<12>俺の趣味じゃないですよ?
クロエに仕事内容を伝えるためには、俺達が現在陥っている立場を理解してもらわなければならない。
そこで手始めに、自分の雇い主は第4王女のサラ様であると伝えたところ、クロエの顔が驚きに包まれた。
「第4王女様?
第5王女のアリス様じゃないの?」
「いや、アリス様とは会ったことも無いな」
王族に仕えている事よりも、その相手の方に驚いたようだ。
クロエを購入したときに、王族の紋章を見せて第5王女の話をしたので、その関係だろう。
もしかすると、本当に第5王女のお世話をすると思っていたのかもしれない。
「クロエは、サラ様の魔法を知ってるか?」
「……うん。たしか、付与魔法が使えるんだよね?」
「あぁ、その通りだ」
この国では、100人に1人程度の割合で魔法使いが生まれる。
魔法使いになる者と一般人の違いは良くわかっていないが、魔法使いの子は魔法使いであることが多く、血が関係していると言われている。
そのため、血のサラブレッドたる王族達は、何らかの特殊な魔法を使えることが知られいた。
王族の一角であるサラも例に漏れず、物に魔法を付与する特性を生まれもち、市民の間では、付与魔法のサラ様と呼ばれている。
本人曰く、恥かしいが、王家を信仰させるために、意図的に呼ばせている部分もあるそうだ。
知っているなら話が早いと、クロエを尋問した際に用いた青い玉を手に、クロエに質問をさせる。
「クロエ、ちょっと、俺の主人がアリス様か訪ねてもらえるか?」
突拍子も無い話ではあったが、なにかをしようとしていることが伝わったようで、クロエは素直にしたがってくれた。
「御主人様の御主人様はアリス様?」
はいと、あえて嘘をついた俺の手元では、青い玉が淡い光りを放ち、程なくして光りが収まったかと思えば、手元の玉は赤く染まっていた。
その変化を不思議そうに眺めているクロエに、サラから受けた説明をそのまま伝える。
「この玉には、サラ様の付与魔法がかけられていて、手に持った人が嘘をつくと、色が変化するらしいんだ。
つまり、今回の場合は、俺の御主人様がアリス様じゃないって事がわかるわけだ」
へー、そうなんだー、などの感嘆詞がクロエの口から発せられるが、実際は良くわかってないように見える。
俺としても、魔法の仕組みなんて良くわからないので、適当にはぐらかして本題へと入る。
「サラ様は現在、大変に危うい立場にあって、いつ命を落としてもおかしくない。そんな状況を改善しようと俺が動いている。
クロエには、それを手伝ってほしいんだ」
「そうなんだ。
それで、具体的には何をしたらいいの?」
「理由はいろいろあるんだが……。
あー、その、なんだ、……俺の妹になってほしいんだ」
クロエが、キョトンとした表情で首を傾げ、部屋の中に、しばしの静寂が訪れる。
なんだろう、沈黙がすごく痛い。
「……いもうと?
御主人様のことをお兄ちゃんだと思えばいいの?」
「あ、あぁ。簡単に言えばそうなる」
「いもうと、ねぇ?」
喋り方や抑揚などに変化は無いが、何故か責められている気がする……。
いや、違うんですよ。決して俺の趣味とか、特殊な変態とかじゃないんですよ。
……いやまぁ、変態か一般人かって聞かれると、変態かなーと思うけど。
「いや、あれだ。作戦成功のためには、サラ様以外の王族とも会わなくてはいけなくなるから、奴隷の立場じゃ色々と面倒なんだ。
だから、俺の妹として振舞ってほしいんだけど……。
妹が嫌なら、他の立場も考えるが、どうだろう?」
……言い訳っぽいが、本当なんだ。信じてくれよ。
「うーん?
よくわかんないけど、お姫様を助けるために、御主人様の妹になればいいんだね?」
「……そういうことになるな」
「うん、わかったよ。
私、御主人様の妹になったげる」
どうも、良くわからずに答えているように見える。
まぁ、妹になって欲しいなんて話を理解しろって方が無理か。
ずっと優秀だと思っていたがのだが、なせが急にこの子の将来が心配になってきたが、とりあえずは、サラの指示通りの内容で了承されたので、良しにしとこう。
「兄としてのお願いなんだが、ちょっとこっちに来てくれるか?
念の為に言っておくけど、命令じゃなくて、お願いな」
「んー?
エッチなことするの? お兄ちゃん?」
……お兄ちゃんって呼ばれるの意外に良いかも。
って、ちがう!! 少し落ち着け、俺。
「いや、痛いことも、エッチなこともしない。
怖かったら、目を閉じてればすぐに終わるよ」
言った後で気が付いた。目を閉じてれば終わるって、余計に怪しい気がする。
「んー? まぁ、いいや。
お兄ちゃんにお任せするよ。なんでもしちゃって」
考えることを放棄して近くに来てくれたクロエに、右手を出すように伝え、右手に着けられていたオレンジ色の腕輪をナイフで切る。
奴隷の象徴であった物が、ポテっと彼女の足元に落ちた。
「……え?」
「安心しろ、簡易での契約にして貰ったから、命の心配はない。
それと、クロエは、奴隷じゃなくて妹だから、今後、腕輪はしなくて良い。
まぁ、後から、姫のところで契約書は書いて貰うけどな」
日本人の感覚からすれば、ただ右手に着いていたブレスレッドが外れただけだ。けれど、この国においては、そのブレスレッド1つで天国と地獄ほど違ってくる。
奴隷の腕輪をした者は、人ではなく、ペットよりも立場は悪い。
王族は勿論、平民であっても、奴隷に話しかけられることを嫌う者が居り、貴族以上の立場であれば、近くを通っただけで殺される可能性すらある。
自分の腕から床に落ちた輪を見つめた少女は、ゆっくりと意味を理解し、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
奴隷制度が無くなった平和な国に生まれた俺に、彼女の気持ちはわからない。
それでも俺は、彼女を強く抱きしめた。
見た目以上に華奢な少女を守るように
 




