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聖女やるならお好きにどうぞ  作者: 久條 ユウキ
第三章:『落ち人』達の黄昏
13/21

13.『落ち人』サクラのため息

「甘く見ないでいただけますこと?わたくし、こう見えてもかの魔術大国で公爵令嬢を務めておりましたの。勿論、放たれた術を返すことくらい、わけありませんわ」




 レオから連絡を貰ったサクラがその場に到着した時、ことは既に決していた。

 己に向かって放たれただろう魔術をあっさりと返してみせたジュリアーナは、いつもなら滅多に見せない令嬢モード全開の冷ややかな笑みを浮かべて、息も絶え絶えな男性魔術師を見下ろしている。


「……ふ、これはこれは」


 やっとの思いで説得して引っ張ってきた皇太子ジェイルは、すぐに割って入るでもなくおかしそうに目の前の光景を見ていた。


「どうやらセイラの作戦負けのようだ。雇った奴隷を使い捨てのように考えてるから、こうして足元をすくわれる」

「奴隷…………」


 言われて、サクラは気づいた。


(皇太子殿下は、ご自分の婚約者が奴隷を雇ったことを知ってた、ってことね)


 彼は、セイラが『奴隷を使い捨てする』のだと言った。

 ということは恐らくあの男達……彼女が雇った奴隷はつい最近、この時のために雇われたのだと推察できる。

 そしてそれを、既にジェイルは知っていた。

 ならば、彼はいずれ近いうちにこうなるだろうことを予測できていた、ということだ。


「どうした、ローゼンリヒト夫人。何か言いたそうだな?」

「いいえ。確かに個人的にはかなり憤っておりますけれど、わたくしの国では『郷に入りては郷に従え』という言葉がございますの。あれがこの国のやり方なら、何も申しませんわ」

「辛辣だな。言っておくが、俺は確かにいずれはこうなるだろうと予想していたが、黙認していたわけじゃない。それに、奴隷を使うのは自由だがそれが相手を殺そうとしたとなると、話は別だ」


 では行くぞ、と彼は立ち止まっていた足を再び動かし始めた。

 眼前ではちょうど、セイラがレオを自分の護衛にと勧誘していて、それを彼がすげなく断ったところだった。



 ジェイルがその場に現れると、ジュリアーナはハッとしたように顔を強張らせながら、令嬢らしく身を屈めて一礼する。

 レオも剣を鞘に収めて一歩引いて一礼したのに対し、奴隷達はそれが誰だかわかっていない様子でただただ項垂れ、セイラは驚くかと思いきや視線を向けて「あら」と意外そうな声をあげただけだった。


「このようなところにまで……どうなさったんですか、殿下?確か、この訓練場の使用許可は問題なく下りていたと思いますが」

「確かにな。だがセイラ、今しがたそこの奴隷がジュリアーナに危害を加えようとしたこと、どう説明する?奴隷が罪を犯せば、それは主の失態にも繋がる。奴隷を使うお前が知らぬはずもあるまいに」

「ええ、勿論存じております」


 それが何か?とでも言い出しそうな淡々とした表情と口調。

 それを疑問に思ったのは、ジュリアーナだけでなくサクラも同様だった。


(殿下の方はわかるとしても、こちらの女性からもさして執着や愛情を感じないなんて)


 執着、だけならあるだろう。

 なにせ皇太子が懇意にしているからという理由で、ジュリアーナに奴隷を差し向けてきたのだから。

 だがその執着はどうやら、皇太子個人に向いているわけではないらしい。

 少なくともこうしてやり取りを見ている限り、彼女の態度は堂々としていて恥じ入る様子もなく、また彼に取りすがったり熱のこもった眼差しを向けたりということもないからだ。


 あぁ、そういえば前の世界にもそういう人っていたわよね、とサクラはふと思い出す。

 セイラのような潔いタイプではないが、殊更社長夫人や御曹司夫人の座を狙って上に媚を売ったり、それが叶わないとなるとあっさり他に鞍替えしたりと、『男』ではなく『地位』に執着した女性を彼女は知っている。

 大概そういうタイプは自分が楽をしたかったり贅沢を望んでいたりするものだが、セイラの場合はどうなのだろうか。


 皇太子はいずれ何もなければ皇帝となる、その妃ともなれば女性としては最高峰の地位に座すことになる。

 その地位に憧れただけか…………それとも、自ら国を動かしてみたいという野望でもあったのか。

 どちらにしても、それはもう叶わぬ望みとなってしまった。


「罪を申し渡される前に、私の方から婚約関係の解消を申し入れさせていただきますわ」

「そうか。わかった」

「……最後にひとつだけ。殿下のその何事も楽しんでしまえる性格はうらやましいほどですけれど……楽観主義もほどほどになさいませんと、意中の方に愛想をつかされてしまいますわよ?」


