あなたに挟まれたい
前話のあらすじ:加奈子ちゃんはCカップ
俺は前の世界で、自分の死は案外簡単に訪れるということを知った。
そしてこの世界に来て、他人を殺すことは案外簡単だということも知った。
そりゃそうだ。
トラックに跳ねられれば人は死ぬし、至近距離から魔法を撃たれれば人は死ぬ。
普段意識していないだけで、死というものは身近にあるものなのだ。
この世界では、特にそれが顕著だ。
剣士は剣を持ち、魔法使いは杖を持つ。
武器があれば戦争が起こるのと同じで、力を持てば必ず命のやりとりが生じる。
加えて、魔物とそれを束ねる魔王の存在だ。
殺さなければ殺される、そんな状況が起こりうる世界。
この世界では、命が軽い。
だけれど、だからといって人殺しを軽く見てしまっては駄目だ。
その罪を受け止めて、背負い続けなければ。
「ねえ、アムロ」
「ん?」
「あたし、強くなるから。アムロと肩を並べて歩けるくらい、強くなるから」
「うん」
「アムロみたいに、」
ふわりと。
アスカのぬくもりが俺の左腕にまとわりついた。
「本当の勇者になるのだ」
その笑顔は、強くて、優しくて、綺麗で、儚くて。
そんなアスカの覚悟を見て、
「そっか」
俺はアスカのおっぱいを揉んだ。
殴られた。
超殴られた。
何だよお前、もう既にそこそこ強いじゃねえか。
命が軽いこの世界で、俺の勇者は覚悟を決めた。
だから、俺もそれに応えよう。
前世を捨てて、今に生きよう。
加奈子ちゃんを忘れて、アスカの傍に立とう。
過酷な物になるであろうこの旅を、笑顔溢れる旅にしよう。
俺は多分、一歩退いた視点からこの世界を見ていたのだと思う。
だけど、自分から踏み込まなければ、何も変えることはできない。
まずは、ミツキを助け出すことからだな。
この旅が終わった時に、俺とアスカとミツキと、三人揃って笑っていられるように。
「よし、行くか」
俺たちは一路、王都を目指した。
======
「あむろー、疲れたー。休憩したいのだー」
本当の勇者になる宣言から五分後。
場面転換した途端にこれである。
「何を言っているのだねアスカ君。俺の記憶が正しければ、つい五分ほど前に休憩したばかりだと思うのだが」
「そんなことないのだ。もう一週間も休憩してないのだ」
「ついにボケたか」
「アムロさんや、お昼ご飯はまだかのう」
「嫌だねえアスカ君。昨日食べたでしょ?」
「毎日食べさせてあげて!?」
仕方ない。
やはり徒歩での移動は、アスカにとって辛い部分があるな。
足の痛みは治癒魔法でどうとでもなるが、精神的な疲れまでは解決できないのだ。
焦るのも良くないし、こまめに休息を入れながらゆっくり行こう。
いざとなれば、俺が背負って歩けばいいしな。
「はあ。そこの空き地で少し休んでいこう」
「いえーい! アムロって意外とツンデレなのだ」
「よせやい。ツンデレは我が妹一人で充分だ」
ちょうど良く地面から突き出している岩を椅子代わりに、どっかりと腰を下ろす。
そろそろ残り少なくなってきた猪肉の薫製をポケットから取り出し、アスカに投げて渡してやった。
おっと、そういえば水を切らしていたんだっけか。
「ちょっと水汲んでくるわ。周りに魔物の気配はないけど、ここから動くなよ」
「はーい」
俺たちが進んでいる山道から少し下ったところに、山道と並行するように沢が流れている。
俺が魔法で水を生み出してもいいが、やっぱり山の水はうまいからな。
俺が口笛を吹きながら沢まで降りていくと、女の子が倒れていた。
そう、女の子が倒れていたのだ。
思わずギョッとした。
ハコフグの帽子を被ってしまったのかと思ったくらいだ。
ギョギョギョ。
し、死んでいるのか。
思わず身構えたその時、女の子の腕がピクリと動いた。
「生きてる……?」
恐る恐る近づく。
年齢は10歳くらいだろうか。
その起伏に乏しい肢体を隠すように、黒いローブを纏っている。
「あのー、大丈夫ですかー?」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
だが、彼女が僅かに身じろぎしたのを、俺は見逃さなかった。
生きている。
思わずほっと息をついた。
意識を失ってはいるものの、確かに彼女の命はここにある。
待てよ?
意識のない女の子が俺の前に倒れている……だと……?
ということは、もしかすると、そういうことだろうか。
久しぶりに俺の変態っぷりが発揮される時が来たのだろうか。
恐る恐る、俺は女の子に手を伸ばす。
俯せになっていたその子を抱きかかえて仰向けにすると、僅かに茶色がかった黒色の髪がはらりと流れ落ち、白い顔が露になった。
綺麗だ。
歳はアスカとさほど変わらないだろうに、アスカにはない清純さがある。
固く閉じられた瞼には、長い睫毛が秩序正しく並んでいる。
少し薄めの唇は、けれど瑞々しさを保ち、ぷるんと照り映えていた。
上唇と下唇の間からは、スー、スー、と小さな吐息が漏れている。
まず見蕩れた。
そして次に、無意識に白い頬に触れていた。
肉付きは乏しいが痩せ細ってもいない、理想の頬だった。
指先で押せば、確かな弾力でもって押し返してくる。
それに、何故こんなにスベスベなんだ。
何がどうなったらこうなるんだ。
悪魔の実でも食べたのか?
