俺の妹がこんなに可愛い
前話のあらすじ:冥土王者ミツキング
ミツキが我が家を去ってから二年。
俺は12歳になった。
喪失感は大きかった。
けれどプロレス技をかけた別れの日、俺たちは確かめ合ったはずだ。
体を伝って滲んでいく、あの優しさに溢れたぬくもりを、俺はまだ憶えている。
それを忘れないうちは大丈夫だ。
その穴は、ミツキが残していってくれたもので埋めていける。
優秀なメイドを失ったのは、フリード家にとって大きな痛手だった。
エリスは一通りの家事はできたが、ミツキのクオリティーには遠く及ばない。
だが、彼女は一所懸命にやった。
家のことは大丈夫とミツキに宣言した手前、思うところがあったのだろう。
普段の柔和な表情からは想像できないくらい、エリスは真剣に家事に取り組んだ。
そんなエリスを見て、俺や妹たちも家事を手伝った。
包丁を持ったカノンとミーシャの手つきは、最初相当に危なっかしかった。
俺が代わりにやった方がいいのかとも考えたが、エリスが何も言わなかったので手出しはしなかった。
まあ、二人でキャッキャとはしゃぎながら台所に立っているのが可愛らしかったというのもある。
そうしているうちに、二人はいつの間にか料理が上手くなっていた。
エリスが教えているところはほとんど見なかったのに、どうやって上達したのだろうか。
俺の役割は、主に狩りや採集、力仕事だ。
フリード家には、男は俺一人しかいない。
俺がしっかりしなくちゃな。
誰かが欠けた大きな穴を、お互いに補うことによって埋めていく。
それが家族ってもんだ。
あるいはそれは、押し寄せる寂寥を忙しさで塗りつぶしていただけなのかもしれないが。
ミツキがいない我が家は、まあこんな感じだ。
バタバタしながらも、みんな笑顔でやっている。
べつにミツキは死んだわけではないのだし、帰ってきた時には盛大に帰還祝いをしてやろう。
どんなお祝いかって?
勿論コブラツイストをかけ合うのだ。
そしてどさくさに紛れて、ミツキの胸を揉むのだ。
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妹の話をしよう。
フリード家が誇る美人双子、カノンとミーシャも、生まれてから早九年が経った。
あどけなさの塊だった二人だが、最近では女性な部分も発達してきたようだ。
度々俺の股間センサーが反応するので困っている。
将来の成長が実に楽しみだ。
しかし、幼女体型というのも捨てがたいな。
うーむ、これがシスコン兄貴が一度はかかる病『ジレンマ病』というやつか。
胸が痛いぜ。
そうやって悶々とする俺を、カノンはこの世のクズを見るような目で見下し、ミーシャはニヤニヤしながら見ていた。
我が家の双子は順調に育っています。
双子のうち姉の方、カノンはツンデレ系女子だ。
だが俺に対してデレることは滅多にない。
ツンデレというよりツンドラって感じだ。
……色んな意味で寒いな。
氷解するのは一体いつになるやら。
カノンは最近、腰まで伸びた金髪を結んでツインテールにしている。
この髪型は俺のリクエストだ。
最初は俺のお願いに凄く嫌そうな顔をしていたが、涙を流しながら土下座して頼んだら、気味悪がりつつもやってくれた。
それからずっとこの髪型にしているあたり、本人も以外と気に入っているのかもしれない。
しっかり者のカノンは家の手伝いをよくしている。
この二年間で料理が上達したのは先程述べた通りだが、それ以外にも洗濯をしたりお遣いに出ているのをよく見かける。
家庭教師がいなくなってからは村の寺子屋のような所で読み書き算術を習っているのだが、彼女はそこでも優秀な成績を修めているらしい。
所謂優等生というやつだな。
俺の血が入らなくて本当によかった。
前世での俺は見事に劣等生だったからな。
あ、いや、魔法科高校的な意味ではなく、純粋な劣等生だったのである。
だからせめてこの世界の妹たちの前では、格好いい兄でいたいと思う。
そしていつか『流石ですお兄様』と言わせてやるのだ。
