ロリ+巨乳=勇者
前話のあらすじ:ミーシャたんハァハァ
「おーい、ミツキ。俺ってパンツどこに置いたっけ」
「はい、こちらに」
「おー、サンキュー。ってうぉぉーい! これお前の使用済みパンツじゃねえか! 確かに俺はいつもお前の脱ぎたてパンツ要求してるけど! 今は違うの。俺のパンツを探してんの」
「申し訳ございません、マスター。それならばこちらに」
「そうだよこっちだよ。全く、時間が無いんだからしっかりしてくれよ。というかマスターはよせっていつも言ってるだろ。パパと呼びたまえ」
「畏まりました、パパ上」
皆様初めまして、フリード家専属メイドのミツキです。
私は今、王宮でマスターに仕えております。
そうです、今私の目の前でパンツを履いている真っ最中の男性が、私のマスターのヤスダ様です。
ヤスダ様は王家直属の召喚術師なのですが、今日は大事な勇者召喚術をこなさなければならないそうで。
しかしいつものごとく寝坊してしまったヤスダ様は、こうして着替えに四苦八苦している次第です。
駄目な人ですね。
「大体、お前が朝ちゃんと起こしてくれれば、こんなに焦らずに済んだのによぉ」
「ちゃんと起こしましたが、『うーん……。あと五時間……』と仰られたので」
「そんな寝言を鵜呑みにしてリアルに五時間寝かせてくださりやがったのはどこのどいつだ! これからは俺が何と言おうと定刻通り起こすよーに」
「畏まりました、マスター」
「だからマスターはよせ」
ヤスダ様はぶつくさ言いながら下着を履き、召喚術師用のローブを羽織りました。
先程までの格好と比べれば幾分マシな状態になりましたが、特徴的な黒髪がまだボサボサです。
「マスター。髪をセット致します」
「おう。キ●タクみたいな感じで頼む」
「その方がどちら様なのかは存じ上げませんが、マスターの顔面レベルでは恐らく難しいかと」
「分かっとるわ! だから『みたいな感じ』言うとるやろ!」
「畏まりました、マスター」
「マスター言うな」
水属性魔法で寝癖を直し、炎属性魔法で乾かすと、ようやく王様の前に出しても堪えられる程度になってきました。
メイドとしては、眠そうに垂れた瞼をもう少しぱっちりと開いて頂きたいものですが、さすがにそれは高望みというものでしょう。
「俺の弟子の方は、もう準備できてんのか?」
「カエデ様でしたら、既に召喚の間に向かっておいでです」
「オッケー。んじゃ、俺たちも行きますか」
「お供致します、マスター」
「だからマスターは」
私たちが召喚の間に入ると、そこには既にキプロス陛下はじめ王宮の偉い方々が勢揃いしていました。
張りつめた空気が、今から行われる召喚術の重要性を物語っている気がします。
「やー、遅れまして申し訳ないっすー」
「遅いぞヤスダ。すぐに始めるぞ」
ヤスダ様は口だけの謝罪をしながら、全く悪びれる素振りを見せずに輪の中へ入って行きます。
アルバトロス宰相が物凄く冷たい目を向けているような気がしますが、ヤスダ様はどこ吹く風です。
残念ながら私にはそんな度胸はないので、こそこそと部屋の隅に移動することにしましょう。
「ミツキ」
と、ちょうど手招きをするカエデ様が目に入ったので、私はこれ幸いと身を小さくしながらカエデ様の隣まで移動しました。
カエデ様は黒髪の小さな女の子ですが、ヤスダ様の弟子としてこの召喚術にも携わっておいでです。
「ミツキ、遅い」
「すみません、準備に手間取りまして」
「そか」
カエデ様はどうにも興味が無さそうな返事を返すと、目線を私から外して人々の輪の中心を見つめました。
私もつられてそちらへ視線を移すと、そこには直径二メートルほどのペンタクルが描かれています。
このペンタクルを使って勇者召喚を行うようですね。
ペンタクルには召喚用術式がぎっしりと書き込まれており、私は思わず感嘆の声を上げました。
ペンタクルの上では、陛下やヤスダ様が術式の最終点検を行っています。
私は専門ではないので詳しくはありませんが、一つの間違いや綻びがあっただけで大きな事故に繋がる危険な魔法だと聞いたことがあります。
今回の勇者召喚プロジェクトには多くの人が関わっているので大丈夫とは思いますが、油断はできません。
「カエデ様は、あのペンタクルを描いたんですよね?」
「ん。一部」
「カエデ様は細かい作業が得意ですからね」
「んふ」
私が持ち上げると、カエデ様は満足げに頷きました。
カエデ様は無口な方ですが、よくよく観察していると感情を顔に出してくれます。
もの静かで素直なので、私も気が楽です。
ヤスダ様は五月蝿いですし。
カエデ様は召喚術の中でも装飾の分野が専門で、今回もその部分の術式を担当したようです。
装飾というのは、どんなものを召喚するのかを細かく設定する作業のことですね。
勇者召喚の大まかな術式を描くのはヤスダ様ですが、どんな人物をどこの世界から召喚するのかを詰めるのがカエデ様というわけです。
「今回はどんな勇者が召喚されるのですか?」
「巨乳」
「え?」
「巨乳。師匠の意向」
「そ、そうですか……」
カエデ様、そこは怒っても良かったのでは?
