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第九話 ハーレム王(下) (帝国歴570年9月22日)


「ハーレム要員。みーっけた」


 

 そんな声が届く前に、短剣(本体)を起点とするおよそ50m範囲内の全方位でわかるわたしの上級精霊の知覚は声の主を捉えていた。距離はポールから5mほど後ろだ。


 バーラット闘牛のように伸びた二本の角がついたかぶと、全身をプレートアーマーに包まれた小太りの男――兜の所為で目元と口しかわからないため、詳しい年齢はわからないが、


『ポール、右腕に長い鎖を巻いて大きな鉄球を引きずっている男が後方にいる。注意して』


 仮初の相棒に義務的に注意を促す。どうせまたわたし一人で対処しないといけないと思いつつ、いつでもポールの両脇に転がる2つの燃えカスのようにできるよう火のマナを練り上げる。


(「低レベルで素養がなく鍛錬すらしてないポールからはマナの供給はほとんどないし、代わりに火の魔石を用意したりもしてくれない……もう少し余裕はあるけど、近々自分でマナを用意しないといけないわね」


 本来なら契約者が用意してくれるものを自力で用意しなければならないことに悲嘆ひたんを感じることすらできない。火精霊の領域のような火のマナまりある場所から出たことないわたしにとって下界はとても息苦しい場所だ。


(「帰りたい……でも、帰りたくない」


 相反する思いが交差する。火精霊の領域に主として守るべき精霊は誰もいない。いずれ下級精霊が生まれくるだろう――でも、新しく生まれる火精霊たちを守れる自信が……ない。


 それに――ようやくポールが鉄球の男の方を振り向いた――あまりにもわたしは変わってしまった……性格ではなく性質が。


 火精霊の領域にいたころは生き物を殺したことなんてなかった。今は仮契約者ポールを守るという理由いいわけで滅ぼされた火精霊たちの恨みを込めて人間や魔物を殺している。こんな自分が嫌だ。



「……これくらいでいいか。男は邪魔だからさっさと退場してくれ」


 鉄球男が自分の頭上で鉄球が繋がっている鎖を振り回してポールを殺そうとする。


『させない』


 わたしは練り上げていた火のマナを開放して、速度重視のはやぶさほどの大きさの火の鳥を作り、鉄球男に標準を合わせて――放つ!



 火の鳥はポールの火の長剣と化した短剣から火の軌跡を描きつつ、鉄球男に命中する。



 全身を炎に包まれた鉄球男は跡形もな――鉄球の回転が止まらない?!



「おお、こわっ、今度はこっちからいかせてもらうぜ……『ゲイルクラッシャー』」と炎に包まれつつ無事な鉄球男が言霊を乗せてポール目掛けて鉄球を飛ばす!


『ポール!剣を前にかざして!!』


「わ、わかった」とポールが言われたとおりに両手で剣を突き出す。


 剣の先端を中心に炎が外側に向かって渦巻いていき――即席の直径2mほどの円状の炎の盾が出来上がる。



――炎の盾と風の力を得て暴風と化した鉄球がぶつかる!!――



(「なんで!?……炎が掻き消えていく」


 ただの鉄球が上級精霊のわたしが作った盾を削っていく。




 力ある言霊が鉄球に力を加えているのはわかる。


 闘気を込められているのもわかる。


 ただ――炎をまるで削り取るように消している力がわからない!!




