殺人鬼
満月の夜、男は路地裏でまたひとり人を殺した。
心臓を一突きだった。
ナイフを伝う赤い血に男は退屈を見た。
人を殺し始めた頃、殺人は男にとって意味のある行為だった。
気に食わない人間を品定めし、恨みを込めてナイフを心臓にねじ込んでいたものだった。
しかし、今の彼の殺人に深い意味は無い。
殺人は既に彼の生活の一部となっていた。
人を殺していないと頭がおかしくなりそうだった。
その夜、彼は近くのバーで適当に一杯ひっかけることにした。
店内は薄暗く、カウンター席に小太りの中年男性が一人いるだけだった。
男は中年男性と二つ席を離して座り、ウイスキーのオン・ザ・ロックを注文した。
酒の種類は何でもよかった。
「ウイスキー・ロックです……。ごゆっくり……」マスターは言う。
男はゆっくりとグラスを持ち上げ、乾いた喉にウイスキーを流した。
味は感じなかったが、程よいアルコールがあれば男はそれでよかった。
「人を殺しましたね……?」
中年男性は独り言のように言葉を落した。
声は、静かな夜に響きを残すバリトンだった。
「ええ」男はグラスから僅かに口を離し、答えた。
「私も若い頃はたくさん殺しました……。断末魔が癖になってしまってね……」
中年男性は小さく笑いながらそう言った。
「趣味が悪いですね。僕は断末魔は嫌いなんです」
男はそう言って、再びウイスキーをゆっくり体内に流した。
「おや、ならば人殺しの中になにをお求めに……?」
男はグラスを唇から離し、アルコールの熱にその身を委ねる。
「今は……、青い血を求めて人を殺しています」
中年男性は静かに笑う。
「あなたは、私の想像していた以上に沢山殺しているようだ……」
店内に束の間の静寂が訪れる。
「殺してみて良いですか?」
男は静寂を殺す。
「あなたは青い血を流してくれそうな気がします」
男が想像していた通り、再び中年男性は静かに笑った。
「やめておいた方が良い……。残念ながら私の血も赤ですよ……。一度確認しましたから……」
中年男性は席を立ち、財布から一万円札を抜き取った。
「あなたも一度刺してみるといい……。私はこれで……」
こちらを一瞥することなく、一万円札をカウンターに乗せ、中年男性はバーを去っていった。
男はナイフを取り出した。
「構いませんよ」マスターはグラスを拭きながらそう言った。
「ありがとうございます」男は感謝の言葉を残し、心臓にナイフを突き立てた。
男の体内から液体が大量に弾け跳び、店内のあらゆるところに血糊が付着する。
男の血は赤かった。
「そうか」男の言葉に色は無い。
男に失望は無かった。自分の血が赤いことに随分前から気付いていたから。
男はナイフに強く力を込める。
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