第十二話 葛藤(帝国暦570年9月22日)
「……寝ていたのか」と粗末な毛布に包まれながら目を覚ます。
俺が夕食を終え、レムと一緒に再び寝床である酒場に隣接する物置小屋に戻ってきて、レムと話をしていたのだが……物置の基礎となる柱に身体を預け、疲れていたのかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。物置小屋は、当初は埃がひどかったんだが、レムが「人間には害あるんでしょ?」と他にも文句いいながらレムの炎で埃だけを焼いてくれたので快適だ。空気を換気するまで焦げ臭かったが……。
「ということはこの毛布はレムか……」お礼を言おうとレムの姿を探すと肩に重みがあることに気づく――レムが俺の肩に頭を預けてうたた寝をしている。
普段はきつめの印象のレムだが初めて見た寝ている姿は――あどけない顔で、俺よりも年下に思える……思わず手が伸びて頭をなででしまう。すると、にへらという顔になって満更でもなさそうだ。トレードマークの紅色のポニーテールはだらんと垂れている。
(「昨日までは一緒に寝るのは断固拒否していたのにな……」
”本当のレム”が言っていた仮契約の副作用だろう。いずれは契約もその身全てを俺に委ねてくれるのかもしれない。
レムの顔から視線を少し下げると当然の帰結として紅色を基調とした民族衣装に包まれた胸がみえる――胸元が開いているためおっぱいが7割がた見えていて先っぽはぎりぎりみえない。下着を着けていないのか……こちらにも手を伸ばそうとする。殴られるだろうがきっと最後には許してくれるだろう。
――そう思ったとき、”本当のレム”が言った「許さない」という言葉が頭をよぎった――
興奮していた俺の気持ちは急速にしぼんでいき、手を毛布の中に戻す。けちがついてしまった。
(「なんだよ……」
この世界は強い者が正義で、騙される者の方が悪い……弱肉強食の世界だ。誰もがそう思っていても実際にそうやって行動できるものは少ない。結局は誰も見ていないのに良い子ぶりたいだけだ。俺はそんなもの気にしない。
(「親父が良い見本だ」
親父は村で木こりをしていた。村一番の力持ちで魔物退治も積極的にして弱者に優しかった。村では英雄扱いだった。幼い俺によく「男は強くなくてはいかん。そして、俺の息子なら困っている人を助けない駄目だ」と言葉少なめな親父だったが酒を飲みながらよくそんなことを言っていた気がする。
(「そんな親父も……」
隣村に住んでいて騙されて奴隷として売られそうになった母親と幼女を助けたことがあったが……それが仇になった。阻止されたことを逆恨みした男が傭兵に依頼して親父を殺したのだ――当時はすぐに傭兵がしたことになったのが噂になった理由がわからなかったが、きっとみせしめだったのだろう。
(「くだらねぇ。赤の他人を助けて自己満足で死んだ親父はアホの極みだ。お陰でお袋が俺を育てるのに苦労して……俺が盗賊団に入る前にぽっくり過労で死んじまった」
だから俺は好きな女の子と楽しく生きられればそれでよかったんだ。そいつ(レム)の気持ちも俺次第で変わってしまって良い関係じゃないか。
(「それに……精霊は年を取らないだろうし、俺が死ぬまで可愛いままだ」
でも、もう力なんてそんなに必要ないのかもしれないな。今のレムの力でも相当なものだし、俺のレベルもレムが倒した魔物と人間の所為か大分上がったように思える。金がもったいないから冒険者ギルドで調べたりはしないが……。
(「レムとの生活に満足したら、こいつに殺されてもいいかもしれないな」と、ふと今までの自分では考えられなかったことを思いつく。きっと”本当のレム”に許さないとか言われた所為だろう。俺は小村人なんだ。あんなこと言われて気にしないというわけにはいかなかったようだ。
(「本契約はレムが提案しても結ばないようにしよう。男女の関係は……契約を解いたときに物凄く苦しむように殺されそうだなぁ」
ま、まあ、レムに満足するかはレム次第、俺が老衰で死ぬ間際にレムを開放するかもしれない。とりあえずは俺が満足したらレムを開放すると決めたことで、レムへの良心の呵責が少なくなった気がする。
(「レムに泣かれるまで俺はレムのことを都合の良い女の子にしか思ってなかったんだろうな……」
それはこれからも俺が死ぬまでさほど変わらないだろう……レムに殺されるまでの間、理想の女の子(偽のレム)との生活(性活?)を楽しむことにしよう。