散々顔を撫で回した後、俺の視線は下の方へと移った。
そう、胸へと移ったのだ。
みんな大好きおっぱいだ。
そこにはアスカのような誘惑の果実はない。
ただ、完全にまな板という訳でもなく、二つの柔らかな膨らみが控えめに自己主張していた。
それは貧乳にあらず。
微乳と呼ぶに相応しい。
呼吸に合わせて僅かに上下する双丘は、まるで磁石のように俺の手を引き寄せた。
まずは、彼女の呼吸にタイミングを合わせ、その胸に触れてみる。
その膨らみは、俺の手のひらにすっぽりと収まった。
鷲掴みにしたい衝動を抑えながら、今度は呼吸にタイミングをずらして胸をそっと押してみる。
や、柔らかい……。
その優しい感触に、危うく失禁するところだった。
まるで俺の手のひら全体が性感帯になってしまったかのごとく、快感が腕の神経を駆け抜けていく。
まるで芸術作品を前にした時のような、そんな感覚だった。
生きる芸術。
ゴッホでもピカソでも、決してたどり着くことのできない領域。
たったこれだけの脂肪の塊に、可愛さと美しさと萌えが凝縮されていた。
素晴らしい。
素晴らしきかなおっぱい。
おっぱいさえあれば、この世界は征服されたも同然。
そう、今この瞬間をもって、世界はオッパイストのものとなったのだ。
「クフフ……」
抑えきれずに、笑いが漏れ出た。
駄目だ。
身体の奥底から沸き上がってくる高揚感を抑えることができない。
「ふーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!」
木々が秋風に揺れる山の中、女の子の胸を揉みしだきながら高笑いを続ける男の姿が、そこにはあった。
というか俺だった。
「ど、どうしたのだアムロ。って何してるのだー!」
「はっはっはっはっはっはっはっハッ!?」
現場を見てしまった家政婦アスカが、いとうつくしゅうていたり。
「アムロ、あたしは悲しいのだ。確かにアムロはどうしようもなくマザコンでシスコンでロリコンな変態だけれど、6話目にして犯罪に手を染めることになるとは思わなかったのだ。」
「本当にすみませんでしたもう絶対にしません許してヒヤシンス」
時折木々の間を抜けてくるひんやりとした風に冬の匂いを感じる山の中、幼女に土下座を強要されている男の姿がそこにはあった。
というか、これも俺だった。
「歩く発情期が、ついに発情期をこじらせたのだ」
「そんなふうに呼ばれたことはない。というか、発情期ってこじらせるものだったのか!?」
「よく言うのだ。あたしの魅力的なアスカちゃんばでーに欲情しまくりのくせに」
アスカは両手で自分の胸を持ち上げ、上目遣いに俺を見てきた。
ゴクリ。
思わず唾を飲み込むその音が、脳内に大きく響いた。
「自分で言ってて恥ずかしくないのか?誰がお前みたいな幼女体型に欲情するかっつーの」
「ぐっ……。た、確かにあたしはアムロよりは年下だけれど、もう少しちゃんと見て欲しいっていうか、アムロなら見られてもいいっていうか……」
ゴ、ゴクリンコ……。
「それはあれなのか? 誘ってると取って良いのか?」
「ち、違うのだ。そういう意味じゃ……」
「ふむふむなるほど。ガッとやってチュッと吸ってハアァァンして欲しいと」
「だから違うって言ってるのだ。や、やめるのだ。手をワキワキさせて迫ってこないで! というか目がイってるのだ!」
「ほらほらほら! そのでかいおっぱいを揉ませろ触らせろぺろぺろさせろー!」
ざわざわと風に葉を揺らす木々に見下ろされる山の中、手をワキワキさせながら幼女な勇者にセクハラをはたらく、見た目12歳中身はアラサーな男の姿がそこにはあった。
だが、こればかりは、俺ではないと信じたい。
「ねえアムロ」
「はい」
「何か言うことは?」
「俺は発情期を拗らせました本当にすみませんでした」
今しがた汲んできた山の水を口に含んだアスカは、数秒クチュクチュと口を濯いだ後、その水を地面にペッと吐き出した。
「何でよりによってこの子なのだ……」
吐き捨てるようにそう言うと、再び水筒を呷る。
まるでやけ酒に溺れるおっさんのようだ。
ここにきて、俺の股間度、じゃなかった、好感度がだだ下がりである。
これ以上下がることはないと思われていた俺の評価は、底辺を軽く突き破ってマントルまで達する勢いだ。
ここは何とかして、アスカの信頼を回復する言い訳を考えなくては。
いや、待てよ?
アスカは本当に俺のことが嫌いなのだろうか?
俺のことが嫌いだとして、嫌いな奴と二人きりで旅なんてするだろうか。
水を汲みにいった嫌いな奴の帰りが遅いからといって、心配になってわざわざ見に来る幼女がいるだろうか。
いや、いない(反語)。
こうやって俺を罵倒してくるのだって、もしかすると俺のことをドMだと勘違いしていて、俺を喜ばせるためにしているのかもしれない。
それに最近では、ツンデレなるものが流行っていると聞く。
相手のことを意識するあまりついついキツくあたってしまうみたいな、素直になれなくて思っていることと真逆のことを言ってしまうみたいな、アレだ。
少々性格がぶっ飛んでいるが、アスカが所謂ツンデレ属性であるのは間違いない。
つまり、この推理から導きだされる結論はこうだ。
「お前は俺のことが好きなのか?」
「ぶふっ!?」
その瞬間、アスカは飲んでいた水を吹き出した。
ご丁寧にも俺の顔面目がけて。
正座させられていた俺は、それを避ける術などなく、モロに被ってしまう。
俺の顎から水がしたった。
汚い。
「ごほ、けほっ、長いモノローグの間に話が飛躍しすぎなのだ! アムロにしては真面目な顔で考え事してるから反省しているのかと思ったのに! 自意識過剰なのだ!」
「うるせーよ、どの星でも男ってのは勘違いしやすい生き物なんだよ」
「アムロほどの勘違い野郎はきっとこの星にしかいないのだ、このクソ虫が。このクソ虫が」
「二回言った意味が分かんないんだけど!?」
俺は水浸しになってしまった顔を拭き拭き。
アスカは何故か少し拗ねたような表情で、三たび呷るように水を飲んでいた。
その顔がほんのりと赤いような気がするのは、流石に気のせいだろう。
ただ、さっきまでの怒気は消失しているように思える。
「まったくもう、アムロは本当にまったくもうなのだ、まったくもう」
機嫌が良くなった理由はいまいち分からないが、まったくもうしか言えてないぞ。
「で、その口ぶりからすると、お前はこの子のことを知っているのか」
「知ってるも何も、宮廷魔術師七星の一角にして勇者パーティーの一人なのだ」
「もしかして……」
「そう。この子が、あたしの仲間のカエデなのだ。多分、お腹を空かせすぎて行き倒れたのだ」
「あー、一緒に王都を発ったけど途中ではぐれたっていう……」
「そうなのだ。魔法の腕はピカイチなのに、食いしん坊すぎて使い物にならないのだ」
「こら、そんな酷いことを言うのはやめなさい」
この子と合流するのは無理だと思っていたのだがな……。
まさか、行き倒れてるところを発見できるとは。
幸運と言えばそうなのだろうが、本当に大丈夫なのかこいつ。
======
「ん……」
「あ、起きたのだ。おーい、アムロー! カエデが目を覚ましたのだー!」
カエデを置いていくわけにもいかないため、今日はその場で野宿をすることにした俺たち。
準備をしていた俺がアスカのはしゃぐ声に振り向けば、眠そうに瞼をこすっているカエデの姿があった。
黒いローブの袖から、申し訳程度に小さな手が覗いている。
「カエデ? 分かるのだ? あたしなのだ、アスカなのだ」
「アスカ……。お腹空いた」
「そこにアムロっていう生け贄がいるのだ。好きに食べていいよ」
「いただきます」
「わー食べられちゃうー。ってこら! 俺の頭をガシガシ噛むのはやめなさい」
食べていい者は、食べられる覚悟のある者だけだって知ってるか?
