18.魔物、襲来
帝都でのお披露目パレードまであと2日、というところで突然【聖女】が我侭を言い出した。
「新しいドレス、仕立てたいんですけど…………ダメ、ですか?」
この日、パレードの最終打ち合わせということで顔をそろえた関係者は、それぞれパレードで着る衣装を持ち寄っていた。
アルファード帝国関係者は軍の正装か、女性であればドレス。
ヴィラージュ王国の関係者は持参した儀礼用の服を着ることになっていたのだが、そこで一同の服装を眺めたショウコは新しいドレスが欲しいと言い出した。
国から持ってきたドレスはあるのだが、どうやらアルファード帝国の様式に沿ったドレスを仕立てたい、と感じたらしい。
「私の祖国には、他所の土地に行ったらその土地の風習に従いなさいという言葉があるんです。なのでできれば、こっちの様式のドレスが欲しいな、って」
「それなら早速仕立て屋を呼ばねば。ジェイル殿、皇族御用達の業者をすぐに呼び寄せてもらえないだろうか」
(…………阿呆か、こいつらは)
既製服の手直しをする程度ならまだしも、今から採寸して、生地を選んで、デザインを決めて、調整をして、となるととても2日で仕上がるわけがない。
確かに皇族御用達の仕立て屋であればある程度の要望に応えられるだけの技量を持ち、職人も多数抱えているから、2日でドレスを作れと言われたら他の仕事を放り出してでも間に合わせるに違いない。
だがこの聖女の様子を見る限りでは、生地を決めるまで、デザインを選ぶまで、飾りを調整するまでにそれぞれかなりの時間を使いそうだし、それに付随して彼女の言いなりになっている『逆ハーご一行様』も平気で職人に無理を命じるだろうことは、見なくてもわかる。
ジェイルは基本的に楽しいことが好きで、気ままに、時に我侭に振舞うことも多かったため、周囲の人間をとことん振り回すことがよくある。
だがそんな我侭に食いついてきてくれる者達を、彼はとても大事にしている。
それが部下であろうと友人であろうと職人であろうと、だ。
それに、興味の欠片もない女性のドレス選びに付き合わされるなど、真っ平御免だった。
これがジュリアーナであったなら、何時間でも何日でも時間を割いてやるものを。
彼は、ショウコの方を向くと心底すまなさそうな表情になり、俯き加減に「申し訳ありません」と断りの言葉を口にした。
「私の信頼する皇室御用達の仕立て屋なのですが、つい先日父親が病に伏したとかで現在休業中なのです。私も本来なら、彼らの仕立てた最高級のドレスを貴方が身にまとう姿を見たかった。ですが親が病の床にあるというのに、まさか無理強いもできないでしょう?」
「…………お父様が。それはきっと……辛い、でしょうね。私も、わかります」
「そうですか。わかってくださいますか。貴方は優しい方だ」
「そんな……っ」
というようなクサい茶番が行われている間に、カインはそっと部下に目配せして件の仕立て屋に走らせた。
このような場面を幾度も経験しているその部下は、直接命じられずとも上司の命に忠実に事情を仕立て屋の職人達に話し、後のことは保証するのでしばらく休業して欲しいのだと説得した。
それも表向きのことで、実際は外に漏れないようにした作業場でこれまで通り仕事を続けても構わない、という条件つきである。
結局、ドレスは国から持ってきたものを着るということで、どうにか納得させることができた。
ショウコとしては余程こちらの様式のドレスを着たかったのか、渋々といった様子ではあったが。
(彼女が両親、殊更父親に強い執着を持っているということなど、既にマドカから聞き出してあるからな)
利用できるものはなんでも使う、それがたとえ家族に対する純粋な愛情であっても。
そうした非情さを持ち合わせているからこそ、彼は軍の最高責任者でありこの歴史の浅いアルファード帝国の皇太子をやっていられるのだ。
「あの……でしたらせめて、何かこの国の象徴になるようなアクセサリー……装飾品を身につけたいんですが」
「そうですか。では出入りの商人を呼び寄せますので、少しお待ちを」
「あ、ありがとうございますっ」