でも、アムロ様なら大喜びするかもしれませんね。
血は争えないものだということを強く認識しながら、私は遠く離れた自分の弟子を一人密かに想ったのでした。
勇者召喚は、王国の中でも最も重要な事項の一つです。
勇者が必要とされる理由に、魔王の存在が挙げられます。
魔王が統治する魔国は、我らがサイユウ王国と国境を接し、王国の安全確保は常に大きな問題としてのしかかっているのです。
人間とは比べ物にならないほどの魔力を持つ魔族。
動物が変異して魔力を持つようになった存在である魔物。
そして、その絶大な力でもって世界征服を企んでいるとされる、魔王。
魔国にある全てのものが、王国にとって脅威となり得るのです。
かつて、王国は魔国との戦争により甚大な被害を被りました。
その時の恐怖は、平和条約が締結された今も、人々の心に消えないシミのように残り続けています。
「さて、取り掛かるとしようか」
そこで開発されたのが、勇者召喚術です。
異世界から魔王と渡り合える素質を持った者を召喚し、魔王討伐の為に魔国へ送り出すのです。
戦争を回避し、国民を犠牲にすること無く魔王を滅ぼす選択肢。
陛下はそれに飛びつきました。
「ヤスダ」
「はいはい、そんなに急かさなくてもしっかりやりますよっと」
そして、幾度もの失敗を重ねながら、勇者召喚に成功すること三度。
召喚した勇者は選りすぐった王国の人材とともにパーティーを組んで魔国に送り出され、しかし、依然として魔王を倒した者はいません。
そして今、四人目の勇者が召喚されようとしています。
「じゃあやるぜ。皆、気を引き締めてくれ」
ヤスダ様が一人ペンタクルの中に入ると、両手を挙げて召喚魔法の詠唱を始めました。
同時にペンタクルに描かれた文字が光り始め、ヤスダ様の魔力を吸い取っていきます。
詠唱が進むにつれて白に、赤に、青に、次々と色を変えながら発光するペンタクルは、それだけでなかなか幻想的な光景です。
その後、カエデ様が詠唱の補佐をしたり、キプロス陛下の血を捧げたりという段階を経て。
五分以上に渡るヤスダ様の詠唱が終わると、召喚の間はバチバチという音とともに煙に包まれました。
「な、何事ですか? 失敗したのですか?」
「ミツキ、慌て過ぎ」
失礼、取り乱しました。
カエデ様に笑われて冷静さを取り戻した私は、白煙が立ち上るペンタクルを観察します。
そして、視界を覆う煙幕が晴れた時ーー。
「ここはどこ? あたしは誰なのだ?」
誰もが息を呑みました。
そこにいたのは、確かに胸が大きく。
しかし、成人すらしていないような、小さな女の子でした。
何が起こったのか理解できないように、キョロキョロと周りを見回しています。
「勇者召喚の成功を確認」
アルバトロス宰相の声が、やけに静かな召喚の間に粛々と響いたのでした。
「焦ったわー。マジで焦ったわー。まさかあんな幼女が召喚されるとは思わんかったわ。しかもいきなり逆襲しそうなこと言い出すし」
「お疲れ様でございます、マスター」
「だからマス」
勇者召喚後、陛下の前を辞し自室へ戻ると、ヤスダ様は大きく息をつきました。
確かに私も驚きました。
勇者といえば、もっと屈強な肉体の持ち主を想像していましたから。
