<31>晩御飯の行方
「なんだか目が冴えちゃったわね。クロちゃんに言われたからじゃないけど、今から晩御飯にするわよ。
これは決定事項だから、反論は許さないわ」
狼襲撃事件から勃発した一連の騒動が、一応の決着を見せた頃、アリスがそんなことを言い出した。
「焼き鳥も悪くはないんだけど、わざわざ串を作るなんてめんどくさいし、鉄板焼きにするわよ」
一方的に用件を押し付けるアリスの手には、護衛用のはずのナイフが握られ、その視線は真っ直ぐにカラスを向いている。
表情は、美少女だけが醸し出せる美しい笑みなのだが、どうにも俺にナイフを向けていた時と同じに見える。
「やばい、カラスよ。ここは俺に任せて、逃げるんだ。
なに、心配ない。俺1人なら出来ることがあるんだ。すぐに追いつくから先に行っててくれ」
「カー」
カラスの身を案じ、逃げるように命令を出したが、カラスはひと鳴きしただけで、その場から動こうとしない。相変わらず、クロエに抱きかかえられるままになっている。
「いや、カーじゃなくて。お前、命の危機なんだぞ。わかってんのか?」
「カー?」
キョトンと首をかしげて、つぶらな瞳をこちらに向けてきた。なんともほのぼのとした感じだ。
「……ダメだな。ぜんぜん状況を理解してねぇ」
だからと言って、相棒であるカラスを諦めるわけにもいかず、どのようにアリスを説得しようかと考えていると、予想外の人物から援護を貰った。
「私から言い出したことなんだけどね。その子を今夜の晩御飯にするなんてダメだよ」
晩御飯賛成派だったはずのクロエが、いきなりそんなことを言い出して、抱きかかえたまま、アリスからカラスを守るように背を向ける。
思えば、クロエはとても優しい子だ。母の様にカラスを撫でているうちに、愛着が沸いてきたのだろう。
クロエは母性本能も優秀なようだ。
…………なんて思っていると、クロエが突然、カラスの足を掴み、逆さまにしだした。
カラスも一切の抵抗を見せず、されるがままになっている。
「まずは首を落としてから、こうやって逆さまにして血抜きをしないと、せっかくのお肉が美味しくなくなるんだよ。だから、今夜はダメ。
明日の朝ごはんにしようよ」
……うん、そうだった。彼女は初めて出会った俺や、王族であるサラやアリスを前に、出された物を遠慮という言葉を無視するかのように、頬一杯に詰め込むような女性だった。
そんな彼女が食べ物と認定した物を前に、考えを180度変更するなんてありえない話だった。
恐らくは、クロエの母性本能が食欲を上回ることなんて一生ないと思う。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。それは俺の相棒で、食料じゃないんだって」
食べるか食べないかではなく、いかに美味しく頂くか、に話題が変更されていることを危惧し、2人をとめる。
しかし、そんな俺に向かって、まるでごみでも見るかのような視線が、アリスから向けられた。
「はぁ? 何を言ってるのよ。そんな不吉そうな物、食べるわけ無いじゃない。それに、ダーリンのパートナーなんでしょ? クロちゃんも、冗談はその辺にしておいて、晩御飯の準備するわよ」
「ふぇ? 食べないの? ……じょうだん?」
「…………」
どうやらアリスはクロエの食欲を見誤っていたようだ。絶句し、驚きの表情をクロエに向けている。
そんな2人の様子に、アリスが比較的まともな感覚の持ち主でよかったと胸をなでおろす。そして、もしカラスが突然居なくなったら、真っ先にクロエを疑おうと心に決めた。
「…………クロちゃん、今日の晩御飯はそこの犬で我慢するわよ。それなら血抜きどころか解体まで済んでるから、問題ないんでしょ? それと、カラスの肉は、アリスの好みじゃないから、食べようとしないでよね」
「んゅー? そうなの? ……うん、わかった。アリスお姉ちゃんが嫌いなんだったらやめるね。ご飯はみんなで美味しく食べなきゃ幸せじゃないからね。
それじゃ、私はこのお肉を食べやすく切り分けるよ」
食欲に突き動かせているクロエは、早速とばかりにナイフで肉を切り分け始めた。そして、それまで沈黙を保っていたサラが口を開く。
「どうやら話がまとまったようだね。
ボクとしては、今までの人生でカラスを食べたことも、召喚獣を食べたことも無かったから、非常に興味があったのだが、そっちで決まったようだから、諦めておくよ。
それじゃぁ、ボクは焚き火の火力を上げてこよう」
助けてくれないと思ったら、サラも敵側だったらしい。これで疑う先が2つになってしまった。
俺の召喚獣は、ある意味モテモテなようだ……。