妹の方、ミーシャはほんわか系女子だ。
お兄ちゃんお兄ちゃんと言って寄ってくる人懐っこさは、昔から変わらない。
が、俺のことを変態だと本気で勘違いしている節がある。
まあ変態なのだが。
カノンのつり目とは反対に少し垂れた目は、若干眠そうに見えるが優しそうな雰囲気を醸し出している。
アホ毛が特徴的なふんわりとした栗色の髪も相まって、ミーシャのイメージは全体的に柔らかい。
だが、その柔らかな笑顔のままで姉以上の毒舌を吐いてきたりするので、注意が必要だ。
この辺は、綺麗な花には毒があるのと同じだな。
ミーシャが家の手伝いをしているのはあまり見ない。
基本的に怠け者なのだ。
それでも、エリスに小言を言われない程度にはこなしているあたり、要領はいい子なのだろう。
寺子屋での成績は良くない。
何故なら、ミーシャの宿題はほとんど俺がやっているからだ。
いや、それがいけないことなのは、俺もよく分かっている。
だが、小さな胸の双丘を見せつけながら迫ってくる妹をやり過ごす策を、お兄ちゃんは持ち合わせていなかった。
『お兄ちゃん、宿題代わりにやって?』
可愛い妹が小ぶりな脂肪の塊を押し上げながらにじり寄ってくるのだ。
『ヨロコンデー』
俺は数秒で陥落し、ラミレスになった。
こいつめ、俺のツボを的確に押さえてきやがる。
ちなみに、大抵はエリスにバレて、二人揃ってこっぴどく叱られることになる。
ミーシャは
『むしゃくしゃしてやった。見せられるなら誰でもよかった』
などと供述していたが、おっぱいを見せる相手が俺しかいないというのは、良いことなのか悪いことなのかよく分からない。
二人の妹は、まあこんな感じだ。
二人とも俺のことを気持ち悪いだの変態だのと罵倒しながらも、そのくせ内心ではそこまで嫌っていないという、微妙な距離感を保ち続けていた。
俺としてはもっとこう、歯磨きプレイとか肩車プレイなんかをしてみたかったのだが、現実はまあこんなもんだろう。
これくらいの関係も悪くないし、俺たちにはちょうどいいのかもしれない。
そんな妹たちとの絶妙な距離感を揺るがす出来事が起こったのは、ミツキが去ってから一ヶ月ほどが経った頃だったか。
自室で自家発電に励んでいた俺のところに、双子が揃ってやってきたのだ。
オー、マイシスターよ。
ドアを開ける時はノックしろって教わらなかったかい?
「どどどどどどどどどどうした二人して」
刹那のうちにズボンを履いてなんとか誤魔化した俺に対して、妹たちはどうにも様子がおかしい。
「ほら、あんたが言いなさいよ」
「えー、お姉ちゃんが言ってよー」
などとお互いに肘で突つき合ったりしている。
ふむ。
「なるほど、俺のことが好き過ぎて部屋まで突撃しに来たと」
「ば、馬鹿なこと言わないでよね! お兄のことなんて全然好きじゃないんだから!」
「ハンブラビ!」
助け舟を出してやろうとした俺は、カノンの鉄拳制裁を受けた。
アムロ=フリードは死んだ。
「お姉ちゃんは素直じゃないなあ」
「ふん」
ミーシャがニヤニヤしている。
カノンは口を尖らせてそっぽを向いた。
心なしか、耳がほんのり赤く染まっている。
二人は今日も可愛い。
prprしたい。
だがその前に、早いとこ俺に治癒魔法を施してくれ。
エビワラーもびっくりなカノンのパンチを受けた傷が回復したところで、再度妹たちの用件を聞くことと相成った。
「だから、私たちはお兄に魔法を教えてもらおうと思っただけよ。お兄が言うような、その……邪な考えなんてこれっぽっちもないんだから」
二人はミツキ塾で魔法を習っていたのだが、ミツキ先生の突然の出張により、授業が中途半端に終わってしまったらしい。
寺子屋では読み書き算術しか教えてくれないため、魔法の先生として俺に白羽の矢が立ったようだ。
「事情は分かったけど……。俺でいいのか?」
「うん。お兄ちゃんがいいの」
「この村でお兄以上に魔法を扱える人なんて、そんなにいないしね」
ふむふむ、そうかそうか。
そこまで言われたらやるしかないな。
