第七話 ハーレム王(上)(帝国暦570年9月22日)
朝食を食べ終わった後、わたしはちょっと困っていました。現在酒場の二階廊下にいます。
わたしとポールさんの前に魔法でしょうか――透明な四角いスイッチのようなものが2つあり、その上のほうには読めない文字のようなものが書かれた透明の板が浮かんでいます。
「そのスイッチの左のほうを押してください」
眼鏡をした軽剣士風の黒髪短髪のコンドウさんという方がスイッチを押すように言ってきます。どうやら、昨日わたしがおもいっきり蹴ってしまったうさみみの寝巻きを着た女の子の知り合いらしくて、謝罪がほしいならなんとやらスイッチを押してほしいそうです。不安だったのでポールさんにもついてきてもらったら、一緒にスイッチを押すような展開になってしまいました。
「えい!!」とわたしはスイッチを押します。
「…………」なんともないですね。わたしが無事なことを確認してからポールさんもスイッチを押します。こういう時は男性が……あ、横にいるレムちゃんの視線がポールさんを非難しています。どうやら本契約(結婚)の道のりは厳しいようです。
「あとは……用があれば、また来ますのでよろしくお願い致します」とコンドウさんの連れで、姿勢が良いこれまた黒髪ポニーテールの十代後半の女の子で教会のシスターさんが着ている服装をしたタチバナさんが頭を下げて自分の部屋に戻るようです。続いてコンドウさんも軽く頭を下げて去っていきます。
? 一体なんだったのでしょうか?今日は午前12時まで働いたら午後からはお休みですので気をとりなおして頑張りましょう。外はあいにくのどしゃ降りですから以意外お客様が酒場に来るかもしれません。
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午前中の仕事も終えてひと段落がついた頃、またコンドウさんとタチバナさんがわたしたちを訪ねてきました。
「あ、あの、また何かあるのでしょうか?」
眼鏡の中央を指で押さえたコンドウさんが深刻そうに「実はプレイヤーのクーデターがこの町で起こります。冒険者ギルドには既に報告済みで私と橘は町側につくことにしました」
「ど、どうしてわたしたちにそんなことを言うのですか?」
ポールさんや近くにいたレムちゃんも不思議そうな顔をします。
今のわたしは酒場で働くウェイトレス――一般人です。
「精霊使いの少年そして――魔物と関係があり、剣に秀でたあなたの助力があれば、この町は救われるのではないでしょうか?」
「――!」
も、もしかして、サフィのことがばれている?!
「……どういうつもり?」
レムちゃんも火のマナを抑えているため、一般人と見分けがつかないはずなのに看破されたことに険しい表情をします。
「どうもこうも強い力があるのなら――正しいことに使うように助言しただけですよ。行きますよ、橘。」
「は、はい」と受け答えしたタチバナさんを伴ってコンドウさんが酒場の出口に向かっていきます。恐らく参戦するためでしょう。
「わたしは……」
トムさんという英雄の腕を手に入れ、アニタちゃんという妖精に剣を上手く扱う力を貰いました。
わたしの心が、魂が高鳴る――善なるものを救いたい。
この場合、クーデターを起こすぷれいやー集団は悪です。
元からいた人の営みを壊そうとする害悪です。
なら――わたしがすることは、自分でも信じられないくらいの感情の発露。ただただ、純真にわたしは、
「ポールさんにレムちゃん。町を救うのを手伝ってもらえないでしょうか?」と二人に提案するのは至極当然のことでした。
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「ひゃっーほう!ぶっころしてやんぜー!!」
大雨の中、俺は町人に過ぎないNPCたちを蹂躙する。
俺の得物のモーニングスターに頭を潰され、足を潰され、胴体を潰され、肉塊になっていくNPCたち。大雨程度では俺の進撃は揺らぐことはない。
(「リアル過ぎて最初吐きそうだったが……テンションあげあげだから気になんなくなってきたぜ」
俺も正直、こういうことに手を染めず、NPCとの心ある触れ合いみたいなよくある小説のような展開でハーレムを築くのを夢みていた時があった。
(「昨日のレイド戦で軍隊ウルフに敗れるまではな……」
俺は町人NPCを潰すだけのお仕事をしながら、昨日の戦いを追想する。
正直、俺のような重戦士タイプが逃げられたのは運がよかった。
ウルフたちは逃げ足がはやい奴らを優先的に潰していったのでなんとか逃げ切れたに過ぎない。
急死に一生を得た俺が思ったのは死がすぐそばにある現状で理性的に生きることになにか意味があるのかだった。
――結論は無いだ。
低レベルの敵しか現れない塔、そして塔の中で徘徊するその階のボスより強いユニークモンスター。
解決法はNPCや他のPLを殺すことで得られる膨大な経験値しかない。
いずれはNPCだけではなく、他のPLすら殺さなければならなるかもしれない。
限られたリソースを得るためには――上手く立ち回るしかないが、
(「俺は自分の好みのNPCとPLの女の子だけは殺さないで……自分のものにする。いや、守ってやるんだ」
最初は俺の所業に恐怖するかもしれないが、現状を把握すればそのうちデレるはずだ。正直自分のためだけに人殺しをするのは俺の精神がやばい。
「結構レベルあがったからそろそろスキルポイント振らないとなー、どうすっかな」
そう考えていると、ふと俺の目に幼女を抱きしめてかばう母親の姿がみえた。
「お、お願いします。この娘だけは助けてください」と懇願する母親。幼女は俺をみて涙ぐんで震えている。
俺はモーニングスターを持っていない左手でぽりぽり腰のあたりを掻きながら、
「悪いな……俺、幼女趣味も熟女趣味もねーんだわ」
俺はモーニングスターを振るい、せめてもと二人まとめてぐしゃっ!と肉塊にする。
「あー、テンション下がるな。捨て台詞は聞かずに殺ろう」
俺は相場総一郎――ハーレム王になる男だ。