ある人は言いました。
食材は、育ちすぎる前に食さねばならぬと。
「これは正当防衛これは正当防衛これは正当防衛」
「ひぃ……!」
大事なこと過ぎて三回言ってやった。
カエデの中の本能が恐怖を感じたのか、やっとのことで俺の頭は解放された。
ふう、思い切り歯形がついちまったがや。
「アスカ、この人怖い」
「あー、うん。初対面だとそうなるのも仕方ないのだ」
「まあ、こうして出会ったのも何かの縁。仲良くやろうや」
「……」
差し出した俺の手は、軽くスルーされた。
幼女スルーされた。
そこまで怯えることもないのに。
ええい、そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ。
「カエデ。ここに猪肉の薫製があるんだが」
「よろしく」
アムロ流必殺奥義、『餌付け』だ。
「簡単に買収されすぎなのだ!?」
「食べ物をくれる人は例外なく良い人。あむろ大好き」
「あたしはカエデの将来が心配なのだ……」
ちょろいぜ。
でもアスカ、お前はもう少し自分の将来を心配した方が良いと思うぞ。
本当に魔王を倒すのかとか、元の世界への帰り方とか。
ちゃっかりこの世界に順応してしまっている俺はともかく、アスカはこれでいて結構繊細なところもある。
よくある小説の主人公のように、自分の全てを捨てて異世界に奉仕するなど、きっとアスカにはできないだろう。
アスカは多分、大いに悩むことになる。
この世界での自分の在り方に。
元の世界の人を想う気持ちのやり場に。
俺がそうであるように。
まあ、俺があれこれ口に出すことでもないか。
口論しながらも仲良く薫製を頬張る二人を眺めながら、俺はそんなことを思った。
俺がアドバイスするまでもなく、アスカはどんな壁にも一所懸命に立ち向かうだろう。
俺はそれを、ただ傍にいて支えてやれば良いのだ。
じんわりと、俺の心の中でアスカの存在が大きくなっていく。
一つ、また一つ、この世界でも大切なものが増えていく。
ただ、どんなに大切に思っていても、許せることと許せないことがある。
アスカよ、お前が旨そうに食べているその薫製は、俺の分だ。
闇の炎に抱かれて消えろ。
「カエデってさ、その髪の色で苦労したりしてないか?」
薫製にかぶりつくカエデに、俺はふと声をかける。
食事中とはいえ、何も会話がないのは気まずいからな。
「何故そんなことを?」
「や、別に大した意味がある訳じゃないんだ。ただ、この世界で俺以外の黒髪に出会ったのが初めてだったもんだからさ」
「うーん」
カエデは困ったように眉をハの字にしながら、少し考え込む仕草をした。
「……天上の意思に関わる人間は、みんな黒髪」
「天上の意思? なんじゃそりゃ」
「この世界の神様みたいなもの?」
何で答えが疑問系で返ってくるんだ。
「えーっと……。要するに、俺とお前はこの世界の神様とやらに関わりがあるってことでいいのか?」
「うん。私も、師匠も、みんなそう」
「師匠?」
「ヤスダ。私の師匠」
「あたしを召喚した魔術師でもあるのだ。あと、みっきぃのマスターでもあるのだ」
「マスターってことはミツキに何でも命令できるのか? あんなこともこんなことも!?」
「へ、変なところで食いつき過ぎなのだ! エロスをほとばしらせるのはやめるのだ!」
ヤスダ。
一体何者なのだそいつは。
もしミツキに文字に起こすのは許されないことを命令しているのだとすれば……。
「俺はそいつを殺さねばなるまいな」
「ほとばしるエロスが抑えきれなくて暴走してしまったのだ! 変態力5万……10万……馬鹿な! まだ上がるのだ!?」
「スーパー物騒」
「アスカ、本当にあむろもパーティーに入れるつもりなの?」
「勿論なのだ」
「師匠と同じ匂いがするけど、大丈夫……?」
「例えアムロは変態妄想少年だけれど、あたしはそんなアムロでも信用してるから」
全然例えていない件について。
おじさん泣くよ?
泣いちゃうよ?