 これは幼馴染からの忠告です、とセイラはその肉感的な唇を笑みの形に歪めて笑い、「では失礼を」とさっさとその場を後にした。




「……お疲れ様、レオ。何だか熱烈にスカウトされてたみたいだけど、断ってよかったの?ああいう色っぽい子、レオの好みじゃない」

「あー、まぁなんか知らねぇが、護衛っつってもあの奴隷の使い捨て具合見たら夢も希望もねぇわ。スカウトも、単に俺があの奴隷どもよりも強かったってだけだろうし。……つか、サクラもお疲れ。あの皇太子殿下を引っ張ってくるの、大変だっただろ?」

「そうね。正直何度も、気絶させて引きずってこようと思ったくらいだもの」

「お、おう…………悪かったな、無理言って」


 レオからの連絡を受けて、サクラはすぐに領主の邸にある転移魔術陣を使って帝都の城へと向かった。

 そしてあらかじめ渡されていた通行証を使って中に入り、ジュリアーナ・ローゼンリヒトと皇太子の婚約者であるセイラの件ですと堂々と伝え、案内された執務室でジェイルの説得を試みた。

 の、だが……彼は「ふぅん」と言っただけでその場を動こうとはせず、挙句


「いくら頭に血が上っていようとも、セイラがジュリアーナを害することはあるまい。あれはあれで賢い女だ、精々で勝負を挑もうとするくらいか」


 だから放っておけ、とまで言い出した。

 そんな彼を動かすために、仕方なくサクラはこう提案したのだ。


「では、殿下をめぐっての女性同士の対決を見物に参りませんか?殿下としても、興味はおありでしょう?」



(だって、ああでも言わなきゃ殿下はきっと動かなかったんだもの。ほんっと、面倒なお方だこと)


 その『面倒なお方』は現在、いろんな意味でキャパオーバーして静かにキレまくっているジュリアーナを宥めるべく、彼とセイラの間に結ばれていた婚約関係の説明から始めている。

 その様子を見る限りでは、どうやら彼がジュリアーナにご執心というのはまんざらでたらめでもパフォーマンスでもないらしいとわかる。


「ま、こっちはこっちでジュリアがどうにかするだろうさ。ところで、マドカについては何かわかったか?どこにいるかとか、何してるかとか……いじめられてないかとか」

「いじめは心配ないわよ。あの子なら多分、返り討ちにするでしょうし」


 そこは心配ない、と言い切りながらもサクラの表情は優れない。


 例のマサオミが激昂した『婚約者発言』により、マドカのこの国での位置づけは非常に微妙なものとなった。

 当初は、ヴィラージュ王国から亡命してきた元貴族の従者として、そして『落ち人』達の研究チームの主力として僅かな期待と大きな不信感を抱かれる程度だったが、軍のナンバーツーであるカインが突如として「婚約者だ」と連れてきて、更に前代未聞の高成績で編入試験を突破したこともあり、いまや彼女は一躍注目の的だ。


 彼女に向けられる主だった感情は嫉妬、そして羨望。

 圧倒的に男の多い軍においてそういった感情を向けられているだろうマドカは、現在その所在が明らかにされておらず、軍に出向いて尋ねても「総司令官閣下に聞いてくれ」とはぐらかされてしまう。


 ()()を済ませて合流した際、マドカはこう言っていた。


「こちらの事情に巻き込む代わりに、帝国側の事情にも巻き込まれるという誓約を交わしました」と。


 こちらの事情というのは、ヴィラージュ王国が未だ『聖女様の妹様』に固執して追い回していること、そして筆頭公爵だったローゼンリヒト公爵家が突如として亡命を宣言したことで、潰された面子をどうにか回復すべく今度は国としてこの帝国に何らかの取引を持ちかけるだろうこと。

 だが帝国の事情、というのはいまいちよくわかっていない。

 もしかするとマドカにもわかっていないままに、一方的な誓約を結ばされたのかもしれない。

 現に、無茶をしすぎて彼女は倒れてしまった。

 その際にも、うわ言のように「婚約なんて聞いてない」と繰り返していたからだ。


「今はとりあえず、旦那様アルバートに探ってもらってるけど……ひとまず、私達の身分が保証される方が先かしら。このままこの領内にとどめ置かれたら、いつまで経っても探しになんて行けないもの」

「そうだな。とりあえず今は通行証を貰ってるサクラと旦那様だけが頼りだ。マサオミがまた暴走する前に、なんとか手がかりをみつけてくれ」

「マサオミのためじゃないわ。私だって、伊達にマドカの親友を名乗ってるわけじゃないのよ?」




 そんなことを話していた2日後、マドカがひょっこりと領主の邸に戻ってきた。

 どうやら今回のことで益々皇太子から距離を置こうとしたジュリアーナの機嫌を取るべく、ジェイルがカインに言って一時仲間たちのところに戻させたらしい。


「どうしたんだよ、お嬢っ!そんなに、ボロボロになって!!」


 戻ってきたマドカは、何と言うかボロボロの状態だった。

 アッシュブロンドの髪は乱れてぐしゃぐしゃ、顔や首など露出している肌は煤で汚れ、軍服らしい着衣はところどころ焼け焦げたように破れており、軍用ブーツも良く見れば泥か何かで酷く汚れている。