(装飾品ねぇ……なんでそこまでこの国の様式に拘るんだ、この女は)
単に外に出たいがための言い訳かとも思ったが、素直に礼を言ったことでその可能性は消える。
先ほど彼女が言っていた祖国の言葉も、取ってつけたかのような印象しか持てなかったし、真意が別のところにあるのは明白なのだ。
が、それがわからない。
単なる思い付きかもしれない。だが何かが引っかかる。
警戒しておくかと心にとどめ、彼は今度はしっかり声に出して部下に出入りの商人を呼ぶようにと命じた。
ややあって到着した商人は、公の場でドレスにつけることを意識した薄手のショールやネックレス、パレード中に手を振ることでチラリと見えるブレスレットなど、センスのいい装飾品をいくつか持ち込んだ。
そのひとつひとつをじっくりと眺めつつ、あれがいいんじゃないか、いやこれが似合うだろうと王太子やその側近達にかわるがわる勧められ、だがショウコはあれこれと迷い続けた。
そしてその視線が、愛想笑いを貼り付けたまま傍観していたジェイルへと向く。
(……ああなるほど。こちらの王太子ではなく、俺との繋がりが欲しいというわけか……それでドレスだの装飾品だの……全く、おめでたいことだ)
せっかくだからこの国の人に決めて欲しいんです、とショウコはジェイルにそう強請った。
他の男達は不満げだったが、それでもショウコの言うことだからと口を噤む。
お前らアホだろ、ともう一度心の中だけで嘲っておいて、彼は手前にあったコーラルピンクの髪飾りを手に取り、これはどうですかと差し出した。
「あっ、これ……ここに来る前に、お庭に咲いてた……」
「ええ、気づかれましたか?あれはケラスタという、南部特産の花なのです。この時期になると可愛らしいピンクの花をつけるのですが、香りに少々癖がありましてね。好き嫌いが分かれるらしい」
「私は……好きです。なんだかとても懐かしい、甘くてふわっとしてて、幸せな香り」
「そうですか。では香りこそついていませんが、このケラスタの髪飾りはいかがですか?貴方の柔らかな黒髪に映えると思いますよ」
(甘くてふわっとしてて幸せな香り、か。まるで貴方の頭の中のようですよ、と言ってやりたいとこだがな。ああ、我慢我慢)
本音を綺麗に押し隠し、彼は手にした髪飾りをショウコの髪にそっとあててやる。
その仕草に真っ赤になって恥らったショウコはしかし、それを手に取るのを躊躇った。
「どうかしましたか?」
「……ええ、その、えっと……どうせなら、本物の花をつけたいな、って。あんなにいい香りなんだもの、香水代わりに身につけたいんです。ダメ、ですか?」
「いけません」
「……え?」
即座に答えたのはジェイルではなく、その斜め後ろに控えていたカインだった。
彼はまるで訓練の時のような厳しい眼差しでショウコを見つめ、呆れたようにわざとらしくため息をつく。
「殿下は気を遣って仰いませんでしたが、あの花の香りは一部の種の魔物を惹き付ける効果があるんです」
「えっ!?あんなにいい香りなのに……」
「いい香りだから、です。魔物の中にも香りに敏感な種がいます。それらは滅多に人の多い場所には現れませんが、何故かこのケラスタの咲いている場所での目撃証言が多い。しかも花が咲いているわずかな時間のみ、ということはこの花の香りに惹きつけられていると考えていいでしょう」
「…………そんな」
「ここ王城では何重にも結界を張ってありますし、魔物避け対策もしてありますので安全ですが、民衆の中を進むパレードでこの香りを纏ったらどうなるか……?最悪の場合、そこは惨劇の現場となるでしょうね」
これは脅し、ではなかった。
確かにケラスタの花は可愛らしいピンク色で、特徴的な香りも好きな人にはたまらないのか、庭先に植える家庭もあるほどだという。
だがその場合は王城ほどではないにせよ魔術師に頼んで簡易の結界を張ってもらい、ケラスタと一緒に買い求めた魔物避け用の匂い消しだったり、万が一にも入ってこられないように防御対策も万全にしているのだ。
さして興味のない者にしたら、そこまでしてケラスタを置くこともないんじゃないかと思うのだが、好きな者は熱狂的と言っていいほど愛着を覚えるからか、需要が減ることはないらしい。