「分かった。お前たちに魔法を教えてやろう。ただし、一つ条件がある」
「な、何よ。まさかエロいこと考えてるんじゃないでしょうね」
「ミーシャ、さっきの『お兄ちゃんがいいの』って台詞、もう一度言ってくれないか?」
「…………」
とにもかくにも、こうして双子に魔法を教えることになった俺は、それ以降ほぼ毎朝二人に魔法を教えている。
ただ、この件に関しては俺にメリットしかないが、こんなうまい話があっていいのだろうか。
髪がサラサラになっちゃうぜ。
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そんな可愛い妹たちに囲まれた俺の一日を紹介しよう。
俺の一日は妹たちとの特訓から始まる。
朝日が顔を出して間もない時間から、俺たちは杖を持って庭に出ていた。
こういうのは朝早くにやるのがいいと相場が決まっている。
夏休みのラジオ体操みたいなものだ。
「じゃあ、今日のメニューは模擬戦にしよう。五本勝負で、最初に三本取った方の勝ちな」
三人で仲良く準備体操を終えた後、俺はそう提案した。
この特訓も続けること約二年。
妹たちも大分上達したからな。
あと、俺は見ているだけでいいから楽だし。
「えー、やだ。だってお姉ちゃんの攻撃恐いもん」
だが、ミーシャは乗り気ではないようだ。
確かに、その感覚は分かる気はするがな。
「いいからやってみな。魔法は、恐怖を乗り越えてこそ上達するものなのだ」
「うー……」
「ふむ。じゃあ、勝った方には俺が何でも一つだけ言うこと聞いてやるから」
「何でも?」
「お、おう」
「じゃあ添い寝で」
「お、おう……」
ミーシャには勝って欲しいような、欲しくないような……。
カノンは無茶な要求をするような子じゃないから大丈夫だ。
せいぜい肩揉みをさせられるくらいだろう。
やばい、どっちに転んでもご褒美しかない。
「始め!」
俺の合図で、向かい合っていた二人が同時に動き出す。
「ウインドカッター!」
先に動いたのはカノンだ。
杖の先から風の刃を発生させ、ミーシャの体を切り刻まんと迫る。
最近カノンの攻撃魔法の威力が上がってきた。
成長しているのは身体だけではないということだな、うむ。
「ファイアシールド」
対するミーシャは自分の体の周囲に炎のバリアを出現させ、ウインドカッターを軽減させながらカノンに向かっていく。
ミーシャのスピードも上がったな。
具体的には二年前の三倍くらい上がったな。
ヤツだ、ヤツが来たんだ、赤い彗星のミーシャアだ。
その後もお互いに魔法を放ったり躱したりしながら、目まぐるしい攻防が続く。
その間の俺の仕事は、ひなたぼっこだ。
今日も良い天気である。
「お兄、終わったんだけど」
「ん? あぁ、そうか。ふぁ〜あ」
「お兄ちゃん、もしかしなくても寝てたでしょ」
寝てただと?
馬鹿なこと言っちゃいかんよ。
このシスコン兄貴が、お前たちが頑張っている横で寝るわけないじゃないか。
「言いがかりは良くないぞ、ミーシャ。俺はただ、目を瞑って大人しくしていただけだ」
「要するに寝てたんでしょ」
「俺クラスともなれば、目を瞑っていても周囲の状況を把握することができるんだ。いわゆる心眼というやつだが、上級補助魔法に位置する高度な技だ。で、どっちが勝ったんだ?」
「前半の説明が無駄!」
「クシャトリヤ!」
サワムラーもびっくりなカノンのキックが炸裂した。
聞いてアロエリーナ。
お兄ちゃん、妹に暴力を振るわれるんだぜ。
ちなみに、模擬戦はミーシャの勝利で幕を閉じたらしい。
もしかすると、カノンがわざと勝たせてやったのかもしれないな。
どちらにせよ夜が楽しみだぜ、ぐえっへっへっへ。
特訓が終わったら、狩りの時間だ。
バイゼンさんのところに顔を出して、警備隊の仲間と一緒に村周辺をパトロールする。
数人単位でチームを組んで見回りをしながら、魔物を駆逐していくのだ。
だが、平和な村に魔物が出ることはそうそうない。
大抵はおっさん達との平和な散歩に終わる。