「こりゃ王国議会で一悶着あるだろうなあ。何しろ幼女だし」
ヤスダ様はお気に入りの椅子に腰を下ろし、ポケットから葉巻を取り出しました。
すかさず私が炎属性初級魔法で火をつけます。
そのまま背もたれに全体重を預けるような姿勢で一服。
ふぅ、と煙を吐くヤスダ様は、その煙に何かの願いを乗せているようにも見えました。
「ミツキ。確かお前、子供好きだったよな」
「まあ、どちらかと言えば」
「お前が勇者の教育係になって、アムロにしたように魔法を教えてやれ。そして勇者パーティーの一員として魔王を討伐しろ。これがお前の最後の任務だ」
そう言って少し寂しそうに笑うヤスダ様は、今の私の状態を分かっているようでした。
この人はおちゃらけているように見えて、何でもお見通しですからね。
それならば、私の答えは一つです。
「命に代えても、この任務をやり遂げてみせます」
「ああ。お前はいいメイドだった」
「今までお世話になりました、マスター」
「マス」
疲れたように、しかしいつものやり取りをするヤスダ様を見て、私は覚悟を決めました。
元より、この命はヤスダ様に繋いでもらったようなものです。
最期までヤスダ様のお役に立ちながら逝けるのなら、これに勝る喜びはありません。
「本当に、ありがとうございました」
ですが、その矢先に事件に巻き込まれることになろうとは、この時には思いも寄らなかったのです。
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「成る程。つまりお前は、勇者として異世界から召喚されてきたと」
「そうなのだ、大変だったのだー」
我が家のリビングで、勇者を名乗る少女は大きく息をついた。
アスカというらしいこの女の子は、年端もいかないくせに結構ふくよかな体つきをしている。
おっぱい星人アムロ君の股間にジャストミート。
ふう、エリスやミツキの胸を見慣れていなかったら危なかったな。
そもそも俺はロリっ子には興味ねーし。
俺の理想の女性はハマーン様なんだよ、参ったかこの俗物が!
「なんか街を歩いていたら辺りがピカーって光って、煙がモワッてなって、気がついたら薄暗い部屋にいたのだ。全裸で」
「全裸……か……」
勇者だとか、召喚だとか、前世の俺だったらそんな戯れ言は一蹴していただろう。
しかし、この世界には魔法が存在し、現に俺は転生している。
幼女の世迷い言と笑い飛ばすには、アスカの言い分はどうにも信憑性がありすぎた。
そして本当に勇者を異世界から召喚する魔法が存在するのなら、元の世界へと帰る方法が見つかるかもしれないことを示唆する。
この子の言うことを信じてみたい気持ちも、俺の中にはあった。
ううむ……。
「お待たせ。アスカちゃん、コーヒーには何か入れる?」
俺が思考の奔流に飲み込まれたところで、エリスがコーヒーを持ってきた。
まるで図ったかのようなタイミングだ。
「砂糖を大さじ十杯頼むのだ」
「うげぇ」
「ん? どうしたのだアムロ。もしかしてアムロはブラックが苦手なのだ? これだからお子様は」
あれおかしいな、コーヒーのブラックって、色だけで決まるものだったっけ?
