<16>餌付け
結果から言うと、サラのお菓子大作戦は成功だった。
お姫様オーラに当てられ、緊張が抜けなかったクロエも、口の中に消えていったお菓子の数に比例して、その表情は次第に落ち着いたものへと変化していった。そして、2時間を経過する頃には、生粋のお姫様であるサラと、普通に会話が出来る程度までの成長を見せた。
「このクッキー、すっごく美味しいね、お姉ちゃん」
それどころか、驚くべきことに、サラのことをお姉ちゃんと呼ぶようにまでなっていた。
敬語とか、失礼とか、そんなレベルの話ではない気がするが、本人達が望んだ結果なのだから、良いのだろう。
サラもお姉ちゃんと呼ばれて、満更でもない顔をしているし……。
それに、そこまで仲良くなったと思えば、決して悪いことではない。たとえきっかけが、ボクの事を姉だと思うならば、新しいお菓子を持ってこよう、の一言だったとしてもだ。
「このプリンふわふわー。
ふわふわだよ、お兄ちゃん。
私、今日が人生で1番幸せな日だと思うな」
「そうか、それは良かったよ。
ここにある物は全部食べて良いからね」
「ほんと? ありがとう、お姉ちゃん。
わー、このタルトも、うまうまだよー。
お兄ちゃんも食べる?
はい、あーん」
満開の笑顔で、自由気ままにお菓子をぱくつくクロエに、お菓子と俺、どっちが好き? と聞いて見たい衝動に駆られたが、敗北の予感しかしないので、やめておいた。
そんなサラの作戦通りに、急激に仲良くなったところで、お菓子での歓迎パーティは終了。まじめな話しに移行する。
初めて会った頃ほどではないが、クロエも緊張を混じらせた表情に切り替わった。
「改めてだが、ボクの我侭に付き合わせてしまって申し訳なく思う。
作戦が完了した暁には、クロエにも適切な報酬の用意を約束するよ。……ハルキと一緒にボクを助けてくれないかい?」
「うん、任せといて。
サラお姉ちゃんのために一生懸命働くよ」
事前に俺から聞かされていた事もあり、クロエは迷うこと無く、強く頷いた。
「そうか、ありがとう」
そう言って、サラがクロエを近くに手繰り寄せ、抱きかかえるように、頭を撫でた。
クロエの方も、一切の抵抗をせず、嬉しそうに撫でられている。
そして撫でたまま、サラが次の話を切り出した。
「早速で悪いのだが、クロエには、ダンジョンコアの取り扱いを移植しようと思うのだが、構わないか?」
「んゅ? ダンジョンコアの、いしょく?」
キョトンと顔を傾げるクロエに足して、俺のときと同様に、結論を急ぎすぎる説明がサラからなされた。
1時間あまりに及んだ説明を要約しよう。
この世界には、ダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟が存在する。そして、その魔物達を発生させているのが、ダンジョンコアと呼ばれる玉らしい。
ここまでは、小説やゲーム等でおなじみなのだが、決定的な違いが、魔物を倒しても報酬が獲られない事だ。
ダンジョン内には、お宝は無く、敵を倒しても一瞬にして死体が消えてしまうため、戦いの後に残るのは、疲労と傷跡のみである。
そのため、敵が無限に湧き出し、資源にもならないダンジョンは、存在価値が無く、できるだけ早く消滅させよう、との考えが一般的であるらしい。
ちなみに、ダンジョン以外の場所で倒した魔物であれば、その肉も角も、魔法の媒介として使う魔法の玉も残るので、森などで魔物を狩り、生計を立てている者、冒険者は、数多く存在する。
そんな邪魔者でしかないダンジョンコアに、サラの興味が向いたのは、自身の持つ付与魔法の特性を知ったのが要因だった。
サラの付与魔法は、自身の魔法を物に付与する魔法なのだが、1人引き篭もって研究した結果、物にかけられた魔法を別の物に移植できることがわかったらしい。そして、特殊な物であれば、物から人へも可能にしてしまったようだ。
そしてその特殊な物の1つが、ダンジョンコアと言うわけだ。
ちなみに、俺を召喚したのも、この辺の兼ね合いで、1つの物に召喚魔法、転移魔法、瞬間移動などの移動系魔法を色々詰め込んで、無理やり発動させたらしい。
一通りの説明に納得し、了解してくれたクロエの前に、紫色の球体が置かれた。
大きさは服を作った魔石の倍ほどで、透明感は無い。恐らくはそれが、ダンジョンコアなのだろう。
存在価値の無いものがサラの手にあることが不思議で、聞いてみたのだが、出所は国の武器庫らしい。
何でも、ダンジョンコアを敵の土地にばら撒き、混乱に陥れるために使うのだとか。
自分達の星を3回以上破壊できると言われる地球ほどではないが、どこの世界でも人間は残虐非道になれるようだ。
「それじゃぁ、始めるよ」
そんなことを考えていると、ダンジョンコアから光りの玉が出現し、クロエの胸へと吸い込まれていった。
そんな姿を真剣に見つめていたサラは、ほっと息を吐き出し、安堵の表情を浮かべる。
魔法の移植とやらは無事に成功したようだ。
「……クロエ、体に異常はないかい?」
「なんだが、少しだけ熱い気がするけど、そのくらいだから大丈夫」
「そうか、なら少しだけ休憩を取り、魔法の使用訓練をしようか。
勿論、ハルキにも召喚魔法を練習して貰うからね」
休憩と言われて、嬉しそうに残ったお菓子をパクつき始めたクロエを尻目に、俺の体は、魔法を使えるかも知れないワクワク感に支配されていった。




