第十一話 とある火精霊の慟哭(帝国暦570年9月22日)
サフィに食事を運んだ後、ポールさんとレムちゃんが帰ってきました。目的の剣と火の魔石は無事買えたようです。ポールさんはあとで夕食を食べるそうなので、食事の必要はないのですが、レムちゃんがわたしに付き合って酒場の居間で食べる夕食に付き合ってくれました。
「そういえば、一緒に旅をしてますのに、精霊さんについてよく知りません。教えて頂けますか?」と今まで疑問に思ったことを口に出します。精霊さんには知らず知らずの内に助けてもらっている気がしますし、その精霊さんのことを知るのは至極当然です!
あ、ちなみに今日の夕食はオール貝のスパゲティです。
「構わないわよ」とわたしがくるくる巻くフォークに目を奪われながらもレムちゃんが質問に答えてくれる。
「精霊はマナ溜まりに自然発生する存在よ。詳しくは人間のほうが詳しいでしょうね。そういう研究をしたりするのが人間の性らしいし……」
「えーと、ポールさんとよく契約契約と口にしますがどういうものなのでしょうか?」
仮契約(婚約)と本契約(結婚)というのはお二人の会話からわかっているのですが……詳しくはいままで聞いていませんでした。
「ポールと交わしているのは仮契約といってお互いの了承があれば、契約解除できるものね。まあ、性格上不一致とかあった場合は解消するのだけど……そもそも精霊使いと使役される精霊の性格上の不一致なんていずれ解消されるから。その後、本契約を結ぶのはほぼ本決まりみたいなものね」
「どうしてですか?」
「精霊は契約者の性質に引きずられる性質があるのよ。もし、契約者が快楽殺人者ならその精霊もそれに……引きず……られ……て」
「ど、どうしましたか?」
レムちゃんの顔が真っ青です。
「ね、ねぇ、ニサ……正直に答えて欲しいのだけど、わたしとポールはどんなふうに見える?」
「え、えーと、最初の頃は本当にギスギスしていまして、さすがにポールさんに物申そうかと思ったのですが、徐々にですが……その、喧嘩していてもレムちゃんの表情が柔らかくなっていきまして、お二人のお話の節々から出会いは最悪みたいですが、喧嘩するほど仲が良いのかなと……」
実体験でわたしは触手さんとその……ごちょごちょしてしまいましたが、サフィを授かったことに後悔はありません。そういう経験から様子見してしまったのでしょう。……大分違いますね。わたしの場合、会話聞いてくれるかすら怪しいです。
「そ、そう……ど、どうすれば……」とふらふら居間から出て行くレムちゃん。
レムちゃんはどうしてしまったのでしょうか?
もうすぐ仕事の時間ですし、後で悩みがあるのでしたら力になりましょう。
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「どうしよう……」と困惑する気持ちも徐々に薄れていくことに恐怖を感じる。
そもそも当たり前のように人間に混じって、精霊ということを隠して酒場で働いていたこと自体おかしかった。
火精霊の領域の精霊たちを滅ぼした憎き人間(魔導士)。
どこかにわたしを売ろうとした人間(商人)。
……そしてわたしを騙して契約を結んだ人間。
どうして人間に好意的な印象が持てるだろうか?断じて否である。あの人畜無害そうなニサにすら人間だからという理由でポールとの契約関係のトラブルに助力を得なかったのだから。
(「わたしは姉さんと同じ火精霊であることに誇りを持っていた……だから、ポールとはじめて会ったときも火精霊であることは隠さなかった」
いつの間にか、自分が持っていた矜持すら失くしていた。
(「姉さんが言っていたっけ」
契約者と精霊の性質が違えば違うほど契約精霊は元の自分というものとかけ離れていくと……火精霊たちを失って思慮が無くしてしまったのだろう……安易に契約をしてしまったわたしの落ち度だ。
いつの間にかわたしはポールとわたしの寝床――酒場の隣接するようにある物置の前に来ていた。
そこにはちょうど、物置から出てきたポールがいた。
「……ポール」
「おぅ、レム。暇なら夕食に付き合わないか?」
「話があるの……」
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酒場の寝る場所だけを確保した雑多な物置の中でわたしとポールは立ったまま話をはじめる。
わたしはポールに精霊が契約者の性質に引きずられていくことを説明した。
「そうか……最初はとっつきにくいと思ったが、案外人間の女の子とかわらないと思ったのはその所為か」
徐々にポール好みの女の子になっていったのだ……ポールにはわたしは扱いやすかっただろう。
「お、お願い。ポール、契約を解いて……このままじゃ、わたしがわたしでなくなってしまう」
恥も外聞もなく涙がこぼれてくる。その涙は地面に落ちると赤い宝石になって転がる。
「大丈夫だ……変わってしまってもレムはレムだ」とポールがわたしに笑いかけてくる――それは嘘偽りない笑顔だと契約の繋がりでわかるが”わたしの心には響かない”
……わかっていた。わたしを騙して契約を結んだのだ。
こうなることくらい……わたしはザイルと姉さんのような騎士と姫が結ぶような契約関係を望んでいたのに……。
わたしの性質がほとんど残らないということはそういうものとポールの性質は別物なのだろう。
「……そう」とポールを気性の荒い中級の火精霊の如くあふれんばかりの激情と共に睨む。
「お、俺を殺す気か?」と後ずさるポール。
それができたらとっくにやっている。そもそもわたしが人間を殺したり魔物を殺していたのもポールの性質に引きずられたためだったのだろう。それでも、精霊は自分の契約者を殺せない……”自分が誓ったものを反故”にはできないのだ。
「いいえ、もうすぐわたしという人格は消え去ってしまうでしょう」と一度息を吸ってから自然と髪を逆立てわたしの炎(世界)を顕現する。
――ポールとわたしそして物置の中に炎が波を打つように踊り狂う――
これは幻視の炎、よって何も燃やさないし、契約者も傷つけない。
せめてもとわたしの炎――橙色の炎にわたしの慟哭を表現する。
「でも、覚えておきなさい人間!!火精霊レムは決してあなたを認めない!!」
契約を交わしてしまった契約者に言えるせめてもの反抗――わたしの今まで生きていた時間は決してあなた(ポール)を認めない。
――ポールはわたしの気迫に尻餅をついた――
(「もう限界……さようなら、いままでのわたし」
わたしの意識は塗り替えられていった。
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「ご、ごめんさい。ポール、大丈夫?」とわたしは即座に幻視の炎を消し、”大事な仮契約者”であるポールに手を伸ばす。
「あ、ああ」とポールは上の空でわたしの手を掴む。
「あ、あの……」
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
短剣にひびが入ったことを心配してくれたり、新しい媒体になる剣を探してくれたことでポールを見直したはずなのに……でも、言ってしまうとわたしってちょろいなと思う。
「……ぅか」
「え?」
「いや、まあ、いろいろたまっていたものがあったんだろうよ」と首を振るポール。
「そ、そう」と怒っていないようなので一安心する。
これからもポールの契約精霊として頑張らないと……まだ仮だけど。