「あむろ、得意分野は?」
「うーん、魔法は得意だけど」
「でも、魔術師は既にカエデがいるし……。あ、そうだ、そうなのだ! 僧侶のポジションがまだ空いてるのだ! どの役職をやらせても微妙な人が最後に行き着く場所、僧侶が」
「それがいい」
僧侶の扱いェ……。
この世界の人間は、僧侶に何か恨みでもあるのか。
「勇者パーティーへようこそ、アムロ」
「私も歓迎する」
やれやれ。
この際僧侶でも何でもいいか。
どのポジションでも、覚悟とやることは変わらないわけだしな。
「はいはい。改めて、よろしく頼む」
俺たち三人は握手を交わした。
もう既に仲間にはなっていたような気もするが、こういうのはテンションが大事だからな。
はっきりさせておくことに意味があるのだ。
小鳥のさえずりが、まるで俺たちのパーティー結成を祝福するかのように山の中に響いていた。
======
カエデと合流し、幾つか山を越えた頃。
俺たち三人は、その景色に巡り会えた。
「ほえー」
思わず間抜けな声が出る。
山の頂上から見下ろす俺たちの視線の先。
まるで湖に浮かぶように、王都が存在していた。
四方を囲む山からは幾つもの小さな川が流れ出ており、グラウス湖へと流れ込む。
初代サイユウ国王の名を冠された湖は、深い青色の中に、日の光を反射した輝きを含んでいた。
その湖には手前から石橋を架けるように街道が通じており、王都への唯一の入り口を形成している。
白い城壁に囲まれた王都は、湖に浮かぶ巨大な島だった。
城壁の中には、碁盤の目のように規則正しい町並みが広がっており、その最奥には、王城が堂々とそびえ立っていた。
これまた純白に彩られた塔は、王の偉大さを象徴するに充分だ。
緑と青、二つの自然の色の中に、人工の白が何の違和感もなく溶け込んでいる。
人間は自然が生み出したものとするならば、人間が生み出すものもまた、自然の一部。
これほど美しい調和が、他にあるだろうか。
「アムロの口があんぐりなのだ。王都の壮大さの前に圧倒されるが良いのだ」
アスカが俺の顔を見てニヤニヤしている。
ちくしょう、何でお前が自慢げなんだ。
でも、まあ。
こんなに美しい景色を知ってしまったら、自慢したくもなるか。
俺だって、本当に異世界に来てしまったんだと再認識していたところだ。
「行こう、あむろ」
カエデが、ちょいちょいと俺の袖を引っ張ってくる。
こいつも、猪肉の薫製一つでよくここまで懐いたもんだ。
そうだな。
あの城のどこかに、ミツキが監禁されているんだもんな。
早く救出しなければ。
「王都にはおいしいものが沢山」
「……ぶれねえな、お前」
ミツキを助け出して、魔王も倒して。
アスカも、カエデも、母さんも、イモウトズも、みんな笑って過ごせるように。
俺たちは、王都への続く下り道に、一歩踏み出した。
俺たちが歩いてきた道は、やがて大きな道に合流した。
川が合流を続けて大きくなっていくのと同じように、道も大きく成長していくのだ。
行き着く先が海か王都かの違いだけだ。
道が大きくなるにつれ、人通りも多くなってきた。
行商人であろう馬車や、冒険者のような格好をした男たちが、せわしなく行き交っている。
「守りを重視する王都は、四方を湖と山に囲まれ、鉄壁の要塞なのだ。王都に入るには正面の橋を渡るしかないから、この通りはどうしても人が多くなるのだ」
「ふーん」
「今は丁度小麦の収穫が終わる時期だから、各地から税として小麦を納める荷馬車が集まってくるのだ」
成る程な。
さっきから目立つ、麻袋満載の荷馬車は、地方から集められた小麦を運んでいるわけだ。
基本的に道の中央は荷馬車や早馬が通ることになっており、俺たちは世間話をしながら道の端を歩いていた。
結果的に通行人に隠れるような形となり、俺としては好都合だ。
アスカが勇者としてどれくらい顔を知られているかは分からないが、目立たないようにして損はないだろう。
俺たちがこれから王都ですることは、もしかすると王への反逆に近いものかもしれないからな。
「お前さ、時々子供とは思えないほど博識だったり、難しい言葉使ったりするよな」
「えっへんなのだ」
「あむろ。今のは全部ミツキの受け売り」
「あ、カエデ! そこは黙ってて欲しかったのだー!」
ただ、隠密行動は俺たちには無理そうだ。
目を付けられないことを願って、正面突破といきますか。
バレた時には……。
俺とカエデの魔法で正門を制圧、武力に訴えることになりそうだな。
結論から言うと、俺たちはすんなりと城門を通過できた。
門番は子供三人組の俺たちを訝しげに見てきたが、『観光です』と押し切った。
通行税を払ってしまえば、門番は何も言わない。
怪しい奴を一々尋問していては、門外が大混雑になってしまうからだ。
そんなこんなで、少々の待ち時間はあったものの、何のトラブルもなく俺たちは王都入りを果たしたのである。
王都は、その性質から幾つかの地区に分けられている。
まず、一番北側、山を背にして王都の最奥に位置する王宮。
他の地区より高い土地に立てられており、この街のどこからでもその白い城を拝むことができる。
一際高くそびえる白い塔の先には、サイユウ王国の国旗が揺れていた。
王宮の南側半分を扇形に囲むようにして存在しているのは、特別区という区画だ。
貴族や地方領主の館がある他、教会の大聖堂や墓地もここにある。
特別区の外側が、居住区。
騎士団の家族など、身分の高い者ほど特別区寄りに住み、一般市民の民家は居住区の中でも外側に住んでいる。
一番城壁に近い最外側は、東南西の三つの区画に分けられている。
まず東側は、役所などが存在する政務区。
正門を含む南側には、小売店や宿屋が揃う商業区。
特に、城壁から居住区まで一直線に貫くメインストリートには、露店が所狭しと並んでいる。
そして、西側は、冒険者ギルドの本部がある冒険者区だ。
正門より王都入りした俺がいるのは、南の商業区。
目の前にはメインストリートが果てしなく続いている。
そのさらに先に、この街のシンボル、国旗を掲げた白い塔がそそり立っていた。
「なんというか、圧倒されるな」
「田舎者のアムロは、もうこの人ごみに酔っちゃったのだ?」
「馬鹿言うんじゃないよ。俺が前世で生まれ育った街の方が百倍凄いやい」
「妄想乙」
「さてと。まずは宿を探すか」
街に入ってからの行動は決まっている。
まず宿を探す。
宿を取り、部屋で装備の手入れや補充すべき消耗品をメモ。
旅の整理ができたら、外に繰り出して買い物と情報収集。
夜には宿の食堂で晩飯を食い、作戦会議の時間だ。
明日にはミツキの救出に動きたいからな。
「あむろ。あっちからいい匂いが」