俺は自分を落ち着かせるために、ミルクを混ぜたコーヒーを一口含んだ。
苦みの中に隠れたささやかな酸味が鼻に抜けていく。
「分かった。お前が勇者だという話は信じよう。だけど、魔王を倒す筈の勇者様が、こんな辺境の村に何の用事だ?」
「話せば長くなるのだ」
「いいよ、俺今日暇だし。ニートだし」
長話に備えて、俺はもう一口コーヒーを飲んだ。
アスカも俺に合わせてカップに口を付けたが、『苦っ』という呟きとともに顔をしかめた。
お前実はコーヒー苦手なんだろ、そうなんだろ。
不完全燃焼なんだろ。
「勇者には研修期間というのがあって、召喚されたらしばらくの間王宮で剣と魔法を教わるのだ」
「ふむ」
「で、あたしに色々教えてくれたのはミツキ=シュバルツという人で」
「ストップ! お前ミツキに会ったのか!?」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
二年前に家を出て行って以来、連絡が途絶えていたミツキ。
彼女の最近の情報が突然飛び込んできた幸運に、俺は興奮を隠せなかった。
「ミツキは元気か? ちゃんと飯食ってるか? 病気したりしてないか? 変な男に胸を揉まれてないか?」
「あー、うん。まあ、元気だったと思うよ?」
勢い良く唾をまき散らす俺に、アスカは若干身を引きながら答えた。
そうかそうか、ミツキは王宮で元気にやっているのか。
それを知ることができただけで、心が軽くなったような感じがした。
「みっきぃはあたしの師匠として色んなことを教えてくれたのだ。あたしはあの人を尊敬するのだ」
「分かる分かる。ミツキは最早神の領域にいると言っても過言ではない」
しかし、そのあだ名は大丈夫なのだろうか。
どこかから怒られたりしないだろうか。
「そんなみっきぃがことあるごとに自慢するのだ。『私にはアムロ様という一番弟子がいるのですが、その方は本当に素晴らしい方でした』って」
「な、なんか照れるぜ……」
「あたしは思ったのだ。みっきぃがそこまで言うのなら、そのアムロとやらを是非パーティーに迎え入れたいと」
成る程ね。
それで勇者自ら、わざわざガゼル村まで赴いたと。
しかしだな。
「その勧誘は大変ありがたいんだが、俺はこの家を出る気はないよ。母さんも妹も、放っておける存在じゃないんだ」
「うん、アムロならそう言うだろうって、みっきぃも言ってたのだ。でも、事情が変わったのだ」
「事情?」
「ほら、あたしってまだ小さいから。王宮には、あたしを勇者として認めたくない勢力がいるのだ」
「あー」
「五日前のことなのだ。その中でも過激派の人たちが蜂起して、みっきぃを含めたあたし側の人たちを捕らえて軟禁したのだ」
「なん……だと……?」
じゃあ、ミツキは今過激派の連中に監禁されてるってことなのか?
全然元気じゃないじゃん。
ピンチじゃん。
あと、どうでもいいけど、お前ロリのくせに結構難しい言葉知ってんな。
「あたしはカエデっていう子と一緒に王宮から逃げ延びたんだけど、みっきぃはあたしたちの身代わりに捕まったのだ」
「マジかよ……」
「王宮の外にあたしの味方はいないのだ。頼むアムロ、あたしを匿って欲しいのだ」
「匿う? 何言ってんだお前」
俺は再び椅子から立ち上がった。
迷いなんてない、ただ使命があるだけで。
「そんなことするわけないだろ。俺たちはミツキを奪還しに行くんだよ」
「できるのだ?」
「俺を誰だと思ってるんだ。ミツキの一番弟子、アムロ=フリードだぜ」
師匠がピンチなら、たとえ火の中水の中草の中森の中であろうと突撃するのが弟子というものだ。
勿論それが土の中雲の中あのコのスカートの中でもだ(キャー)。
「あれ、そういえば、そのカエデっていう子は?」
「この村に来る途中ではぐれたのだ。美味しそうな匂いに惹かれて猛ダッシュで去ってしまったのだ」
「阿呆やん……」
頭大丈夫かそいつ。
「それで、ミツキは今王都のどこかに囚われているんだな」
「多分そうなのだ」
「じゃあ、まず目指すのは王都だな。その途中でカエデって奴と合流できればとは思うが、その様子だと期待はできないな」
「うむ……」
食い物の匂いに惹かれて迷子になるような奴だ。
生きているかどうかすら危うい。
