<18>姉妹の喧嘩2
なぜか、俺を夫呼ばわりするサラをすこしばかり問い詰めたく思うが、話がこじれても嫌なので、無言を貫くことにした。
「旦那!?
サラ姉が結婚してたなんて、私そんなの聞いてないわよ!!」
「まぁ、そうだろうね。
ボクも言ったのは初めてだよ」
「……はぁ? 結婚報告が始めて?
ねぇ、なんか、おかしくない? どういうことよ?」
アリスが混乱するのも無理はない。
なにせ、俺ですら初めて聞いたのだ。本当に初めて言い出した事なのだろう。
ってか、当事者の俺が一番混乱している自信がある。
「それと結婚はまだ先の話だよ。
婚約相手って言葉が一番正しいのかな」
「余計に意味わかんないわよ。
……サラ姉、アリスのこと、バカにしてるでしょ?」
「いや、バカになど、するはずがないよ。
彼は、ボクが異世界より召喚した勇者様なんだ。この国を救って貰うことを快諾してもらったため、ボクは彼の妻になることを決めたって流れだね」
……おい、勇者様って、それも初めて聞いたぞ。
それに、俺、快諾したっけか? 結構渋々だった気がするんだがな。
まぁ、やるからには精一杯やるとは言ったが……。
「はぁ? 勇者様ってあの御伽話に出てくる勇者様?
それを召喚って……。でも、サラ姉なら、やりかねないし……」
そういって、アリスは口元に手を当てて、深く考え込む。
勇者を召喚したなんて、日本で言えば笑い話でしかないが、彼女の様子を見るに、この国では、ありえない話ではないようだ。
それになにより、召喚した主がサラって事が、より信憑性を高めているらしい。
あいつなら、勇者を召喚してもおかしくない、ってどんな人生を歩めばそうなるんだ?
サラって実は、むちゃくちゃな人間なのか?
……いきなり呼び出して檻の中に閉じ込める。うん、むちゃくちゃな人間だったな。
「残念ながら証拠は無いんだが、ボクが着ている服や、彼、そして、彼の妹が着ている服を見て貰えばわかると思うよ。
どれもこの国では想像すらしない服じゃないかい?」
「…………たしかに、珍しい服は着てるけど」
さらに深々と頭を抱え込んでしまった。
本当に、俺が勇者かどうか、考えているようだ。
たしかに俺は、異世界から召喚されて、この世界にやって来たことは間違いないが……。
いや、そもそも勇者の定義がわからない。
もしかすると、彼女達の定義て言えば、俺は勇者なのかもしれない。
だけど、俺には、魔王を倒す力なんて、間違いなく備わってないぞ? ……いや、まぁ、魔王が居るかすら知らないけどな……。
そんな感じで、アリスに引きずられるように、俺も巻き込まれて悩んでいると、そんな事どうでも良いと言う様に、サラが別の話を投げかける。
「そういえば、アリス。用事はいいのかい?
なんだが、慌ててたようだが」
「っ!! そうよ。アリスは、サラ姉に文句を言いにきたんだから!!
クーデターをするなんて、やめて頂戴よ。それに、何でアリスまで一緒に参加するみたいなことになってんのよ!!」
悩み事など一瞬で吹き飛んだようで、弾き出された玉のように、淀みなく強い言葉がアリスの口から放たれた。
「とりあえず、アリスが言いたい事は確認出来たのだが、今の状態では、会話が困難だね。すこしだけ落ち着いた方が良いと提言させてもらうよ。
ほら、大きく深呼吸をしてごらん」
そんなサラの言葉に、アリスは素直に従った。サラのタイミングにあわせて、アリスが息を吸って吐いて、吸って吐いてを繰り返している。
その姿がとても可愛らしく、巷の噂と比べると、素直で良い子に見える。
「理由は何と無く把握しているが、アリスが持つ情報を整理したいんだ。詳しく話して貰えないかい?」
「詳しくって……、なにを話せばいいのよ?」
「そうだね。まずは、誰から、何を聞いたのか、もしくは、誰に頼んで、どのような情報が獲られたのかを話してもらえるかい?」
そして、アリスが持っていた情報を洗いざらい聞き出した。
とはいえ、その殆どがすでに俺達も知っていた情報で、新しく知ったことは、俺の仕込みがうまく働いたことくらいだった。
アリス曰く、平民を中心に、サラとアリスが共同でクーデターを企て、国の転覆を狙っている、という噂が流れているそうだ。
もともとは、兄のどちらか、もしくは両方がサラを排除する下準備として流したクーデター情報に、俺が街で動き回った成果が混ざったのだろう。
俺が、第5王女が安心できるような女性を探し回った事で、第5王女が奴隷を探し求めている噂が流れ、クーデターと結びついた結果だと思う。
ついでに、服を買うときも、姫の我侭で、と言って、我侭で有名な第5王女を連想させるようにしておいた効果もあるかもしれない。
つまりは、
『ねぇ、ここだけの話なんだけどさ。
どうも、サラ様がクーデターを準備してるらしいわよ』
『え? 私は、アリス様が、奴隷を買いあさって、ついでに防御性に優れた服も買ってるって聞いたわよ?
クーデターって言うなら、サラ様より、アリス様の方が怪しいんじゃないの?』
『えー? そうなの?
あ、もしかすると、アリス様も、サラ様もクーデターを計画してるんじゃないの?』
『そうなのかしら。けど、2人で同時期にっておかしくない?』
『たしかにそうね。ってことは、2人で一緒に氾濫を起すんじゃないかしら。そうよ、絶対そうだわ。
あ、お隣の奥さん、丁度良いところに、聞きました? なんでも、サラ様とアリス様が――」
と、いった感じだろう。
当然、噂を聞きつけたアリスは、事の真相を確かめに、サラを訪ねに来る。クーデター相手とされる兄達には聞けないし、噂をいくら集めても埒が明かないのだから、当然である。
つまり彼女は、俺達の誘導に引っかかったわけだ。
「まずは、誤解を解こう。そもそも、ボクはクーデターなんて考えていない。……いや、正確に言うならば、考えていなかった、になるね。
クーデター騒ぎは、兄達がボクを殺そうとして、でっち上げた罠だ。そして、ボクは生き残るために勇者を召喚し、兄達から身を守ることにしたというわけだよ」
「……罠? ってか、身を守るって、兄達に反抗するってことでしょ? 結局、クーデターやるんじゃない」
「たしかに結果から見ればそうなるんだが、罪の所在の問題だよ。それにアリスが関与している話しは、初耳なんだ。
文句を言うなら、兄達にしてほしいね」
「そうかもだけど…………。
けど……、ん……、そうよね……」
どうやら、うまく丸め込めたらしい。