「アムロー! 豚まん買って豚まん!」
だが、俺たちの場合はそうはいかないらしい。
二人のおてんば娘が俺の完璧な計画を全力で阻んできやがる。
まあ、でも、そうだな。
まずは腹ごしらえから始めても、バチは当たらんだろう。
腹が減っては戦はできぬと言うしな。
目をキラキラさせた女子2人に引きずられるようにして露店街の中へ。
騒々しい雑踏の中を歩いていると、なんつーか、お祭りにでも来たかのような気分だ。
王都ってのは、いつもこんなに賑やかなのだろうか。
人ごみを掻き分けて連れて来られたのは豚まん屋だった。
確かに良いにおいがしてきて美味そうである。
「おばちゃん、豚まん1つ……、じゃなかった、2つください」
「はいよ、豚まん2つね」
2つにしたのは、カエデが俺の足を踏んできたからだ。
無言の圧力というやつだ。
というか、お前ら自分の金で買えよな。
「俺たち、今日ここに来たばかりなんですけど、」
俺は店のおばちゃんにお金を多めに握らせた。
おばちゃんは金額を確認すると、片眉を少し上げる。
「先程異世界から召喚された勇者が脱走したって噂を耳にしまして。本当ですか」
「あぁ。最近は王宮の中も不安定だからね。この前も宮廷魔術師が何人か謀反の疑いをかけられて監禁されたりしたさね」
「ほう」
「勇者様もそのゴタゴタに巻き込まれたって噂だけど……。公式な発表はないからねえ。噂通り出奔したのかもしれないし、もう既にこの世にいないのかもしれない。ただ、」
おばちゃんは、内緒話をするように身を乗り出した。
「勇者様が行方不明になっているのは確かみたいだよ。見回りの王国騎士団が血眼になって探してるからねえ」
「そうですか。謀反を画策した魔術師というのは?」
俺はさらに小銭をおばちゃんに差し出した。
おばちゃんはご満悦の表情だ。
お金が好きというよりも、うわさ話が好きなのだろう。
おしゃべりなタイプだな。
まるで大阪のおばちゃんだ。
「そりゃ七星筆頭、ヤスダだべ。最近は水面下で勇者派と反勇者派の争いが激しくなってたからねえ。何か大きなことが起こる前兆なのかもね」
「そっか、ありがとうおばちゃん。助かったよ」
「いいんだよ。また話が聞きたくなったら、いつでもおいで」
目を三日月のようにして笑うおばちゃんに手を振り、俺は二人に豚まんを手渡す。
ヤスダ、か。
最近になって頻繁に耳にする名前。
カエデの師匠で、アスカを召喚した男。
そいつが、キーマンだというのか。
天上の意思とやらに、どれだけ関わっている?
「溢れ出る肉汁。まさに至福の時」
「すごい、ほかほかなのだ! ねえねえ、アムロも一口食べてみる?」
「ふむ。アスカとの間接キスか。悪くないな、うん、悪くない」
「ば、ばかなのだ! もうアムロには絶対分けてやらないのだ」
しょぼーん。
何だその一度上げてから落とす作戦は。
俺が、ガックリと肩を落としていると、反対側からチョイチョイと袖を引っ張られた。
「あむろ、あーん」
「ん、いいのかカエデ? あーん」
「あー! カエデばっかりズルい……じゃなくて! パーティー内でイチャイチャするのは良くないのだ! 不純異性交遊なのだ!」
お前は意味分かって言ってんのか。
「何言ってんだよ。俺たちはまだ子供だぞ」
「あむろ。私、527歳」
「ハハハ。何を馬鹿なことを。……え?」
……ゑ?
「あ……」
それぞれが豚まんを楽しんだ後、人ごみの中を歩いていたアスカが、ある露店の前でふと立ち止まった。
「どうした?」
「い、いや、別になんでもないのだ」
アスカは大きな胸の前で、大げさに手を振る。
だが、必死に否定しながらも、アスカの目はとある商品に釘付けになっていた。
「髪飾りか」
「げ!? アムロ、何でわかったのだ!?」
「いや、普通に考えて分かりやす過ぎだろ」
「アスカ、誤魔化すの下手」
「うぅ……。人生で一番の汚点なのだ……」
「そこまで!?」
顔を真っ赤にしながら俯くアスカ。
大きな胸の前でもじもじと動く指が、何故かそこはかとなくエロい。
「買ってやろうか?」
「え?」
「買ってやってもいいぞ。お前に似合いそうだしな、それ」
「いいのだ?」
「おう。本当のイケメンはお前の気づかぬうちに購入しておいて、後でサプライズでプレゼントするんだろうが、生憎俺は不器用でそういうの苦手だからな。だから、普通に買ってやる」
「う、うん。じゃあ、お願いします……」
大きな胸の前で、指が祈るように組まれた。
これはこれでエロいな。
というか大きな胸が既にエロい。
おお、勇者エロスよ。
「はいよ」
「ありがとうなのだ、アムロ」
俺は購入した髪飾りをアスカに手渡す。
アスカはそれを、まるで国宝級のお宝でも渡されたかのように、両手でそっと包んだ。
日本で言えば小学生の小遣いでも買えるようなものなのに、大げさだな。
「そんなに気に入ったのか? 買っておいて言うのもなんだが、心惹かれるデザインには見えないんだけど」
赤色の石に、髪を括るための紐が付いたシンプルなデザイン。
日本の商品を知ってしまっている俺からしてみれば、お世辞にも綺麗だとは言えない。
「うん。何となくだけど、お母さんを思い出すのだ。ははは、変だよね、こんなの」
「変なわけあるか」
「あむろに同意」
アスカの目の端に光ったものを、カエデが自分の服の袖で拭う。
心惹かれないとか言ってしまった数秒前の俺を殴りたい。
タコ殴りにしたい。
「ありがとうね、アムロ」
目の周りを赤くしながら、俺に向かって微笑んだアスカを前に、俺は一瞬何の言葉も出なかった。
心を鷲掴みにされたように、アスカから目を離すことができなくなる。
アスカも、俺をじっと見つめたまま、何も言わない。
若干潤んだその瞳に、吸い込まれそうになる。
「何故だろう、いけないと感じながらも、俺は自分の体が動くのを止めることができなかった。必死に制動をかける意思とは裏腹に、アスカとの距離が近づいていく。気がつけばアスカの唇が目の前にあり、そしてついに柔らかい感触が—―」
「おいカエデ。勝手にモノローグを捏造して実況するな」
「ちぇ。いい雰囲気だと思ったのに」
「断じてそんな雰囲気ではなかったが、雰囲気をぶち壊したのは間違いなくお前だ」
危なかった。
それこそ、カエデがいなかったら、どうなっていたか分からないほどに。
そうやって前世で失敗したのに、また俺は若さ故の過ちを繰り返すのか。
「つけてみろよ」
「う、うん」
俺はやっとのことでアスカから目を逸らし、髪飾りをつけるように促した。
アスカは油を注し忘れたロボットのような動きで、後ろ髪を束ねていく。
器用に紐で一括りにすると、いわゆるポニーテールが完成していた。
ん?