 わたしは慌ててマナを練る暇なく作った盾の削られた部分に体内マナをつぎ込み、鉄球がポールに届かないようにする。消されているといっても鉄球の妨害には一定の効果を得ている。


(「こ、これ以上はわたしが持たない……マナを練らずに使うなんて消費がひど過ぎる」


 なんとか掻き消えている部分をその都度補填して均衡を保っているがわたしのマナがこのままでは枯渇してしまう。


 わたしは仮契約者ポールの顔を確認する。


 状況がわかっていない間抜け面をしている――ロクな装備をしていないこの小汚い格好ではこの炎の盾が破られた途端、ポールの即死は避けられない。



「おい、短剣にひびが入っているぞ。大丈夫なのか?」と短剣の状態で状況を察したのか不安げに聞いてくる。


『正直まずい……大丈夫、命に代えてもあなたは守るから安心して――』


 こんなところでマナに還ることになるなんて思わなかったな……わたしの存在をすべて火のマナに変換すれば、軌道くらいはらせるだろう。



 わたしは自身をマナに――って、



『な、なにしてるの?!』



 ポールが何を考えたのかわたしの本体の炎の剣を抱いてうずくまってしまった。



 きっとポールは恐慌状態に陥ってしまったのだろう。


『ちょっと、ポール。大丈夫だから。そのままでいいから剣を「いやだ」……え?』


 わたしのマナ供給が無くなった炎の盾が――霧散してしまう。



 疑問を思う暇はなさそうだ。鉄球は邪魔になっていた炎の盾がなくなったのをいいことに、炎の剣(わたしの本体)とポールの身体ごと押しつぶそうとする。



『万事休すか』とせめてもと仮初とはいえ、契約者を守れないことに呆然としながら最後の時を――






 かきん!という音がして鉄球がぎりぎりポールの上を通過する。ポールが座り込んだことが功を奏したのだ。


(「ニサか……助かった」


 金髪の長髪を大きく振るわせながら、ポールの前に立ちふさがってくれた少女に感謝の念を禁じえない。


 それにしても我が仮契約者の情けないという一言に尽きる――『ポール、わたしたちも加勢「逃げるぞ」……はぁ?!』


 ポールはあろうことか炎のわたしを抱きつつ、鉄球男がいる逆方向に走って逃げていく。炎の剣は契約者を焼くことはないが抵抗はないのか――じゃなくて、


『ちょっと、あなたそれでも……』



 わたしは閉口してしまった――だってわたしの知覚は”ポールの顔が鼻水を垂らして泣いている”のを認識してしまったからだ。



「わ、悪い、レム。痛いよな……すぐは無理かもしれないが、鍛冶屋で修理してもらうから。今はこれで」そう言って、走りながらポールは額に巻いていたバンダナを解きひびの入った短剣の刀身に巻く。バンダナもボールの一部と認識されているので燃えないが――



『……』わたしは思考停止した状態でポールに運ばれるのだった。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 



(「あ、あー経験値(火剣を持った坊主)が逃げていく」


 重戦士の俺は逃げにはいられると追いかけるのが困難になってしまう。素早さよりも頑健さや攻撃力重視にしているからな……平均的にしたらどっちつかずになってしまう。


 せっかく、残りのスキルポイントを火耐性に全振りしたというのに――そうしなければ、そこに転がる大きな炭のようになっていただろう。攻撃関連にも火耐性スキルの効果がつく仕様は嬉しい誤算だった。


 今回といい、軍隊ウルフの時といい、主人公体質に目覚めたのかもしれない。なら、この別嬪べっぴんな金髪碧眼の少女とのこれからの戦闘もそういうイベントの一環なのだろうと期待できる。




「引いてはもらえませんか?」



 俺の鉄球を弾いたミスリル剣を振り上げた状態で金髪の少女は問う。


 なんて返そう。ここが好感度アップのポイントな気がする……うーむ。


「……俺はハーレム王を目指す男、相場という。おまえをハーレムの一員にするために引けんな」


 び、微妙だ。


「は、はぁ」と金髪少女は気の抜けた表情をする。


 少女は少し考える素振そぶりをして「あの……わたしニサは一児の母なのですが――」という。


「え?旦那さんいるの?」と素に聞き返してしまった。


「今はその……別居中といいますか」と言いづらそうに答える。


 いや、どう考えても年は十代後半で若くみえてその……世間慣れしてなさそうな雰囲気がばりばり感じられたのだが、やはりファンタジー世界は結婚とかはやいのだろうか。他人が手をつけらているのはあきらめるべきだろうか――