「そういうわけです。もしあの香りがどうしても欲しいようでしたら、お帰りの際にケラスタの苗をお渡ししましょう。ですから、今回は諦めていただけませんか」
カインの言葉は一応疑問系を取ってはいたが、問いかけているような口調ではない。
厳しいその言葉と険しい視線に、ショウコはすっかり竦みあがって涙目になってしまい、周囲の男達もあまりの迫力に気圧されながらも愛しい女性を慰めてあげるしかできずにいた。
そこに、カインがもう一押しとばかりに念を押す。
「どうか、くれぐれも『黙っていればわからないから』と勝手な行動を起こされませんよう」
もしマサオミがここにいたなら、こう言っただろう。
『様式美、ってやつだよな。勝手な行動すんなよ、って念を押しとくと相手が見事にその逆手をついてくる、みたいなさ。ま、ほんとにそれやっちゃったらコントじゃ済まないんだけどな』
そしてそれは、現実のものとなる。
パレード当日、いつもなら恥らいつつも不自然なくらいに傍によってくるショウコが、この日ばかりはジェイルから距離をとり、遠くから一礼しただけで挨拶を終わらせてしまう。
ジェイルもコレを不審がったものの、彼自身は護衛としてこのパレードの指揮を取らなければならないため、慌しくしているうちに出発の時間となってしまった。
沿道に出てくれている帝都の民の間を、ゆっくりと馬車が進む。
彼らの殆どは軍関係者の家族であり、あらかじめサクラをお願いしてあったため、途中までは何事もなく……『隣国の王太子殿下とその婚約者、そして側近達』は大歓迎ムードで迎えられ、気分良く進んでいた。
が、少しだけ人の少ない町外れに来たところで、突然周囲から悲鳴が上がり始める。
そこまで順調に進んでいた馬も何かに怯えるように立ち止まり、どれだけ鞭を入れてもいやいやをするように首を振って動こうとしない。
「魔物だ!!」
そう叫んだのは、誰だっただろう。
慌ててその場を逃げ出す民衆、もはや中断してしまったパレードなど誰も気に留めず、むしろ道の真ん中で立ち止まっている馬車を邪魔者のように睨み付けていく者までいる。
そんな中、ジェイルとカインは警護にあたっていた部下を指揮しながら自らも剣を取り、のっそりと姿を見せたトロールの小型版のような魔物に向かっていく。
ある者は魔術で結界を張り、ある者は人々を逃がせるように先導し、ある者は怪我人を治療し、ある者は上司に続けと魔物に向かっていくが、誰もぽつんと取り残されたヴィラージュ王国の王太子ご一行を気に留めたりはしない。
そして王太子ご一行もまた、必死で己の役目を果たそうと駆け回っている者達を讃えるでもなく、その戦列に加わることもなく、ただただ怯えて震える聖女ショウコを優しく取り囲み、自分達の周囲のみに結界を張って身を守るだけ。
『殿下、よろしいのですか?彼らならきっと、彼女のご機嫌をとるべくあのケラスタをパレードに持ち出しますよ』
『ああ、だろうな。魔物など城下街には入ってこられないと高を括っているだろうし、まぁそれならそれで構わんさ。俺達はその分、警護の人手を増やすだけだ。それに…………そうなったらなったで、計画を最終段階に移せるからな』
「A班、建物の損害状況を確認して参りました!」
「B班、民衆の避難誘導終わりました!」
「C班、怪我人の治療終わりました!」
「D班、魔物の全滅を確認しました!」
「E班、侵入経路への結界の張りなおしが終了しました!」
最後の一体を倒しさすがに息を荒げているジェイルの前に、次々と部下達が報告をあげていく。
彼はそれを全て聞き取り、そして顔をそろえた部下が全員無事であることも確認してから、ようやくその視線を未だ馬車の上に留まったままのヴィラージュ王国ご一行へと向ける。
その眼差しは、つい数時間前まで向けていた柔らかな……人誑しのものとは真逆な、非情で冷酷な皇太子のもの。
「…………あれだけ忠告したのに……とんでもないことを仕出かしてくれたものだ。当然、覚悟はできているんだろうな?【聖女】サマ?」