どこかでみたことのある情景だと、俺は思った。
俺は断じてポニーテールフェチなどではない。
むしろ黒髪ロングこそ至高だと考えている側の人間だ。
それなのに、何なんだこの懐かしさは。
まるで、生まれてくる前からアスカのポニーテールを知っていたような……。
「ま、いっか」
「んんー? どうしたのだアムロ? もしかしなくても、あたしのポニテに一目惚れしちゃったのだ?」
「寝言は寝て言えよ。そのおっぱいを3個にしてから出直してこい」
「それただの怪物!」
先程までのおかしな雰囲気はどこへやら、アスカはすっかり普段通りに戻っていた。
アスカが喜んでいるのなら、それでいっか。
「あむろ、肉食べたい」
「あー、分かった分かった」
俺は食いしんぼ娘カエデに袖を引っ張られながら、露店の中を彷徨うのだった。
しばらくもしないうちに、俺はその微妙な引っ掛かりをきれいさっぱり忘れ去っていた。
そう、俺は楽観視しすぎていた。
事態を甘く見すぎていた。
明日から動き出せばミツキを簡単に救い出せるだなんて、そんな根拠のない自信を持っていた。
そのことを俺が後悔するのは、少し後になってからのことだった。
======
「はい、これが部屋の鍵ね。風呂はないから、自分らで風呂屋を探して入りな。朝は自分で起きるんだよ。寝坊したら、朝飯は出さないからね」
ぶっきらぼうなばあさんが、錆び付いた鍵を投げて寄越してきた。
本日の宿は少し安めだ。
理由は単純、カエデが買い食いしすぎたせいで、所持金がピンチなのだ。
「てへぺろ」
「どこぞの声優みたいに可愛く誤魔化しても駄目だ。お前は明日から飯抜きだ」
「あむろが虐める。ぐすん」
お金の節約のために3人で一つの部屋に泊まることにしたのだが、ここで一つ問題が。
「ベッドが一つしかない……だと……!?」
ふむ、なるほどなるほど。
うん、まあ、そういうことね。
そうだよね、言いたいことは分かるよ。
緊急会議が開かれた。
「今の状況を確認しよう。我々の今晩の寝床は、この一室。三人で泊まるには少し狭いが、これは資金の問題だ。まあ仕方ないとしよう」
「ん、仕方ない。あれは必要な出資だった」
「そんなことないのだ! あれは暴食という名の無駄遣い!」
「まあ、過ぎてしまったことはどうしようもない。まずは、状況把握からだ。この部屋のベッドは一つだけ。一人用だが、俺たちの体の大きさならなんとか二人一緒に寝られるだろう。ここまでは良いな?」
「ん」
「う、うん。まあ、あたしもプレゼント買ってもらったし……。文句は言えないのだ」
アスカは床に女の子座りをして、俺が買ってやった髪飾りをいじっている。
俯いた顔は、ほんのりと赤みを帯びていた。
あらやだ、うちの勇者が乙女だわ。
「そこで問題となるのは、この中の誰がベッドで寝て、誰が床で寝るのかということだ。本来ならば男の俺が床で寝るべきなのはよーく分かっている。だがしかしだ、考えてみてくれたまえ。俺だって度重なる野宿で疲れが溜まっている。それなのに、この状況を作り出した張本人がベッドで寝て、俺が床で寝る羽目になるのはどうにも納得がいかん」
「うぐ。あむろ、痛いところを突いてくる」
「そうなると、カエデが床で寝て、あたしとアムロがベッドで寝るのだ?」
「それは駄目。狼をわざわざ野に放つようなもの」
「確かに。あたしの貞操が危機に瀕することになるのだ」
「そろそろ運営にも怒られちゃう」
こらカエデ、そういうギリギリアウトなことを口にするのはやめなさい。
というかその俺の扱いは何なんだ。
そこまで変態呼ばわりされるようなことに心当たりは……、やべえ、ありすぎてわかんねえ。
そうして俺が勝手に凹んでいるところに、アスカは爆弾を投下した。
「じゃ、じゃあ……。3人並んで寝ればいいと、お、思うのだ」
「アスカに賛成」
こんな展開ファンタ☆スティック!
