19.訃報、襲来
ジャンル変更しました。
恋愛→ファンタジー
いつものことですみません。恋愛要素が希薄すぎました。
「…………帰した?」
「あぁ。ヴィラージュ国王への書状を持たせ、即刻国にお帰りを願った」
「そう仰るからには、当然書状を捨てられないように何か仕掛けがあるんでしょう?」
「無論。一定の期間指定の相手に渡されぬとなれば、けたたましく警告音を発すると同時にジェイル殿下に通知が届くようになっている。故に彼らは、行きとは違う移動手段を持って城に帰り、期限内にそれを王に手渡さなければならない」
「さすが。…………少々生ぬるいような気もしますが」
褒めているのか非難したいのかどちらだ、という曖昧さでマドカは首を傾げる。
ヴィラージュ王国王太子ご一行様が起こした面倒ごとの所為で、パレードの最中に魔物が街へ侵入してしまった。
ジェイルがある程度予測して対策を立てておいたものの、やはり多少なりとも怪我人は出たし建物の損壊もゼロに留めることはできなかった。
それらに対しては国として補償することが既に決まっており、建物に関しては軍の一部隊を動かして修繕に当たらせるように、手配済みである。
さて、問題を起こした当人達はといえば、自分達は悪くない、聖女が望むものは即ち神の望みなのだから当然だと言い張り、非を認めようとはせず。
当の聖女はそんなつもりじゃなかった、ただいい匂いだから身につけたかったのと始終泣いて縋り、ジェイルにとってはうっとうしいことこの上なかった。
これまでであれば盛大に猫を被って慰めの声をかけたのだろうが、彼は既に一国の皇太子としての顔に戻ってしまっている。
魔物が出るぞ、と忠告したにも関わらずケラスタの花をパレードに持ち込んだ罪は重い。
今回はたまたまジェイルが対策していたからこそ凌げたのだ、もし何の対策もしていなければ怪我人どころか死者が続出し、街は半壊するくらいの被害は出ていただろう。
普段ジェイルに全てを任せている父、皇帝もこれにはさすがに黙っていられなくなったようで、ヴィラージュ王国に対し抗議の書をしたためてそれを手に彼らを送り返すと決断した。
その書を書きあがるまでの間彼らは離れの建物に軟禁され、一国の王太子に対して、賓客に対してのもてなしではないと散々抗議してきたのだが
『王太子ならばわかるだろう?皇太子たるもの、国の民に被害を与えた者を賓客だからと許すわけにはいかないのだよ。貴方達はもう賓客ではない、我が国の民を恐怖に陥れた犯罪者だ』
冷ややかにそう告げられ、これ以上騒ぐようなら牢屋に入れてもいいんだぞと脅されてようやく、渋々だが口を噤まざるを得なかった。
そうして、ようやく書きあがった書状を持たせて国境の関所までお見送りをし、さあ国に帰れと送り帰したところで、マドカ達北方避難組も帝都に戻されることになった。
最近どうにか羊達の扱いにも慣れ、飼い犬にも吠え掛かられなくなってきたところだっただけに、少し寂しいなというのが彼女の本音ではあったのだが。
それでも、最優先にすべき主の元に戻れるのは正直に嬉しい。
そこでことの経緯を聞き、どこまで行っても【聖女】はあのままだったと思い知らされたマドカは、改めて半分だけ血の繋がった自分の生まれを恥じた。
そして思った。
同じように育てられなくて本当に良かった、と。
そんな彼女はまた日常に戻り、今度はジュリアーナに与えられた邸に住みながらも、相変わらず軍の中ではカインの補佐役として忙しく駆け回っていた。
それは彼女自身が望んだことだ。
主の護衛にはレオがいる、社交関係ではサクラが、政治的な駆け引きではアルバートが、それぞれフォローしてくれる。
ならば、自分にできることをしよう。
『働かざるもの食うべからず』
何故かシュヴァルツ家の家訓にもなっていたその言葉は、確実にマドカにも影響を与えていた。
そうして皆、日常に戻っていった。
だがジェイルは待っていた……ヴィラージュ王国国王からの返答を。
王太子とその婚約者が、このアルファード帝国で起こした不祥事について、それなりの対応を求むと書かれた書状は、とっくに国王の下についているはずだ。
そうでなければ盛大に警告音を発し、ジェイルのところへ伝達魔術が跳んでくるはずなのだから。
アレには特殊な仕掛けがしてあり、例え腕の立つ魔術師であってもその仕掛けを破ることはできないし、もし無理やり書状を滅しようとしたなら、その途端伝達魔術が跳んでくることになっている。
「…………静か過ぎるな」