「目標はミツキの救出だけど、そこは状況を見てから作戦を立てる感じになるかな。で、ミツキと合流したら、ちゃっちゃと魔王を倒しに行こう」
「……ありがとうなのだ」
アスカは身体を小さくして、俺への感謝を呟いた。
もっとも、礼を言われる覚えはないのだが。
俺はただ、ミツキを助けたいだけだ。
「そういう訳だから母さん、明日には出発するよ」
「まったく貴方ったら。こういうのって、普通決める前に母さんに相談するものじゃない?」
エリスの声には、怒気は全く含まれていなかった。
でもだからこそ、俺の心を強く穿つ。
「……ごめん」
「まあいいわ。貴方がこれと決めたら絶対に譲らないってことは母さんが一番良く分かってるから。貴方の好きなようにしなさい。母さんは貴方を応援するわ」
エリスはミツキの時と同じように、決然と言い放ったのだった。
どうしたってエリスは、俺の母さんだ。
何年経とうが敵わない。
「まあ、その、あれだ。よろしく、アスカ」
「よろしくなのだ」
俺とアスカは互いに向き直り、固い握手を交わした。
その瞬間、俺は確かに意志の共鳴を感じた。
俺とロリ巨乳勇者が、同じ方向を向いた瞬間。
ベクトルが重なった瞬間。
ただ、タイミングだけが悪かった。
「ふぁーあ。おはようお母さん。……ってあれ?」
惜しむらくは、お寝坊さんな妹の存在をすっかり忘れていたことだ。
ミーシャはアホ毛をふわふわと揺らしながら欠伸をしたところで、俺たちの存在を認識。
同時に口をパクパクさせて震え出した。
「お兄ちゃんが! お兄ちゃんがついに女の子を誘拐してきた!」
「いや、その解釈はおかしい! 誤解だミーシャ!」
「確かに日頃からお兄ちゃんは変態だとは思ってたけど、変態を拗らせて犯罪に手を染めるなんて」
「だから違うって言ってるだろ! というか変態を拗らせるって何?」
なんという脳内お花畑妹。
駄目だこいつ……、もうなんともしようがない!
このまま俺が弁解しても埒があかない。
しかし、当事者のアスカならどうだ?
もしアスカが事情を説明すれば、さすがのミーシャも分かってくれるだろう。
アスカは幼いが、それでも勇者だ。
きっと事態をうまく収拾してくれるに違いない。
「アスカ、お前から説明してやってくれ」
「う、うむ。実は、あたしとアムロは二人で家を出ることになったのだ」
「まさかの駆け落ち!? お兄ちゃん、誑かすにもほどがあるよ!」
どんがらがっしゃーん!
うちの勇者は、事態を収拾するどころか思い切り散らかしていきやがりました。
その後開かれた第二回緊急家族会議が荒れたのは、言うまでもない。
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夜。
エリスお手製の、いつもより少し豪勢な夕食を食べた後、アスカとミーシャは一緒に風呂に入っていった。
風呂でどんなやりとりがあったのかは知らないが、長風呂から上がった二人は満足そうな顔をしていた気がする。
少なくとも、会議中の時のような険悪な雰囲気ではない。
やはり裸の付き合いは偉大だ。
「カノン、お風呂空いたみたいだぞー。俺の前に入ってこいよ」
カノンにそう呼びかけて、俺は自分の部屋で旅の支度を始めた。
出発は明日の朝だ。
今日中に荷物を纏めておかなくてはならない。
基本的に軽装になるだろうから大きな荷物はないが、金は必要だろう。
フッ、俺が魔物を狩ってコツコツと貯めたヘソクリが火を噴く時が来たようだな。
「お兄?」
と、俺がベッドの下の貯金箱を開放しようとした時、部屋のドアがノックされた。
「おう、開いてるぞ?」
ドアに向かって言葉を投げかけると、おそるおそるという感じに開いたドアの隙間から、金髪の影。
無遠慮に部屋に入ってこようとしないところが、カノンらしいというか何というか。
おいおい、アムロ兄ちゃんは確かにシスコンだが、流石に部屋に入ったくらいでは襲ったりしないぞ?
「お兄さ、明日出発じゃん?」
「おう」
「私たち、しばらく会わないじゃん?」
「そうだな」
「せ、餞別に背中流してやっても、いいよ……?」
「……ごくり(無言で唾を飲み込む音)」
ドアに隠れてもじもじしていると思ったら、とんでもないことを言い出した。
これはアレなのか?
