<7>異世界の屋台
無事に生きて檻から出られた俺は、スーツからこの国の一般的な衣装だという服に着替え、サラから教えてもらった裏道を使って城を脱出し、城下町に出た。
ちなみに、サラは、兄達を刺激する可能性があるため、城を抜け出せないらしい。なので現在、俺1人だ。
サラと別れ、1人で異世界に居ることに、かなりの不安を覚えていたのだが、目の前にある、明らかに日本ではないその光景は、俺の心を強く惹きつけた。
赤いレンガで統一された家々に、茶色のレンガが敷き詰められた道、ある者は1メートルを超える剣を身に着け、ある者は三角形の帽子に真っ黒なローブを身にまとっている。
子供の頃夢見た、ファンタジーの世界、そのものだった。
「……すげーな。……ほんとに異世界なんだな」
思わず、そんな言葉が口から出てきた。
心のどこかで、サラの話はドッキリなのではないか、と思っていたのだが、その小さな欠片さえ、粉々に打ち砕かれた。
喪失感と同時に、新しいことに挑戦するワクワクも感じる。未知のことに対する不安も感じる。
絶望、興味、不安。そんな複雑な心境を胸の奥底に押し込め、道の端で屋台を開く、恰幅の良いおばちゃんに声をかけた。
彼女の手元では、串に刺さった肉が、燃え盛る炎で焼かれている。
「お姉さん、それは何の肉だい?」
「いらっしゃい。
ラビッドベアーの肉だよ。1本で鉄4枚だ。食べるかい?」
「できたてをここで食べてっても良いのか?」
「もちろんさね。あつあつを頬張っていきな」
ラビッドベアーってウサギなのか、それとも熊なのかをわりと真剣に悩んでみたが、結局答えが出るはずも無く、どちらにしても食えない物では無いと判断し、1本注文した。
まぁ、実際に熊の肉やウサギの肉を食べた経験なんてないんだがな。
ほどなくして、香ばしく焼けた串を受け取り、代わりに鉄の四角い塊にこの世界の文字が押された物を手渡す。
渡した物は、サラから受け取った、この世界のお金だ。
この国のお金は4種類で、金、銀、銅、鉄。
鉄が100枚で銅に、銅が100枚で銀に、といった仕組みらしい。
王都に住む一般男性が1ヶ月で得る収入が銀1枚らしく、鉄1枚を日本円に換算すると、30円くらいになる。
1本、120円くらい。
大きめの焼き鳥と考えれば、妥当な数字だろう。
そんな肉を口に這わせ、勢い良く噛み切る。
口いっぱいに肉汁があふれ出し、香ばしさと質の良いさっぱりとした脂が、口いっぱいに広がった。
味付けは塩のみで、日本の屋台と比較すればやや薄味といったところだ。牛と違った香りが鼻を抜けるが、嫌な感じはしない。
これで、ビールなどが出てくれば文句は最高だな。
「お姉さん、なんか飲みもの売ってない?
出来ればアルコールが含まれてる物が良いんだけど」
「……あんた、旅の人かい?」
おっと、どうやら、まずい質問だったらしい。
「あ、あぁ。ついさっき、到着したところなんだ。
ずっと山奥の村に住んでいてね」
「そうかいそうかい。
出稼ぎなら知らないだろうが、王が亡くなられてからは王都の流通が悪くなってねぇ。
最近じゃ、酒場ですら入ってないって話だよ」
「そうか、それなら仕方ないな」
相槌を打ちながら、肉を頬張る。ほんとに、ビールが無いのが残念だ。
「たしか、次期王が決まらないのだったか……」
「その話しなんだけどね。
ここだけの話し、どうやら、さらに悪化してるらしいよ」
「悪化? それはどういうことだ?」
「いやね。なんでも王女様が参戦しようとしてるって話しさね」
どうやら、兄達の工作は、すでに一般市民へと、その手を伸ばしているようだ。