右側にアスカ、左側にカエデ。
何故か、かなり密着している。
いや、ベッドが狭いので仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
どうしてこうなったし。
ちなみに、右側の方が柔らかい。
何がとは言わないが。
俺の股間は硬い。
ナニがとは言わないが。
「ね、眠れないし、昔話でもしようと思うのだ」
「ほう、聞こうか」
「いいね」
そんなアスカの申し出は、俺にとっては救いだった。
「うーん。じゃあ、あたしがこの世界に来る前の話」
「召喚される前の?」
「そう」
アスカの口調は、まるでおとぎ話でも語るかのようだった。
「あたしが前にいた世界はね、ヤハーネよりもずっと平和で、豊かで。でも、どこかに物足りなさを感じるような、そんな世界だったのだ」
「アスカ……」
「召喚されたこの世界は、あたしにとってはすごく色彩豊かに見えたのだ。灰色一色だった世界に、突然絵の具がぶちまけられたような」
アスカのその感覚は、なんとなく分かる気がした。
衣食住全てに満足していた日本でも、常に感じていた空虚さ。
本当の自分がどこにいるのか分からない、ふわふわした感じ。
「あたしね、すごく怖かったのだ。勇者って聞いたときはワクワクしたけど、魔物を目の前にすれば足が竦んで、初めて人が死ぬのを見た時は、ご飯もまともに食べられなかったのだ」
「……」
「あたしが今ここにいられるのは、あたしを助けてくれた人たちのおかげ。ヤスダさんと、みっきぃと、カエデと、もちろんアムロも。だから、みっきぃを絶対救出しよう。みんな揃って、魔王を倒しにいくのだ」
「うん。……みんな一緒」
カエデがギュッと俺の手を握る。
みんな一緒。
その言葉を、この子は一体どんな気持ちで発したのだろう。
「改めて、お願いします。みっきぃのため、あたしのため、世界のために、力を貸して欲しいのだ」
それは、アスカが、彼女なりに勇者と向き合ったということで。
自分の弱みを、本心を、俺たちにさらけ出してくれたということでもあった。
「そんなお願いは、今更だろ。頼まれなくても、俺は自分のために、自分の気持ちに正直に闘うよ」
「アムロ……」
「俺はさ、ずっと本物になりたかったんだ。俺は俺だって、自信を持って言えるような人間に憧れてた」
前世の俺は、偽物だった。
傷つけられたくない、友達が欲しい、加奈子ちゃんに愛されたい。
そんな欲望のメッキで自分を塗り固めて、優しい自分を作るのに必死だった。
そうやって偽りの自分を演じ続けてきたのが、三上和弥という人間だ。
だから、どこまでも真っ直ぐなアスカが、少し眩しく見える。
逃げて逃げて逃げ続けて、勇気を出してみたけれど、空回りして自滅して。
そんな失敗続きの俺がアスカに声をかけてやる資格なんてないのは、分かっているけれど。
「ミツキを救いたい、アスカの仲間でいたい。この気持ちは冗談なんかじゃないって思うから、俺もやれるだけやってみるよ。大丈夫、絶対全部成功させてみせるから」
優しさを口にする度に、人は皆傷ついていく。
無責任な言葉を一つ零す度に、心の重みが一つ増えていく。
でもそれが、小さな勇者様を元気づけるなら。
その重みを背負うのは、僧侶としての責任というものだろう。
前世で掴みきれなかったものを、今度こそ逃さないように。
「そうだよね、きっと大丈夫なのだ。あたしの勇者スマイルは皆を幸せにするから、全部笑顔で解決できるのだ」
そうなのだろうか、と思った。
そうだといいな、とも思った。
アスカは勇者にしては弱いし、運動音痴だし、阿呆だし、巨乳だ。
だけれど、だからこそ、アスカにしかできない解決法があるのかもしれなかった。
魔国と争うことなく、誰の血も見ない解決法が。
みんな、無事で。
みんな、笑顔で。
人は皆迷って、遠回りして、時には立ち止まって、それでもズレた世界で歩み続ける。
散々迷ってズレた後に、俺たちの道は交差した。
アスカが選んだ道の行く先を、俺は彼女の隣で見届けよう。
「……そうだな」
俺がそう呟きを返す頃には、俺の両隣はすでに寝入っていた。
二人とも、スヤスヤと寝息を立てている。
くそったれ、こんなに安心しきった寝顔を見せやがって。
カエデの吐息が、俺の頬をくすぐった。
俺は、優しくカエデの髪を撫でてやる。
サラサラとした柔らかい黒髪だ。
この世界では黒髪があまり良く思われていない。
それだけに、俺がこの世界に来てから初めて出会った黒髪は、俺の心をいとも簡単に虜にした。
何を隠そう、俺は前世から黒髪が大好きなのだ。
どのくらい好きかというと、もし池の中から女神が現れて『あなたが落としたのはこの金の髪ですか、それとも、この銀の髪ですか?』と聞いてきたならば、俺は迷わず『黒髪です!』と答える。
そのくらい好きだ。
と、俺の反対側から、何やら大きくて柔らかいものが密着してきた。
俺の右腕が、何かに挟まれている。
身体を捩ってアスカの方に向き直ると、谷間に吸い込まれている俺の上腕があった。
プルンとしたおっぱいが、俺の腕を包むように形を崩している。
君のハートにレボ☆リューション!
「うにゅう……。アムロ、行っちゃ駄目なのだ……」
さらに、意味不明な寝言とともに、アスカの太ももが俺の腰に回される。
絶対に離してなるものかとばかりに密着してくるアスカ。
君と出会えてデス☆ティニー!
ふと目線を下げてアスカの太ももを見ると、彼女のスカートの中からチラリと白いパンツが覗いた。
月明かりに照らされたその純白に、全俺が歓喜した。
それは、100万ドルの夜景も泣いて逃げ出す絶景。
俺の股間がスタンディングオベーション。
何を隠そう、俺は前世から女の子の純白パンツが大好物なのである。
どのくらい好きかというと、もし池の中から女神が現れて『あなたが落としたのはこの金のパンティーですか、それとも、この銀のパンティーですか?』と聞いてきたならば、俺は迷わず女神のおっぱいを揉む。
そのくらい好きだ。
ああ。
我が人生に一片の悔いなし。
強烈な睡魔に負けて意識を手放すまで、俺は両側の感触と幸せを噛みしめていた。
======
ズシィィィィン。
突如宿全体を揺らしたその音に、俺は飛び起きた。
「何事だし!? 空襲なのだ!?」
ボケた老人みたいなことを言っているこいつには頼れない。
ミツキを奪還するために来た俺たちにとっては、王都は最早敵地だと言っても過言ではない。
さらには、勇者も引き連れてきたのだ。
反勇者派の勢力が、俺たちを放っておくはずがなかった。
やはり、ゆっくりしている暇なんてなかったのだ。
「カエデ、いけそうか?」
「ん」
夜更けの暗闇。
未だ目は慣れていないが、窓から射し込む月の光に、カエデが頷くのがわかった。
「気をつけて、あむろ。囲まれてる」
「ああ。大規模術式組んでやがるな。くっそ、逃がす気ゼロかよ」
「術式……? 何を言っているのだ? 戦争は終わったのだ?」
盗賊に襲われた時と同じだ。
自分たちの力を見せつけるために、わざと情報を開示しているのだ。
逃げようとしても無駄だと、プレッシャーをかけてきているのだ。
そして、完全に寝ぼけているうちの勇者は、本当に使い物になりそうになかった。
おのれぃ、このポンコツめぃ!