カノンルート入っちゃったとかそういう感じなのか?
フラグ立っちゃった感じなのか?
「か、勘違いしないでよね。これはお兄のことをどうこう思ってるわけじゃないんだから。ただちょっと最後にスキンシップをとるだけなんだから」
俺が無言なのに堪えられなくなったのか、早口でよく分からない言い訳を始めるカノン。
これヤバいっしょ!
キテるっしょ!
「お風呂イベントキター!」
数秒後、目薬をさしたかのような俺の声が家中に響き渡り。
俺はカポエラーもびっくりなトリプルキックを食らった。
湯船から、白い湯気が立ち上っている。
この世界には現代のような風呂は存在しなかったが、俺が発案、設計して作り上げた自慢の浴槽だ。
しかし俺は浴槽には入らずに、桶で冷たい水を頭にかけ続けていた。
その理由は他でもない、高ぶる気持ちを鎮めるためである。
落ち着け、落ち着けアムロ=フリード。
相手は妹だ。
齢十歳のガキンチョだ。
でも抑えきれないこの気持ち!
だって俺、男の子だもん!
ガラガラガラ。
俺が水を浴びながら悶々としていると、ついに女神が降臨した。
いつものツインテールを解き、腰まで伸びた金色の髪は絹のよう。
すらりとした手足は、肌のキメが細かく触り心地が良さそうだ。
肝心な部分はタオルで隠されていたが、そこが逆にエロい。
見えそうで見えない太ももの根元に、全神経が吸い寄せられていく。
なんか……すごい!(小並感)
「あ、あんまり見ないでよ変態。恥ずかしいじゃん……」
そりゃ見ちゃうでしょ。
現実に妹と一緒に風呂に入ることになるとは思わなかったし。
そんなとらぶるは漫画の中だけの話かと思ってたし。(結●美柑)
「とっととあっち向きなさいよね! 背中洗うんだから」
「お、おう」
言われた通りに背中を向けると、後ろからカノンの小さな手がそっと触れた。
あかん、血の巡りがピンポイントで良くなってまう。
「前は自分で洗ってよ、キモいから」
「……」
ば、馬鹿野郎、そんなん最初から自分で洗うつもりだったし。
これっぽっちも期待なんてしてなかったし。
自分で石鹸を泡立てて前面を洗ったところで、そっとお湯をかけられた。
白い泡が、一日分の疲れとともに流されていく。
「次は私が自分の体洗うから、お兄は湯船に入ってて。こっち見たら殺すから」
「俺もお前の背中洗ってやろうか?」
「やめて。変態がうつるわ」
「おっふ」
1おっふを頂いた俺は、素直に湯につかった。
しかし、しっかりと耳に入ってくるカノンが体を洗う音が気になって、全然リラックスできない。
さらさらと泡がカノンの体を伝う音。
雫が滴る音。
お湯で泡を流す音。
全てがパーフェクトエロス。
「入るよ?」
しばらく音声のみを堪能していると、俺のすぐ後ろにカノンの気配。
同時に、お湯の暈が少し増した。
カノンが湯船の中に入ってきたのだ。
っべー。
マジか。
これ来ちゃいますか。
べーわ。
マジべーわ。
俺の股間がマグナムトルネードしちゃうわ。
「こうやって二人で湯につかるの初めてだね。お兄、変態のくせに度胸ないから、今までこういうの無かったし」
「うっせ」
「……ねぇ」
軽いジャブを挟んだ後のその呼びかけは、とてつもなく重かった。
「お兄、本当に行っちゃうの?」
「ああ、ミツキを助けなきゃだからな」
「私も一緒に行っちゃ、駄目?」
背中から聞こえてくるその声は、少しだけ震えが混ざっていて。
多分カノンは、俺がどう答えるか分かってる。
分かってて、それでも俺に訊いてくれるのだ。
「駄目だ。俺たちが二人ともいなくなったら、エリスとミーシャだけが取り残されちゃうだろ」
「でも、そしたらお兄は一人で……!」
「大丈夫だから。ミツキは俺に任せて、カノンはこの家を守っていてくれ」
「……分かった」
そしてカノンの想像通りの答えしか返してやれない自分を、俺は心の中で罵った。
