<3-7>崩れ去る村 5
「シミル男爵様。先行させた部隊から報告が入りました。
なんでも、進行方向に火の手が見えるとのこと。その勢いはかなりの物らしく、進行は不可能だと」
「火、ねぇ。…………たまたま山火事が発生したって訳じゃないだろうし、標的の行動かな。
うーん、我々の姿を見てから行動したにしては早すぎるね。いやはや、どこから情報が流れていたんだろ」
「……誠に申し訳ありません。
至急、裏切り者を探し出します」
「あぁ、いや、それはいいよ。作戦中に仲間を疑うようなことはしたくないからね。それに裏切りって決まったわけじゃないし。
とりあえず、火の手の様子を詳しく調べるように伝えてくれるかな?」
「畏まりました」
村人達が行動を開始してから3時間。
縦長に伸びた軍の中腹で、ゆっくりと馬を進めていたシミル男爵のもとに、不測の事態を知らせる一報が舞い込んだ。
全軍の指揮を任された彼は、10騎だけを先に村へと向かわせ様子を探らせつつ、自分達は平然を装い、悠々と村へと向かっている最中だった。
王国では、権力を誇示するため、軍事力を示すため、そして反発心抑制のために、軍による抜き打ちの視察が頻繁に行われていた。
そのため、自分の村に軍が向かっていると知れば、歓迎の用意をするのが一般的だった。
シミル男爵の指示はその通例に則ったものであり、無害を装って近づき、村を包囲する。そんな作戦だった。
「報告いたします。
火の勢いは強く、進軍することは不可能だと思われます。また、火は人為的なものであり、村人たちの抵抗だと思われます」
「うーん、やっぱりそうか。……いやー、参ったねー。俺の降格は間違いなしかなー」
大量の武器を保有している、魔法使いが吹く数名いる、魔物を手懐けているなど、村を包囲した後での抵抗は予想していたが、先遣隊の到着前からの抵抗は。完全に予想外だった。
「うーん、そうだね。
……どうしようも無いし、とりあえず陣を張って待機にしよう。火事が収まるまで休憩」
「……畏まりました」
王族からの命令遂行に支障をきたした。それだというのに、責任者であるシミル男爵はどこか、ほっとした雰囲気で部下に命令を下す。
王族の命令ゆえに騎兵を率いてここまで来たものの、シミル男爵にとって、今回の進軍は、歓迎できたものでは無かった。
彼に下された命令は、村人全員を処刑せよ、と言うものである。その中には、当然のように年寄りや幼子までもが含まれる。そのことが彼の足取りを重くしていたのだ。
ゆえに、逃げるなら子供達をつれて上手く逃げてくれ、そんな感情すら芽生えるほどであった。
そんな彼の瞳が見つめる道の先。
勇者とその仲間達が村を去る間際に積み上げた木材の山を挟んだ向こう側では、大勢の村人が舞い上がる火の手を前に、勇者への祈りを捧げていた。
「勇者様、お力添えをありがとうございます」
「救われたこの命、貴方様に捧げます」
週に1度の買いだしにしか使用しない道。その上に積み上げられた木材は、ここ数日の晴天により乾燥が進んでおり、与えられた油をかければ、瞬く間に燃え上がった。
また、敵に打ち込むものだと思っていた弓矢も、火矢として打ち込む、着火装置の役割だったようだ。
「……うむ。周囲の木にも燃え移ったようじゃな。これでそう簡単に消えることは無いじゃろ」
「そうだな。それで? 俺が皆を先導したらいいんだな?」
「あぁ、そうじゃ。
わし等はもうしばらく火の勢いを強めてから後を追うからのぉ」
「……わかったよ。
それじゃ、先に行ってるからな」
火の壁に背中を任せ、村人達は食糧だけを持ち、生まれ育った村から遠く離れていった。
それから3日後。
シミル男爵は、燃え尽きた灰の山を踏み越え、目的の村へと足を踏み入れる。
「お年寄りが3人ですか……」
そこに待っていたのは3人の老人。
「ようこそおいで下さいました」
村長や相談役、村の重役の3人だった。
彼等は進行の邪魔にならないように道の端により、胸に手をあて、頭を下げている。
軍が調査に訪れた際に行われる歓迎の形だった。
「一応聞きます。他の村人はどうしました?」
「はて? ほかと言われましても、この村は我等3人だけでございます」
王国では、正確な住民の数は把握していない。そのためシミル男爵は、どれだけの人間を処刑しれば良いかなどの人数に対する指示は受けていなかった。
ただ、当たり前な話ではあるが、自分の目に写る村の規模は、どう考えても3人の村などではない。
「…………それにしては家の数が多いようですが?」
「あぁ、そのことですか。
いやー、お恥かしい話しなんですがね。3日前までは村人も大勢居たのですが、諍いが起こりましてな。
村長である私の考えに馴染めない連中は、全員追い出してやったのですよ」
村人の認可は村長に一存されている。ゆえに、村長がその権限において村人の権利を剥奪してもなんらおかしなことは無い。
ただし、現状においては詭弁すぎた。どう考えても、他の村人を逃がすために3人がこの場に残ったことは、誰の目にも明らかである。
しかし、もとから命令に疑問を感じていた彼を動かすにはそれだけで十分だった。
「……なるほど、わかりました。
貴様等の覚悟、このシミルが受け取った。安心して逝くが良い」
3人の老人は、胸に手を当て、人生で一番の笑顔を見せた。
ほどなくして、住民達は無事に勇者国に到着し、その保護下に入る。
最後まで村を見続けた3人を除いて。