「カエデ。合図をしたら、頼む」
「ん」
カエデらしい短い返事が耳に届いたと同時に、部屋のドアが開かれる。
遠慮もなければ警戒している様子もない、宿に泊まっている友人を訪ねに来たかのような、そんな開け方だった。
人が入ってくる気配。
侵入して来た何者かが指をパチンと鳴らすと、部屋のランプが勝手に灯った。
「な……」
思わず息を呑む。
一人だ。
だが、それでも十分な威圧感がある。
絶体絶命。
そんな四文字が浮かぶほどに、圧倒的な強者だった。
全身に纏っているのは銀色の鎧。
鎧の隙間からは、鍛え上げられた筋肉が自己主張している。
ギョロッとした目が部屋の中を一通り見渡し、最後に俺たちを見据えた。
「質問。そこにいるお前は勇者か?」
俺の右腕にしがみつくアスカが、ビクンと震えた。
そんなアスカを庇うように、俺は一歩前に出る。
「だとしたら何だ? お前こそ何者だ? こんな夜更けに断りもなく押し入ってくるなんて、非常識にも程があるだろ」
「失礼。俺は王国騎士団長、ラファエル=ロンドだ。迷子になった勇者を回収しに来た」
王国騎士団か。
俺たちの情報は筒抜けだったわけだ。
「命令。無駄な抵抗はやめてお前の後ろにいる少女を渡せ」
「アスカを物みたいに言うのはやめろよ。『はい、いいですよ』なんて言えるわけないだろ」
「少年。お願いしているつもりはない。死にたくなければ勇者を渡せ。これは命令だ」
「俺はお前の家来じゃない。命令に従う必要もないだろ」
俺とラファエルの視線が交錯する。
流石は王国騎士団長。
納得の威圧感である。
こいつが視線だけで人を殺せると言ったら、俺はきっと信じるだろう。
だが俺だって、視線だけで人を妊娠させると言われた男だ。
負けじと睨みつけてやった。
探り合うような数秒間を経て、ラファエルはふっと視線を逸らす。
そして、大きく溜め息をついた。
「畜生。身の程を知らぬ餓鬼が。余程死にたいようだな」
「死にたくないからこうして時間を稼いでるんだよ!」
足に力を込める。
力に呑まれるな。
俺が、やるんだ。
俺の、意思で。
「下がってろ、アスカ」
「アムロ!」
ほとんど無意識だったのだろう、俺に向かって必死に手を伸ばすアスカを、カエデが羽交い締めにして引き留める。
「おぉぉぉぉぉ!!」
「っ……!」
盗賊から拝借した短剣を抜き、態勢を低くして突っ込む。
迎撃するように繰り出されたキックを寸でのところで躱し、ラファエルの左側に回り込んだ。
俺のようなガキに簡単に躱されるとは思わなかったのだろう、ラファエルの身体が俺を追いきれずに泳いだ。
「カエデ!」
「……んっ!」
カエデが魔法を放つ準備を整えていたのは気配で分かっていた。
ラファエルと正面から闘うのは得策じゃない。
ましてや、この体格差だ。
立ち向かうのは、俺じゃなくていい。
「ダークブラスト!」
アスカを抱きながら杖を構えたカエデの声が、小さな部屋に響いた。
それは、込める魔力の質も、量も、タイミングも、全て完璧な一撃の筈だった。
いくら騎士団長といえど、この状況で防御や魔法阻害ができたとは思えない。
言わば、必殺の一撃。
だったのだが、
「封じられてる……!?」
「なん……だと……!?」
魔法が発動しない……?
そのことを認識した直後、俺は片手で頭を掴まれた。
頭の中にミシミシという音が響く。
何という握力だ。
「ぐっ……」
俺は頭を掴まれたまま持ち上げられ、そのまま投げられた。
一瞬の空中飛行を経て、俺はアスカとカエデを巻き込みながら床を転がり、3人仲良くベッドに激突した。
痛ってえ……。
今のはヤバかった。
アスカの二つの脂肪の塊がクッションになってくれなかったら、確実に死んでいたな。
「笑止。お前たちは甘く見すぎているのだ。戦場では、いかに敵の魔術師を無力化するか。それにかかっているのだよ」
「くっ!」
ラファエルが両拳を顔の前に掲げ、ファイティングポーズを取った。
元々こいつは闘拳士なのか、あるいは子供相手に武器など必要ないということなのか。
どちらにせよ、俺に残された選択肢は一つだけだ。
見せてもらおうか、王国騎士団長の実力とやらを。
ラファエルの身体がゆらりと動く。
と思った次の瞬間、目の前にラファエルの拳が迫っていた。
「ぐぅ……!」
間一髪、顔の前に杖を滑り込ませて受け止める。
その拳圧に俺の前髪が揺れ、杖がミシミシと音を立てた。
相手を左側にいなしつつ、何とか距離をとる。
速いな。
でも、女性陣が逃げる時間さえ稼げれば。
「意外。俺の拳を止めるか。だが次はない」
「俺の”次”をお前に決められてたまるか。未来は自分の手で掴むんだ」
どんなに速い相手だろうが、集中すれば捕捉できる。
そう、当たらなければどうということはないのだ。
俺は目を閉じ、ひたすらに意識を集中させた。
俺の瞼の裏に浮かぶ、一筋の光。
見える、私にも見えるぞ!
「この気配は、上っ!」
「残念。後ろだ」
そして俺は右から殴られた。
To be コン、コ、……続く!
次話予告:
やめて!
ラファエルの特殊能力でエクスカリバーを焼き払われたら、愛する心でアスカと繋がってるアムロの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでアムロ!
あんたが今ここで倒れたら、エリスさんやミツキとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。
ここを耐えれば、またヒロインの乳を揉めるんだから!
次回『アムロ死す』
デュエルスタンバイ☆