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<2-40>小さな村で2

 食い倒れツアー中断から4時間ほど。


 俺は、クロエに先導されながら、少しばかり傾斜のついた道を一歩一歩踏みしめるように歩いていた。


 土と石が踏み固められただけの道は、周囲を太い木に囲まれている。

 もしここが日本だとしたら、富士の樹海に迷い込んだって感じだ。


 ぶっちゃけ、ここから1人で帰れといわれても、迷い死ぬ自信がある。


「お兄ちゃん。目的の村はもうすぐだから頑張ってね」


「……は、は、は、……ぉ、おうよ」


 そんな場所を歩いている目的は勿論、勇者を崇めていた罪で滅ぼされた村を訪れるためだ。


「だ、大丈夫だ。はぁ、は、俺は、疲れてなんか、いねえ」


「んー。……ゆっくり行こうね」


「…………はい」


 頼れるお兄ちゃん像を守るために、必死に取り繕って見たものの、クロエに優しく微笑まれてしまった。


 いや、あれですよ。

 平成生まれの現代っ子が、舗装されて無い斜面なんて登れると思うなよ!?


「お兄ちゃんの荷物も持ってあげようか?」


「…………。あ、う、……」


 クロエの背中には、自分の荷物がぎっしり詰まったリュックサックが背負われ、頭の上には相棒のスライムが帽子の様に乗っかり、右手には、保存食は一杯あったほうがいいよね、と言って、街を出る直前に購入した硬いパンが詰まった袋がさげられている。


「……あ、はい。

 ……お願い、しても、……いいですか?」


「うん、任せて」

 

 そしてついに、唯一の空きだった左手に、俺のリュックが装備された。

 その小さな体と相まって、荷物が歩いていると表現しても良い見た目である。

  

 俺が持っている荷物はと言うと…………、うん、気にしない、考えない。うん。


「あっ!! 木の実だ!!

 お兄ちゃん、先行ってるね」


「え? いや、ちょ……」


 それでもなぜかクロエの方が身軽だ。

 異世界住民、恐るべし……。




 

 土が踏み固められただけの道を歩き始めて3時間ほど。


 日が傾き始め、異世界用語でもうちょっと、ってのは、いったい何時間のことなんだろ、ってか、もしかして野宿か? 遭難か? なんて思い始めた頃。しっかりとした足取りで先を歩き続けていたクロエが、不意に立ち止まった。


「…………到着したよ」


 クロエの視線の先には、胸くらいまである柵がある。どうやら、村の入口らしい。


「……行くか」


「うん」


 ようやく到着した、といった思いは、しんとした町の雰囲気によって押さえ込まれてしまった。


 そこにあったのは作物が植えられたままの畑と木で出来た小さな家。


 周囲には俺達の歩く音だけが響いていた。


「……これか?」


「うん」


 村の入口から5分ほど。

 村の中央だと思われるその場所には、不思議な光景が広がっていた。


 大小様々な丸太が、間隔をあけるように並べられ、周囲を小さな石で囲われている。

 どうやらこの世界のお墓らしい。


 クロエ曰く、人が亡くなると丸太を切り倒し、その下に焼いた遺体を埋めるのだとか。

 その丸太の大きさは年齢や権力に比例するそうで、子供なら腰くらいほど、王様だとその国で1番大きな木が切られるそうだ。


「…………」


 そんな丸太が全部で36本。

 ここで暮らした人達を表したそれらを前に、俺は目を閉じ、手を合わせる。

 そして、風に揺れる木々の音を聞きながら、無心で頭を下げた。


「……お兄ちゃん。お供え物していい?」


「…………あぁ、頼む」


「うん」 


 冥福を祈り、ゆっくりと目を開くと、心配そうに俺の顔を覗き込んでいたクロエと目が合った。


 異世界の作法であっても、その雰囲気から故人を偲ぶ気持ちが伝わったのか、終わるのを待っていてくれたようだ。


「私達の戦いに巻き込んじゃってごめんね」


 そういって、街から持参したパンを積み上げられた石の前に、一つ一つ置いていく。


 今にも崩れそうなその表情は、夕暮れの光りに照らされて、どこか儚げな印象を受けた。


「……うん、こんなもんかな」


 それから10分ほど。


 クロエは、木々の周りに置いてあった石の場所を入れ替えたり、表面にナイフで傷を付けたりと、真剣な面持ちで丸太と向かい合っていた。

 日本人の感覚からすれば、お墓にイタズラしているようにも見えたその行為だが、それが異世界流のお墓参りらしい。


「お兄ちゃんは? もういいの?」


「あぁ、十分祈らせてもらったよ」


「そっか、なら良かった」


 それじゃ、帰り支度始めるね。と言って、クロエは供えたパンを回収し始める。


「ん? お供え物、置いていかないのか?」


「……うん。

 ここに置いていくと、お墓が荒らされちゃうからね」


 確かに、クロエの言うとおり、周囲を森に囲まれたこの場所に食べ物を放置すれば、1日もしないうちに猪などが食い散らかしていくだろう。しかし、そのことは、街を出る時点でわかっていたことである。


「お供え物を食べ物にしたのは……、私の我侭、かな?」


 普通、このような場所のお墓参りは、花や食器などが一般的らしいのだが、クロエはどうしても、パンを墓前に並べたかったらしい。


「……理由を聞いてもいいか?」 


「……うん」


 面白い話じゃないよ? そう前置きしたクロエは、昨日のことを思い出すかのように話始めた。 


「私が生まれた村って、作物が育ち難い場所だったんだよね」


 ゆえに、幼少の頃からずっと食べ物に不自由な生活を余儀なくされたそうだ。

 それでも、親子3人が生き延びれるだけの食料は確保できていた。


 しかし、その年は、長雨、寒波、日照りと、1年を通して天候が荒れに荒れた。

 森に入っても動物はおろか、木の芽や三菜も見当たらない。

 

 いつのまにか、村に住まう人が1人減り、2人減り、その代わりとして、丸太が増えていったそうだ。


「みんなが、お腹すいた、食べ物が欲しいって言っててさ。

 気がついたら、数人だけになっちゃってたんだよね」


 笑い声が絶えてしまった村。そこにあるのは言わぬお墓だけ。


「この村は食べ物が無くなって潰れた訳じゃないってわかってるんだけどね。

 それでもお墓しかない村って聞くと、どうしてもそのときの記憶がね……」


 ゆえに、食料を持って付いてきたのだと言う。


「お父さんもお母さんも、私の前から居なくなる直前まで、ごはんを食べる私の姿を見るのが好きって言ってくれたんだよね。

 だから、奴隷の身であっても、こうしてお腹一杯ご飯を食べさせてくれるお兄ちゃんにはすごく感謝してるんだ」


 土の中で眠るお父さんとお母さんも、笑顔で居てくれると思うの、そういって、クロエは悲しい笑顔を浮かべた。


 恐らくは、自分達の食べ物をクロエに譲っていたのだろう。そして、食べている姿を見て、ニコニコと笑っていたのだろう。


「……王子達との戦いが終わったら、美味しいものを持ってお墓参りにいこうな」


 そんな俺の呟きにも似た言葉に対し、クロエはしっかりと頷いてくれた。

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