<3-22> 勝利の味
「おほー。中々な仕上がりになったじゃないか」
「ふふん。当たり前じゃない。アリスが総監督をしたんだから、このくらい楽勝よ」
王国から逃げ帰ってから4ヶ月。
総力をあげて建設した勇者国の外壁を眺めた俺は、アリスに率直な感想を伝えた。
アリスが土魔法で土台を作り、そこに幾人もの男達が周囲の森やダンジョンから切り出した木材を積み上げる。
そうして作られた外壁は、巨大なログハウスを思わせる仕上がりに成った。高さは俺の3倍くらいだから、約5メートルってとこかな。
近くで見ると中々の威圧感で、頼もしさ満点だ。
「それで? 土入れの方は?」
「順調に決まってるじゃない。もちろんアリスのお陰ってのが1番だけど、人手が増えたからね。
アリスってば、指示の出し方も超一流なんだから」
そんな壁が、ダンジョンの洞穴が空いている崖を中心に、勇者国を扇状に包みこむ。しかもそれが、人3人がすれ違えるほどの幅を空けて2枚、外側と内側に設置されていた。
この後は、正面の門にする部分を除いて、その空いた隙間に土を運びいれる算段になっている。
「了解。
今後移住してくる人達も門を中心に斡旋するから、よろしくな」
「ふぇ? まだ増えるの? そんな大勢アリスじゃ……。じゃない、ちがくて、えーっと。
ふふふ、そのくらい楽勝よ!! 任せときなさいよね」
3メートルの壁とは言っても、木を組んだだけの壁なので昇ろうと思えば登れるが、現段階でもそこそこの時間は必要になる。
もし戦時中に登れと言われたら、涙目になる自信がある。
ただし、俺達が王都から脱出したときの様に、アリスと同等以上で木に対する魔法が使える者が居れば、即座に穴なんかを開けて侵入できると思う。
だがしかし、先にも述べた通り、今後は壁と壁の間に土を入れる予定だ。
つまり、魔法の力で突破するには、王家レベルの魔法使いが木と土で2人必要ってことだ。
さらに、周囲には俺のカラス達が飛び回り、正面入口ではサラが作った嘘発見器が活躍予定。
我ながら中々の防衛網が出来たと思う。もし、外壁が壊されたとしても、ダンジョン内に逃げ込めばいいしね。
勿論、木材には火に強い物を使っているし、門を守る兵士全員が魔法で水を生み出すことが出来るので、火責め対策も抜かりは無い。
「外壁の確認はこんなもんかな。作業は順調で、出来上がりも問題なし。うん。
それじゃ、俺は畑の方を見に行ってくるよ。……アリスも来る?」
「そ、そうね。1人で行くのも寂しいだろうから、アリスも特別に付いて行ってあげるわ」
そういうことになった。
頼もしい壁のもとを離れ、アリスと一緒にダンジョンの一角に作った畑へと足を運ぶ。
「やぁ、待っていたよ。
アリスの表情を見る限り、門の進捗状況はハルキの御眼鏡に叶ったようだね。ボクとしても安心したよ」
「ふん、なによ。アリスが担当したんだから、優秀なのは当たり前じゃない。
サラ姉に心配されなくても、審査は100点満点だったんだから」
畑には、なぜかサラの姿があった。どうやら俺を待っていたようだ。
口では心配していたと言いながらも、そんな素振りを見せないサラに、不満を口にしながらも終始笑顔のアリス。
言葉だけを聴けば、皮肉混じりの姉妹喧嘩としか思えないやり取りだが、その雰囲気は平和その物。2人とも楽しそうな雰囲気を滲ませいた。
「それで? サラが俺を待ってたってことは、武器に目処が付いたってこと?」
「そういうことだね。
今朝、耐性のある木が見つかったんだ。2ヶ月もあれば量産も可能だと思うよ」
「おぉーー!! さすが!!
ここが終わったら確認に行くよ」
「あぁ、ボクの自信作だからね。期待してくれて構わないよ」
この4ヶ月、サラには攻撃面の強化として、新しい武器の開発をお願いしていた。そして、どうやらその成果が現れたらしい。
あのサラがここまで言うんだ。きっとすばらしい物が出来上がったのだろう。
一応の確認は必要だが、これで防御面に続いて、攻撃面の整備にも目処が付いたようだ。
人の数についても、王国の治安悪化に伴い、周囲の村から移住してくる人が後を絶たず、クロエが寝る間を惜しんで受け入れ用の部屋と簡易の畑を作り続けている状況なので、問題はない。
人数、攻撃、防御。
そして、残る問題を解決する最後の1ピース、今日この場所に赴いた理由、サラの向こう側にある光景に視線を移す。
そこには80センチほどの植物が、その先端に黄金色の実を携え、頭を垂れるかのように植えられていた。
俺が田圃と名付けた専用の部屋の中では、一面が黄金の絨毯と化し、夢にまで見た光景が広がっている。
「勇者様。米の守護者の名に恥じぬお米様を収穫できたと自負しております。
朝露と共に採取し、丹念に脱穀、炊き上げた逸品です。どうか、御賞味ください」
俺の視線に気がついたであろう男が、恭しく地面に膝を着き、両手高々に土鍋を掲げる。
病気に強く、温度変化や季節に左右されず成長する、俺の欲望を具現化したよ
うな性能を持つお米様は、どうやら無事に収穫を迎えることが出来たようだ。
「……あぁ、試させてもらうよ」
右手を土鍋の蓋に伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。
ふわりと中から立ち上る湯気に乗り、幸せな風味が俺の鼻をくすぐった。
無言のまま、蓋をサラに預けると、この日のために作った特性のお茶碗を懐から取り出し、炊き上がったお米様を装う。
そして、世界樹の枝を加工した一膳の箸を構え、盛られたお米様をゆっくりと持ち上げた。
箸先に乗る確かな重み。それを心で感じながら、口へと運び入れる。
1番初めに来るのは芳醇な香り、そして口当たりの良い甘みや程よい粘り気が踊るかのように咲き乱れた。
日本に居た頃、毎日のように口にしていた感触だった。馴染み深く、懐かしい味わいだった。
「…………完璧だ」
お茶碗の中が空になり、心地よい余韻に浸った俺が発すことが出来たのはその一言だけ。
包み込むような懐かしさ、捨てたはずの故郷への思い、たどり着いたことへの達成感、美味さゆえの幸せ、手伝ってくれた仲間への感謝、様々な思いが俺の中を駆け巡った。
どうやら俺は手に入れたらしい。
戦争の勝敗を左右すると言われる兵站と士気の高さを!!
このお米様を口にして、心が動かない者が居るだろうか? 虜に成らない者が居るだろうか? 幸せを感じない者が居るだろうか?
否! 断じて否!! そのような質問が出ること事態がおこがましい!!
これさえあれば、俺達は一致団結して戦える。お米様を中心に1つに纏まることが出来るのだ!!
俺達は王国に勝てるだけの力を手に入れたぞ。ふはははは!!!!