 慌てたように駆け寄るマサオミ、すぐに風呂の準備をと駆け出すサクラ、寒いでしょと毛布を差し出すアリア、誰がそんなことをと憤るレオ、火薬の臭いがするわねと瞳を細めるミシェル。


『火薬』と言いあてられたところで、マドカが小さく苦笑しながら「ちょっと場所変えましょうか」とミーティングに使う小部屋を指さした。

 関係者……といっても『落ち人』の研究チームだけだが、全員が顔をそろえたところでマドカはずっと疑問視されてきたテーマ、『帝国側の事情とは何か』について語り始める。


「まだ確定ではないんですが、どうやらこちら側に落ちた『落ち人』が黒色火薬を開発したみたいで……それが国の承認を受ける前に裏ルートで軍の内部や一部貴族に売られているそうなんです」

「……まぁ黒色火薬なら、炭と硫黄と硝酸カリウムがあれば作れるしねぇ」

「で、その開発元を探れとでも言われたわけ?」

「というよりは、一斉摘発するための囮になれ、というところですね」


 火薬を使うというのは諸刃の剣だ。

 確かに武器の性能は上がるし、殺傷能力も格段にアップするため、戦争などを仕掛けた際にも勝率は限りなく高くなる。

 だがその分、身内……つまり国内においての事件発生率も高くなるというリスクを抱えることになり、またここ数年でようやく収まった隣国ヴィラージュ王国との戦争を推奨する声が高まる可能性もあるため、この際完全使用禁止して一斉摘発してしまおうと上はそう考えたようだ。


「そこで、火薬という物質にある程度馴染みのある『落ち人』の誰かを軍に引き入れ、軍の内部で殊更火薬の危険性について主張させることで、推奨派を炙り出そうと考えたそうです」

「そんな矢先にマドカと知り合った、ってことね」

「ですね」

「ですね、じゃねーだろ!?何納得してんだよ!いくら囮役つっても、そんだけボロボロにされてまでやんなきゃいけねーことかよ!?」

「安心してください、怪我はしてませんから」

「だーかーらー、そういう問題じゃねーっつの!!」


 ウガーッ、と髪をかきむしりながらじたばたと地団太を踏むマサオミ。

 そこまではしないものの、皆彼の気持ちは理解できたため今回は誰も止めようとはしない。




「とにかくさぁ、マドカ」

「はい?」

「お風呂、入ってきちゃえばぁ?そんなナリだからマサオミも心配するんだしぃ」


 アリアの一言でマドカも改めて自分の恰好の酷さに気付いたらしく、わかりましたと素直に席を立って部屋を出ていった。

 別に心配とかそういうわけじゃ、とぶつぶつツンデレているマサオミの頭をポンと叩き、元の席に座らせてからおもむろにサクラが事情説明役を交代した。


「さすがにあのマドカの惨状については、帰り際にカイン様に謝罪されたわ。本人は納得済みとはいえ、思った以上の被害を出してしまってすまない、って」


 マドカは、カインの()()()というコネを使って軍の編入試験を受け、高成績で合格した。

 そんなただでさえ注目を浴びる存在が、火薬という強力な武器について事あるごとに危険性を主張し、軍の上層部もそれならと正式な採用を躊躇い始めた。

 使用推進派はそれでは困ると焦ったのだろう、皇太子ジェイルとの面談を取り付けたマドカを行かせまいとして、まだ試用にとどまっていた黒色火薬を彼女の通り道にセットし、爆破させた。


「勿論、そんな派手なことやらかしたやつらは全員即逮捕。でね、そいつらからしたらただ脅かすだけだったらしいの。なのに予想以上に大きな効果が出て、マドカがあの通り真っ黒になっちゃったでしょ?さすがにビビって購入ルートやらなにやら白状しはじめてるそうよ」

「ああ、だからマドカがああいう恰好だったわけか」

「そういうこと。防ごうと思えば防げたけど、あえてそうしなかったみたい。だからマサオミ、そんなにカリカリしないであげなさいな」

「わぁってるよ。ったく」


 ひとまずこの場にいる全員が納得の様子を見せたところで、サクラはふぅっと息をつく。


(話さなきゃいけないのはこれだけじゃないのよね……これ話したら、またマサオミがキーッとなるかしら)


 でも話さないわけにはいかない。

 彼女は意を決して、「そろそろ本題に入ってもいいかしら?マドカの婚約の件よ」と若干声を潜めながら口を開いた。




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