散歩ならかわいい女の子と一緒にしたいものだが、むさ苦しい男たちと時間を共にするのもまたオツなものだ。
美人なことで有名な村長の娘さんの話とか。
嫁さんと繰り広げた夜の大運動会の話とか。
男がスケベなのは、どの世界でも共通だな。
また、警備隊のおっさんは野草にやたら詳しかったりする。
それは、山の食べ物について良く知っているということで。
ワラビだとか、栗だとか、山ブドウだとか、おっさん達についていけば旨いものが手に入った。
今日も、ちゃっかり俺が持っていった籠には、山の幸がどっさりと入っている。
エリスが喜びそうだ。
それにしても、ヤハーネの生態系は日本とよく似ているな。
魔物のような異形の者達を除けば、山の様子は俺が元居た世界と酷似している。
まあ俺としては、食事も元の世界と同じようなものが出てくるので、大いに助かっているのだが。
村には小麦畑が広がっているし、家畜として牛や豚もいるしな。
環境は日本によく似ていて居心地が良い。
ご都合主義というか何というか、不思議なもんだ。
まあ何にせよ、ストレスも溜まらないので楽でいいね。
欲を言えばそろそろ寿司が食べたいところだが、それはさすがに高望みというものだろう。
家に帰れば、昼飯の準備だ。
俺が持ち帰った山菜なんかをエリスが料理してくれるのだ。
最近は俺も妹たちも料理が上手くなったので、家事は持ち回り制になっていたりするが、昼飯はエリスが作ることが多い。
それを妹たちが手伝う布陣だ。
我が家の女性陣は頼りになることこの上ない。
エリスがご飯を作っている間、俺は洗濯だ。
家の裏の水路で、家族の服を洗うのだ。
ついでにみんなの下着をクンカクンカ……なんてことは断じてしていない。
じっちゃんの名に懸けて。
それでも、いつかは
『お兄の服と一緒に洗濯しないで。キモいのがうつるから』
とか言われちゃったりするんだろうか。
哀しいときー。
洗い終わった洗濯物を庭に干したところで、昼飯ができたとカノンが呼びにきた。
今日のメニューは山菜うどんに豆のスープ、そして定番の白い液体だ。
双子は揃ってしかめっ面をしていた。
何歳になっても、嫌いな食べ物は変わらないな。
ミーシャがこっそりと自分の豆を俺のスープに移すのを、俺は見て見ぬ振りをしてやった。
俺は優しいお兄ちゃんを目指している。
午後は主にエリスの手伝いだ。
村の診療所へ往診するエリスのアシスタントをするのである。
村でも有数の治癒魔法の使い手であるエリスは、週に三度ほど診療所にアルバイトに行く生活を続けている。
俺も一通りは治癒魔法を習得しているので、最近ではエリスを手伝ったりしているのだ。
「無理に私の手伝いをしなくてもいいのよ。アムロだって遊びたいでしょ」
「いいんだよ。俺がしたくてやってるんだから」
エリスは、俺が無理していると思っているらしい。
ミツキがいなくなってからは皆のやる事が増えたから、気遣ってくれているのだろう。
どこぞの鎮痛剤のごとく、エリスの半分は優しさでできている。
あとの半分はおっぱいだ。
だが、今回のケースはちょいと事情が違う。
問題なのはそう、勿論エリスのおっぱいだ。
エリスのサッカーボール並みのおっぱいだ。
村人から見れば、診療所でWカップが開催されているようなものなわけで。
エリスの往診日には、観客もとい患者が押し寄せてくるのである。
つまり俺は警備員だ。
患者に治癒魔法をかけるのは主にエリスだ。
階段から転げ落ちたといううっかりやなおじさんの腰に、エリスが手を当てる。
エリスの手のひらから柔らかな光が発生すると、患部を浄化するように包み込んでいった。
俺の役目は、重傷の患者が来た時の補助と、エリス目当ての野郎共の隔離だ。
病気も怪我もしていないのに診療所に訪れるヤツを、片っ端から仕分けしていく。
具体的な名を出せば、バイゼンさんだ。
診療所での俺は、まるでカリアゲ仕分け人だ。
今日も俺は、エリスのWカップおっぱいを一番近くで堪能した。
二位じゃ駄目なんだ!
