<32>幸せな食卓
「ダーリン、突っ立ってないで、そっち側持ちなさいよね」
アリスの土魔法で、焚き火の周りの土が盛り上がり、竈の様に周囲を囲んだかと思えば、近くに落ちていた石が薄く延ばされた。
直径70センチ、厚みが1センチほどになった元石を2人で火があたる位置に乗せる。
「うん、完成だわ。これでお肉が焼けるわね」
道具を一切使わず、石と土だけで、ホットプレートが作られた。
「あとは細々とした物ばかりね。
舞い踊りなさい。アースメイク」
追い討ちをかけるかのように、皿やフォーク、フライ返しまでもが石で作られた。
それから待つこと5分程度。
「それじゃぁ、焼くよー」
綺麗に切りそろえられた肉がクロエの手によって、石の上で焼かれていく。
ジューっという肉の焼ける音と、焼肉特有の香りが辺りを埋め尽くしていった。
「あふあふ、おいひー」
ほどなくして、焼きあがった肉を口いっぱいに詰め込み、クロエが、幸福に満ち溢れた笑顔を見せる。
「ふーん、悪くないじゃない。まぁ、アリスが焼き場所を作ったんだから、当然といえば、当然の結果よね。
クロちゃん、どんどん焼きなさい」
「ほぁーい」
平たく伸ばされた石の端から端まで、整然と肉が並ぶ。そして焼き上がり次第、次々と彼女達の口の中へと消えていった。
「新鮮だからだろうね。城で出されていた物より美味しいと感じるよ。それに普段とは違う場所で食べる高揚感もあるのかな」
大自然の中で食べるバーベキューも、ワイルドな3人のお嬢様方には大変好評のようだ。
清楚ながらも取り合うようにして食事を進める3人の姿は、なぜかとても美しかった。
「ところで、ハルキが未だに一口も食べていないようだが、ボクの気のせいかい?」
そんな中、サラの何気ない言葉で、のこる2人が、一斉にこっちを見た。まるで不審者でも見るかのように、こちらを見つめてくる。
「なによダーリンってば、アリス特製の焼肉が食べれないって言うの!?」
「お兄ちゃん、どうしたの? お腹痛いの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…………」
3人の注目を浴びながら、程よく焼けた肉を見つめ、石のナイフを突き立てる。
「……いや、そんなことないよ。ちゃんと食べているよ」
正直な話、直前まで生きていた物が目の前で解体され、それを口にすることに、少なからず抵抗はあった。
だが、日本にいた頃は、それが直接見えなかっただけで、同じ事をずっとしていたのだと、思い直す。
そして、生きるために必要なことだと自分に言い聞かせ、深く感謝し、口に運ぶ。
「……旨いな」
「でしょでしょ。どんどん焼くから、お兄ちゃんもどんどん食べてね」
脂は少なめだったものの、臭みは殆どなく、塩コショウなどの調味料が無くても十分美味しかった。
そして40分も経過しないうちに、すべての肉が胃の中へと消えていった。
小型だったことに加えて、食料として飼育されていたわけではないので、食べれる部分も少なかったようだが、みんな満足するだけ食べれたようだ。
お腹も一杯になり、ぼーっとしていると、睡魔が襲ってきた。
そのまま意識を遠のかせても良いかなと思ったのだが、気力を振り絞って頭を覚醒させ、アリスに声をかける。
「アリス、悪いんだが、洞窟の奥を塞いでくれないか?
さっきみたいに、狼とかが出てくるかもしれないからさ。完璧に塞いじゃってくれよ」
「…………」
俺の言葉に反応し、アリスは洞窟の奥へと目を向けるが、なぜかそこで固まってしまった。
「……ん? おい、アリス? 聞いてるか?
アリスの土魔法で、奥から魔物が出て来れないように、穴を塞げるよな?」
「……えぇ、もちろん、出来るわよ。アリスを誰だとおもってるの?」
アリスの反応をすこし不思議に思ったが、再度話しかけると普段通りに返してくれた。
「そうだよな。天才アリス様に不可能なんてないよな。
それじゃぁ、早速塞いじゃってくれ」
「…………ダーリン、4日間ほど、時間を貰えない?」
「ん?」
「な、なんでも無いわ。こんな穴ぐらいすぐに塞いであげるわよ。
来なさい、アースウォール」
アリスの詠唱に答えるように、地面から土が盛り上がっていく。
「あ、アースウォール……、アースウォール。…………あーす、うぉーる」
1度の詠唱では操れる量が少なかったのか、アリスは何度も詠唱を行う。しかし、時間を追う毎に、一回で積みあがる量が減少していった。
そして、結局その日積み上げられた土の量は、膝を少し超えた辺りまでで、あの狼であれば、余裕で飛び越えれそうな高さまでしか積み上げられなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…………、き、今日のところは、この辺で勘弁してあげるわ。アリスの優しさに感謝しなさいよね」
洞窟の奥に向かって捨て台詞を吐くアリスは、疲労困憊と言った感じで、時折フラフラしている。立っているのが精一杯なようだ。
「……あぁ、そうだな。これで、多少は奴らも進入し難くなっただろう。助かったよ」
どう考えても高さが足りないが、そんな状態のアリスに向かって、全然ダメに決まってんだろ、もっと頑張れよ、などと言えるはずもない。
結局俺は、その日も眠れぬ夜を過ごす事となった。
後でサラから聞いて知った話ではあるが、どうやら、一日に使える魔力量は人それぞれに決まっているらしく、使いすぎると今回のアリスの様に、疲労困憊になるらしい。
酷いときには、数時間立てなくなることや、数日間寝込むこともあるそうだ。
どうやら、俺が思っているほど、魔法も便利な物ではないらしい。