「分かってる。私が自分の道を正しいと思うのと同じようにお兄の中にも正義があって、両方ともどうしようもなく正しいんだって。私は、いつだって物分かりのいい子なんだ」
それを分からせてしまったのは俺だ。
俺がこんなにちゃらんぽらんな兄だったから、物分かりのいい子になってしまった。
大切な人の危機に、自分の気持ちを消すような子になってしまった。
それは多分、一番消してはならないものの筈なのに。
「私はお兄の言うことちゃんと聞くよ。だって、私はミーシャのお姉ちゃんだから」
「うん、ありがとう」
「でも今だけは、この瞬間だけは、お兄の妹でいさせて」
俺の鼓膜を揺らす囁き。
俺の胸の前に細い腕が回され、背中に小ぶりな双丘が張り付いた。
背中越しに伝わる鼓動は力強くて、けれど儚かった。
この儚さを、俺は置いていくんだ。
俺の耳にかかる吐息も、首筋をくすぐる長い金髪も全部無視して、俺はカノンを置いていく。
「ごめんな、カノン。いつも迷惑かけてばっかで、ごめん」
「馬鹿。お兄の大馬鹿」
俺の肩にポトリと落ちた涙を、俺は見て見ぬ振りをして。
でもその雫は、すぐにお湯に溶けて消えてしまうから。
せめてカノンが涙を隠してしまえるように。
「絶対に、許してなんてやらないんだから」
細かく震えるその肩に、俺は一体どれだけの重みを背負わせてしまったのか。
浴室に反響するカノンの声を噛みしめて、その愛を含んだ罰を俺は無言で受け入れる。
お湯が冷めてしまうまで、俺とカノンはくっついたまま湯船に浸かっていた。
その間俺は、この世で最も残酷な兄で居続けた。
初めてのお風呂イベントは、妄想していたよりもずっと切なくて、そして痛かった。
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「あむろー、いくらなんでも早すぎると思うのだー」
「いいから静かに支度する。みんな起きちゃうだろ」
翌朝。
まだ日も昇らない時間に、俺とアスカはこそこそと家を出ようとしていた。
出発は家族にはナイショだ。
しんみりとした別れは、あんまり得意じゃないからな。
「忘れ物ないか? パンツはちゃんと入れたか?」
「アムロはお母さんみたいなこと言うのだ」
「パンツは大事だぞ。お洒落はまず下着からと言うしな。ちなみに俺はカノンとミーシャのパンツを二枚ずつ持っていくぜ」
「おまわりさーん」
玄関を出ると、目を覚ますような冷たい空気が肺を焦がした。
冬がすぐそこまで来ているのを肌で感じる。
それでも外へ出て我が家へと向き直れば、何か温かいものが心を満たした。
俺が転生した場所。
俺が十二年間過ごした場所。
エリスがいて、カノンがいて、ミーシャがいる、俺の居場所。
玄関の扉には、昔うっかり魔法を暴発させてしまった時の傷が生々しく残っている。
そういう目で見ると、双子が喧嘩して引っ掻いた時の痕だとか、ミツキが炎属性魔法をぶつけた庭の木だとか、色んなものが見えてくる。
エリスはそんなちょっとした爪痕を、修理せずにそのまま残していた。
そんな、思い出の詰まった家があるから、俺は何も思い残すことなく旅に出られる。
自分の家を見ながらこの十二年間の思い出を旅する俺を、アスカもまたいつになく真剣な表情で見ていた。
こいつがこの世界に召喚された時には別れを惜しむ暇なんて無かっただろうから、思うところがあるのかもしれない。
「行くのね」
と、不意に玄関が開いて声がかけられる。
そこには、きちんと寝巻きから着替えたエリスが、さも当然のように立っていた。
「やっぱ母さんには見つかっちゃったか」
「当たり前でしょ。息子の旅立ちを見送るのが、母親の役目なんだから」
「カノンとミーシャには内緒にしといて。頼むね」
「黙って出て行ったら、あの子たち怒ると思うけれど」