「アムロがいると治療がスムーズにいくから助かるわ。何でうちの子はこんなに優秀なのかしら」
「そりゃ、俺は母さんのボディーガードだからね」
俺はキメ顔でそう言った。
ゴールを守るのはこの俺だ。
もっとも、エリスのダイナマイトボディーは、俺にはガードしきれない部分もあったりするのだが。
エリスの胸に気を取られるせいで、ガゼル村の守護神は失点も多いのだ。
夜、寝る前はお勉強の時間だ。
最近俺は、以前この地に蔓延していたという病気について調べている。
バイゼンさんに話を聞いて以来、この病気のことがずっと引っ掛かっていた。
寺子屋の先生に頼んで病気関連の本を借り、このところは毎晩読書を続けている。
色々と調べて分かったことがある。
治癒魔法が効かないことから不治病と名付けられたこの病は、日本でいうところの癌と酷似している。
俺には大した医学知識はないが、当時の記録から症状を読み解くに、癌と結びつけるのは容易だった。
少し話が逸れるが、ヤハーネには病気らしい病気が殆ど存在しない。
ただの風邪程度であれば、治癒魔法で簡単に治してしまえるからだ。
あるとすれば、上級治癒魔法でも治癒できないような強力なウイルスくらいか。
それでも、治癒魔法が全く歯が立たないということはなく、症状の緩和くらいは可能だ。
治癒魔法が効果を発揮しないという点。
この地のみに特異的に発症していたという点。
そして理由は不明だが、少し前から患者が激減した。
どの角度から見ても、この不治病は異質すぎる。
要するに俺は、この病気が俺の元の世界と関係しているのではないかと疑っているわけだ。
どう関係しているのかは現時点では分からないが、これは俺が最初に発見した元の世界との繋がりだ。
この病を辿っていけば、元の世界に帰る方法が見つかるかもしれない。
それで俺は、診療所でエリスの手伝いをすることで治癒魔法の扱いに慣れようとしているわけだ。
治癒魔法の効かない病気であろうと、その病気について知ろうと思ったら治癒魔法のメカニズムも理解しておく必要があると思ったのだ。
魔法を理解するには、実践してみるのが一番だからな。
だが、俺の研究は少々行き詰まっている。
村にある本だけでは、圧倒的に情報量が少なすぎるのだ。
帰還する方法は、見当もつかないのが現状だ。
いや、待てよ。
俺は本当に帰りたいのだろうか。
元の世界での俺は死んだ。
もし帰る方法が見つかったとして、生きた状態で元の世界に帰ることができるのだろうか。
それに俺は、この世界での暮らしに概ね満足している。
優しい母親がいて、生意気だが可愛い妹たちがいて。
不器用なメイドに、警備隊の人たちに、穏やかな村の風景。
今の生活は、元の世界で俺が妄想していたものに限りなく近い。
元の世界での三上和弥は死んだ。
片想いの相手にフられ、失意の底で何も成し遂げることなく死んだんだ。
もし、この世界が天国のようなもので。
俺を憐れんだ神様がくれた、ボーナスステージみたいなものだとするのなら。
俺は。
どっちの世界に生きる俺が、本物なのだろう。
帰還方法を探すのは、果たして正しい行動なんだろうか。
帰りたいと思うのは、果たして正しい願いなんだろうか。
俺が転生した人間であることは、誰にも打ち明けられていない。
「はぁー」
重い溜め息が、胸をチリチリと黒く焦がした。
コンコン。
俺が頭を悩ませていると、部屋の戸がノックされた。
「お兄ちゃん」
半開きになったドアから、アホ毛が顔を覗かせる。
そういえば、特訓の時に添い寝がどうとか言ってたな。
「まだ読書中だった?」
「いや、キリがついたからそろそろ寝ようと思ってたとこだよ」
「そっか。よかった」
完全に俺の部屋に入り込んだミーシャは、自分の枕を胸に抱いてはにかんだ笑みを見せた。
最近この妹は、こういう殺人的な仕草をしてくるから困る。
全くもってけしからん事だ。
「さ、一緒に寝るか。約束だからな」
「わーい!」
俺は読みかけの本を閉じた。
そう、約束だから仕方ない。
妹がどうしてもと言うから、仕方なく一緒に寝てやるだけだ。
俺が布団に入りミーシャのスペースを作ってやると、彼女はいそいそと布団に潜り込もうとして、寸前でその動きをピタリと止めた。
何だいミーシャ。
その歳にして焦らしプレイを覚えたのかい?
