<3-27> 王国兵の朝
勇者国攻め2日目。
その日の王国軍は、朝早くから、緊急の会議が行われていた。
王子専用の豪華なテントの隣に設置された、指令本部の役割を担う巨大なテント。その中で、眠たい目を擦っている第2王子の周りに、各部門のトップ達が青い顔をして首を垂れていた。
「さっき聞いたんだけど、兵の3割が逃げたって本当?」
「……はい。早朝の点呼時に姿を現さず、寝床を確認してももぬけの殻だったとのこと。
どうやら、夜の間に脱走したものと思われます」
一般兵の脱走。それが、緊急会議が開かれた理由だった。
王国の兵士達の士気は、戦闘開始前から低かった。その理由は、勇者による言葉での攻撃のせいである。
そんな低い士気の中で、突撃部隊が全滅した。
第2王子としては、政敵である者をひとまとめにした部隊だったので、全滅しても問題は無い。むしろ、今後控えている第1王子との戦闘において、敵対する可能性が高かった者を葬ることが出来た。そして、勇者国の秘密兵器、壁の穴から飛ぶ玉の威力を確認出来た。
そのため、初日の攻防の結果には、満足感すら覚えている。
しかしながら、突撃部隊の内情を知る者など、第2王子とその側近くらいなものであり、一般兵からすれば、初日は悪夢だった。
突撃を命じられた者は、ただ前へと進み、いつの間にか死んでいた。
無策に突っ込んでも、無駄な犠牲が増えるだけに見えるのに、上層部は何もしない。
幸いなことに、初日は突撃命令を受けなかったが、明日は自分が突撃するかもしれない。明後日、突撃するかもしれない。
そう考えると、目を瞑ることさえ怖くなった。
そして、眠れぬ夜が過ぎていき、あたりがうっすらと明るくなり始めると、ある者が気づいた。
橋が無くなっている。
初日に突撃した部隊が作った唯一の成果。それが無くなっていたのだ。
壁の周辺、お堀の辺りは、未だ勇者国の支配下にある。ゆえに昼間の戦闘中ならまだしも、戦闘の行われない夜間に、王国の目を欺くなど容易い。そのため、勇者国が橋をそのままにしておくはずが無かった。
また橋を架けるところから、最初からやり直し。初日の突撃は、無駄でしかなかった。
そんな状況を見た兵士達は思った。そういえば、勇者が言っていたじゃないか、軍の上層部は腐っている、第2王子も自分達の事しか考えていない、と。
第2王子は、ただ、自分が楽しむことだけしか考えておらず、一般兵など、歩くおもちゃだとしか考えていないと。
貴族達は、賄賂で私腹を肥やす、良い女を手に入れることしか考えていないと。
もし、王国が勝ったとしても、良い未来など無い。勇者国に力を貸せば、より良い暮らしが出来る。王国で無駄に死ぬことは無い。
勇者の名において、君達を保護しよう。
そう言ってたじゃないか。
逃げて家族と交流し、勇者国に亡命しよう、大量の市民を受け入れている勇者国なら、自分達も受け入れてくれるはずだ。
そんな考えが、彼を後押しした。
1人の決断により、ダムが崩壊するかのように、せき止めていた物が一気に流れ出した。
我先にと、まるで競うあうかのように、人々は、早朝の森へと、その姿を消していく。
その結果、戦闘で失った以上の兵数を脱走によって失うことになった。
「ふーん、そうなんだ」
しかし、誰しもの予想に反して、そんな状況下にあると知った第2王子の反応は、淡泊なものであった。
まるで興味が無いと言わんばかりに、目覚め用の白湯を口に運ぶ。
「それで? 近衛兵の脱走者は?」
「近衛兵ですか?
近衛兵に限った数字ですと、17名と聞いております」
「うん。なら、大丈夫だね」
減りこそしたものの、自分の直属は大半が残った。その事実だけを確認した第2王子は、満足そうな表情で無邪気に笑う。
大量に集めた兵は、場を盛り上げるための存在であり、もとから戦力として期待などして居なかった。
第2王子にとって、一般兵達は、自分の活躍を目撃する観客に過ぎない。ゆえに、多少減ったところで、慌てるようなことでは無かった。
「それじゃ、本番を始めるよ。
僕達だけで陥落させてくるから、美味しい物作って待っててよ」
「……王子だけで行かれるおつもりですか?」
「うん。残った近衛兵と僕で行ってくる」
近衛兵の数は200人。王子を含めたとしても、勇者国を守る兵士よりも少ない。
いくら選び抜かれた精鋭である近衛兵でも、少ない数での城攻めなど、不可能だ。
だが、王国のサラブレッド、鉄壁の王子がそこに同行すれば、その不可能も可能になる。
「無能王子とは違うってところを見せるには、良い機会でしょ」
「…………かしこまりました」
勇者の告発により信頼を失い、兵の脱走も防げなかった貴族達にとって、戦場での活躍こそが唯一の希望だった。それ故に、出世の機会、信頼回復の機械が無い王子の作戦を聞き、青かった顔がさらに悪化する。
しかし、だからと言って、勇者国の守りの強さを見せつけられた彼らは、自分に任せて欲しいとも言えない。ゆえに彼らは、頭を下げ続け、王子の足音を聞くしか出来なかった。
「それじゃみんな、攻め込むよ。
作戦はいつも通りでよろしく」
「「「王国に勝利を!!!」」」
王子が騎乗し、近衛兵達の中心で命令を下す。
こうして、戦い2日目の幕が開いた。