「はい。影の者にも探らせてはいますが、どうやら彼らが戻って間もなく王城内で何かしら騒ぎがあったようだ、ということまでしかわかっておりません。徹底的に緘口令が敷かれているらしい、というのがなにやらきな臭いですね」
「騒ぎか……最悪の事態になっていなければいいがな」
「ええ。…………っと、噂をすれば影からの報告です」
どうぞ、と手渡された手紙をジェイルは鋭い眼差しで一瞥し、呆れたようにふぅっと大きく息をついた。
(やってくれやがったな……そこまで堕ちたか、ラインハルト)
賢明なる婚約者がいた頃の彼は、キラキラと輝いていた。
常に物腰穏やかで公明正大、これはいい国王になるぞと期待すらしていた相手だったのに。
何が悪かったのかと問われれば、女の趣味だろと答えるしかできない。
「……殿下?」
「ヴィラージュ王国国王夫妻が急な病に倒れて帰らぬ人となった。しばらくは喪に服すようだが、その後の即位の儀であの王太子が国王に、聖女サマが王妃になることが決まったそうだ」
「それはまた何と言うか……」
「やつらのことだ、服喪期間が明けたら嬉々として盛大なパレードをやるだろうさ。国民を元気付けるためだとか尤もらしいことを並べ立ててな」
「それはそれは。でも国民の彼らに対する期待度は最初から低いのでしょう?それで、服喪もそこそこにお祝いパレードなどやられたら、彼らの感情を逆撫でするだけでしょうに」
「ああ」
現国王は賢王ではなかったが、愚王でもなかった。
平凡であったが、大きな過ちも犯さなかった。
彼は王妃を大事に扱い、尊重し、その上で第二妃や傍妃も尊重してきた。
国民に対しても重税を強いるわけでもなく、大きな改革を施すわけでもなく、ただ穏やかに諍いのない政治を心がけていた。
そんな国王が急逝し、その失ったものを惜しむ暇もなく新たな国王がお披露目される。
しかも【聖女】を崇拝し、唯一の妻と定め、他をないがしろにするような変わり果てた次期国王は、かつてこの国に長く貢献してくれたローゼンリヒト家を侮辱し、国から去る原因を作ったとして端から国民に軽視されているというのに。
その上、自己満足極まりない華々しいパレードなどやられたら、国民はどう思うだろうか?
「…………暴動が起こるぞ。間違いなく」
ジェイルの不吉な予言は、結果だけ言うと当たっていた。
国王と王妃の逝去が発表され、国民全員が喪に服すこと1ヵ月半。
……そう、たった1ヵ月半だけの服喪期間を終えた後、王太子が新たな国王として、そして王太子の婚約者である【聖女】ショウコが王妃として即位することが発表され、そのお披露目パレードが催されることになった。
何しろ今代の王妃は、国政が荒れた時国を救うという【聖女】である。
故にパレードは盛大に、豪華に、何日もかけて行うのだという。
国民はそれに猛反発した。
喪に服す、とは最低でも1年は華々しいことを控えるものである。
なのに最もそれを実行しなければならない王太子が率先して、タブーを犯そうとしている。
これまで、前王が行ってきた政治や駆け引き、外交などに全く関わることなく過ごしてきた王太子とその側近達。
彼はとうとう国王の意に従うことなく他国への留学も取りやめにし、そこの聡明なる王女を第二妃に娶るとう話も一方的に白紙に戻してしまった。
それだけでも腹立たしいというのに、まことしやかに流れてきた噂……王太子が前王の急逝に関わっている、ということがもし本当であれば、彼は親殺し、国王殺しの罪人である。
そんな黒い噂のある王に、誰が従うものか。
誰が、王と仰ぐものか。
国民の不満はいまや頂点に達し、そしてそれはパレードの日に爆発した。
そこまでの報告書を読んだジェイルは、丁寧にその書類を折りたたむと紛失防止の魔術のかかった引き出しに入れ、カチリと鍵をかけてから立ち上がった。
「行くぞ、カイン。最後の仕上げだ」
「御意に」
「…………これは酷い」
王都は、酷く荒れていた。
あちらこちらに、魔術でつけられたような焦げた跡や地面が抉れた跡があり、壊れた建物は修復すらされていない。
以前は人通りが多く賑わっていただろう商店街もところどころが焼け焦げ、人の気配もなくシンと不気味に静まり返っているさまは、哀れにすら思える。
動き回っているものと言えば野良と化した動物、そしてやる気のなさそうな騎士ばかり。
魔術列車すら動いていないためやむなく移動の魔術でここまでやってきたジェイルとその側近達を見ても、騎士は誰何の声を上げることなく無気力な顔を向けてくるだけだ。
すまん、とジェイルは小さく詫びた。
彼は隣国の皇太子だ、この国の国民に対し何の責任も持たないが、それでも守ってやれなくてすまんと彼は心から謝罪の言葉を口にした。
それが、ただの欺瞞であるとわかった上で。
