<46>振動
前王が亡くなり、その子供達が次期王の座を狙って争いを繰り広げる中、お酒や蜂蜜などの贅沢品には高い税金がかけられたものの、一般庶民の生活に大きな変化は無かった。
ただ、それは表面上だけのことであり、人々は日々の生活を続けながらも、いつ戦争に、それも同じ国の人間と争えと命令されるのかと、強い不安を感じながら生きていた。
そんな不安定な情勢の中で、商人たちだけは、嬉々として仕事に精を出していた。
戦争の影響で食料が値上がりすると考えて安いうちに買い込む者、自慢の武器を王都へ持ち込む者、傭兵として育て上げた奴隷を貴族に売りつける者、中には次期国王と思わしき人物に金品を贈り、自分を売り込む者も居た。
戦争を目前にした商人達の動きは活発で、それこそ戦場のような雰囲気であった。
そんな次期に運悪く命を落とした商人が居た。
商人は早くに妻を亡くし、男1人で2人の娘を育ててきたが、王と同じ時期に流行り病にかかり亡くなった。
そして、残されたのは店と、父の死に塞ぎこむ娘2人。
そんな店を戦争前で殺気立った商人達が黙って見ているはずも無く、商人の葬儀が終わった頃に娘達の手に残ったのは、仕入れに使う馬車と店先にかかっていた看板、そしてほんのすこしのお金だけだった。
店の権利は人の手に渡り、ずっと暮らしていた家でさえ、今となっては中に入ることすら叶わない。
そんな居場所の無くなった彼女達は、生まれ育った故郷を夜逃げ同然で脱出した。
全財産を積み込んだ馬車に揺られ、先の見えない道をゆっくりと進む。
「この馬と看板だけになっちゃったね……」
馬車の荷台に座り、青く高い空をぼんやりと眺めながら、妹の方が独り言の様に呟いた。
そんな声を拾った姉が、御者台で馬の手綱を握りながら、後ろに向かって声をかける。
「だいじょうぶ。ノアちゃんにはお姉ちゃんが付いてるからね。
それに、お父さんだってずっと側で見守っててくれてるよー」
そのゆったりした雰囲気や口調からは、妹に安心を与えようとする優しさが滲み出ていた。
「ふふ。何を言ってるのよ、お姉ちゃん。
あたしとしては、お姉ちゃんの方が心配なんだよ?
あたしが居なかったら、お父さんの看板も馬車も奪われるところだったじゃない。
むしろ、もうちょっとしっかりしてよね、お姉ちゃん」
そんな優しさを受け止めた妹は、これ以上場が暗くならないように、あえて軽い返答で返した。
長い時間を共に過ごしてきた姉妹だからこその会話である。
「あれ? そぉ? お姉ちゃんしっかり者じゃない?」
「何も無いところで転んだりする人をしっかり者なんて言わないって知ってる?
その年まで貰い手がないのも、お姉ちゃんがドジするからでしょ」
「年齢のことは言わないでって、お姉ちゃんいつも言ってるよー。それから、結婚出来ないんじゃなくて、しないのー。
浮いた話が無いって言ったら、ノアちゃんもでしょー?」
「…………あたしとした事が墓穴だったわね」
姉はふんわりとした美人で、妹は活発で可愛いい娘なのだが、1人で忙しく走り回っていた父の手助けに忙しく、恋愛などしている暇がなかった。
そのため、この世界では、行き遅れと称される年齢に差し掛かっても婚約者どころか彼氏すら居ない状況は、彼女達のせいではない。
……まぁ、姉の方は、お見合いの席で、転んだ拍子に熱々のお茶を相手にかけてしまい、断られた過去があるのも事実であり、行き遅れ年齢なのも姉だけなのだが……。
「それで? どこで仕入れをするつもりなの?」
「んー? どこって、町だよー?」
「……どこの町で仕入れるの?」
「この道を真っ直ぐ行って、あった町の予定よー。良いものが無かったら次のまちー」
「…………とりあえず、次の町で周囲の村の情報とかも聞くわよ」
「はーい。って、あら? 女の子?」
「女の子がどうしたのよ?」
姉が不思議そうに呟いた声を聞いて妹も荷台から身を乗り出して前方に目を向ける。するとそこには14歳くらいの女の子が大きく手を振って飛び跳ねていた。
どうやら馬車をとめてほしいようだ。
「……揺れてる」
飛び跳ねている少女は、小柄で幼い顔立ちをしていたのだが、飛び跳ねるたびに、その大きな胸が揺れていた。
その様子を見た妹は、前に居る姉の胸を見る。
こちらも馬車の揺れにあわせて揺れていた。
そして、肝心の自分はというと……。
「お姉ちゃん。あの子はあたし達、いや、あたしの敵よ。矢を撃つわね」
「んー? だめよー、どう見ても敵対してないでしょ。
ほーら、馬車を止めるから弓を置いて掴まってなさいねー」
「……どうせ、あたしは馬車が止まったときの大きな振動でも揺れないですよー
」
妹がすこしだけ拗ねてしまったが、馬車自体は普通に少女の前で止まった。
そして2人の姉妹は、商人さんですか? 雇われさんですか? と、少女に声をかけられた。




