第六話 ある酒場の一幕(帝国暦570年9月22日)
それは突然のことでした。たまたま酒場の給仕中にお客様の汚れた食器をトレーに載せていたとき、店内の大きな古時計がちょうど0時になるのが目に入りました。
(「ああ、日付が変わってしまいました。サフィはわたしがいなくてもきちんと眠れているでしょうか?」
そんな心配をしていたと思います。
がしゃーん!!という食器が床に落ちる音がします。
(「……また、酔いつぶれたのでしょうか……食器代の請求がちょっと億劫です」
「対処しきれなかったら俺を呼ぶんだぞー」マスターの声がします。本当ならこのようなことマスターさんが対応するのですが、この混雑では仕方ありません。いえ、給仕自体も増やして欲しいです。マスターのお子さんのミリーちゃんという女の子と奥さんの女将さん<名前聞きそびれて聞けずにいます……>は朝に向けて睡眠中です。
今日で三度目の酔いつぶれさんの対応をしに、配膳台に回収した汚れた食器を置いてわたしは現場に向かいます。
「お客様ー。大丈夫ですかー!」
わたしは丸テーブルの下で蹲るように倒れている男性の若い冒険者さんに呼びかけます。
(「この人は……先程、わたしを”えぬぴーしー”と言っていた人ですね」
「すいません。わたしだけだとこの方を運べないので手伝っていただけないでしょうか?」と相方らしき男性冒険者さんに話しかけます。
相方さんは青い顔をしながら「い、今何時?」と聞いてきます。
「?……えっと、0時を過ぎたばかりですね。詳しい時間はカウンター席の端の古時計をみていただ「うわああ!!」……れば……」
相方さんは自分が座っていた椅子を倒していちもくさんに酒場の出口に向かっていきます。
あ……今、出口を出てすぐのところでポールさんに捕まりました。
「……知り合いが倒れているのに無銭飲食ですか?」
不思議に思いながらわたしは先程用意した木のコップに入れた水を倒れている冒険者さんの顔に、ぶちまけます!
(「うーん、ちょっと罪悪感が……郷に入れば郷に従いますが……」
あれ?反応がありません……寝ているのかな?と思いわたしが酒臭い冒険者さんの顔に自分の顔を近づけます。
「……? 息をしていない?」
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息をしていない冒険者さんがいる――わたしは大慌てでマスターを呼びに行きました。
マスターは険しい顔をして「今日の営業は終わりだ!!朝7時にまた来てくれ!!」とまだ酒盛りをしていたお客さんに呼びかけます。
息をしていない冒険者さん――死んだ冒険者さんをみたお客さんの反応は、
「マジか……」
「し、死にたくねぇ」
「ひと悶着なければいいのだが……」
とのように死んだ冒険者さんを悔やむよりは我が身の心配をしていました。かくゆうわたしは突然のことで頭が真っ白になっていました。
「ポールでも、ニサでもいいからこっち手伝いなさいよ!!」という会計ラッシュにおそわれているレムちゃんの声すらどこか遠い出来事のように思えました。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・
翌日?<正確にはその日の数時間後>、屋根裏部屋で下扉越しでミリーちゃんに「ニサさーん、朝ですよー」と起こされたわたしは重い身体をなんとか動かして「わかりましたー!!」と返事をする。
(「下扉には荷物を置いて開けれなくしてますが……万が一ということがあります。それにしても眠いです」
「♪」
一緒に寝ていたサフィはわたしより早く起きていたのでしょう。触手でわたしの長い髪をたくさん結んで遊んで――
「さ、サフィ何をしているのですか?!こ、こんなに何重にも結んで!」
「?!」
サフィはびっくりした表情<表情変わらないですが>したように思えます。
「うぅ……みつ編みとかそういうのではないですし……サフィ、メッです!」
サフィから反省の気配がします。
「わかればいいのです」サフィの身体を撫でながら、これは朝の準備はいつも以上にかかるなぁと思うのでした。
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「おはようございます。ポールさん、レムちゃん」
「はよう、姉ちゃん」
「……おはよう」
酒場の家族用の居間で椅子に座っている二人に声を掛けます。二人ともなんだか不機嫌そうです。
「聞いてくれよ。姉ちゃん、レムの奴寝るときまた短剣の中に入っていったんだぜ」
わたしは昨日も聞いたポールさんの愚痴を聞きつつ、席につきます。今日の朝食は魚のムニエルとパンみたいです。
「えーと、お二人とも仲良くしてくださいね」
お二人は仮契約というものを結んでいるそうです。精霊にとっては婚約みたいなものだとポールさんから聞きました。レムさんも否定しませんでしたので事実なのでしょう。ただ――
「それはあなたがいやらしいことしようとするからでしょう!!それよりはやく契約解きなさいよ!!」
「いいや、それより早く本契約結んでくれよ。何事もあきらめが肝心なんだぜ?」
「本当に意味がわからない……どうしてこんなことに」とうなだれるレムちゃん。
婚約(仮契約)を解いて欲しいと彼女が言うのに、彼氏は結婚(本契約)を結んで欲しいという――お互いに平行線なのですが、喧嘩するほど仲がいいといいますしね?
(「わたしはこの問題については静観したいと思います」
そういえば、サフィを産むきっかけになった触手さんとわたしは結婚しているのでしょうか?子供を産む=結婚という図式は間違いではないはず。
(「サフィに同族でさらに男親も必要でしょう……いつかサフィが気になったそぶりをしたら、もしかしたら、探しにいかないといけないかもしれません」
ポールさんとレムちゃん二人の痴話喧嘩を見ながら、女将さんが用意してくれただろうご飯を食すのだった。