろう、何しろ公の場で王族として『聖女に血の連なる者には相応の待遇を約束する』と宣言してしまったのだ、その対象者であるマドカを冷遇……どころか虐待していた者達は罰したものの、彼自身もまたその宣言に縛られ罰の対象となるのではと恐れたからだ。


 王妃教育の終わった有能な王妃候補ジュリアーナや、兄である前公爵同様人格者として慕われているローゼンリヒト公爵、彼らにこの国を去られてしまったことよりも何よりも、彼らについて当然のように去ってしまったマドカを連れ戻そうと、そして望む限りの富でも名誉でも色男でも与えて満足させ、己が王族で居続けられるように、この魔術大国で魔力を完全に失う屈辱を受けないように、すぐさま追っ手を差し向けた、としばらく前の報告にはそうあったはずだ。


 しかし今に至るまで、王国の追っ手が国境の関所を通過したという報告もなければ、件の従者に接触したという報告も上がってきてはいない。

 これはさすがにおかしい、と考えた彼は報告書を置いて立ち上がった。


「どちらへ?」


 姿もなく影もない、だが確かにそこに存在する部下から声をかけられたカインは、一言だけこう応じた。

 国境へ、と。





 ヴィラージュ王国とアルファード帝国の国境付近にある森の中、今日も国境を越えようと順番をつく商人や旅人の列が見える街道から離れたその場所に、王国内での成人年齢ギリギリといった外見の少女が佇んでいた。

 ただ突っ立っているわけではない。

 その周囲の木々の合間には、姿こそはっきりと見えないものの大柄な人影がぐるりと取り囲むように立っており、少女を逃がさぬように四方八方から威圧しているのだ。

 その威力は、もし彼女が何も知らぬ村娘であったなら即座に気絶するだろうほど、そこそこ魔力のある貴族令嬢であっても数分持つかどうか、というレベル。

 だが少女は顔色を変えず、それどころかやれやれと呆れたようにため息までついている。


(こちら側に残って正解でしたね……まさか王太子の追っ手がここまでしつこいとは)


『すみませんが、私はしばらくこちら側に残ります。厄介ごとを片付けたら連絡しますので』


 あの日あの時、この国境近くまで魔導列車でやってきたローゼンリヒト公爵とそのご一行、そこから関所に向かおうとする集団を抜けてしばらくこちらに残る、と言い出したマドカをジュリアーナもアルバートも無謀だ、危険だと引きとめようとした。

 しかし何より彼女の能力を知り、彼女自身を信頼している『落ち人』達が揃って彼らの説得にあたり、ならばと一日一回必ず定時報告を上げるようにという条件下で、マドカの離脱を認めたのだった。

 そして恐らくある程度情報を仕入れているだろう帝国側を不審がらせないように、試作品として出来たばかりの『魔導人形・プロトタイプマドカ』にありったけの魔力を注ぎ込み、代わりに従者として連れていくことになった。


「……毎日毎日手を変え品を変え……よく諦めませんね、あなた方の主も。今日は何ですか?」

「聖女様の妹様におかれましては、奴隷ごときではご納得いただけなかったご様子。それならばと、本日は末端ではございますが貴族の令息を数名ご用意しております。躾け直すなり愛玩されるなり、どうぞご自由に」

「…………うわー、悪趣味」


 ひくわー、と棒読みのままそう告げるマドカの前に引き出されてきたのは、いずれも毛色の違う10代前半から20代後半までの少年、青年達。

 その表情は怯えたものから嫌悪感を剥き出しにするものまで、おおよそ好意的とは正反対のものばかり。


(この前は奴隷、その前は宝石、その前はお金……どこまで俗物だと思われてるんでしょうね、私)


 てめえらと一緒にすんじゃねぇ、と内心口汚く悪態をついているものの、表立っては冷ややかな無表情。

 それを無言の拒絶と受け取った【使者】達はじきに諦め、今回の【贈り物】もダメだったかとすごすご引き下がってまた数日後ここへやってくる、という繰り返しだ。


 だがこの日の【使者】はどうやらいつもとは違うようだった。

 彼らは「これもお気に召しませんか……」と諦めたような言葉を口にした直後、パンと大きく手を叩いて何かの術を発動させた。

 咄嗟に身構えるマドカの目の前で、末端貴族の令息と紹介された者達がのた打ち回り苦しみだす。

 喉をかきむしり、身もだえ、何かを抑えるように身体を庇い、だが抗えずに徐々にその姿を変えていく。

 手足は太く、短く。

 髪は長く伸びて顎のあたりまで覆い、それはやがて鬣となって風にたなびく。

 服は切り裂け、胴体はけむくじゃら、目つきも人のそれから獣のそれになり、口は裂け、牙が生え並び、そして。




 お忍びで視察に出るのだと足早に関所を抜けたカインは、遠くの方から獣の咆哮を聞いた気がしてそちらへ向かって駆け出した。

 足を進めるにつれ、その咆哮が複数であることがわかり、更に何かの魔術が展開されるような気配すら感じる。

 嫌な予感がする、と足を速めた彼が森の中途までたどり着いて見たものは


「……ほんっとうに悪趣味極まりないですね、っ!」


 前には四頭の魔獣、背後には大木、更に周囲には十人程度の大柄な人影、と見事に取り囲まれてしまった華奢な少女が、じりじりと近づいてこようとする魔獣に対して鞭を振るっている、その情景だった。


 何事だ、と驚きながらも彼はどこか冷静に状況を判断し、遅れずついてきた腹心の部下達に周囲の物騒な()()()を拘束もしくは排除するように命じ、彼は己の得物であるレイピアを抜くと一番近くにいた魔獣に向かってそれを振り下ろした。

 細身の刀身がしなり、魔獣の背をしたたかに打ち据える。

 ギャン、と犬のようなうめき声を上げて数歩後ずさったその隙をついて、カインは華奢な少女の傍に駆け寄った。


 アッシュゴールドのその髪も、じっと見上げてくる意志の強そうなコバルトブルーのその瞳も、整いすぎて人形のような顔も、顔合わせの当日に彼も見たジュリアーナの従者、マドカ・クリストハルトと瓜二つ……否、本人そのものだ。


「どういうことだ、と小一時間問い詰めたいところだが……」

「後にしてください」

「そうだな。状況が状況だ、ここは君の指示に従おう。どうしたらいい?」

「信用できません、じっとしていてください。……と言いたい所ですが」


 すみませんが今だけ信用します、と彼女はピシリと地面に鞭を打ちつけて獣を牽制しつつ、悔しそうに唇を噛んだ。

 自分ひとりで片付けるつもりがそうもいかなくなった、そのことが余程悔しいのかもしれない。

 カインも、それでかまわないとあっさりと頷く。

 容易に他人を信用するのは無防備すぎる、だからといって頑なに差し伸べられた手を拒むのも愚かだ。

 ならば今だけ、それを利用する程度の信用を置いて手を組むくらいがちょうどいい。


(随分と場慣れしているな。それだけあのご令嬢が狙われやすかったということか)


 ジュリアーナが極力手を汚さぬように、裏の汚い部分は皆彼女やそれ以外の側近達が対処してきたのだろう。

 そしてそれは、カインがジェイルを守ろうとするやり方と似ている。


「それで、どうする?」

「…………あの魔獣は、できれば殺さないでください。…………元は人間、なんです」

「なんだって?」

「獣化の種を、飲まされていたみたいです」


 なんだそれは、と呟くカインの声はひどく掠れていた。



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