「ねえお兄ちゃん」
「どうした妹よ」
「朝起きたら、私お嫁に行けなくなってたりしないよね?」
もしかしてだけど、もしかしてだけど。
これってオイラを誘ってるんじゃないの?
「するか」
「襲わないの? こんなに可愛い妹と添い寝するのに?」
「自分で言うな。大丈夫だ、変態紳士アムロ君を信じろ」
「うん」
ミーシャは安心しきった顔で俺の布団に入ってきた。
まあ何もできんわな、この表情を見せられたら。
「狭くないか?」
「うん、だいじょぶ」
「じゃあ、明かり消すぞ」
ランプの灯を消せば、訪れたのは漆黒の闇。
ウェヒヒヒ、右腕が疼くぜ。
ガゼル村の夜は、今日も静かだ。
窓から差し込む月の光を除けば、一面黒の世界だった。
もっとも、俺の脳内は猛烈にピンク色だが。
「ねえ」
と、マイスウィートエンジェルミーシャたんの澄んだ声が、静かな空気を揺らした。
「お兄ちゃんさ、最近嫌なこととかあった?」
「え、別にないけど。どうして?」
「んー、私はそんな風に思わなかったんだけど、お兄が悩んでるみたいって、お姉ちゃんが」
カノンか。
あの子は聡いから、俺が抱える葛藤に気づいたのかもしれない。
参ったな。
ツンツンしているが気配りのできるカノンと。
甘えん坊だが少しだけ毒舌なミーシャと。
二人がそばにいるから、俺はミツキがいなくても寂しい思いをしなくて済んだのかもしれない。
「大丈夫。お前らがいてくれるお陰で、俺は毎日楽しく過ごしてるよ」
そう言って、俺は布団の中でミーシャを抱き寄せた。
石けんの香りがふわりと鼻をくすぐる。
微かに伝わる鼓動。
それは、俺もミーシャも同じ世界に生きている証で。
「えへへ。お兄ちゃんあったかーい」
天使のようなミーシャの笑顔に、俺の超電磁砲がナニかをコイントスした。
いかんいかん、相手は妹だぞ。
1、2、3、6、7、12、13、15……。
と、アムロはアムロは素数を数えようとするものの失敗してみたり。
鋼の意思で壁側を向くと、背中に小さなぬくもりがぴったりと貼り付いた。
そのうちの二カ所がやけに柔らかい気がするのは、きっと俺の勘違いだ。
そうに違いない。
「お、お兄ちゃんはもう寝るぞ。明日も朝早いんだからな」
「うん。おやすみ、お兄ちゃん」
平和だ。
背中越しに妹の声を聞きながら、ふとそう思った。
これからも、今日のような平和な日常が続いていくんだろうな。
この世界で生きていくのも悪くない、か。
やっぱり平和が一番だからな。
平和の尊さを再認識した俺を、暖かな眠気が包んでいった。
翌朝。
俺はミーシャと抱き合った状態で目を覚ました。
ミーシャの胸に埋められた俺の顔。
ミーシャの寝巻きの中に入れられた俺の手。
そしてそそり立つレールガン。
だが大丈夫、間違いは起きていない筈だ。
レベル5舐めんな。
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「アムロー。貴方にお客さんよー」
ミーシャを起こさないように、お姫様抱っこで彼女の部屋に運び。
朝ご飯を食べた後自分の部屋で寛いでいると、階下からエリスの声が響いてきた。
今行くー、と返事をしつつ、階段を下りる。
ふむ、俺に客とな。
自慢じゃないが、俺にはわざわざ家まで訪ねてくるような友達はいない。
バイゼンさんかな。
あれこれ思案しながら玄関に向かうと、俺を待っていたのは小さな女の子だった。
見たことない顔だな。
歳は十歳に満たない程度で、妹たちと同年代に見える。
「あなたがアムロなのだ?」
「うんまあ、俺の名前は確かにアムロだけど。君は?」
「あたしはアスカ=ベルウッド。勇者なのだ」
アスカは自分の名を名乗ると、得意げに豊満な胸を張った。
あんたバカぁ?
平和な日常が続くと言ったな、あれは嘘だ。
何気ない日常が音を立てて崩れていくのを、俺はただ呆然と聞いていた。
そう、俺は気づいていた。
目の前の少女が、俺の運命を大きく変える存在なのだと。
異世界転生編終了。
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