 だが待てよ。最初はこういう少しこなれたタイプがいいのかもしれない。それにこれからハーレムを目指していけばこういう自体は往々(おうおう)にしてあるのかもしれない。漫画や小説じゃないんだ。前に彼氏がいたとかは十分にあり得る。ここは――



「……構わない。負けたら俺の軍門(ハーレムの一員)に加わってもらう」


 俺は意を決して答える。


「娘のためにも負けられません」と俺の決意に負けぬようにか金髪の少女も剣を握る手に力を込める。



(「娘さんなのかー。さすがに身内(娘さん)は殺せないし、光源氏計画(幼い子を自分好みに育てる)をするのもいいかもしれん」


 俺はモーニングスターを頭上に振り上げて回しはじめる。


 こういう捕り物に必要な技も習得済みだ。



「拘束しろ。『スネークバインド』!」



 モーニングスターの鎖が伸びていき、蛇のように地面を這いずり――ニサの足にぶつかる直前に上にあがり胸元あたりから拘束しようと牙をむく。


「や、やぁ」と気が抜けるような声とは裏腹に拘束しようとする鎖の先端をミスリル剣ではじく。


(「技をキャンセルされただと?!」


 ハーレムに思考を取られすぎて、火剣を持った坊主を助けたことをすっかり忘れていた。


――ニサの剣は鎖をはじいただけに留まらず、鎖の間に剣の先端を通して引っ張りあげたのだ!!



 完全に想定外のことに踏ん張れば防げたのに猛スピードでニサの元に引っ張られる。ニサの剣は水平でカウンター気味に俺の首をちょんぎろうと虎視眈々(こしたんたん)とその刃をきらめかしている。


(「やらせるかよ!!」


 踏ん張るにはもうどうしようもない体勢だったため、ミスリル剣を持つニサの両腕を掴んで防ぐ!真剣白刃取りをしなかったのは自信がなかっただけだ!!


「ぐぬぬぬ」


「むぅぅう」


 ニサと俺は膠着状態になる。驚くことに大分レベルをあげたはずの俺の腕力にニサは互角に渡り合っている。いや、腕を器用に動かして均衡を保っている。


(「い、生きた心地がしねぇ。あと数cmで首に届いちまう。腕を千切れそうにもない――こんな細い腕してんのに」


 さすがファンタジーというところか――だが、バイタリティーは重戦士の俺が上のはず、ニサの体力が尽きた時が俺の勝利……ハーレムの第一歩だ。


「持久戦になれば俺のか「いえ、あなたの負けです」……ち?」


 その声と同時に何かが俺の頭に掛けられる――この毒々しい液体はまさか?!


「おさっしの通り毒薬です。参戦のタイミングを見計らっていましたが……これはウザミミさんの慧眼けいがんでしょうか?」


 眼鏡をした神経質そうな黒髪短髪の軽剣士風の男と黒髪ポニーテールのヒーラーの少女の姿がみえる。


「コ、コンドウさん?!」


「あ、ニサさんはそのままの状態を維持してください。それでかたがつきますから」


 ウィンドウを呼び出すとみるみる俺のHPが削れていく。毒消しは……持っているが、この状態だと使用ができない。イベントリから取り出しても地面に落ちてしまうだけだ。


「た、頼む。命だけはた、たすけてくれ」と俺は目の前の金髪碧眼の少女に懇願する。


 後から現れた二人はPLっぽい、ならNPC(現地人)のほうがまだ交渉がしやすいはずだ。PLには俺の所業が知れ渡っている可能性がある。



「お断りします!あなたは悪い人だから」



 その碧眼の瞳は迷い無くまっすぐに俺を射抜いぬく、まるで俺の嫌いなただただ正義を成すためだけに理由もなく悪を断罪する漫画の主人公キャラのように――



 俺は自分のHPをただ0になるまで何もできなかった――これじゃあ、ハーレム王(笑)じゃねーか。



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