<5>姫に召喚されまして 5
「無理だな、綱渡り過ぎる。
悪いが協力は出来そうにない」
それがサラの作戦を聞いた率直な感想だった。
たしかに、現状を打開するには良い方法だと思った。だが、1箇所でも狂えば、サラだけじゃなく俺の命も失う方法なのだ。
かといって、他に方法も思い浮かばないのだが……。
「……ボクに加えて、奴隷も複数人買い与えると言ってもダメか?」
「ダメだな。報酬に文句がある訳ではない。勝算の方の問題だ。
正直な話、サラを助けたいと思うし、美人な君が報酬と言われれば悪い気はしない。
だけど自分の命が関わるとなれば別だ。他人のために自分の命は賭けたくない」
かなりクズな発言ではあるが、本音だから仕方が無い。
だって、死ぬのはいやでしょ。
「そうか……」
始めに断ったときと異なり、今回はハッキリと彼女が落ち込んでしまった。大きな瞳からは、今にでも涙があふれだしそうな感じだ。
そして俺から目線をそらしたかと思うと、サラは、またしても何かを決意したかのように頷いた。
目線を合わせずに下を向いたまま、消え入りそうな声で彼女が話しを再開する。
「……仕方が無い、この方法だけは使いたくなかったのだが、私も生きたいからね。出来れば、悪く思わないでほしい」
彼女の言葉に思わず身構えてしまった。
「……なにをするつもりだ?」
「いや、なにもしないさ。キミに現状を教えてあげるだけだよ」
寂しそうな表情のまま、にっこりと笑った。
「……現状なら、ずっと聞いているぞ?」
俺の言葉を予測していたかのように、サラは首を横に振る。
「ボクのじゃないんだ。キミのだよ」
宣言と共に立ち上がった彼女は、ポケットからカギを取り出し、俺に見えるように掲げた。
「知っての通り、キミは今、檻の中にいる。鍵を開けれるのはボクだけだ。
それに、ここはキミの世界じゃない。つまり、頼れるのは、キミの素性を知るボクだけになる。
言っている意味は、わかるよね?」
ずっと伏し目がちな彼女にそこまで言われて、初めて気がついた。
いままでの話がすべて本当なら、ここは異世界で、俺が頼れる人間など居ない。
そして、彼女の作戦を聞く限り、外には魔物までが闊歩している場所のようだ。
それ以前に、ずっと檻から出られなければ死ぬ。そして、檻の件も頼れるのはサラしか居ない。
つまり、初めから俺に拒否権など無いわけだ。
その事実を理解すると同時に、強い怒りを覚えた。勝手に召喚して、さらには殺すぞと脅される。怒らない理由がない。
それでも。有らん限りの理性で冷静さを保つ。
怒りたい気持ちはかなり強いが、彼女には生存権を握られている。怒ったところで、事態は解決に向かうどころか、悪化する可能性が高い。
それに自覚しているであろう彼女に怒りをぶつけれる気もしなかった。
大きく深呼吸をしてから、彼女に質問を投げかける。
「……どうして、初めからこうしなかった?」
「キミに嫌な思いをして欲しくなかった。
出来るならば、進んで協力をしてほしかったんだ」
恐らくは本音だろう。ただ、彼女の純粋な気持ちなのか、作戦の成功率を上げるためか、どちらの気持ちが強いかはわからない。だが、べつにどちらだろうと構わない。どちらであっても俺の行動に変化はないからだ。
俺に残された選択肢は、死ぬか、協力するかの2つしかない。
「少しだけ、時間をくれないか?
そうだな、10分ほどだけで良い。自分の考えをまとめたい」
「了解したよ。それに、私が居ては気が散るだろう。すこしばかり席を外させてもらうよ」
理性では、協力以外ないと思っているのだが、感情が付いてこなかった。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、了承してくれたサラは部屋を出て行こうと立ち上がる。
そして、俺が捕まる檻の横を通り過ぎようとした瞬間、その足を止め、檻の上に置かれていた物をその手に取り、俺に差し出してきた。
「忘れるところだった。これがキミとの契約書だよ。読んでおいて欲しい」
俺の目の前に、新たな悩みの種が舞い込んだ。