「…………ジェイル様」
「あぁ。行こうか、王城へ」
彼の腕にそっと触れた手は、震えていた。
このあまりの変わりように、そしてここに暮らしていた民への申し訳なさに、心を痛めているのだろう。
ジェイルはその手を優しく包み、大丈夫だと告げてからそっと放す。
今はここで立ち止まっている場合ではない、彼らにはやるべきことがあるのだから。
王城へ向かうと、先ほどよりは多少やる気の感じられる騎士に止められる。
「私は隣国アルファード帝国が皇太子、ジェイル。国王、ラインハルト・フォン・ヴィラージュ殿との面会を望む」
堂々と名乗ったジェイルを前に、門番である騎士達は戸惑ったように顔を見合わせ、そして一行の中に過去に見知った貴族令嬢の顔を見つけると、慌てて城内へと駆け込んでいった。
通されたのは、謁見の間。
そこまでの道のりで、ジェイルはすれ違う侍女らの表情が優れないこと、庭先に立つ騎士らも全体的に疲れ果てていること、城の内装が明らかに煤けて汚くなっていることを見て取り、やれやれもっと早く来るべきだったかと呆れ果てていた。
傍につく側近カイン、そして同行してきた麗しきご令嬢とその護衛も、おおむね似たような感想を持っただろう。
観音開きの豪奢な扉の前、どうぞと無造作にそれを開かれてもはや笑うことすらできない一行は、堂々とした足取りで進んでいく。
先を行くのは余計な飾りなど一切省いたシンプルな礼服の皇太子ジェイル、その半歩後ろに続くのが服喪の証である黒のドレスに身を包んだご令嬢。
カインもジェイルと似たデザインの礼服でその後に続き、ご令嬢の護衛は黒を基調とした軍服姿だ。
彼らは謁見の間の真ん中あたりで立ち止まり、膝を折る。
彼らを見下ろす位置に座しているのは、つい数ヶ月前に帝国内においてオイタをやらかしたばかりの王太子と、その婚約者……否、今は新国王陛下と王妃陛下になった二人である。
ジェイルはまず、何はともあれ前国王と王妃の急逝についてお悔やみの言葉を述べた。
国王とは面識はなかったが、王妃は外交で何度かアルファード帝国を訪れているため、その聡明さが失われたことは本当に残念である、と。
そこでピクリと側近連中が反応を示したが、彼はそ知らぬ顔で即位のお祝いの言葉を告げる。
反論できるものならしてみやがれ、とでも言いたげなその慇懃無礼な謝辞を受けて、国王ラインハルトがおもむろに口を開いた。
「丁寧なる挨拶、痛み入る。…………ところでジェイル殿、そなたの連れであるそこな罪人の女は何故同行しておるのだ?」
「罪人、と申しますと?」
「とぼけるな。そこな女は我が妻……【聖女】ショウコに対し数々の陰湿な嫌がらせを行い、果ては殺そうとまで企てておいて、その証拠を捏造してまで他人に擦り付けた上でまんまと国外逃亡を図った重罪人である。祝いの席に同行するには相応しくないが、もしや我が国への手土産として連行してこられたのか?」
瞬間、はじかれたような笑い声が謁見の間に響き渡った。
見ると、同行していた罪人……否、罪人に仕立て上げられたジュリアーナの背後に控えていた、侍女服の女性がこらえ切れないように笑っている。
彼女も服喪のためのベールで顔を覆っているが、笑いすぎて苦しいのか時折ベールがよじれかけ、それを隣に立った令嬢の護衛……マドカが律儀に直してやっているのがまた奇妙だ。
「ぶ、無礼者っ!!この場を何と心得ておる!」
「無礼、ですって?ふふっ、随分と偉くなったものねラインハルト。貴方は確か、陛下に勘当を言い渡されて既に籍は抜かれてしまったはずなのだけど」
その言葉に、無礼者の侍女を捕らえようと動き出した者達が、戸惑ったように動きを止める。
彼らは王太子の側近だ、当然王族の顔も知っているし声にも聞き覚えがある。
この声は、もしかして。
いや、だがそんなはずはない。
動きを止めてしまった者達の中で、唯一【聖女】だけがその場に似つかわしくない……妬みと憎しみのこもった眼差しでマドカを見つめている。
なにこれカオス、とマサオミならそう言ったかもしれない空気の中、侍女服に身を包んだ女性がベールを剥ぎ取った。
どうして、とラインハルトがかすれた声で呟く。
「どうして、ですって?それはね、簡単なことよ。お前がわたくしと陛下の命を狙うことなど、とうに予測していたというだけです。わかっていれば対策も立てられる。つまりはそういうことよ」
だからね、と彼女は続ける。
平凡なる王の、聡明なる片腕として名高かった王妃の顔で。
「お前は王ではありません。国王陛下はご存命で、今は王都の治療院で療養されておられるのだから」