「うん。だから、それを含めて頼むってこと」
「はい。頼まれました」
俺は双子のことが大好きだからこそ黙って去りたいが、双子はきっと俺を見送りたいと思うだろう。
あの子たちは優しいから、ミツキの時と同じように、きっと旅立つ俺の寂しさを共有してくれるだろう。
大切だから背負わせたくないのか、大切だからこそ背負いたいのか。
その想いのぶつかり合いは『大切』が大きくなればなるほど着地が難しくなる。
もしかすると、妹たちは俺が思っている以上に俺のことを大切に思ってくれているのかもしれなかった、だなんて、俺の傲慢だろうか。
「アムロ、これは貴方が一人前になったら渡そうと思っていたのだけれど」
エリスが取り出したのは、立派な黒い杖だった。
俺は杖の相場なんててんで分からないが、素人目で見てもなかなか値段が張りそうだ。
「使うなら今だと思うから、渡しておくわ。少し早い成人祝いね」
「いいの?」
少しどころか成人までは大分早いと思うのだが。
それとも、エリスが俺を認めてくれたと考えてもいいのかな。
「勿論。その杖でアスカちゃんを守りなさい。男として一番大事なのは、女の子を守ることよ」
俺は思わず隣のアスカを見た。
ばっちり目が合った。
お互いに目を逸らした。
照れくさい。
気まずい。
「アスカちゃん。アムロはちょっとだけエッチで思春期で変態なところがあるけど、我慢してね。もし襲われたりしたら、周りの人に助けを求めるのよ」
「大丈夫! 変な人に何かされたら大声を出せって教わっているのだ!」
あるぇー、俺の下半身の信頼のNASA。
一体俺がこのロリ巨乳相手にナニをするってんですかねえ。
これ以上あること無いこと吹き込まれたらたまったもんではないので、俺はエリスから杖を受け取ると二人を引き離した。
「行くぞ、エリス」
「あ、待つのだアムロ。こっちに人力車を用意してあるのだ」
チョトマテチョトマテお兄さん。
馬車でも牛車でもラッスンゴレライでもなく、人力車だと?
もしかしなくても、その人力車動かすのって俺じゃね?
「じゃじゃーん! これが勇者専用人力車試作2号機なのだ!」
「お前ソロモンにでも帰るつもりか?」
アスカが庭の茂みの陰から持ってきたのは、無駄に派手な装飾が施された人力車だった。
とてもじゃないが絶賛帰宅部予備軍アムロ君(12)が引けるような代物じゃない。
「さあこれを引くのだアムロ。あたしたちのウイニングロードは見えているのだ!」
「お前って悪い意味でも悪い意味でも、規格外だよな」
「あらあらまあまあ」
ポヨヨンと胸を張るアスカ。
呆れる俺。
他人事のように笑うエリス。
「さあアムロ! あの夕日に向かってダッシュなのだ!」
「今は朝だけどな」
「それでも夕日なのだー」
うん、分かったよ。
引くよ、引けばいいんだろ。
アスカと出会ってまだ一日だが、この勇者に常識が通じないのはよく知っている。
俺が諦めるのは早かった。
「じゃあ母さん、ちょっくらミツキを救出して、ついでに魔王を倒してくるよ」
俺はアスカを乗せた人力車を引く態勢で、エリスに別れを告げた。
勇者御一行様とは思えない醜態だ。
どう格好つけようとしても格好がつかないのが空しい。
「いつでも帰ってきなさい、アムロ。あなたの帰る場所は、ここにあるわ」
「……うん」
何か気のきいた返事をしようとして、やっと絞り出せたのはたったの二文字だった。
それでも交わす言葉が温かいのは、肌寒いせいだろうか。
何度経験したって、さよならはやっぱり難しい。
「でも、貴方はあの人の息子だから、もう会えないのかもしれないわね」
そう言った瞬間、エリスの頬を一筋の涙が伝った。
その言葉の本当の意味を、俺は最後まで聞けなかった。
「じゃあ、また」
その代わりに、別れ際の一言にありったけの感情を込めて。
えっちらおっちらと、俺は生まれ育ったガゼル村を後にした。